一二七話 疑考
トレーニングルーム。
夕食を済ませてここへと来たヒロムと真助、それを見守るように壁際で座るガイの姿があった。
ヒロムと真助はトレーニングルームの真ん中で向かい合うように立ち、真助は霊刀「號嵐」を腰に携え、ヒロムは首を鳴らしていた。
「加減はするなよ?」
「……したら長引くんだろ?
そんな面倒なことするかよ」
それならいい、と真助は抜刀はせずに拳を構えた。
なぜ抜刀しないのか、それが気になったガイは遠くから真助に質問した。
「武器は使わないのか?」
「使わずにどこまでやれるか、試したいだろ?
それにオレの武器はコイツが武器を持った時にしか抜刀しない」
「なめやがって……」
悪いな、と少し機嫌を損ねるヒロムに向けて真助は軽い謝罪するとともに弁明した。
「オマエを相手にして武器なしでも対等に戦えないんならこの先は足でまといに成り下がるだけだからだよ」
「……そうかよ!!」
ヒロムはため息をつくなり、いきなり真助に殴りかかり、真助はそれを避けるなり蹴りを放つ。
が、ヒロムはそれを読んでいたのか相殺するように蹴りを放ち、互いの攻撃がぶつかることで攻撃が止まってしまう。
だがそれで動きを完全に止めるわけではない。
ヒロムはすぐさま真助を押し返すと殴りかかり、さらに連続で拳撃を放って真助に襲いかかる。
「くっ!!」
ヒロムの猛攻、それを前にして真助は回避していく中で反撃に転じるスキを見つけようと考える。
が、ヒロムはそれすらも読んでいるらしく、真助が猛攻を全て避けた際に生じた一瞬のスキを逃すことなく蹴りを食らわせる。
「この……!!」
真助は蹴りを受けたことで少し後ろへと蹴り飛ばされるが、すぐに受身を取ると構え直し、ヒロムを倒そうと拳を放つ。
「くらえ!!」
「受けるかよ!!」
真助の拳を難なく避けたヒロムはお返しと言わんばかりに殴り返すが、それを真助は片手で止めてしまう。
「……やっとエンジンかかったのか?」
「ああ……準備運動は終いだ!!」
真助は不敵な笑みを浮かべるなりヒロムに殴りかかり、ヒロムもそれを防ぐと反撃に転じるように動き出す。
「オラァ!!」
「ドラァ!!」
ヒロムと真助、互いに殴る蹴るの応酬を続け、そしてそれは次第に激しさを増していた。
「オラオラァ!!
戦闘種族の力はこんなもんか!!」
「オマエこそ、「覇王」の力はこの程度か!!」
「んだと、戦闘狂!!」
「文句あんのか、ハーレム野郎!!」
「「ぶっ潰すぞ!!」」
ヒロムは白銀の稲妻を全身に走らせ、戦闘を続行した。
(特訓なのか喧嘩なのかワケわかんねぇことになってきてるな……)
その戦闘を傍から見ているガイは謎に激しくなるだけの二人の戦いに呆れるようにため息をついていた。
だがそんなことを気にして戦いをやめる二人ではない。
「……「ソウル・ハック」!!」
「とっとと本気出せや!!」
ヒロムと真助、互いに驚異的な速度を見せつけながら攻撃を続け、いつの間にか二人の攻撃がぶつかる度に大きな衝撃波が周囲に広がり始めていた。
その影響なのか、トレーニングルーム全体が揺れてるように感じ取れる。
力と力の衝突、力が強く、激しければ激しいほど大きくなる衝撃は見学しているガイのもとへも届いており、それによりどれだけ二人が激しい戦いを行っているかが伝わっていく。
「強くなり続ける者同士の争い、か……」
(誰かを想う気持ちで強くなるヒロムはユリナたちを守るために戦おうと強くなることを望み、ただ純粋に栗栖カズマと戦いと望むがために力を求め強くなることを選んだ真助……目的も理由も到達する終着点も違う二人の強さが互いを高めてる、か)
「どこまで強くなれば気が済むのやら……」
「やってるねぇ」
ヒロムと真助の戦いを面白そうに見ながらこちらに向かってイクトが歩いてくる。
イクトはガイのもとへやって来るなり隣に座り、缶コーヒーを手渡した。
「……ありがとよ」
「どういたしまして。
どんな感じ?」
「……見たまんまだ」
オラァ、とヒロムの叫び声と真助の叫び声が聞こえる中で理解したイクトはそれ以上聞こうとせずに、話題を変えるようにガイに話した。
「ガイはどう思う?
飾音さんのこと」
「……さぁな。
オレはヒロムがやると決めたなら従うだけだ」
「人任せな考え方だな……」
「オレの一言でアイツを迷わせてしまうなら、従う方がアイツの役に立てる。
それに……オレの中の疑問を解決出来る」
「疑問……?」
ガイの一言、「疑問」という言葉が気になったイクトはどういう事なのか尋ねた。
「何か気になるのか?」
「……不思議で仕方ないと言うべきかな。
なぜ鬼桜葉王は敵であるオレたちに情報を与えるようなことをするのか」
「そりゃ……大将の力を利用するために誘導するためじゃないのか?」
「オレもそうだとは思った。
けど……「魔人」のことも「ネガ・ハザード」に用いた「ハザード・スピリット」のこともオレたちに教える必要はないはずだ」
「いや、むしろハッキリその存在について認識させることで鬼桜葉王は大将を感情的にさせたかったとかじゃないのか?」
そうじゃない、とガイは難しい顔をしながら悩む中でイクトに説明した。
「おかしいと思わないか?
「魔人」の出現、あの時オレはヒロムとソラと協力して倒そうとして追い詰め、トドメを刺したのはヤツだ。
今回のシンクと飾音さんを名指しにした裏切り者の件もだ」
「うーん……たしかにな」
「わざわざ呼び出した「魔人」を自分の手で始末し、言わなきゃいい情報をオレたちに教えた。
何の為にだ?イクトの言うように誘導するためなのか?」
「それは……」
「それに鬼桜葉王云々を除くとして、なぜヒロムを狙うヤツはヒロムの精霊について知っている?」
ガイが次に挙げた疑問、それはイクトも思っていたらしく、頷くと同じように疑問に思ったことを話し始めた。
「フレイたちのことならともかく、まだ大将が呼び出していない精霊がいることをなんで知ってるのかは気になるよな。
大将の精霊のこと知ってるのって……」
「ここにいるオレらとユリナたちは直接ヒロムから、ソラとシオンには昨日会った時に話してある」
「つまり……それ以外で大将の精霊について知る人物はいるはずないってことだな」
「ああ。
それなのに鬼桜葉王は知っている。
どこで情報が漏れてるかだ」
「……「ソウル・ハック・コネクト」!!」
「いいねぇ、ようやく限界を超えれる!!
オマエの強さの秘密、オレに見せろ!!」
ガイとイクトが悩む中でヒロムと真助の戦いは激しさを増し続けており、二人も戦うことに集中していた。
が、そんな中でガイはあることに考えが至った。
「なぁ、イクト……逆ならありえないか?」
「逆?」
「ああ、鬼桜葉王はどこかで情報を得たからこそヒロムの精霊のことを知っている。
だがそれはオレたちから情報を盗んだ誰かから聞いたのではなく、オレたちがヒロムから聞くよりも前からヒロムの精霊について知ってる人間から聞いたとすれば?」
「ど、どういう……」
「つまり、ヒロムがセラやディアナを呼べるようになる以前からその存在について知っていた誰かがいる」
ちょっと待て、とガイの言葉に対してイクトは異を唱えるとそれについて語る。
「それって裏切り者云々じゃなく……ヒロムのことをこれまで守ってきてくれた「姫神」や「月翔団」を疑うことになるだろ!!
ヒロムのことを守ろうとしてた人らが……」
「その一人が飾音さんだ。
あの人もヒロムを守ろうとしていた一人だからな」
「だとしたら妙だよな。
仮にそれが本当ならあの人の目的って……」
「さぁな……。
何を考えているのかは飾音さん本人に聞くしかわからねぇことだけど、今の段階で疑問に思うことはいくつかある」
ガイは真助と戦うヒロムを見つめながら、どこか悲しげな表情を浮かべてイクトに告げた。
「あの人は本当にヒロムの味方なのか、あの人は本当に「八神」とは縁を切っているのか……そして、なぜバッツに憑依されたのか。
少なくともこの三つはハッキリさせておかないと信用問題に関わる」
「バッツ、か……。
そういえばずっと気になってたんだけど……」
「ん?」
「バッツを宿していた先代の「八神」の当主ってなんで殺されたんだ?」
「先代……?」
イクトに言われた途端、ガイの中でも気になり始めてしまう。
現在の「八神」の当主はヒロムが憎んでいるあの八神トウマだ。
そして飾音はヒロムが幼き日に先代当主に宿っていた精霊・バッツに憑依された。
ヒロムがバッツから聞いた話では憑依される前後の記憶が無く、そのせいで「八神」がヒロムのことを「無能」と呼んだと思われていたが、実際のところはバッツが名づけたらしい。
そしてヒロムがさらに聞いた話ではバッツは自分を宿していた先代当主を殺して飾音に憑依したというのだ。
名も知らぬ、人物像すら浮かばぬ「八神」の先代当主……。
なぜ、身内であるバッツに殺されたのか?
ガイとイクトはそこが気になったのだ。
「……なんで殺されたんだ?」
「そこだよな……。
トウマを当主にしても暗躍できるはずなのに、なんで殺されたのか……」
「……ちょっと待て。
ヒロム!!」
何か思い出したらしく、ガイは慌ててヒロムの名を叫び始めた。
それによってヒロムと真助の戦いは止まってしまい、水を差されたヒロムは少し苛立ちながらガイのもとへと向かってくる。
「んだよ……人が楽しんでる時に」
「トウマがオマエの前から「八神」のもとへ消えたのはいつだ?」
「ああ?
なんでアイツの名前が出てくるんだよ?」
「頼む、大事なことなんだよ」
ガイに言われてヒロムは不機嫌そのものな表情となり、さらにため息をつくとガイの質問に答えた。
「オレが六歳の時だ。
それが?」
「ヒロム……オマエを否定するように「無能」と呼ばれ始めたのは五歳の時だろ?
その名をつけたのはバッツだが、バッツは先代当主を殺して飾音さんに憑依したんだよな?」
「……それがどうした?」
不機嫌そうに聞き返すヒロムだが、ガイの言葉から何かを理解したイクトはどこか気まずそうな反応を示していた。
「どした?」
「いや、大将……。
これってヤバいんじゃないか?」
「ああ?」
「だってトウマを連れて行ったのは今まで先代当主かその関係者だと誰もが思ってたし、大将もそう考えてたはずだ。
けど、バッツの言ってるのが本当なら……大将のすべてが否定されてからトウマが当主になるまでの間、誰が「八神」を指揮していたんだ?」
イクトに言われて、ヒロムの中で何か動き出したらしく、不機嫌そうな表情は消えて真剣な表情へと変わっていた。
「つまり……なんだ?
オレを否定したのはバッツだが、そのバッツと共謀してるヤツがいるってか?」
「あくまで可能性があるってだけだ。
ただ……鬼桜葉王の話とバッツの話を信用するとしても不確定要素が多すぎる」
「確かめないとわからないってか?」
そうなるな、とガイが答えるとヒロムはため息をつくなり頭を抱えた。
「……面倒なことになってきたな」
「どうする、ヒロム?
このままじゃ……」
「わかってる。
だが作戦を変える気はない……そのために今やれることをやるぞ」




