一二四話 背負い
ヒロムたちを狙って現れたリュウガたち「ネガ・ハザード」と栗栖カズマは鬼桜葉王とともに消え、戦闘は確実に終わりを迎えた。
何の心配もなく、平穏な日常に戻れるはずだったのに、葉王の言葉により空気は重くなり、ヒロムに関しては戦闘を勝利したとは思えないような暗い顔をしていた。
「……」
「ヒロム……」
ガイは何と声をかけるべきなのか悩んでしまって続きを躊躇うが、ヒロムを励まそうと振り絞った言葉をヒロムに伝えた。
「……アイツは「一条」の人間だ。
オレたちを……オマエを混乱させるために言っただけだ。
だから……」
「気にするな、か?
……さすがに無理だ」
ヒロムは頭を抱えると、弱音を吐くようにガイに言った。
「今までのことを思い返せば辻褄が合いすぎるんだ……。
トウマが現れた時にタイミングよく現れたのも、シオンを連れて行ってしばらくして確王が襲ってきたのも……最初からそうだったのなら……オレは「十家」のために強くなってるってことじゃねぇか……」
「それは違う!!
オマエが強くなったのはユリナたちや自分を守るために……」
「そうしようとして強くなった結果が人の生命を弄ぶ実験を加速させて「ネガ・ハザード」を完成させたんだ……!!」
「だけど……」
「都合よく「無能」にされて、都合よく利用される……それがオレの価値ってことだろ」
違うよ、とヒロムの言葉を否定するようにユリナが自分の考えを伝えた。
「ヒロムくんはやりたいことをしてたんでしょ?
だったらそれを自分で否定しちゃダメだよ……」
「……わかってる。
だけど……」
「だけどもけれどもないわよ」
するとアキナがヒロムの頭を後ろから軽く叩いた。
急なことだったためにヒロムは少しアキナを睨みつけるが、そのヒロムの目を見たアキナは呆れた様子で告げた。
「私の知ってるヒロムなら絶対にこう言うわ。
「……面倒なことに巻き込みやがって。
速攻で終わらしてやる」、て」
「ああ?」
「今のヒロムはそれを言える?
言えても……無理してしか言えないでしょ?」
「……何が言いたいんだよ?」
自信持って、とアキナはヒロムの手を掴むなり強く握り、そしてヒロムを見つめながら伝えようとした。
アキナに突然手を掴まれたヒロムは一瞬力尽くでも離させようとしたが、アキナの目を見るとそれを躊躇ってやめてしまう。
「……今こうして手を取り合えるのはヒロムが……アナタが生きてるからこそなのよ?
どんな理不尽な仕打ちも耐えてきたアナタが強くなって迎え撃って勝ってるからこそじゃない。
アナタが強くなることは無意味でも都合のいいことでもないの」
「そんなの結果でしか……」
「そうよ、結果よ。
だってそうでしょ?
私たちにもアナタにもこれからの未来なんて分からないんだから」
「……」
「それに……アナタが自分のことを否定し始めたらここにいる私たちはどうなるの?
アナタの姿や考えに心を惹かれ、共に過ごそうとしている私たちやアナタの力になりたくて強くなろうとしているガイたちはどうなるの?」
「それは……」
アキナの言葉にヒロムはすぐに言葉が出ず、何も言えずにいた。
するとエレナがそっとヒロムを抱きしめた。
「え!?」
「ちょ……!?」
「おお……!?」
突然のエレナの行動にユリナとアキナ、そしてガイは困惑するがヒロムはエレナを離れさせようとしない。
そして、エレナはヒロムを抱きしめたままあることを話し始めた。
「覚えてますか?
中学の時……私とヒロムさんが初めてお会いした時のこと」
「……ああ。
男に対する恐怖心で目も合わせられなかったオマエのことはよく覚えてる」
「はい……ヒロムさんと出会う前に私は……同じクラスの男性に襲われました……」
エレナの口から出た昔話、それの一部を聞いたユリナとガイは言葉を失ってしまう。
そしてそれを語るエレナの体も震えていた。
おそらく、その時の恐怖を思い出してしまっているのだろう。
それでもエレナは話を続けた。
「……複数の男性に囲まれて抵抗出来ぬ状態で襲われ、助けを求めて悲鳴を上げ続けて……私の体はあと少しで完全に汚されるという状況まで追い詰められ、悲鳴を聞いて駆けつけたアキナに助けられました」
「……アキナって逞しいところあるんだな」
「ガイ、少し黙ってなさい」
「……でも、私はそれから学校に行けませんでした。
怖かったんです……また何かされる、そう思うと男の人が何もしてなくても怖くてたまらなかったんです……」
「……」
「そんな時にヒロムさんとの共同生活の話が出たんです」
「え……でもエレナちゃん……」
「はい……正直、耳を疑いました。
ひどい目にあって少し時間が経った時だったんですけど、母はヒロムさんは違うからと言われたので参加することにしたんです……。
ですが、出会ってすぐにヒロムさんを受け入れることは無理でした」
ヒロムとの出会いを語ろうとするエレナだが、声が震える中で大粒の涙を流していた。
ガイは心配になり止めようとしたが、そんなガイを気に止めることなくエレナは続けて話した。
「……ヒロムさんと目があった時、別の部屋に逃げようとしてしまいまました。
そんな私にヒロムさんは私に言ってくれたんです、「アンタには必要としてくれる誰かがいる、だったら恐怖心と向き合うべきだ」と」
「……ん!?」
(いい感じに聞こえてるけど、これって惚気話になってないか!?)
「ガイ、黙って聞こうね」
違和感を感じていたガイを察したのかユリナが静かにしているように伝え、そのそばでエレナは続けた。
「それでも私は怖かったんです……。
でも……アナタは「オレが怖いなら離れててもいいから頼れ。それでもダメならオレが一緒に背負ってやる」と約束してくれたんです」
「……!!」
「……その言葉がどれだけ私の勇気になってくれたかは言葉では表せません。
だからこそ私はアナタのことを心の底から信用出来……アナタと共同生活をする中でアナタのことを好きになったんです」
「え、エレナちゃん!?」
「何急に告白……」
黙ってろ、とガイはため息をつきながらユリナとアキナの口を塞ぐと、エレナの話を聞いたヒロムに言った。
「……今の話を聞いて何も思わなかったか?
エレナの感じたものと今オマエが向き合うべきものは同じじゃないのか?」
「……同じ、か」
エレナがヒロムの言葉で勇気づけられ、恐れていた恐怖心と向き合ったように今のヒロムも心に抱く感情と向き合うべきだとガイは言いたいのだ。
エレナも急に恥ずかしくなったのか、ヒロムから離れると顔を赤くしながら背を向け、涙を拭う。
「……希望があるとも思えないものと向き合えるのか?」
「だったら背負ってやるよ」
するとガイはユリナとアキナを離すと右手を握ると、ヒロムの胸に突きつける。
「オマエが恐怖心を抱くエレナに歩み寄ったように、今度はオレがその感情と向き合ってやる。
悩んだなら全部オレにぶつけろ、迷ったらオレを使え……オマエのためにオレはこの魂を燃やす」
「ガイ……」
ガイの言葉を受け、ヒロムは少しばかり自分が情けなくなったのかため息をつくと頭を掻き、そして両手で自分の頬を叩くとガイに伝えた。
「……人の道を踏み外してもいいならついてこいよ」
「ふっ……今さらだな。
修羅の道如き、とうの昔に踏み込んでんだよ」
そうかよ、とヒロムは呆れながら言うとガイの拳を真似るように自分の拳をガイの胸に突きつける。
「ならとことん付き合ってもらうか」
「ああ、付き合ってやるよ。
オマエのためならな」
ヒロムとガイ、互いに突きつけた拳を離すと共に開けると握手を交わした。
約束と決意の握手、ヒロムとガイの姿を微笑ましく見るユリナとアキナは顔を合わせると微笑み、先程まで涙を流していたエレナも笑っていた。
ヒロムとガイは握手をやめ、そしてガイがヒロムにあることを相談した。
「さて……「ネガ・ハザード」と栗栖カズマはオマエの精霊を狙ってたが、どう思う?」
ガイが口にしたのは、先程の戦闘でのカズマとリュウガの言葉についてだ。
『クライアントからの指示を忘れんなよ』
『まだ見せたことのない精霊を呼べ。
オマエのすべてを見せてみろ』
カズマの言う「クライアント」、それが誰なのか?
そしてなぜヒロムに精霊を呼ばせたかったのか?
そもそも……
「どうしてヒロムの精霊の数がバレてるのよ?」
「さぁな……。
でも、鬼桜葉王はオマエのことを詳しく知ってるようだったし……あの男が情報を寄越したんだろうな」
「でも、飾音さんやシンクがヒロムくんのことを……」
「……確かめる方法なら思いついた」
不安になるユリナの言葉にかぶせるようにヒロムは言い、それが気になるガイはヒロムに尋ねようとしたが、それより先にヒロムは自身の思いついた方法についてある問題点を語り始めた。
「この方法はいわばヤケクソ。
相手が必ず動きを見せる前提の方法だから相手がどう動くかによっては危険に晒される可能性がある」
「その方法じゃないとダメなのか?」
「……さぁな、現状この方法しか思いつかない。
けど、成功すればヤツらの言ってた「クライアント」の正体はわかるし、下手すりゃシンクや親父の疑惑がハッキリさせることはできる」
ヒロムはガイに対してのみ簡単に説明し、それを聞いたガイは理解すると頷きながら納得していた。
「……なるほど。
手っ取り早い方法だな」
「ああ、この方法なら葉王も反応するはずだ。
それに……」
「あっ、大将!!」
ヒロムが何か言おうとするのを遮るように誰かが声をかけてくる。
いや、誰かというのは余所余所しい。
むしろその呼び方をするのは一人しかいない。
「……何の用だ、イクト」
声のした方を見ると、イクトが夕弦とともにこちらへ走って来ていた。
こちらに近づくとイクトはヒロムにまずここで何をしているのか尋ねた。
「何してんの、珍しい組み合わせで?」
「……敵襲にあった。
で、オレらの中で親父かシンクが裏切り者の可能性があることがわかった」
「どういうことですか、ヒロム様?」
「それって……盗聴器の件か!?」
「……それとはまた別件だ」
「とにかくオレたちはそれ確かめる方法について考えてたところだ」
「なら屋敷行こうよ。
オレも夕弦も疲れてるからさ」
イクトは相変わらずのふざけた調子で言うのだが、ふとイクトに違和感を感じたユリナはイクトと夕弦を見ながら悩み始めた。
「姫さん?」
「うーん……」
「ユリナ?」
「どうかしたのか?」
「あ、うん……ねぇ、ガイ。
イクトと夕弦さん……なんか距離近い気がしない?」
「……?」
ユリナに言われてガイはイクトと夕弦を見るが、何を言ってるのかわからなかった。
横で聞いていたエレナとアキナもガイ同様に二人を見るが、何もわからなかった。
が、そんな中でヒロムは何かに気づいた。
「……オマエらそんなに仲良かったか?」
「何、大将?
ヤキモチ妬いてる?」
「否定しないのか、イクト。
それはつまり……」
「おう、オレはオマエらより先に彼女が出来たんだぜ!!」
「い、イクト!!
その話は後で……」
イクトが自信満々に言う中で夕弦は恥ずかしそうにするが、ヒロムたちは静寂に包まれていた。
そして……
「「ええええ!?」」
イクトの突然の告白にガイ、ユリナ、アキナは大きな声を出して驚き、そして夕弦に確かめるように尋ねていく。
「夕弦……ホントにイクトと付き合ってるのか?」
「え、ええ……お付き合いすることになりました」
「どっちが告白したんですか?」
「それは……」
「夕弦はあのチャラ男のこと好きなの?」
「あ、アキナ……彼はそんな人じゃないわ」
マジか、とガイとアキナは唖然とし、ユリナはスゴく興味津々でイクトと夕弦を見つめているのだが、ヒロムとエレナは平然としていた。
「……大将とエレナちゃんは無反応?」
「いえ……お付き合いすることに対して何か言うことは出来ませんので……」
「まぁ、オレはどうでもいいからな」
とりあえず、とヒロムはため息をつくとイクトと夕弦に告げる。
「オマエらの惚気話は後にして、さっさと涼しい屋敷に戻って盗聴器なり調べた事を報告してもらおうか」




