一二話 「オレを滾らせろ!!」
ガイと刃角の戦闘が激しくなっていく中、別空間へと移ったヒロムと拳角の戦いも進行していた。
「はあああ!!」
フレイとテミス、メイアが同時に斬撃を放つが、拳角はそれをすべて避け、三人を炎で吹き飛ばす。
三人を吹き飛ばした直後にマリアが拳角に殴りかかるが、拳角はその拳を殴り返すとマリアを蹴り飛ばした。
「理解しろ。
オマエたちじゃ勝てない」
「さすがは元プロボクサー・竜田一心。
余裕ってか」
「……さあな」
ヒロムが挑発するかのように語るが、拳角はそれを気に留めることなく構える。
が、それでもヒロムは拳角を挑発するように語り始めた。
「元プロボクサー・竜田一心。
若くしてチャンピオンになった期待の超新星と呼ばれた天才。
これまで行ったすべての試合をその磨き上げられた拳の一撃で倒してきた。
その拳の一撃を見たものは誰もが心を躍らせた」
ヒロムが竜田一心という男について語っていると、拳角は興味がないと言わんばかりに炎を拳に集中させるが、それを見てもヒロムは慌てる素振りすら見せない。
「……あんたは片目を失明してすぐに引退して失踪した。
そのあんたが角王としてトウマに仕える理由はなんだ?」
「……竜田一心は死んだ。
今ここにいるのは角王が一人、拳角だ」
「あくまでトウマのために戦うってか?」
「オマエには関係ない。
オレはただ、トウマ様に仕えているだけだ」
「気持ち悪いくらいの忠誠心、ご苦労なこった」
「あ、あの!!」
するとヒロムと拳角の会話に割って入るようにユリナが恐る恐る拳角に尋ねる。
が、そのユリナの横でハルカはユリナを心配してかユリナを止めようとしていた。
「ど、どうしてヒロムくんを狙うんですか?」
「無駄な質問だな。
トウマ様の命令だからだ」
「じゃ、じゃあどうしてアナタは彼に仕えているんですか?」
ユリナが次々に質問する中、拳角はユリナに対して少し面倒くさそうに答えていく。
「……くだらないことを聞くな。
トウマ様がオレの力を必要とした。
そしてオレはそのトウマ様に恩を返すために戦うと誓った。
そのためにもその男を消す、それだけだ」
「でも……」
「もうやめてユリナ!!
危ないから……」
ユリナの身を心配するハルカは止めようとするが、それを振り払ってでもユリナは確かめようとする。
「でもこのままなんて嫌なの!!
だから……」
うるさい、とヒロムはため息交じりにユリナ達に言い放つ。
あまりにも冷たいその言動にハルカは思わず声を荒げてしまう。
「あのね!!
ユリナはあなたのために……」
「頼んでねえよ。
オマエらが何言っても通じない。
……恩着せがましいな」
「ちょ……何よその言い方!!
失礼にも程が……」
「オレは相手が何であろうと戦う。
その上でオマエらも守る。
それでいいだろ」
ヒロムに何を言っても反論される。
それでもユリナの心配を無碍にしようとするヒロムを許せないハルカは何とかその怒りをぶつけようとするが、ユリナはそんなハルカの前に立つと首を横に振った。
「いいの……ヒロムくんの言う通りだよ」
「ユリナ?」
「……ヒロムくんの言う通りだよ。
私たちの言葉じゃこの戦いはどうにもできないもん。
頼まれてもないのにでしゃばった私が……」
「んなこと言ってねえよ、馬鹿」
するとヒロムがユリナに対して自身の言葉を弁解した。
「アイツ相手じゃ今更話し合いは無理だって話だ。
オマエがそうやってどうにかしようと言葉を発しても届かない。
それに届いてここを凌いでも他の敵がいる。
だったらここで確実に勝つしかない」
「でも……」
「安心しろ。
オマエのその優しさはオレにとってありがたいよ」
「……身の程を弁えろ」
ユリナに対するヒロムの言葉を聞いた拳角がヒロムを睨みながら全身に纏う炎を大きくしていく。
その拳角は先程までにないほどの殺気をヒロムに向けていた。
「わかっているのか?
オレは角王、トウマ様直々の部下だ。
実力は確実にオマエたちより上だ。
さらにオレは破壊の力と再生が可能な炎を持ち、対するオマエは生身でその精霊を当てにしている。つまり戦力差は歴然。
さらにその精霊も先程からオレに苦戦している。
なぜ諦めない?」
拳角の問いに対してヒロムはため息をつくと悩むことなく拳角に向けて言い放つ。
「じゃあ、オマエは勝てないと思ったら逃げるのか?」
「何?」
「……悪いな。
逃げることなんて知らないんだよ。
オマエらのせいで何もかも失ったあの日からオレは逃げ道もなく歩いていた。
そう……オレはオマエらを倒すために強くなった」
ヒロムは先程まで以上にやる気になり、そして殺気を放ちながら拳角に向かって動けるように構えたが、そんなヒロムの意思を潰すかのように拳角はヒロムに告げる。
「オマエの過去など知らない。
失う前からオマエには何もない。
だから「無能」だ」
「オレのことは好きに言っていいけどよ……フレイたちはオレの大切な家族だ。
あんま好きかって言うと……殺すぞ」
やってみろ、と拳角は周囲に無数の炎の鳥を生み出すとそれらをヒロムに狙いを定める。
「炎舞炎鳥砲!!」
炎の鳥は拳角の言葉を合図に次々にヒロムに向かって飛び始める。
が、ヒロムはなぜか動こうとしないで、平然と立っていた。
炎の鳥はそんなヒロムを一切気に留めることなく接近する。
「口先だけか?」
「……オマエはわかってないだろ。
オレに何もないって言うがな、ないからこそそれなりにできること考えてんだよ」
ヒロムが指を鳴らすと、テミスとマリアが迫りくる炎の鳥を破壊し、二人が破壊できなかった炎の鳥をアルカが銃で撃ち落としていく。
が、拳角はその結果を受けて先程以上の数の炎の鳥を出現させ、ヒロムに向けて放つ。
「考えてこれか?」
「……どうかな?」
何を、と拳角が何かを言おうとしたその瞬間、ユリアが杖に魔力を纏わせ、拳角に狙いを定める。
そしてその瞬間、拳角の体とその周囲がに急激な圧力に押しつぶされそうになっていく。
「!!」
「私の能力は「重力操作」。
今あなたとあなたの周囲の重力による負荷は通常の倍にしました。
これで……」
そうか、と拳角の体が炎となり、周囲の地面だけが勢いよく押しつぶされ、拳角は炎のままユリアの力が及ばぬ範囲外へと移動していく。
「……身体炎化!!」
ユリアが驚く中でそれが何かわからないユリナとハルカは不思議そうに見ていた。
一体何が起きているのか、おそらく普通の人では理解できないのだろう。
それを見かねたヒロムは二人に対して説明した。
「炎とか雷とかの能力者は肉体と能力を同化させることで肉体の性質を変化させる上級者レベルの技術が使えるんだ。
その一つが身体炎化。
肉体と炎を同化させ、炎となって攻撃を回避することができる」
「じゃあ……勝てないの?」
「……いいや。
アイツが言ってただろ。
能力者の戦いは強い方が勝つ」
「ちょっと、その精霊さんの力が通用しないんじゃ……」
問題ない、とヒロムが言うとユリアは深呼吸するなり再び拳角に向けて重力の力を放つ。
が、拳角は再び炎となって逃げようとする。
しかし、それはユリアも想定済みだ。
「重複!!」
「!!」
拳角に降りかかる重力の力が強力になり、拳角の体が元に戻り、重力に抗えなくなった拳角は膝をついてしまう。
「何……!!」
「通用しないならより強い力を放てばいい」
「「はあああ!!」」
膝をつき、重力に抗おうとする拳角の両サイドからテミスとメイアが勢いよく斬撃を放ち、拳角に襲い掛かる。
が、二人の一撃が拳角を貫くと同時に拳角が炎となって消えてしまう。
「「!!」」
「だがその程度だ」
声のした方をテミスとメイアが見る。
声がしたのは二人の頭上高く、上空で拳角は炎の翼を身に纏って飛んでいた。
「今ので仕留められないとなればもう勝機はない」
「……あっそ」
ヒロムの反応の薄さ。
何かあると思った拳角は探りを入れた。
「……なぜ平然としている?」
「……わかってたからな。
重力負荷程度でオマエが動けなくなって簡単に倒されるはずがないって」
「……気に入らねえ。」
拳角はヒロムに対して苛立ちを覚える一方であることを確信し、ヒロムにそれを告げる。
「オマエ、未来予知ができるだろ?」
「ああ?
ねえよ。
オレには何もないって散々言っておいて急に何を……」
「オマエは射角の攻撃を一度も見ずにその危険性に気づいた。
防ぐのではなく避けろと指示した。
そしてオレの攻撃に対して動じることも焦ることもしない。
今のオレの炎の分身に関してもそうだ。驚く気配すらない。
さらに精霊もまるでオマエの考えを理解したうえで動いているとなれば説明がつく」
「オレにそれがあってどうなんだ?」
「ただただ危険性が増すだけだ。
ここで……」
「ねえよ」
「無駄だ。
もうオマエにその類の力があるとオレは……」
だったら、とヒロムは首を鳴らすと上着を脱ぎ捨て、急に前に出始めた。
「オレを倒して確かめろ」
まるで挑発するかのようにヒロムは構え始めた。
突然のことでユリナとハルカはただ見ていることしかできなかったが、フレイはヒロムのもとへ駆けつけると慌てて止めようとした。
「お待ちください!!
マスターがここで戦う必要は……」
「ああ?
大丈夫だって。
アイツの底もわかったし」
「ダメです、マスター。
ここは……」
大丈夫、とヒロムはフレイの頭を軽く叩くと、ヒロムは拳角を見た。
拳角はヒロムを倒すためかゆっくりと降りてくると翼を消し、炎を拳に纏わせる。
「ユリナ達を頼む」
「……はい」
フレイはユリナとハルカを守ろうと二人のもとに向かい、テミスたちもヒロムの邪魔をせぬように下がった。
「さて、こっちはいいぞ」
「調子に乗るなよ。
オマエごときじゃ格が違う」
「じゃあ……オレに倒されんなよ?」
ヒロムが先に動いた。
が、それは同時にユリナとハルカ、そして戦う相手でもある拳角が驚くこととなる。
「な……」
ヒロムは気づけば拳角の前に立っており、拳角が反応しようとしたときにはすでにヒロムの拳が拳角を殴っていた。
ヒロムが接近したこと、それは拳角が気付くことができず、それどころか誰もそれに反応できなかった。
「何を……」
拳角が立て直そうとすると、直後にヒロムの拳が再び命中し、さらにヒロムの蹴りが拳角を襲う。
「馬鹿な……」
驚く拳角を一切気にすることなくヒロムは拳角に次々と攻撃を放つ。
が、その攻撃すべてが気付けば拳角に命中し、拳角は反応できなかった。
「この程度か?」
黙れ、とヒロムが一撃を放つ前に炎となって逃げようとした拳角だが、それよりも早くヒロムの一撃が命中し、拳角は勢いよく吹き飛んでしまう。
「ありえない……」
「何もないって散々言ってきたオマエが追い詰められている。
どっちが無能なんだよ」
「この……」
(オレの能力が発揮されるよりも早く攻撃しただと!?
ありえない!!)
拳角は立ち上がると構えた。
が、ヒロムは余裕なのかあくびをしていた。
「ボクサーの時の癖か?
ここはリングじゃない、真面目に戦おうとするなよ?」
「黙れ!!」
拳角は全身に炎を纏うとヒロムに殴りかかるが、ヒロムはその攻撃を素手で殴り返した。
能力者同士の戦闘でこういうことが起きても驚くことはない。
単純な力で負けたと思える。
だが、今戦っている相手は能力者でもないただの生身の拳だ。
本来ならこんなことが起きるはずがない。
「何を……した!!」
拳角は炎を右手の拳に集中させ、強力な一撃を放とうとするが、ヒロムはそれをまたしても拳で殴り返し、再び押し返した。
二度目の力負け、それは拳角に動揺を招き、冷静さを奪っていく。
「……くだらねえ」
ヒロムはため息をつくとその場で軽く跳ぶと一回転し、拳角に回し蹴りを食らわせる。
「!!」
「期待外れもいいとこだ」
ヒロムはさらに蹴りを食らわせると拳角を蹴り飛ばし、そのまま走って拳角に接近すると頭を掴み、何度も拳角を殴る。
「オマエらがこの程度の実力しかないってなったら落胆しかない!!
こんな奴らにオレは見下されていたんだからな!!」
「この……!!」
ヒロムの連続攻撃の途中で拳角は避けるとヒロムから距離をとるように炎の翼を纏って飛翔した。
ヒロムはその行動に対してため息を交えて拳角に言った。
「なんだ、逃げるのか?」
足りねえ、とヒロムは急に大きな声を出すとともに拳角を睨む。
そして、ヒロムの口から出た言葉に拳角は驚かされた。
「足りねえな!!
もっと楽しませろ!!
もっと、もっとだ!!」
「何を言って……」
拳角の視界に写るヒロム。
その姿は先程までフレイたち精霊に戦わせていた男とは思えぬほど好戦的で、殺意に満ちていた。
自分たちが「無能」と呼ぶその男は目の前にいる。
だが、自分たちが知る男とは全く違うその姿に拳角は少なくとも驚いていた。
「オマエのどこにこんな力が……」
「オレにとっての弱点はオレ自身にある。
だからこそ足手まといにならないように強くなった。
能力者を倒せるように……もっと強くなるために……」
「何を……」
「もっと滾らせろよ。
血も、殺意も、覚悟も……
その身に宿す魂を燃やして、オレを滾らせろ!!」