一一話 己が覚悟
「やれ!!」
雄叫びを上げた紅い炎の龍は次々に射角に襲い掛かるが、射角はそれを回避しながらソラに接近していく。
射角はその中でソラを倒そうと何度も爆撃を仕掛けるが、ソラが身に纏う紅い炎がそれを阻み、それどころか射角の力そのものを喰らいつくしてしまう。
射角は自身の攻撃が通じず、ソラからの攻撃を一方的に回避するしかないこの現状に苛立ち、それのせいで攻撃が単調になっていく。
が、それは射角にもわかっていることだが、どうやっても自分の攻撃が通じないことに変わりがなく、ただ苛立つばかりだった。
「この!!
ふざけやがって!!」
射角は懐から銃を取り出し構えると弾丸を放とうとするが、引き金を引くと同時に銃が突然暴発し、銃身が砕け散ってしまう。
「な……」
「安心しろ。
今のはオマエの銃の中の弾丸の火薬を引火させただけだ」
そんなに驚くな、とソラは炎の龍を頭上に集結させるが、その途中またしても血を吐いてしまう。
紅い炎、「炎魔」の力による肉体への負荷。
その負荷によるダメージが負傷したソラの体に蓄積され、体は限界に近付きつつあった。
が、そんな状態にあるにも関わらず、紅い炎をさらに激しく燃やしていく。
「ここで殺すしかない。
そのためにも……!!」
射角をここで仕留めなければ、ここでもし自分が倒れたとすれば確実にヒロムのもとに向かおうとする。
ただでさえ角王を一人任せている状況なのに、自分が不甲斐ないせいでもう一人も相手させるなんて出来ない。
ソラはそれを阻止したいがために限界を超えようと紅い炎を燃やしている。
そして自身の頭上に集結させて炎の龍を一つにまとめ、巨大な炎の龍へと変えていく。
「くらえ……!!
炎魔臥龍大天葬!!」
巨大な炎の龍は雄叫びを上げるとともに射角に襲い掛かり、大きな口を開き、射角を喰らおうとする。
「……この野郎が!!」
射角は巨大な炎の龍に向けて何度も爆撃を行うが、巨大な炎の龍は勢いそのままに迫ってくる。
射角はその状況化が覆せないと察したのか、爆撃をやめて全身に魔力を纏うと炎の龍に向かって走り出した。
その射角の行動にソラは驚くしかなかった。
「自滅か?」
(いくら自分の力が効かないとはいえこうもあっさり……)
「おいおい、油断したか?」
ソラが驚いていると、突然炎の龍が大きくなるなり弾け飛び、射角が勢いよくソラに接近してくる。
ソラはそれにより射角がなぜ炎の龍に向かって走ったのかを理解した。
「まさか内側から破壊したのか!!」
おそらく捨て身だった。
が、ソラがその捨て身の行動に驚いたと同時に炎の龍の力が一瞬弱まったその隙を射角は見逃すことなくソラが気付く前に炎の龍を内側から爆撃した。
射角が狙ったかはわからないが、ソラはとどめを刺す絶好のタイミングを逃してしまった。
「くそ……」
「遅い!!」
ソラは射角に紅い炎を放とうとするが、それより先に射角はソラの体に手を当て、無数の爆撃をソラに直撃させる。
「があ!!」
ソラは紅い炎を纏いこれまでダメージを軽減していたが、至近距離からの爆撃のためにそれが機能せず、すべてのダメージを直で受けたことでその場に膝をついてしまう。
「く……」
ソラは爆撃のダメージと蓄積された「炎魔」の負荷により、大量の血を吐き、身に纏っていた紅い炎が徐々に小さくなっていく。
ここまでか、とソラが一瞬諦めかけた時、射角がソラの頭を掴み、ソラを持ち上げる。
「ガキのくせによく足掻いた。
影使いのもとへ今送ってやるよ」
「……」
(こうなったら一点に……右手に集中させてこいつと相打ちに……)
「へえ、誰のもとに送るって?」
すると突然、無数の黒い腕が射角を捕らえ、さらに長く伸びたそれは射角の全身を拘束するかのように巻き付き始める。
抵抗しようと射角はもがくが、黒い腕は徐々に力を強め、射角の動きを封じてしまう。
それにより、ソラの頭を掴む手の力が抜け、ソラはそのまま手放される。
「これは……」
「ちっ……無事だったのかよ」
まあね、とソラの影から突然、無傷のイクトが現れる。
よく見れば、黒い腕の正体はソラの影から伸びているイクトの能力によるものだった。
が、射角はそれ以上になぜイクトが無傷なのかが不思議で仕方なかった。
「オマエ……」
「どうして無傷なんだって?」
まるで予知でもしたかのように射角が言おうとしたことを言い当てたイクトは不敵な笑みを浮かべながら説明した。
「別に簡単だよ。
あんたが動きを封じようとオレの足下狙ったあの爆撃の前にソラが炎の柱出したろ。
あの時、オレはソラも気づかないように影の分身と入れ替わってたのさ。
ソラの影に潜む形でな」
「じゃあ……オマエはこいつを……」
「ああ、言い忘れてた」
イクトは何かを思い出したらしく、射角へと伝える。
「何?」
「ウチの「炎魔」は一度怒ると敵が倒れるまで怯まないからな」
イクトの言葉が何を指すか理解した射角はソラの方を見た。
ソラは小さくなった紅い炎を右手に集中させ、炎で鋭利な爪を形成して攻撃しようと振り上げていた。
まずい、と逃げようとする射角だが、イクトの影の腕により身動きが取れず、その一方でソラの炎の爪が迫っていた。
「炎魔爪撃!!」
ソラの炎の爪が射角を抉り、射角はそれにより気を失い、その場に倒れようとする。
イクトは影の腕を消すと、射角を思いっきり蹴り飛ばし、ソラの体を心配した。
「大丈夫か?」
「おい……何とどめ奪ってんだよ」
「それより体……」
無理だな、とソラの体から炎が消えると同時に全身から勢いよく血が噴き出て、ソラは倒れてしまう。
ソラの体から噴き出る血を見たイクトは慌ててソラの体を支え、どうにかしようと考えた。
が、医療術が使えるわけでも、まして即席の治癒術が使えるわけでもないイクトにはどうにもできない。
「……悪い」
「止めるって言ったのはオマエだがな……。
どうせ止める気なかったろ?」
「……ああ。
最悪、ソラの力がないと勝てないだろうと思ったからな」
「じゃあいいよ……。
どうせ……こうなるのはわかってたし、こうしなきゃ勝てなかった……」
***
射角が敗北し、こちらに飛んできた。
「ありゃま」
負傷し、そのまま倒れた射角を見た刃角は射角のその姿に驚いていた。
ガイは「折神」を抜刀し、構えていたが、刃角に攻撃する気配はなかった。
「こいつ……」
(隙がない……
下手に動けば間違いなく後手に回される……)
さて、と刃角は倒れている射角に歩み寄ると急に射角を蹴り飛ばし、自身の戦闘範囲から離脱させ、帯刀する六本のすべてを抜刀して、両手に持つと構えた。
が、ガイにとってそれは不思議なことだった。
「……仲間に冷たいんだな」
仲間を助けようとしない。
それがガイにとっては不思議なことだった。
「ああ、射角を蹴ったことか?
気にすんなや、雑魚は用済みだ」
刃角は何食わぬ顔で言うが、ガイに向けて殺気を放っていた。
刃角の発言はガイの考えていたものと少し違ったが、刃角が今放つ殺気は間違いなく本物だった。
「……そう言いながらも敵を討つか?」
「そんなもので戦うほど優しかねえ。
強い方が勝って弱い方が死ぬ、それが戦場だ」
刃角の考えはもっともだ。
弱肉強食、世の理。
だが、その理はガイが嫌うものでもあった。
そう、その考えがあるが故にヒロムは「無能」と呼ばれ、今まで嫌われていたのだ。
正当な評価もされず、ただ力がないとして。
ガイは「折神」を握る手に力を入れると、態勢を低くして構えた。
「じゃあ、あんたを倒せばオレは強者だ」
「……悪いけどオレ、強いんだわ」
「知るか!!」
ガイは一瞬で間合いを詰めると斬りかかるが、刃角は右手に持つ三本の刀でそれを防いでしまう。
が、ガイにとってはそれは好都合だった。
ガイの刀を防いだ刃角の刀の刀身部分にヒビが入り、ガイが力を入れて振り切ると、刃角の刀三本が砕けてしまう。
「こいつの力の前じゃどんな刀も無意味だ」
どうかな、と刃角は左手に持つ三本のうちの一本を右手に持ち直すと、刀に雷を纏わせる。
つまり、刃角の能力は「雷」。
「これで切れ味倍増だ」
「単純計算だな!!」
どうかな、と刃角は勢いよく連続で斬りかかってくるが、ガイはそれを焦ることもなく刀で防いでいく。
が、先ほどのように刀を砕くことはできそうになかった。
刃角が纏わせた雷がコーティングされているせいで、単純な斬撃では破壊できそうにない。
(単純計算……じゃないな。
一撃の重さが能力も相まって段違いだ)
それよりも、とガイは刃角の刀を押し返すと一度を距離を取って構えなおし、その上で刃角に確認した。
「角王ってのはトウマのために同じ目的と志のもとで集っているのじゃないのか?」
「ああ~……それか」
それか、という意味がいまいちわからない。
が、ガイは刃角の言葉と言い方から何となくだが理解した。
(角王ってのは名前だけであって統一感がない。
ここに来て戦っているのもおそらく私情。
ヒロムという討伐対象を前に己の目的を果たそうとしている)
「あんたの目的はなんだ?」
「……さあ。
なんだろうな、とりあえずはトウマ様のために無知な馬鹿を始末する」
「……そうかよ」
するとガイは「折神」を鞘に収めると、態勢を低くし、ただ刃角を狙いに定めた。
「この一撃で決める……」
「お得意の「夜叉殺し」か。
知ってるぜ、オマエの十八番の抜刀術だ」
「……そうだ」
ガイは刃角が余裕を見せて構えないうちに動き、徐々に速度を上げながら接近し、そし刃角に接近すると勢いよく抜刀し、斬りかかる。
「夜叉殺し!!」
「甘いよな!!」
刃角は一歩下がると右手に持つ一本の刀で防ぐ。
が、ガイの一撃を防いだ刀は一瞬で砕け散り、刃角もその余波で少し負傷してしまう。
しかし、刃角は左手に持つ二本の刀に雷を集中させるとガイに攻撃しようと振り上げる。
「その技の弱点は……」
刃角が何かを言おうとする中、ガイは一撃を放った後だというのにその勢いを残したままその場で勢いよく回転していた。
その光景は予想していなかったらしく、刃角はただ困惑していた。
(なんだ……?
あの技は一撃必殺のはずだ。
なぜ……止まらない?)
「……鬼天!!」
刃角の攻撃を防ぐかのようにガイは一閃を放ち、刃角の刀は一瞬で砕け、刃角は大きく吹き飛んでしまう。
「うおあ!!」
「……夜叉殺しはたしかに単純な高速抜刀術だ。
だからこそ初撃を見抜かれる可能性は高い。
それをわかっていながら放置するわけないだろ」
「……確かに!!」
刃角は受け身を取ると、砕けた刀を投げ捨てた。
が、今の刃角に刀はない。
それでも戦う意思は消えていない。
つまり、何か奥の手がある。
警戒していると刃角はガイの持つ「折神」を指差しながら言った。
「その刀……「霊刀」だな」
「……さすが剣士。
よく知ってるじゃないか」
「霊刀」、それは妖刀、魔剣、聖剣と同列の扱いとなる特殊な武器。
そしてその特徴は「能力者が使うことを前提とした特殊能力」を持っている。
ガイの「折神」にもその力がある。
ガイの実力がなければ切れないほどの鈍ら同然の切れ味も、一度魔力や能力を与えれば圧倒的な切れ味を得る。
こういった能力を持つのが「霊刀」だ。
だが、それはガイにとってはどうでもいいことだ。
「言っておくが、これはオレが霊刀でオマエが普通の刀だったからじゃない。
単純な剣術でオレが上回っていたからオマエの刀が砕けた」
「まあ確かに、それが「折神」だとしても何も切れないであろう切れ味でオレの刀を切り捨てるなんざ剣術が一流でなきゃ不可能だ」
「……?」
刃角の言葉にガイは違和感を覚えた。
なぜ刃角はこの状況下で「霊刀」について語る?
敗北を認めたとも思えない。
なのになぜ。
「てっきりてめえはあの無知な馬鹿と同じ愚かなガキだと思っていた。
その刀も飾りだと思っていた……だからこれを使わなかった」
刃角は懐から何やら棒状のものを二本取り出すと両手に構えた。
が、それはよく見ると、刀身も鍔もない柄だった。
「まさか……」
ガイはそれを知っているが、実際に見たことはない。
が、刃角が持っているということで間違いないと確信した。
「霊刀……「無刃」!!」
正解、と刃角はそれに雷を纏わせると、雷が大きくなるとともに雷の刃が出現する。
「驚いた?
そう、こいつは霊刀「無刃」。
普段は刃も何もないただの棒。
だが……一度力を与えれば無限の攻撃範囲を持つ刃を得る。
そう……これがオレが「刃」角の名を名乗る要因だ」
「……最悪だな」
ガイはため息をつくと、全身に纏う魔力をさらに大きくし、「折神」に魔力を纏わせる。
「早々と倒すしかないな」
「へえ、霊刀相手だと魔力を与えるのか」
「いや……そいつを持ってるなら話は別だ。
他の二組はどうした?」
へえ、とガイの言葉に刃角は拍手していた。
そう、ガイは刃角の持つ「無刃」にある更なる秘密に気づいた。
だからこそ早々に倒そうと考えたのだ。
「霊刀「無刃」は霊刀で唯一と言っていいほどの派生がある。
それは作ったのが親子三代だからだ。
初代は「無刃」、二代目は「無刃・朧」、三代目は「無刃・暁」。
……持っているんだろ、そのすべてを」
「……いやあ、参るな。
普通、この一組だけでそれに気づくか?」
六刀、とガイはこれまでの刃角の戦闘から得た情報をもとに説明した。
「オマエは六刀流。
そして「無刃」を持つ。
それだけあれば剣士で霊刀に関して知っていればわかる」
「なるほど~。
でも……勝てると思ってんの?
ここからは本気だぞ?」
当然、とガイは構えると同時に刀を握る手に力を入れる。
「オレはここで勝つ。
アイツのためにも……ここで!!
オレが最強の剣士だと証明する!!」