一〇話 炎魔焼火
「オレを信じてくれ」
何か策があるのだろうか。
いや、ヒロムが自分のことを信じろというからにはあるのだろう。
だが、角王を一人相手にするというのはガイたちは簡単に容認できなかった。
「ダメだ。
オマエがあの角王と戦いたいのはわかるが、さすがにオマエ一人に任せるのは危険すぎる」
「じゃあ何か他の方法があるのか?
この状況を打破できるような方法が」
異議を唱えるもすぐにヒロムからそれ以上の方法があるかを問われ、それに対して即答できるほどの答えのないガイは言葉を詰まらせる。
「それは……」
「ないとしてもどうにかする。
それだけだろ」
(そう、それだけだ。
だが、ヒロムを始末しようと三人も現れた。
ユリナとハルカを守りながらになるこの状況下で妥当な手段は……)
ガイをフォローするようにソラは発言したが、そのソラ自身も若干悩んでいた。
どうすればいいのか、とソラが考え悩んでいるとヒロムは大きなため息をつき、ソラを軽く蹴った。
「何しやがる!!」
「どうせ倒すためにどうするか悩んでるなら諦めろ。
そのくらいのことはオレが対処する」
「何をする気だ?」
「何も気にしなくていい。
ただ……ユリナとハルカはオレが守る」
でも、と不満が残るガイはヒロムに自分の意見を言おうとしたが、ヒロムはそんなガイを見越したのかガイの肩を掴んだ。
「オレは「覇王」の名を持つ。
その名に恥じぬ戦いはできる。
だから……オマエらは悩むことなく自由に暴れてこい」
悩むことなく自由に暴れてこい。
面倒だと普段から嘆くヒロムの口から出た言葉。
その言葉を聞いてガイとソラは急に肩の力が抜け、同時に不安がなくなり、急に自信が満ちてきた。
「……たく、普段はやる気ねえグダグダ野郎だっってのに……
こういう時はわがままで話聞かねえな」
「まったくだ。
人の気も知らないで……だが」
「「そうでなきゃオマエらしくないな!!」」
ソラとガイは同時に全身に魔力を纏い、武器を構える。
「オレはあの爆撃男をやる」
「じゃあオレは同じ剣士ってことであの六刀をやる」
「それならソラの援護でもしようかな」
イクトは何の前触れもなく名乗り出て、ソラの隣に並んだ。
が、ソラはイクトに対して不快感を露わにしている。
「なんでオレの援護なんだよ?」
「オレはオマエと相性がいいからな。
それに……オマエが万が一にも「アレ」を使ったときに止めるためだよ」
「……気づいたのか?」
「これでも「炎魔」の相棒だからな」
「オレは認めてないがな」
ソラとイクト、ガイが戦う準備ができたと判断したヒロムは指を鳴らす。
と同時にヒロムのもとに新たな精霊が現れる。
紫色の長い髪に紫色の装束、そして杖を持った少女。
「精霊・「幻杖」、イシス。
マスターの呼び出しに応じ、参りました」
「また新しい精霊かよ」
射角が銃を構えようとすると、ソラはアルカと共に弾丸を放ち、攻撃を阻止していく。
「ちぃ!!」
「イシス、オレとあそこの眼帯が安全に戦えるようにしてくれ。
それと……ユリナとハルカを守りながら戦う」
わかりました、とイシスは頷くと杖で地面をたたく。
と同時にヒロムと精霊、ユリナとハルカ、そして拳角が黒い霧に包まれていく。
「え?ええ!?」
「な、何!?」
大丈夫、とヒロムはユリナとハルカの手を掴むとガイたちに伝える。
「すぐに終わらせて戻る。
それまで耐えててくれ」
「偉そうに。
……死ぬなよ?」
「オマエが来るまでにこの爆撃野郎はオレが潰す」
「頼むぞ、オマエら」
ヒロムたちは黒い霧に完全に包まれると同時に周囲が暗くなっていく。
次第にガイたちの姿も気配も、角王二人の姿もなくなり、気づけばヒロムたちは一切の建物がない上空が宇宙のように星が無数に輝く空間にいた。
「これは……」
「私の能力は「空間に干渉し支配する程度」の幻術。
その力であなたを倒すために異空間を作りました」
「……何?」
拳角は自身の耳を疑った。
今、イシスは「空間に干渉し支配する程度」と言った。
一流の幻術使いでも空間に干渉する幻術は会得に時間がかかる上に使用できるとしても精度が悪いことが多い。
それを能力者の人間ではなく、一人の人間が使役する精霊が行ったのだ。
目を疑うほどの精度の高い異空間を生み出すほどのだ。
ましてただ見た目だけならまだしも異空間としての完成度が高く、最早別世界に存在しているような感覚だ。
「一体何を……」
「ですから私が……」
「そうじゃない。
なぜ「無能」が使役する精霊にこんな芸当ができる?」
拳角は自身の疑問をぶつけるが、イシスはそれを無視し、それどころかイシスとフレイたちは戦おうと構えた。
「……気にして解決する内容か?
オマエはここで外の二人の仲間に気づかれずに倒されて終わる」
「……射角と刃角を甘く見るなよ?
あの二人はオマエの仲間程度では倒せない」
「他人の心配か。
余裕だな……その余裕もオレの、オレたちの力で潰してやる!!」
ヒロムの言葉と同時にフレイたちが一斉に動き出し、拳角に襲い掛かる。
が、拳角は一切動じることがなく、それどころかため息をつくとヒロムをにらみつける。
「……数の力で潰そうというなら先に言っておく。
その程度の甘い考えではオレは潰せん!!」
フレイたちが迫る中、拳角は自身が纏う魔力をさらに大きくし、そしてそれは次第に炎へと変化し、激しく燃え始めた。
「「!!」」
「この炎の前では無力に等しいと知れ!!」
拳角の炎はさらに激しく燃え、さらに背中に炎の翼が現れる。
拳角はその翼から炎を周囲に放ち、迫るフレイたちを足止めし、さらに後退させる。
「く……!!」
「なんて厄介なの……!!」
「炎か……」
違います、とヒロムのもとにユリアが現れる。
そしてユリアは拳角の炎を見ながらヒロムたちに説明した。
「あの炎は普通の炎ではありません。
「不炎」の炎、不死鳥の炎です」
「「不炎」?」
「聖獣フェニックスの炎とも呼ばれ、破壊の一撃と治癒の再生を同時に行える炎です」
「……そうか。
でもな……だからって逃げるわけねえだろ!!」
ヒロムが叫ぶとフレイたちは拳角に負けぬように全身に魔力を纏う。
その光景に拳角はため息をついてしまう。
「理解してないようだな。
能力を持つ者同士の戦いはより強い能力を持つほうが勝つ。
まして精霊ではその理屈すら適用されない!!」
「そんなこと……やってみなければわからない!!」
拳角の言葉に反論したフレイは大剣を強く握ると勢いよく拳角に迫ると大剣で斬りかかるが、大剣が迫る中で炎は拳角自身を包むと大剣を弾いてしまう。
「な……」
この程度だ、と拳角は自身を包む炎を消すと咄嗟に大剣を盾にしたフレイを殴り飛ばし、右手に炎を集中させる。
その炎が大きくなるとともにヒロムに向けて放つと、放たれた炎は炎の鳥へと姿を変えながらヒロムに迫っていくが、ヒロムは余裕があるのか、避けようともしなかった。
「炎鳥翔拳!!」
させない、とフレイは体勢を立て直すとヒロムのもとに向かおうとしたが、ヒロムは右手で来るな、と指示を出してフレイを止めた。
「テミス、アルカ」
ヒロムの指示を受け、テミスは巨大な炎の壁を作り、さらにアルカはその炎の壁に雷を次々と注ぎ込む。
雷を注がれた炎の壁は徐々に巨大化し、拳角の放った炎の鳥を受け止めてしまう。
「何……?」
「……大丈夫だ、フレイ」
炎の壁と炎の鳥が同時に消滅し、周囲にその残骸ともいえる炎が飛び散っていく。
そんな中、ヒロムはフレイに伝えた。
「こいつが言う数の力がどうとかじゃないが、オマエたちの強さはオレが知っている。
冷静になればオマエが倒せない相手じゃない」
「すみません……」
「いいさ。
それより……」
ヒロムは拳角の方を確認した。
拳角はその身に纏う炎を大きくしながらこちらに狙いを定めていた。
「……まだやれるよな?」
「当然だ」
(……が、どういうことだ?
この男の精霊、全部で十一体と聞いていたが……
このそれぞれが有する戦闘力の高さは異常だ。
何か秘密が……)
拳角はフレイたちについて考え始めた。
精霊は原則として一人に一体。
素質があっても二体か三体だ。
さらに詳しく言うならば宿せる精霊はその主となる人間の力量と素質により大きく変化する。
誰もが強力な精霊を宿せるわけではない。
空間に干渉する幻術、自身の炎を防いだ炎と雷、さらに氷。
能力については詳細まで知らなかった拳角が確認しただけでもそれぞれが十分強力だった。
つまり、それ相応の力がヒロムになければならない。
だが実際はそのヒロムに何の力もない。
「一体なぜだ……」
「何を悩んでいるか知らないが……
オレから一つ訊かせてもらいたいんだがいいか?」
「オマエの火葬のことか?
あいにくだが……」
「死ぬ気はないから安心しな。
それよりも何であんたがあのバカに従うか気になるんだよ。
元ボクサー……竜田一心」
「……!!」
***
イシスの力によりヒロムは拳角と戦うために異空間へと飛んだ。
ユリナとハルカも一緒に飛んだことで守る対象もいない。
ソラは深呼吸すると銃を構え、イクトも大鎌を構えた。
「……おいおい、拳角はどこに行った?」
「オマエが知る必要はない」
「そうそ。
うちの大将がオマエの仲間潰すって話だ」
「……じゃあ、オマエら殺して探すとするか」
「できんのか?」
イクトの影が急に大きくなると巨大な円形に広がっていく。
影庭、シオンとの一戦で見せた技。
自身の影の範囲を拡大し、その範囲内で自由自在に影を操る。
「あんたの爆発で防げるか試そうか?」
イクトが指を鳴らすと同時に影から無数の腕が出現し、射角に襲いかかる。
影から出現した腕が迫る中、射角は動じるどころか動く気配すらない。
「こいつ……!!」
(余裕ですってか!!
なめやがって……)
「わかってねえなあ……」
射角は自身が持つ銃の銃口をイクトに向ける。
と同時にイクトの眼前で大きな爆発が起きる。
イクトは咄嗟に影で壁を作り直撃を避けたが、その際に影庭が解け、射角に迫る影の腕は消えてしまう。
「……弾丸は見えなかったが?」
「オレの能力はな……オレの能力の射程圏内ならノーモーションで発動できる。
てめえのその遅い影なんざ敵じゃない」
「そうかよ!!」
どけ、とソラはイクトを下がらせると無数の炎弾を射角に向けて放つ。
が、射角は舌打ちをするなり迫る炎弾に対して次々と爆発させながら防いでいく。
「さっき説明したよな?
射程圏内ならノーモーションだって。
それに理解しろよ……オマエらはオレの射程圏内にいるってなあ!!」
突然ソラとイクトの周囲で巨大な爆発が生じ、二人はそれに襲われる。
が、ソラの足下から巨大な炎の柱が出現するとともに爆発から二人を守っていく。
「……オマエこそわかってないだろ。
オレは今……機嫌が悪い」
炎の柱を消したソラは全身に纏った魔力を炎へと変えながら射角を睨む。
そして、自分が持つ銃を射角に向けて構えた。
「知るかよ、オマエが不機嫌だろうが関係ない」
射角はソラの機嫌が悪い理由など関係ないと言わんばかりに睨み返してくる。
が、ソラはそれでも臆することなく銃の引き金に指をかけ、銃に魔力を注ぎ込む。
「……オマエのその他人を見下す態度が気に入らない。
オレの王を侮辱するオマエが特にな」
「侮辱?
事実の間違いだろ!!」
射角は全身に魔力を纏うと、周囲に次々と爆発を起こし、ソラに襲い掛かるように仕向ける。
しかしソラはそれを炎弾で順番に防ぐと走り出した。
待て、とイクトが止めようとしたがソラはそれを無視して走っていく。
「待てるかよ……。
ここで潰さなきゃ意味がない!!」
射角に接近すると同時にソラは炎弾を放とうとしたが、突然銃が暴発し、銃身が崩れてしまう。
ソラが驚く一方で射角は不敵な笑みを浮かべていた。
「な……」
(あいつ……わざとソラの武器を!!)
「武器を失った兵の辿る末路は降伏か蹂躙のみ」
射角は音もなく接近するとソラの頭を掴んだ。
「まずは……」
「ソラ!!」
ソラを助けようと走り出したイクトの足下で爆発が起き、イクトは直撃を受けてしまう。
爆発を受けたイクトは大きく吹き飛び、同時に足を負傷してしまった。
「うわぁぁ!!」
「おい、イク……」
「そこの影からだ!!」
射角はソラの頭を掴んでいない方の手をイクトにかざす。
それと同時にイクトが次々に起きる爆発に襲われていく。
「あああああ!!」
「イクト!!」
ソラは射角の腕を炎で焼き、イクトを助けに行こうとするが、それを見かねた射角はソラの両腕に爆発を起こし、負傷させる。
「が……!!」
「ああ……オレにも嫌いなものがある。
「無能」と同じくらい……自分の立場と価値観を理解していないオマエのような分からず屋だ」
「何を……」
何を言っているのかわからない。
そう言おうとしたソラだったが、何かを言う前に射角はソラの腹を蹴る。
「ぐ……」
「わかってねえだろ?
オマエはあの「無能」のために戦おうとしている。
それはつまり、トウマ様に敵対するってことだ」
「それが……」
だから、と射角はソラの腹を何度も何度も殴る。
あえて自身の能力ではなく、自身の拳でソラを痛めつける。
「要は反逆だ。
オマエはオマエの感情で動き、従うべき相手を間違えた上でこうして敵対している。
それはもう十分な反逆行為だ」
「さきに仕掛けたのは……オマエらだ……」
「自分の価値観を知らないあの愚か者が悪いんだよ!!」
射角はとどめと言わんばかりにソラを殴ろうとした。
「自分の価値も理解していないオマエらみたいな愚かな雑魚に何の意味がある!!」
「……黙れええ!!」
射角の言葉にソラは怒りが限界に達し、そして怒りを解き放つかのように叫んだ。
その瞬間、ソラの全身を炎が包み、さらに炎を勢いよく燃えると射角を弾き飛ばす。
「何……!?」
(ただの炎がオレを弾いた……?)
「……誰が愚かだって?」
「もう一回言ってほしいか?
オマエらのことに決まってんだろ?」
「……そうかよ」
殺す、とソラが冷たく言い放つと、ソラの瞳が赤く光り、そしてソラの炎が徐々に激しさを増すと同時に紅く染まっていく。
紅い炎、その炎は徐々に激しさを増しながら燃える中で射角に向けて異常なまでの殺気を放っていた。
「……何だその炎?」
射角は鬱陶しそうな顔をしながらソラの周囲で爆発を起こすが、爆発が起きる直前、紅い炎が揺らぐとともに爆発する直前の射角の力を飲み込んでしまう。
「何……?」
自身の目の前で起きたこと。
その光景が信じられなかった射角はただ茫然とし、ソラの変化に驚いていた。
「……」
「何をした?
オマエみたいなガキのどこにこんな力がある?」
「……うるせえな」
ソラは破壊された銃を投げ捨てると首を鳴らし、射角を睨みながらもゆっくりと歩き始めた。
ソラが動き出したことで射角は無意識に身構え、同時に少しだが後退りしてしまう。
おそらく意図していないもの、本能的なものなのだろう。
射角はそれを理解しているが、それを理解しているからこそ自分自身が許せなくなり、同時に苛立ち、周囲を次々に爆破していく。
「ふざけるな……。
オレがオマエみたいなガキに……」
「オレの炎はただの炎だ。
ただ、ある一定地点を到達した炎はある力を得てこの姿へと変わる」
ソラが手をかざすと、射角の爆破が静まり、同時に射角が赤い炎に襲われる。
「!!」
「今オレは自分の肉体への負荷と引き換えに「魔人」の炎を使役している」
「今なんて……」
「魔人」、それが何を意味するか分かっていた射角は驚くとともに動揺していた。
「ありえない……!!」
「なんとでも言え。
事実が変わることはない。
そして……オレがオマエを殺すことも」
黙れ、と射角はソラの周囲とソラ本人を爆破しようと力を発動するが、ソラの紅い炎が勢いよく周囲に広がるとそれを飲み込み、そのまま射角に襲い掛かる。
「ぐあ!!」
「やめておけ。
オレの今の炎は強欲にすべてを飲み込み、憤怒に身を任せてすべてを破壊する。
オマエのせいでこの体が使い物にならなくなっても関係ない」
「まさか……」
「この炎を使っている間はオマエの……」
ソラが何かを言おうとした次の瞬間、ソラは勢いよく血を吐き出してしまう。
「ち……」
(負傷してる状態だと安定しないか……
だがこの力でなら……)
「この「炎魔」の力でならオマエを殺せる!!」
ソラは口元の血を手で拭うと自身の周囲に紅い炎で龍を生み出す。
紅い炎の龍は雄叫びを上げると射角を睨む。
「おいおい……造形術で作った龍が雄叫びあげるなんざ聞いたことねえぞ……」
「足手まといはいない……。
ここからはオレとオマエとどっちが最期まで立っていられるかの勝負だ」