一話 能力者
この世界には「能力を持つ者」を意味する「能力者」というものがある。
「能力」とは例えば炎を吹いたり、氷を作ったりすることができる力のことをいう。
よくある計算能力とか言語能力だけじゃ「能力者」とは呼ばれない。
それとこの世界には人や動物のようにある存在がいる。
「精霊」、霊とつくからには幽霊とか怪奇の類かと思うが、「精霊」は人の姿をし、誰にでも認識できる。
稀に狼や熊などの動物の「精霊」や「付喪神」でも連想させるようなモノに宿る精霊も存在する。
「能力」も「精霊」も共通しているのは「魔力」を必要としていること。
「魔力」というのは簡単に言えば燃料だ。
例えばだが、自動車を燃料なしで走れと命令されても動くはずのないものでどうしようもない。
「能力」も「精霊」も同じ、「魔力」が不可欠になる。
炎を吹くにしても、氷をつくろうにも「魔力」がなければ何も作れない。
「精霊」も動くことすらできなくなる。
そもそも「精霊」の「魔力」とは何なのか。
「精霊」は主となる人間と契約して、初めて存在を保てる。
つまり、人から「魔力」を受け取っている。
逆をいえば「魔力」を受け取れないと「精霊」は消えてしまう。
消えても「魔力」は体力と同じ感覚で回復するから次の日にはまた呼べるか。
さて、「能力者」と「精霊」に分類されないのが一般的な「人間」。
そんなこの世界でただ一人、ある呼び名により忌み嫌われている。
「無能」、それがただ一人、オレが与えられた呼び名。
朝七時半頃
セットしておいた携帯電話のアラームのうるさい音を消したオレはベッドから体を起き上がらせるわけでもなく、ただ曖昧な意識の中、姫神ヒロムはボーッとしていた。
「……」
赤色のボサボサの髪、目を開けば男にしては色を間違えていないかと疑うほどのピンク色の瞳、他は何の特徴もない。
背丈は学生としては普通より高い程度、体型も普通。
あまり特色はない。
それが姫神ヒロムだ。
「……メンドーだ」
小さな声で一人呟いていると携帯電話にメッセージが入る。
無料通話のアプリによるトーク機能、手軽さ故に今では全国、全世界の万人が手放せないアプリ。
で、強制的に使わされている。
とりあえず画面を見た。
友人、というよりは親友からのメッセージだ。
見透かしたかのように送られてきた文面には慣れている。
そう、いつものことだからこそこんなのを送ってくる。
「……行くか」
既読して待たせるわけにはいかない。
そんな理由で起き上がったが、自分でもわかるくらいにまでモチベーションは底に達していた。
***
数分後、ヒロムは制服に着替えて家を出て、近くのコンビニに寄った。
寄り道ではなく、そこが集合地点、つまり親友との待ち合わせの場所。
店内に入るなりヒロムは雑誌コーナーに向かった。
そこにはヒロムと同じ制服を着た金髪碧眼の少年がいた。
整った顔立ち、スラっとした背丈、見た目だけでモテているであろうことが想像できる。
「待たせたな、ガイ」
ヒロムが声をかけると雨月ガイは読んでいた本を元の場所に戻した。
「いつものことだ」
「そうかよ」
ヒロムはガイの返事に興味すら示すことなく辺りを見渡す。誰かを探しているようだ。
「やっと来たか」
するとレジの方からオレンジ色の髪の少年が歩いてくる。相馬ソラ、ガイと同じく親友。
制服の下にパーカーを着ているチャラ男に見えるが、本人はただのおしゃれだと主張し、「チャラ男」と同族扱いされるのを嫌がる。
「またコンビニ弁当か?」
「まあな。
オマエのも買っておいた」
そうか、とヒロムは適当な返事をすると先に外に出た。
それに続くようにガイとソラが出てくると、三人は目的地に向かって歩き始めた。
「こんなゆっくりで間に合うのか?」
「オマエが言うな。
どうせ十分歩くだけだ」
歩く速度に文句を言うヒロムに対してソラが言い返すと、ヒロムはなぜかため息をついた。
「……十分もか」
「十分で文句言うなよ?
オレもソラもオマエが起きる二十分前には家を出ていた」
「……よく通う気になるな」
ところで、とヒロムが面倒くさそうにする隣でガイが話題を変えた。
「昨日の部室爆発、能力者の仕業らしいぞ」
「ああ?
なんだそれ?」
「……サッカー部の部室が爆発して騒ぎになってただろ?
知らねえのか?」
知るか、とソラの言葉に対して冷たく言うとヒロムは何食わぬ顔で歩いていく。
そんなヒロムに呆れながらもガイは注意した。
「……少しは興味持てよ。
オマエも巻き込まれる可能性があるんだぞ?」
「知ったところでオレは関与しない。
オレはそいつを捕まえたいとは思わない」
ガイとソラはヒロムの言葉で理解した。
いや、元々知っていた、ヒロムは元来こんな人間だと。
「正義の味方」、ヒロムが何より嫌うこの言葉。
それは「正義」という己の価値観の押し付けでしかないとヒロムは言い、嫌う。
事実、人によって「正義」の形は異なるから一理ある。
「オマエの場合、面倒くさいって言って終了だもんな」
「ああ、そうだ」
ガイの言葉に当然のように断言するヒロムに、二人はため息をついた。
「……まあ、万が一巻き込まれたら無事を祈るしかねえよ」
***
都立姫城学園。
都内にある高校では大きな敷地を持つが、学業や部活成績などは一般レベル、唯一他と違うのは能力者とそうでないものが一緒にいること。
近年増加する能力者に対して能力者育成を目的とした能力者の学校が設立され、徐々に双方が別の場所で学ぶことになりつつある。
が、この学校だけは双方の共存を考え、今の形になっている。
ともに協力し、より良い関係になれるようにと。
ヒロムら三人は二ヶ月ほど前の春に入学したばかり、つまりここの生徒だ。
一年C組、ここがヒロムたちのクラスだ
「お、やっと来たか」
教室に入るなり、黒川イクトに出迎えられる。
黒髪に黒い瞳、あの有名なアイドル事務所所属と言われても文句のないその容姿の少年との関係性は言うまでもない。
「間に合ってるから大丈夫だ」
「ギリギリだろ?」
「……うるせえ」
イクトの挑発にも似た言葉に対してヒロムは軽く舌打ちをしながら言うと睨んだ。
「それより何かあったのか?」
ガイは教室を見渡すとイクトに尋ねる。妙に静かだった。
イクトはそれを予想していたのかのようにスムーズに話を始めた。
「未遂とはいえあんなことがあったからな。
夜中に誰かが侵入したらしく、爆発物があったのを発見。
朝九時にタイマーのついた爆弾がテニス部の部室から発見したらしい」
「それでこの静けさか……ってタイマーの時間おかしくないか?」
ガイが気付いたタイマーの時間。
爆弾を仕掛けるにしても時間が変だというのはわかる。
わざわざ夜に忍んでまで仕込んだというなら人の多いとき、例えば朝練を的にしてもおかしくなかった。
朝九時ということは狙いは体育のみになるが、体育を受ける生徒がわざわざ部室に行くなんて考えはあるとは思えない。
ガイとソラが難しそうに考えているとヒロムは他人事のように自分の席に向かう。
ガイとソラはヒロムのその反応に慣れているとはいえ、ヒロムがこのまま無関係に終わるとは思わなかったため、ヒロムに言う。
「犯人の狙いがわからないからオマエも危ないだろ?」
「それに大事になればさらに厄介だぞ」
「……あのな、偽の爆弾は回収されたんだろ?」
「まあ、回収され……え!?
なんで、それ知ってんだよ!?」
ヒロムの言葉にイクトは驚き、思わず大きな声を出してしまう。
「言ってたか?」
「初耳だ」
ガイとソラが互いに確認する中、ヒロムはため息をつくとガイたちに説明を始めた。
「ガイが言ってただろ。
犯人は能力者だって」
「確かにオレはそれを言った。
でもそれと今は……」
「つうかどうせ犯人はオレらの反応見て楽しんでるならその辺はどうでもいいだろ?」
ヒロムの言葉を聞いた三人はおろか、教室にいた全員唖然としていた。
「……何?」
「いや……何かオマエらしくない」
「ああ?」
ガイの言葉を聞くと不快感を露わにしながら威圧的な態度をとるヒロムだが、そんな中でソラはヒロムに一つ尋ねた。
「犯人の目的は?」
「知らん」
荷物を机に置いたヒロムは教室の入口へと歩いていく
どこに行くつもりなのか、それが気になったガイはヒロムに確認した。
「どこに行くんだ?」
「トイレ。
……覗くなよ?」
「「覗くか!!」」
茶化すようなヒロムの言葉にガイとソラは思わず声を揃えて否定した。
そんな二人を他所に、ヒロムは何か思い出したかのような顔をするとガイたちに告げる。
「あ、そうだ。
さっきのだけど、仮にオレなら体育館に本物を仕込む」
「「!!」」
***
HR中にヒロムの話を聞いた生徒が教師にその内容を伝えたことで教師たちは体育館に向かい、結果小さな爆弾を見つけた。否、爆弾というには単純すぎるものだった。
火薬の入った袋になぜか目覚まし時計が置かれた状態。
それが「爆弾」として発見された。
そのため、生徒一同は教室待機を命じられた……はずなのだが
屋上
そこに一人の生徒がいた。
「なんであそこに隠していたのが……」
その生徒は何やら落ち着かぬ様子で焦り、そして考え込んでいた。
そんな生徒の考えをかき消すかのように男の声がした。
「なんでだと思う?」
生徒が振り向くと、屋上と階段をつなぐ入り口にヒロムがいた。
「一応生徒は教室待機だと思うけど、何してんの?」
「君こそここで何を……」
「いやあ、犯人を倒しに」
ヒロムの言葉が理解できなかった生徒は何が言いたいんだと言いたげな顔でヒロムを見ていた。
「……何?」
「さっき言ってただろ?
隠し場所がばれた理由。
それ、あんたの仲間が教えたんだ」
ヒロムはゆっくりと生徒の方へと歩き始めた。
「オレのテキトーな言葉を聞いたやつが親切にあんたとのやり取りで残ったメッセージを見てたっていう……まあ、カンニングだ」
「……でもオレじゃない」
「ああ、いいよ」
ヒロムは生徒の言葉を遮るような形でそれを否定した。
すると生徒のポケットから何やら音が鳴り始めた。
携帯電話、おそらく誰かからの着信。
「出なくていいの?」
「あ、ああ……」
生徒は恐る恐る携帯電話を取り出すと着信に応じた。
携帯電話に耳を近づけて「もしもし」、と一言。
『やっと出たか』
「!?」
思いもしない相手だったのだろう。
顔は青ざめていた。
「仕事が早いねえ、雨月くんは」
ヒロムが感心する中で生徒の電話越しの相手は話をつづけた。
『あんたの仲間……手下か。
三人ともここで倒れてるから』
一方的に通話が切れ、生徒は後退りする。
「終わった?」
「……なんでわかった?」
「だから、カンニング。
一から考えるより百知ってて考えるなんてイージーだろ?」
「……ありえない」
生徒が狼狽える中、ヒロムはその生徒を見ながら冷たく言い放つ。
「ありえるさ。
その電話の相手を倒したのは「能力者」だからな」
「!!」
***
人使いが荒い。
というよりは単純すぎる。
ガイはそんなことを思っていた。
自分の足下で倒れている三人の生徒の一人から拝借した携帯電話の向こうからは一切の返事がないため、投げ捨てた。
何か言えと思いながらもう一方の手に持っていた竹刀を見た。
「……こいつじゃ少し脆いな」
竹刀の損傷具合に不満を持つガイは小さくため息をついた。
「相変わらず一瞬だったな」
するとソラとイクトが遅れてやってくる。
体育館裏とはいえそう時間がかかる場所じゃない。
つまり、見物したといえる。
「この程度当然だ」
「にしてもまさかうちのクラスに一人混ざっていたとはねえ。
いつ気づいたんだよ、ガイ」
そう、そもそもガイは一切指示を受けていない。
ただ、三人を見つけたから倒したに過ぎない。
「あのヒロムがあのタイミングでトイレに行った。
オレの知るヒロムなら真っ先に机を枕にして眠りについている。
それだけだ」
なるほど、とガイの考えにイクトが感心している時だった。
どこからか銃声が響いてくる。
「……向こうも始まったな」
「じゃあ、こっちもやるか」
ソラが後ろを見ると、そこには何人もの覆面の男がいた。
「……覆面とかないわぁ」
あくびをしながらイクトが前に右手をかざすと、イクトの影から突然身の丈はある長さの大鎌が出現する。
「「!!」」
「そう驚くな」
ソラは左手に拳銃を持っていた。
「オレら能力者三人を相手にするんだ。
せめて楽に倒れろ」
***
ヒロムに追い詰められた目の前の生徒は携帯電話を投げ捨てると同時に拳銃を出した。
銃口はヒロムに向いていたが、その拳銃は震えていた。
「……何のつもり?」
「おオマエら能力者が悪いんだ!!
偉そうに調子に乗りやがって!!」
「オマエら?」
ヒロムは目の前の生徒の言葉に違和感を感じた。
オマエら能力者
つまり、とヒロムは一切悩むことなく答えを出した。
「オマエ、能力者じゃ……」
「うるさい!!」
ヒロムの言葉を遮るかのように生徒は引き金を引き、銃口から弾丸が放たれる。
銃弾を撃った衝撃に全く対応できていない生徒の腕により銃身がブレてしまうが、弾丸はそれでもヒロムの方に向かっていく。
「……無駄だ」
ヒロムは一切の焦りを見せず、それどころか平常心のまま向かってくる弾丸を掴んだ。
弾丸の速度、それは人がそう簡単に反応できる速度ではない。
しかしヒロムはそれに反応した。その結果を見た生徒は打つ手なしと思い膝から崩れ落ちた。
「そんな……」
ヒロムは生徒に歩み寄ると急に生徒の腹に蹴りを入れ、生徒を気絶させる。
「まず一人」
ヒロムは入り口の方へと振り向く。
そこには一人の生徒がいた。
その生徒は男で、左腕に腕章をつけていた。腕章をつけているということは学生でありながら高い地位にいる存在。
「……オマエが裏で糸を引いていた」
「……何の話だ?」
「……オレの独り言だが、体育館にあったのはこいつのもの。
でも一件目と二件目はあんたのだろ?
何かしらの理由であんたは協力関係になった。
が、あんた自身こいつらの目的とは違った目的があった。
多分こいつが決行する直前でほかの三人といっしょに罪の意識から中止しようとしたんだろ?
それを知ったあんたは一件目の爆発を起こした。」
ヒロムの長い話に目の前の生徒は退屈そうな顔をするが、それでもヒロムはつづけた。
「現場に爆発物がないことから能力者によるものと判明。
つまり、あんたらの用意した爆弾を特定されない口実ができたんじゃないか?
まあ、夜に忍ぶなんてあんたのその役職なら必要ないよな。」
ヒロムはしゃがむと先程気絶させた生徒の服のポケットを物色し始める。
が、物色しながらもヒロムは話をつづけた。
「あんたの「組織」はずっと下校までの間みまわりしていたらしいしな。
んであんたは急ごしらえの偽物を設置。
これが二件目、でもこれがあんたにとっては最大の誤算になるきっかけになってしまった」
「オイオイ……まだ続くのかい?」
「焦るなよ。
オレがカンニングして得た情報を言ったせいで材料が回収されてさらにはこいつらにまでたどり着いた」
それで、と入り口をふさぐように立つ生徒は続きを求めた
「当然大した力もないこいつらが倒れるのも時間の問題。
で、あんたは口封じでもしようと来た」
なるほど、と生徒は拍手をしながらヒロムに言った。
話に退屈していたらしく、腕を大きく振るとヒロムを見ながら言った。
「力説どうも。
長々と文字数と相手の気力を削ぐ話だった。
でもオレは知らない」
「もう知らぬ存ぜぬは通じないけど?」
ヒロムは倒れた生徒の携帯電話を拾うなり操作しながら告げる。
「あんたとのやり取りはメールを消せばばれないと思ったみたいだけど、ネットに自動でバックアップされていたからな、全部。
これって証拠になるよな……生徒会「副会長」さんよ」
ヒロムの言葉に目の前の生徒は黙った。
そして拍手する余裕はなくなり、余裕を表していた表情も消えていた。
「なぜわかった……?」
「カンニング、て言ってるだろ?
でも、あんたなら何となく納得できる。
この学校は秋に学園祭を行うが、その学園祭を指揮するのは次の生徒会長だ。
つまり副会長、二人いるうちのどちらか。
が、あんたはそこまで票が獲得できないからデモを装った票数稼ぎだろ?
まあ、ここまで言えば言わなくていいよな?」
そうだ、と目の前の生徒、いや男はヒロムをにらみつける。
「あいつは甘い。
今この学校の現状を知りながら改善しない」
「現状?」
男の言葉が理解できないヒロムは不思議そうな顔をしていた。
が、それを見兼ねた男はヒロムに対して説明した。
「ここはぬるい。力あるものが力なきものと並び歩くなど不要だ」
「ここはそういう学校だ。
頭おかしいのか?」
「……なんとでも言え」
すると男の右手から炎が現れる。
「ここで消せばいいだけだ」
男が勢いよく炎を放ち、その炎がヒロムを飲み込んでいく。
炎は徐々に大きくなり、次第に屋上を炎の海に変えていく。
「悪く思うな」
男は右手の炎を消すと、何事もないように去ろうとしたが……
「何が?」
男は耳を疑い、すぐさま自分の隣を見た。
そこには炎に飲まれたはずのヒロムがいた。
「な……」
「あの程度じゃ通用しない」
「さすが能力者……」
「言っておくが、オレに能力はないんだ。
それでもオレにあるのは……」
何を言っているんだ、と男が言おうとすると突然、屋上に広がる炎が一瞬で消えていく。
そして、炎が消えると同時に十一人の少女の姿が現れる。
この学校の生徒ではない。
コスプレのような衣装に武器を持った十一の少女。
いつからいたのか、と男は目を疑い、そしてヒロムの言葉を思い出した。
オレに能力はない
「まさか……」
「唯一オレにあるの十一人の精霊を使役できることぐらいだ」
「そんな……ありえない……」
男が驚いていると、十一人の少女の中の一人がゆっくりと動き始めた。
「気をつけろ。
オレにケンカを売るってことはな……」
そして男の方へとゆっくりと動き始めていた大剣を持った金髪の少女が勢いよく接近してくる。
「うあああああ!!」
「こいつら全員を敵に回すってことだ」
大剣が振り下ろされて男に迫る中、男は恐怖によって急に倒れ、そのまま気絶してしまう。
「聞いてないか」
「ご無事ですか?」
大剣を地面に刺した少女はすぐさまヒロムに歩み寄る。
腰まではある長い金髪、澄み切ったきれいな瞳、先ほどまで大剣を持ち上げていたとは思えない細い体。
それらすべてがあることでとても美しく女性らしい、とても「精霊」とは思えないものだった。
「大丈夫だ。
フレイこそ、悪かったな」
フレイ、それが彼女の名前だ。
「いえ、マスターに何かあっては……」
すると突然フレイがヒロムを抱きしめるが、突然のことだったためヒロムも驚いていた。
「私、心配でした」
わかったから、とヒロムは強引に離れるとは咳払いした。
「これで一件落着か」
「はい、そうですね」
「オマエが教室であれに気づかなきゃ時間がかかったけどな」
「たまですよ。
私の視界に入ったので……」
え、とヒロムはフレイの言葉を途中で遮った。
「オマエ、ずっといたの?」
「ええ、マスターのそばにいましたよ?」
それが何か、と不思議そうな顔でフレイがヒロムを見つめる
そんなフレイの顔を見るとヒロムは呆れてしまい、自然とため息が出てしまう。
「じゃあ朝起こせよ」
「それは依然、マスターが「オレのタイミングで起きる」と言われましたから」
あ、とフレイに言われて思い出したヒロムは目線を逸らした。
そういえば前回言っていた。
いつかは覚えていないが、しつこく起こされた気がしたから自分で起きると告げたんだった。
「……そうだったな」
「では明日から起こしましょうか?」
ヒロムの反応を少しからかうようにフレイが言うと、ヒロムはため息をついた後に小さな声で答えた。
「……頼む。
と、とりあえず、さきにこいつらだ」
ユリア、とヒロムが言うと一人の少女が駆け寄ってくる。
長くきれいな黒髪と黒い瞳、飛ぶに適さぬ服装の少女は杖を手に持っていた。
何でしょうか、とユリアと呼ばれた彼女はヒロムに用件を尋ねた。
「こいつらを先生どものところへ連れていく。
用は済んだし、ガイたちのもとへ向かってくれないか?」
「わかりました」
ユリアは先に屋上を去り、ヒロムはフレイと共に二人の生徒を運ぼうとする。
「……たく、面倒だな」
***
「無能」
きっと変に期待されていたんだろう。
オレの両親、父も母もその親族も全員が能力者だった。
そして生まれたオレは……
一切の能力なくこの世に生まれた。
父と母、叔父と叔母、そして母の家の者はオレを受け入れてくれた。
だが、父の家の者は拒絶した。
十一の精霊がいても意味がない、そう告げられたらしい……
そしてその大人たちがオレを「能力がない」、「何も得るものがないハズレ」の意味を込めて「無能」と呼んだ。