夏の終わりに
チリン、と風鈴が鳴る。不思議なもので、少しも涼しさなんて感じないのに、なんだか涼しくなった気がする。でも、それもあと数日で、赤と青と白に彩られた旗と一緒にお役御免だ。
目の前にはかき氷が2つ。練乳のたっぷり掛かったブルーハワイと宇治金時。事情を知る店主のおじさんは、嫌な顔一つせず一人の席に2つのかき氷を運んで来た。
こういうの、なんて言うんだっけ?あ、そうだ、未練だ。
ジリジリとした熱が、氷柱を削って作る昔ながらのかき氷を溶かしていく。氷を細かく砕いた偽物と違って、氷を薄く削って出来たそれは、見る間に液状と化していく。ふわふわした、舌の上で蕩けるような食感と引き換えに、その寿命は短い。
もう少しエアコンを効かせてくれればいいのに、そうしたら食べてる内に寒くなるからと、おじさんは絶対に温度を下げてはくれなかった。おかげで、かき氷の有難味は三割増しだ。
毎年、夏になるとお爺ちゃんと一緒に来ていたお店で、注文する物はいつも同じ。真っ青になった私の舌を見てお爺ちゃんが笑うところまでがお約束。
私は小さい頃は身体が弱くて、新幹線での長旅が必要になる帰省は、5歳になるまで見送ってたらしい。私が元気になると、飼っているゴールデンレトリバーのタロウをお隣さんにお願いして、3泊4日の小旅行が毎年恒例となった。
だから、この店のかき氷を食べたのは12回、いや、今年は食べてないから11回かな。些細なことでお爺ちゃんとケンカして、いや、私が一方的にスネてただけか。だってそうでしょう?高校一年生の夏休みという、人生で一番楽しい時期に、どうして好き好んで何もない田舎に来なきゃいけないの?
お爺ちゃんの家に着いた私は、挨拶すらせずにずっとスマホを弄ってた。友達に電話を掛けて、聞こえよがしに不満を垂れ流した。
気を遣ってくれたお爺ちゃんがかき氷を食べに行こうと誘ってくれても、行くわけないでしょと撥ね付けた。
あの時のお爺ちゃんの寂しそうな顔が、今でも印象に残ってる。
器の中身が少しずつ量を減らしていく。
孝行したい時に親はなしって言うんだっけ?じゃあ、謝りたい時に謝れないのは、なんて言えばいいんだろう?
事故だった。散歩中に居眠り運転のトラックに突っ込まれて、呆気なく人生おしまい。
葬式の最中、啜り泣くお母さんや、悲しみを堪えてるお父さんのことをじっと眺めていた。なんというか、現実感がなかった。
チン、とスプーンが空の器を鳴らす。テーブルの上には空の器と、水色に白の斑が入った液体に満たされた器が1つずつ。
店を出て、空を仰ぐ。ビルも何もない山里に、青々とした空が広がっていた。強い陽射しの中、一際大きな蟬しぐれが降る。
「タロウ、行こっか」
リードを引いて、愛犬と並んで歩き始める。
もうすぐ夏が終わろうとしていた。
本作品を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
本作品も『お兄ちゃんと呼ばないで』と同様、お題を頂いて書きました。
今回のお題は『死別』『かき氷』です。