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戦う理由

この話はフィクションです。

実在の人物・団体とは一切関係ありません。

カツンカツンと音を響かせながら、京介は自宅アパートの階段を昇っていた。


後ろからは貴斗が京介に続く。


「……いつまで付いてくるつもりだ?」


「今日お前んち泊まるわ」


貴斗の返事に京介は溜息をつく。


京介が紫雲雅人の息子だと知ってから貴斗の追及は止まる事を知らない。


散々追及されたあげく、どうして教えてくれなかったのかと怒りだす始末だった。


「だから、秘密にしていた事は悪かったって言ってるだろう。だけど、この事が外に漏れれば俺は殺されるかもしれないんだ。多少の用心は当然だろう? 別にお前の事を信じていなかったとか、そういうわけじゃない」


「……もういーよ、その話は。俺もまだ怒ってるわけじゃないしさ。ただ、いろいろ話を聞きたいんだ」


自室の鍵を開け、中に入る。当然のように貴斗は後に続いた。


部屋の灯りをつけ、鞄を机の上に放り出し、パソコンの電源を入れる。


貴斗はベッドに腰かけ、本棚を見て呆れとも感嘆とも取れる溜息をついた。


「また増えてるんじゃないの、不動神山の歴史小説。まったく、焚書処分にあってる本をどこから手に入れてくるんだか。見つかったらただじゃすまないぜ?」


「いくら政府が言論統制や思想統制を敷いたって、個人の思想を完璧に取り締まるなんて不可能さ。ちょっとした知識さえあればこれ系統のアングラサイトはすぐに見つかる」


カタカタとキーを叩きながら京介が返す。


「例えばここ」


カチッとマウスをクリックして貴斗に見えるようにディスプレイを動かす。


「……ただのネット通販じゃん」


ディスプレイに映し出されたサイトは、世界最大級の規模を誇るネット通販のサイトだった。


「表向きはな。でもある特殊なIDを使ってログインすると……」


京介がログイン画面にIDとパスワードを入力し、ログインをクリックする。


「ほらこの通り。一瞬にして焚書処分にされた本たちの購入画面だ」


今度こそ正真正銘の感嘆の声を上げた貴斗を尻目に、京介は目ぼしい本を探し始めた。


「マーケットが小さいし、何より商品自体の絶対数が少ないから多少……いや、かなり高価だが、大抵の……まあ俗に言う“有害指定”モノはここで手に入る。お前の欲しがりそうな大人の本やDVDもな」


最後の一言はニヤリとした笑みと共に。


ごくりと生唾を飲み込んだ音を聞いて、京介はクックッと笑った。


「ア、アホ! そんなんいるか!」


「いいのか? 国内じゃもう絶対手に入らない無修正モノだぞ?」


「からかうなよ!」


貴斗の返事に肩をすくめて、京介はサイトを閉じる。


「それは残念。今回はご縁がありませんでした、っと」


ディスプレイに多少の心残りを見せる様子ながら、貴斗はベッド脇に積み上げられた焚書処分の雑誌を無造作に一つ取り上げた。


「それにしても、本当に歴史モノばっかだな」


パラパラとページをめくりながら呟く。これはまだ比較的新しい物らしく、表紙にデカデカと先の反乱についての記事のみだしが載っていた。


記事を流し読みしているうちに、ふとある疑問が思い浮かんだ。その疑問を素直に口に出す。


「なあ、京介……」


「ん?」


「お前はなんで解放軍に入りたいと思ったんだ? やっぱ親父さんの仇討ちとか?」


貴斗の言葉に、タイピングしていた指が止まる。


「……お前はどうなんだ?」


低く、静かに、京介が返す。


「俺は……ホラさ、親父が殺されてるから。濡れ衣を着せられて、社会的に抹殺されて、それで……」


首を吊った。


その話は反体制思想を持つ者なら誰でも知っていた。


貴斗の父はある企業の社長だった。


「能力さえあれば誰でも、例え日本国籍でなくても、我が社では重用する」


売国政権が完成する以前から外国人への差別廃止を徹底し『仕事も給与もすべて均等に』という、当時にしては珍しいスタイルの経営者だった。


そんな会社だったからもちろん優秀な人材が多く集まり、経営は軌道に乗っていた。


しかし五年前、ちょうど売国政権が完成した時期、会社の金を使い込んでいた社員を一人クビにした事で、すべてが狂ってしまった。


その社員は「自分が朝鮮系である事を理由に不当に解雇された」と人権擁護委員会に申し出たのである。


その後、人権擁護委員会はろくな調査もせず、会社及び貴斗の父に対し罰金の支払いを命じ、これを断った貴斗の父の名を「国籍差別思想を持つ」として実名公表した。


もちろん会社の経営は悪化。


株価は暴落し、従業員は次々と去っていく。やがて会社は倒産。多額の借金を背負った貴斗の父は妻と息子を実家に預け、自分の財産をすべて処分して借金を返済し、その後首を吊って自殺。

翌年、悲嘆に暮れた貴斗の母も病を患い、後を追うようにして急逝した。


「そうか……」


辛い過去を思い出させてしまった事に多少の罪悪感を感じながら、京介は続けた。


「俺は違う。親父は関係ない。復讐なんかじゃないさ。むしろ事を急いた親父には侮蔑の感情しか持ってないよ。先の反乱は無謀だった。あそこで動いたって、どう考えても勝ち目は薄い。一世一代の大仕事に博打を持ち込んだアホとしか思えないね」


「じゃあどうして!」


京介の言い草に多少ムッとしながら貴斗が問う。


「……美しいじゃないか、この国の歴史は。文化は。大陸と隔たれていたばかりに大陸の文化を吸収しながらも独自の文化を編み出し、冊封体制を敷く隋にアジアで唯一対等外交を吹っ掛け、当時世界最強だった元を二度も撃退し、戦国時代を経て世界最強の軍事国家となり、江戸時代には世界最大クラスの人口を誇る大都市を造りあげ、開国後は三百年の文明の遅れをわずか数十年で取り返して世界第三位の軍事大国となり、大東亜戦争でアジアを欧米から解放し、敗戦後は経済面で台頭して、すべての戦勝国を抜いて世界一にすらなった! ゾクゾクするじゃないか、彼らの所業は! その偉大な歴史を……」


スッと京介の目が細まり、瞳が怒りの色を映す。


「あの糞どもは外国に売り渡し、あまつさえ歴史を捏造し、否定した! それだけで万死に値する罪だと思わないか?」


自分に向けられたゾッとするような冷たい瞳に、貴斗は戦慄した。


「真実こそ正義だ。これは本来正しい事だったはずなのに、今の日本では真実を求める者は生きていけない。だから粛清したいのさ、頭の腐りきった醜い大人を」


ディスプレイに向き直り、武士の血はどこに行っちまったんだろうな、と呟く親友に、貴斗は初めて明確な“恐怖”を感じていた。

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