第八話*初戦
奴隷船を襲撃し仲間を得たリッキーたちは、まずその教育に勤しんだ。せっかくの人員も船の操縦や砲撃、食事の用意などさまざまな仕事がこなせなければ増やした意味がない。多少骨折りではあるが、リッキーを含む七人全員が手本となって教え回った。
船の扱いについてはバジリオとジラルド。砲撃の方法はロブ。マスケラが文字を教え、スカトラが呪術を教えた。ヴァーロは武術である。リッキーはそれ以外のことを請け負いつつ、全体の進み具合を監督した。この方針を聞かされたときには驚いた一同だったが、やってみると案外難しいことはなかった。バジリオは職場で新人教育をしたことがあったし、マスケラも一応教壇に立っていた身である。ヴァーロに至っては村での仕事とほぼ同じであった。リッキーとロブも部下を見ていたので問題ない。スカトラは初めてだと言いつつも、教えるのがなかなか上手かった。
洋上で生活を初めて早二週間。新入り六十二名は、連日の教育で一先ず船での共同生活に慣れ始めていた。大砲ごとに班が決められたり、船に乗せている家畜の世話係が決まったり、いろんなことが定まった。六人いた十歳程度の子供たちは、毎日の勉強が役割となった。文字の他に計算も学ばせた。女は十二人いて、食事や洗濯などを切り盛りすることになった。リッキーは彼女たちを六人ずつの二班に分けたが、これが結構な迫力であった。そもそも海賊船と知って残った彼女たちである。ヴァーロの稽古もあり、屈強な華の後方部隊ができた。
バジリオが初めて乗ったときも、この船は海賊船らしくなかった。十人に満たない人数で、こざっぱりした感じであった。今、後甲板から増えた仲間たちを見下ろしてみても、やはり海賊船らしからぬ景色であった。男に、女に、走り回る子共たち。バジリオは海に浮かぶ村落のようだと思った。
「あーっ! 兄貴いた! もう、どこ行ったかと思っただろ!」
「ん? どうしたんだよ」
心地の良い潮風に吹かれていると、ジラルドが階段を上がってきた。バジリオが視界からいなくなって探していたらしい。人が増えたので、最近少しそういうことが続いていた。
「何もないけど! …勝手にどっか行かないでよ」
ジラルドはそう言って兄に抱きつく。バジリオは甘えたな弟の頭を撫でて慰めた。図体が大きくなっても自分の後をついて回る弟を、少し微笑ましく思っていた。
別の日。リッキーは六人を船長室に呼んで次の襲撃について話をした。人が増え、必要な物資も増えたので、そろそろ本格的に働かなくてはならなかった。新人たちを加えた初戦でもある。メモーリア地域に接する大きな海図を広げ、リッキーは目的地を説明した。
「ここらで一番良い商船は、やっぱりアウロラ帝国に向かう船だ。物資を潤沢に持っている。どうせ襲うなら旨味が多い方が良い。でも、海軍もそれを分かっているからアウロラ近海では警戒が強い。南から来る船も西から来る船もこの辺りで合流し出すんだけど、ここで仕事はできないんだよねえ」
海図上に点線で描き込まれた航路を右手で示しつつリッキーは続ける。
「そこで。こっちの南航路が集まり始める地点。ここが穴場だ。帝都から遠いせいであんまり軍が行かないし、船も密集せずに単独でぽつぽつ通る程度だから一対一。ここで襲って船を沈めれば、大波だったのか襲撃だったのか分からない。商船はその分気を付けている地点でもあるけれど、小さいのを襲えば大丈夫」
「あっ、そこは確かに聞いたことがあります。そこで船の行方が消えたら、もう駄目だって…」
バジリオは昔聞いた話を思い出し、そういう事だったのかと納得した。船は港を出港すると、その後は中継地点からの通信が来ない限り連絡がつかない。だから洋上で消えて予定日に着港しない場合は、もう探しようがなかった。予想からどの辺りで消えたのかが分かっても、どうしようもない。リッキーが示した場所はそういうことが度々起きている海域であった。
一行は小さな港町に立ち寄って物資を補充し、初稼ぎに向かって出港した。
***
雲は多いが太陽の見える日だった。風はやや強めに吹いている。カラベル船は手頃な商船を探して洋上を走っていた。そこへ一隻の船影が近づき、リッキーは直ぐに号令をかける。新入りの船員たちは初仕事に緊張しながらも雄叫びを上げて答えた。
「うんうん。重たそうなキャラック船じゃないか。装備が固そうだけど、今回は大砲も使えるし、的は大きい方が当たりやすい。風上を取りつつ接近するよ!」
戦闘に有利な位置を確保しながら、商船に近づいていく。もう少し行けば肉眼でも見え、相手もこちらに気付くだろう。そんな初狩りの直前だった。
「船長っ! 船が、船団が見えますっ!」
メインマストに登っていた船員が頭上で声を上げた。商船とは違う方角を向いている。何事かと思いリッキーは後甲板から望遠鏡を覗いた。
大きな船が一つに、小型の物が四つ。確かに船団を組んでいる。しかも風上を取りながらこのカラベル船に迫っているようであった。リッキーはその様子に首を傾げた。方角から考えるとアウロラ帝都からやってきた船だろう。だが商船にしては厳つい。稀に船団を組むこともあるが、五隻は多すぎる。しかもその並びが異様に整っていたのだ。
まさか、と思いながらロブをメインマストに登らせる。上から改めて確認をしたロブは緊迫した声で叫んだ。
「リッキー! 帝国海軍だっ!」
「ううん、嫌な予感が当たっちゃったか…」
ロブの確認を聞いてリッキーは直ぐさま船の方向を変えさせた。海軍の船団が迫っている。商船襲撃は諦めるしかなかった。それどころか、何か手を打たなければこちらが軍に襲撃される側となる。
風上から追い上げてくる軍艦は速かった。こちらが向きを変えている間に肉眼で見える程に近づき、その様子が伝わってきた。メインマストのてっぺんに掲げられた提督旗のところに、黒いリボンが棚引いている。それは船が喪に服している印だった。
「……ブラドル中将の報復戦ってとこか…」
出来れば一戦も交えずに逃げ切りたいと思っていたリッキーだったが、弔旗を見てそれは不可能だと悟った。この滅多に海軍が来ない海域に、五隻もの船団が現れたのである。過日の戦闘を思い出して身に覚えがありすぎた。たとえ逃げてもきっとあの船団は追ってくるだろう。ここまでこの船を探してやって来たのだから。
「リッキー、横陣だ。真ん中のガレオンを中心に左側の二隻が前に、右側の二隻が後ろにずれて斜めになっている。今、風を使って逃げるには左へ逸れるのが一番だが……、あの並びだと左端の船が直ぐ後ろを取り兼ねない」
「うん。誰の指揮は知らないけど、殺意だけは伝わってくるよね。戦うしかなさそうだ」
上から下りて来たロブと話している間にも船影は大きくなってくる。
商船を襲う立場から一転、海軍に狙われていると知った船員たちには動揺が走っていた。リッキーはそれを吹き飛ばすべく、強く声を張り上げて言った。
「諸君っ! 初仕事で乾杯といきたかったところだが、少々状況が変わった! だが恐れることはない! 相手が商船でも軍艦でも同じさ! 君たちがやるべき事は、それぞれの役目を全うすることだけだっ! そうすればこの船の勝利は私が導くっ!」
フックの形をした右手を高く突き上げる。その勇ましさに船員たちがうおおお、っと雄叫びを重ねた。全員が戦闘配置について指示を待つ。迫り来る軍艦に対してリッキーはその左端に的を絞った。
「スカトラっ! 悪いけどまた船首に立ってくれるかなっ?」
「やれやれ……、やっと前線を引退できたと思ったのですがね」
「左端の船に衝角を当てる。船首、向かって右側に当たるよう風を集めて欲しい」
「こんな不利な風向きで突っ込むだなんて。敵が驚きますよ」
「それが狙いだから宜しくね」
呼び出されたスカトラが杖を持ってフォアマストの前に立つ。呆れた調子で会話をしながら甲板に呪の言葉を書き付ける。その上に杖を置くと呪術が発動して、風向きが悪いにも関わらず帆にいっぱいの風が吹き込んだ。船が左端の軍艦に向かって直進を始める。
船内では砲撃の準備が行われていた。ロブの指示に従い、左舷は閉じて右舷に火力を集中させる。船員たちは連日学んだ手順を真剣に実行した。自分の役目を全うすれば勝てる。あの日、自由を与えてくれた船長の言葉を信じたのだ。非戦闘員は左舷後方に避難し、側砲の他に船首と船尾でも砲撃の準備が整った。
ドボンッ、ドドンッ、と海軍からの砲撃が始まる。近くに落ちた大砲の弾が船を大きく揺らしたが、船体には届かなかった。敵の攻撃を避けながらカラベル船が軍艦に突っ込んでいく。
「全員、衝撃に備えろっ!」
ずごごごごっ、という大きな音を立てて衝角が敵船の左舷を抉った。
***
クリストファー・ブラドル中将が亡くなった。かつての部下、リッキー・リードが海賊となったことに心を痛め、その討伐に自らが赴いて殉職したのだ。
まだ懸賞金も掛かっていない名無しの海賊に、海軍中将が殺された。相手が元海軍とは言え、それは軍の中枢を揺るがす大事件だった。その死を悼んで軍葬が執り行われ、報復戦を許された。だが報復戦に名乗りを上げたのは彼の一人息子ではなく、彼直属の部下たちだった。部下は一隻のガレオンと四隻のブリッグに乗って海賊リッキーを探しに出た。
逆賊を見た者の情報によると、扱う船は三本マストのカラベル船。掲げている海賊旗は骸骨の後ろに三つ編みが輪を作り、骸骨の下でクロスボウの矢が二本交差していると言う。船員の数は少なかったようだが、元海軍で腕を振るったリッキー、ロブの両名の他にも、手強い者が乗っていたらしい。その上、呪術師も乗せているという奇妙な組み合わせだ。
ブラドル中将の敵討ちには軍の威信をかけて軍人のみで臨んだ。
帝都から南へ向かう航路の途中、その忌々しい船は現れた。この遠方の海で今正に悪行を為そうとする直前だった。
ガレオン船の艦長は直ぐに指示を出して船団の形を整えた。右舷の二隻を前に出し、左舷を下げて斜めの横陣にする。風は左舷後方から吹いていた。こちらが風上だ。
五隻の船団で道を塞げば相手はこちらに背を向けて逃げるか、右左に逸れる。もし逃げるなら向こうが疲弊するまで追えば良い。ブリッグはカラベルに負けず劣らずの速度を誇る船だ。万が一にも逃がすようなことはない。また敵が左右に逸れても、広がった横陣なら直ぐに対処が可能だった。
艦長は敵船を沈めることだけを考え、全砲門の準備をさせていた。
「艦長っ! 敵船が右へ逸れていきます!」
「ふん、そちらへ逃げる気だな。直ぐに捕らえて沈めてやる。全艦、船首を右に回せっ! 船の間隔は保ったままにしろっ!」
「はいっ」
ガレオン船からの指示が手旗で他へ伝えられ、船団が大きく旋回を始めた。射程距離に入った段階で順次、砲撃を開始する手筈になっている。ぐんぐん近づいてくるカラベル船に対し、右舷側にいた一号艦と二号艦が真っ先に大砲を放った。しかし砲弾は海を揺らすばかりで船体に当たらない。撃つ弾が、カラベル船の通った後へ落ちているように見えた。
総指揮権を持つガレオン船の艦長は、その様子を見て不思議に思った。
「何だ? やけに速度が速い。我々が風上を取っているはずなのに……」
そう感じて双眼鏡から目を離した次の瞬間、凄まじい衝突音を立ててカラベル船が一号艦に激突した。遠くまで響いてくるメキメキという音に艦長はハッとする。ただの船同士のぶつかり合いではない。それに続いて、敵からの一斉射撃の音も轟いた。
敵は逃げるものだと思っていたせいで、側砲が撃てる位置にいなかった。急ぎ船首砲を撃つが気休めにもならない。カラベル船は一号艦に船体を擦りつけながら船尾方向へ押し進んでいた。何とか二号艦の側砲が届ば良いのだが。艦長はそう思ったが、程なく二号艦の甲板から上がった煙を見て顔を歪めた。
「全速だっ! 全速で追えっ! 船首砲で構わんっ、撃て! 撃てえーっ!」
カラベル船に向けて側砲を撃とうにも、間にいる二号艦が邪魔になって狙うことができない。本来なら船の間を通り抜けた瞬間に、左右からの砲火で相手を仕留められる陣形だった。しかし敵はそこへ斜めに突っ込み、こちらが撃つ前に弾を撃ち込んできた。おまけに味方の船を盾に取り、追撃をかわしたのだ。
船が一号艦と二号艦の間を抜けていく。そのまま後方に逃げていくのか? 船首をぐるぐると回されるばかりで、一向に砲撃のタイミングを掴めない。だが逃がす訳にはいかなかった。ブラドル中将の敵討ちなのだ。軍の威信が掛かっているのだ。
ガレオン船は右へ旋回し続けて向きを百八十度回転させた。これで逃げる海賊船を追うことができる。他のブリッグも同じ指示を受けて方向を変えていた。
煙の上がる二号艦の向こうから、カラベル船が顔を出す。その船尾に砲弾をぶち込んでやる!艦長は怒声を上げて号令をかけた。
「撃てえーっ!」
ズドオンッ、と逃げる船を予想して弾が飛ぶ。だがその弾はカラベル船の甲板を掠め、通り過ぎていった。敵船が予想以上に近かったのだ。しかも船尾を見せず、斜めに側面を向いていた。
ズドドドドドッ、と重なり合う射撃音が響いた。カラベル船の側砲だ。五隻の軍艦を前に、逃げると思われた小型船が二度も仕掛けてきたのだ。船に穴を開けられ、ろくに反撃が出来ないまま目の前を敵が通り過ぎていく。ガレオン船の旋回に続いた三番艦、四番艦も同じように砲撃を受けていた。こちらはほとんど被弾していなかったが、ガレオン船の動きが止まったことで最早船団の意味を失っていた。
海賊旗を掲げたカラベル船が遠ざかっていく。
船の被害報告を受けながら、ガレオン船の艦長は唇を噛みしめていた。




