第七話*奴隷船襲撃
ティアに着いて二日目の夕方。初日と同様、酒場へ出掛けていたリッキーが急ぎ足で帰ってきた。もちろんその少し前にロブは到着している。船番で残っていたバジリオは、弟から大砲の扱い方を聞いているところだった。
階段を駆け下りてリッキーは真っ直ぐ二人のところに来た。
「おーい、レオーネの兄弟! この船に衝角を付けたいと思うんだけど、できるかなっ?」
「衝角? 体当たりするんですか? この船で?」
手でとんがりを描きながら喋る船長にバジリオは眉を顰めた。衝角とは船の先端、水面下につける衝突用の突起である。大砲の使用が当たり前になるまでは船同士の体当たり合戦が通常で、この衝角は大いに役立っていた。
しかしそれも一昔前の話である。大砲が主流になってからは以前ほど重要視されることはなかった。当然、直接当たるよりも遠距離から撃ち込んだ方が船の破損は少ない。バジリオが一瞬顔を歪めたのはそう言うことであった。
「小型船で衝角をつけても、あまり衝突力がないと思いますが……」
「それはそうなんだけど。ちょっと次の目的で、出来るだけ大砲を撃ちたくなくて。大砲が使えないとなると、やっぱ衝角かと思ってね」
「大砲が使えない?」
リッキーの話が全く見えず、バジリオとジラルドは顔を見合わせた。
一端落ち着いて聞いてみると、船長が持ってきた情報は次のようなものだった。
ここティアの港から沖に二十海里ほど西へ離れた地点を通り、北上してオケアへ向かう奴隷船の航路があるらしい。船が通るのは二月に一度で、丁度一週間後がその頃合いだと言う。奴隷船はその名の通り、船底に奴隷という商品を詰め込んだ船だ。どこからか集められた憐れな商品がぎっしりと並べられ、身動きもままならぬ状態で運ばれる。長旅になれば途中で死ぬ者も多かった。たとえ航海を生き残ったとしても、待っているのは主にこき使われる奴隷生活である。商品とされた身に自由はなかった。
そこへ目を付けて、海賊は人員補給に奴隷船を襲うことが度々あった。奴隷を助け、死に場所を選ばせるのである。自由を求めて海賊になる奴隷は決して少なくなかった。
リッキーは酒場で奴隷船が通るという情報を得て、それと同じことを考えたのである。
奴隷船を襲うのであれば、彼らが詰め込まれている船本体にはあまり傷を付けたくない。撃ち込んだ弾で死人が増えては襲う意味が減ってしまう。だから出来るだけ、船の損傷を少なく奪い取る必要があった。
「近くにある造船所の場所も聞いてきたんだ。こちら側でも金さえ払えば引き受けてくれるらしい。そこを借りて急ぎ改造できないかな?」
談話室でロブとヴァーロも交え、リッキーはそう説明した。スカトラとマスケラは街へ出ていて不在である。
改めて詳しく聞き、バジリオは船大工としての意見を言った。
「造船所に衝角があれば三日か四日で付けられると思いますけど…。衝突に備えて船首全体の強化も必要だと思います。奴隷船なら大型のキャラックやガレオンでしょう。下手にぶつかったらこっちが大破しますよ」
「うん。だからどう改造すればいいのか、全部君たちに任せたいんだけど」
「資金はあるんですか?」
「ふふふ、極小海賊団のおかげで元手がまだたっぷりとあるんだ!」
「じゃあ本当に全部任せてもらえるんスねっ!なあ兄貴、やろうぜっ!」
好きにして良いと言われ、ジラルドが嬉しそうな声を上げる。バジリオも問題点を挙げはしたが、初の大仕事を予感して腕が鳴った。衝角を一から造る暇はなさそうなので、既製品を調整して取り付けることになる。近いと言うその造船所に良い物があるのかどうか。
とにかく行ってみなければ作業は始まらない。
「いつ発てますか? 結構ぎりぎりですけど」
「ありがとう! 造船はさっぱりだから助かるよ! こっちは二人が帰ってきたら出るから、君たちで先に向かって欲しい。陸からだと馬で一時間ほどだそうだ」
バジリオがやる気になったのを見てリッキーは嬉しそうに立ち上がった。早速レオーネ兄弟に前金代わりの小袋を渡して造船所へ送り出す。スカトラたちが帰ってくるのを待ち、船も直ぐに港を出た。
***
奴隷船が通るという日の前日。船首全体の改造が終わったカラベル船は無事に造船所を出港した。その先端にはリッキーが欲しがった通りの衝角が備わっている。金属で出来た長く鋭利な物だ。これを取り付けると同時に船首全体を木と銅板で一回り分厚く補強した。やや大きくなったカラベル船だが、バジリオが衝角の形に拘ったおかげで波の抵抗は軽減された。元の持ち味である小回りと速度は保たれたのだ。
バジリオとジラルドは大きな仕事を終えて疲れ気味だったが、本番はここからである。一行は奴隷船を捕捉するために目的の航路へと向かった。情報通りの位置で発見出来れば一番であるが、長距離を来る船は緯度も経度もずれやすい。少し出迎える形で奴隷船に向かって航路上を探すことになった。
そして予定日の昼過ぎ、メインマストで望遠鏡を覗いていたロブが船影を捕らえた。大型のガレオン船である。立派な船首楼、船尾楼がついた軍艦にもなる船だが、マストの上には軍旗ではなく貿易会社の旗がついていた。
大きく迂回しながらガレオン船の斜め後方に狙いをつけて向かっていく。風は程良く、波は大人しい。機動力が売りのカラベル船はぐんぐん目標に近づいていった。当然、向こうは途中でこれに気付いて旋回を始めた。右舷から側砲が顔を出す。しかしその数はろくに一列も揃わず微々たるものだった。
「運が良い! あの様子じゃ船員も少なそうだ。こちらも少しぐらい撃たないと駄目かと思ったけど、このまま突っ込んで舵を壊す! 私とヴァーロが先を行くから、後の三人も遅れないように!」
前甲板に立ち、リッキーはそう言っていつものウインクをした。三人とは、先日と同じバジリオ、ジラルド、マスケラの三人である。それぞれ剣と弾を詰めた銃を一丁ずつ持たされていた。ロブは船を操るスカトラと一緒にカラベル船に残ることになっている。
大砲がどどっと低い発射音を立てて放たれた。それに数秒遅れて、船の近くで波飛沫が上がる。リッキーたちの船は風をたっぷりと集めてガレオン船の船尾に向かっていった。
「よし、じゃあリード海賊団の人員補給大作戦といきますか!」
「おーっ!」
明るいかけ声にヴァーロだけが元気よく答えた。彼は持ち前の運動神経で早々に慣れ、揺れの大きい中でも平気で動き回れるようになったのである。後ろの面々は飛んでくる海水に濡れながら、フォアマストにしがみついていた。
「人が増えたら私は絶対前線に出ないからなっ!もうこれっきりだからなっ!」
「あああ、あんまり人がいませんようにっ!」
「兄貴のことは俺が守る!」
それぞれに思う所を口にしつつ、衝撃に備えて身を屈める。そうして船尾楼の窓枠が見えたかと思った瞬間、ずごごごごっメキメキッ、という鈍い音と強い振動が船全体に響いた。ガレオン船の船底に見事、衝角が突き刺さったのである。バウスプリットの補強された先端も相手方にぶつかって、船尾の欄干を打ち壊していた。
二つの船がミシミシと軋み合って速度が落ちる。ガレオン船の甲板には慌てた船員たちが剣や銃を持って出てきていた。
「奴隷以外は全員殺せ!」
大きな揺れが収まると、リッキーは命令を下して奴隷船に乗り移った。さっきまでの明るい声とは真逆の、びりりとした声にぐっと身が引き締まる。ヴァーロがそれに続き、バジリオたちも不慣れながら無事に乗り移った。
奴隷船の乗組員はやはり少なかった。リッキーが道を開き、零れたところをヴァーロが片付けると、あっという間に生存者はいなくなった。船内に潜っていくと中は狭く障害物が多い。あたりに注意を配りながら五人は倉庫を目指した。
五層になっているガレオン船の二層を駆け抜け、三層目に下りたところで中の雰囲気ががらりと変わった。暗く、じめりとした嫌な空気が充満していたのである。明かりがなく暗い船内で太い木枠の向こうに人影が見える。それが、縦に横にと積み重ねられた奴隷たちだった。
「これだけ積んでりゃ大砲も少ないわけだ」
死臭すら漂う檻の中を見てさすがのリッキーも顔を歪めた。座らされている者はともかく、棚に寝かされている者たちは出ろと言っても直ぐには出られないだろう。全員を甲板に出すまで時間がかかりそうだった。
とにかく鍵を開け、奴隷たちを外に出す。大半が男だったが中には女も混ざっていた。歳もばらばらのようである。
剣を握って乗り込んできたものの、それを振るうことなく目的を達成してバジリオはややほっとしていた。海賊になる決意を新たにはしたが、いきなり殺しに慣れることはない。そういう場面を想像するだけで少し怯んでしまうのも今は仕方ない。だから剣を振るわないで済むのであれば、それに越したことはなかった。
「ジラルドさん。もう良いそうです」
「ん? おお、分かった。行く」
扉を開放してから幾らか経った。起き上がる力のある奴隷だけが、ぞろぞろと甲板へ登っていった。バジリオとジラルドの二人がそれを見張っていたが、百人少々が抜けたところでその列は途絶えた。まだ中には積まれたままの人影があったが動く気配はない。既に死んでいるか、生きていても動く力がないほど弱っているのだろう。これ以上待っても起き上がる者はいないようだった。
引き上げの合図を受け、二人は甲板へ登る階段に足を掛けた。バジリオが先に上がり、ジラルドがそれに続く。船は相変わらずぎしぎしと揺れていた。だが、その軋む音の中に何か別の音を感じ、バジリオの赤い耳がぴくりと反応した。もしやと思って振り返る。
弟の背後に突撃する黒い影を見た。
「ジラルドッ!」
「うおっ?」
兄の声で気が付いて、ジラルドは寸前のところで身を捩った。それでも幾らか腹を擦り、相手の剣に血が付着した。外れたと分かった船員が直ぐさま二撃目に移る。バジリオは咄嗟に階段上から男に飛び込んでいった。
ズシンッ、という重たい着地音が響いてあたりに血が飛ぶ。刀身が斜めに男へと突き刺さり、その先端は床にめり込んでいた。血に塗れながらも男は呻き声を上げて藻掻いていたが、直ぐに動かなくなった。バジリオはそれを確認してからゆっくりと立ち上がった。靴もズボンも真っ赤である。彼は遺体を踏みつけ、使っていた剣を力任せに引き抜いた。
「兄貴、大丈夫……?」
思わぬ光景に流石のジラルドも一瞬引いた。まだ生き残りがいて、それを兄に助けられるとは。情けない。しかしそんな思いも、赤い毛並みを一層鮮やかにした兄の姿に一瞬で興奮に変わった。雄々しい獅子の姿に心が沸いた。
「ふんっ、何が兄貴は俺が守る、だ。脇腹掠りやがって。舐めるなよ、ジラルド」
「ごめん、助かったよ。ははっ……、兄貴すっげえ海賊面してる」
「何だそれ」
「だって髭が濃くって、眼帯して、血まみれなのに格好良くて! 見た目もゴツイし!」
「馬鹿。早く上がるぞ」
バジリオは弟を軽く叱ると、どこか吹っ切れた顔つきでさっさと階段を上がっていった。
***
広いはずの甲板は檻から出された奴隷たちでいっぱいだった。皆痩せ細りやつれてはいるが、まだその目に生気を残している。だからこそ甲板まで上がって来れたのだ。
リッキーは後甲板の一段高いところに立って元奴隷たちを見渡した。
「やあ、諸君! よく上がって来たね。酷い商売もあったものさ。労働力をこんな形で集めるだなんて。見ての通り、この船は我々が制圧した!君たちを傲慢な主人に売りつけようとする商人はもういない! 君たちは自由だ」
よく通る清々しい声が希望を告げる。自由、という言葉に反応して人々はリッキーを見上げた。僅かな望みに体が動いたのだ。リッキーは右手を少し前に差し出し、左手を顔の横に上げてみせた。まるで救世主が救いの手を差し伸べるかのように。
「一先ず私たちの船へ来ると良い。陸まで送ってあげよう。そこで下りたい者は下り、残りたい者は残る。君たちで自由に選択するんだ。誰も止めはしない。私はただ、自らの意志で自由のために戦う者を望む」
そう言って端正な顔立ちがにやりと笑う。右手が太陽の光を反射してきらりと光った。声の終わりから一拍置いて、人々がざわめき出す。隣と顔を見合わせたり、手を取り合ったりする者もいた。
船を接舷させて生き残った人々をカラベル船に移動させた。ガレオン船は衝角によって空けられた穴で早くも沈んできている。覚束ない足で、しかし懸命に移っていく人たちを見守りながら、リッキーはバジリオのズボンがやけに赤いことに気が付いた。
「あれっ? どうしたの? 怪我でもした?」
「いえ、これは返り血で。大丈夫です」
「そう。良かった。……でもまだ恐い?」
「え? あっ…」
どこから話を聞いたのか、リッキーは優しい顔つきでバジリオに尋ねた。バジリオはそれに少しだけ驚き、しかし直ぐに頭を軽く振った。剣は血で濡れているがそれを持つ手は震えていない。戦い方が拙くてもこれから覚えれば良い。獅子の獣人と言うだけで、普通の人よりは力が強く有利である。
「俺の夢は最高の船を造ることなんです。嵐にも、砲弾にも負けない強い船を。それを弟と一緒に叶えようって決めました。そしてあいつは此処だと言った。夢を叶えるためなら、海賊も戦闘も恐くはありません! 俺たちが絶対、リード海賊団を世界一の船に乗せてみせますっ!」
バジリオの咆吼が船上に響く。その頼もしい決意を聞いてリッキーはにんまりと笑顔になった。それにつられてバジリオも笑う。後ろで兄の言葉を聞いていたジラルドは、嬉しさ極まって抱きついてきた。二頭の獅子がじゃれ合うように絡まる。
一行はガレオン船の中心を爆破し、船を水葬してから陸へ向かった。
***
翌日、人々は本当に陸へ送り届けられたことに感謝した。海賊を強要されることもなく、見返りなしに陸へ上がれたのだ。そこで人々は思い思いに散って六十名ほどが残った。中には女や子供も混ざっている。リッキーは船に乗ると言う者を全員乗せた。
「船長、人手が増えるのは嬉しいが、こういうとき女子供は除外するものではないか?」
海賊団の一員になったことで衣服を支給された人々を見て、マスケラが疑問を呈した。巷を騒がせる海賊のほとんどは、男だけの集団で女を乗せていない。子供も大した戦力にならないので、あまり小さいのはいないのが普通だ。けれども目の前の新人たちの中には十数人の女と、十歳ほどの子供たちが混ざっていた。
「規律に従うなら誰だって構わないよ。軍の船では女も子供も珍しくない。皆それぞれ役割を担っている。彼らにもそうしてもらうだけさ」
「ふうん……、読み書きに興味のある者がいたら教えてくれ。せっかく人が増えたんだ。観測の手伝いが欲しい」
「オーケー。覚えておく」
船員を増やしたカラベル船は準備を整えると早々に海へ出た。一先ず人員の確保は為ったが、船の操縦も戦闘も全員がほぼ素人である。それらを教え込むには実践を積んで慣れるのが一番だった。教える側の人数が少なく手間なことだが、リッキーは新しい小隊を得たと言って楽しそうにしていた。
衝角付きの小さなカラベル船は乗組員が増えても軽快に進む。帆を動かすのも、舵を取るのも、もうスカトラが呪術を使う必要はなかった。
「さて。ここからが本番だよね。古参には一層頑張ってもらわないと」
「うむ」
「やっと肩の荷が下りたっていうのになあ」
「私はもう前線には行かないぞっ!」
「仲間が増えて楽しいですね!」
「俺も古参、になるんですか……?」
「兄貴と一緒に頑張りまーす」
船長室で今後の方針を聞かされた六人は、心境を新たに役割を請け負った。これでやっと海賊団らしい頭数が揃ったのだ。バジリオは自分をこの船に誘った弟の方を見た。それに気付いた弟は、楽しそうに大きな口を開けてにかりと笑った。
三本のマストに貼られた帆は、風をいっぱいに受けて力強く進んでいった。




