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Anchors  作者: ろんじん
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第三話*黒い怪物

 リード海賊団に身を寄せることを決めた翌日、バジリオはさっそく家の一切を引き上げた。ベッドや戸棚などの家具は運べないので全て売り払い、それを元手に服を買い足したり銃を一丁仕入れたりした。何をするにも弟が率先して手伝ってくれ、作業は順調に進んだ。船内での部屋はジラルドと一緒である。六人しかいないので部屋は有り余っていたが、人が増えて同室になるなら最初から一緒がいい、とジラルドが言った。バジリオはそれもそうだと思い、弟の部屋に入ることにした。


 一通りの運び入れが終わった頃、バジリオは甲板で空を見上げる男に出会った。男は前より一段高くなった後甲板で木箱を積み上げ、その上に道具を広げて何かを記していた。バジリオがその姿を見つけると、男も直ぐにこちらへ気付いて手を止めた。短い金髪を後ろになでつけ、眼鏡をかけた男である。先日聞いた話からすると、彼がこの船の航海士に違いない。

 向こうが手を止めてくれたので、バジリオは思い切って声をかけた。

「先日この船に加わりました。ジラルドの兄の、バジリオ・レオーネです。宜しくお願いします」

「確かにその様だ。彼と同じ獅子の獣人だし、毛色も似ている。私はマスケラ・カッメリーノ。あのお喋りな船長からは何か聞いているか?」

「えっと、この船の航海士さんだとしか…」

 マスケラは言葉を突き立てて並べるような口調で聞き返した。そのお堅い態度にバジリオは少し足を鈍らせる。気難しい性格だから気を付けろ、と言われた理由を肌で感じたような気分だった。

「航海士? 私は航海博士だっ! アウロラの帝国学校で講師を務め、航海学の権威を誇った男だぞ! 確かに研究のついでに航海士として船に乗ったこともあるが、私はそんなちんけな職ではない! 私は航海学の発展を考え、その最新を実践してきた男だっ! 全くあの船長は何度言えば分かるのか。君、私を航海士と呼ぶんじゃないぞ。航海博士だ。博士と呼びたまえ」

「はっ、はい、博士……。宜しくお願いします」

「うむ。宜しく」

 言葉の銃弾を撃ち込むようにマスケラはまくし立てた。その勢いに押されてバジリオの耳が少し垂れ下がる。だが素直に「博士」と言い直すと、マスケラは意外と穏やかに接してくれた。

 箱の上に置いた道具は風見鶏と風速計で、天気を手帳に記していたと言う。今日は少し雲の動きが速く、これから夜に向かって天気が崩れる可能性があるらしい。そう言われて空を見上げてみると、確かに雲がどんどん形を変えて流れていた。見える空の範囲は限られているので、この風がどんな天気を連れてくるかは分からない。だがこの地域の季節柄、それが雨雲である確立が高いと言う。

 バジリオはきっぱりとした説明を感心して聞いていた。遠洋に出るときには必ず必要となる天気の読み方だが、ここまで迷いなく計測する航海士はそういなかった。彼が自分のことを博士と言い張るのも納得ができる。

 やはりこの船には訳ありの一流が集まっているのだとバジリオは思った。


 マスケラが天気を記している横で風に吹かれていると、下からジラルドが上がってきた。呼びかけに答えると、船長から話があるので集まって欲しいと言う事だ。三人揃って船内へ入ると、そこでたった六人の船員が一堂に会した。

「お、集まった、集まった。こういうときは少ないってのも楽だよな~」

「俺は早く人でが欲しいんですけどね、船長。あんまり呪術に頼りすぎないでくださいよ? 神経疲れるんですから、これ」

「人手については私も同感だ。航行の度にこの男の隣に立つのは苛々する」

「ほら、航海士様もこう言ってるし」

「私は博士だっ!」

 揃うや否や、スカトラの物言いに腹を立てたマスケラが強く床を踏み鳴らした。こうして揃ってみるとどうやらマスケラが一番長身なようで、学者とは言えその迫力は凄い。その次に高いのはロブ副船長で、こちらは筋肉質なこともあり見るからに屈強であった。

 そんな面々を前に、船長のリッキーはパンッと手を打って明るい声を出す。

「まあまあ、仲間を増やしたいのは私も同じだから。ここから少し離れた村に、強い怪物がいるって噂があるんだ。いろいろ情報を集めてみたんだけど、どうも牛系の獣人みたいでね。話が分かるようなら仲間にしようと思うんだ。戦力にもなる人手が欲しいからね。で、今から全員で行こうと思います!」

「全員で?」

「なっ、私は危険なところへ行くのは御免だぞっ!」

 リッキーの明るい提案にスカトラは首を傾げ、マスケラは反対した。バジリオも船を空にして出掛けるという、普通ならありえない判断に驚く。ここは見張りがいる船着き場ではなく、ただの入り江なのだ。船が見つかったらあっという間に取られてしまう。全員で行くと言う船長の判断が理解できなかった。

 しかしリッキーはそんな彼らに言葉を続けた。

「まあまあ。普通の船ならありえないのは分かるんだけど、ちょっと考えてみてよ。私たちは六人しかいないんだ。怪物と交渉しに私とロブが出たとする。最低人数だ。そうすると船に残るのは四人。戦闘慣れしていない博士にバジリオ。それにちょっとだけ経験があるジラルドとスカトラ。この四人だ。もし船の位置がばれたら、四人で何とか出来ると思う? 無理に決まってる。何人残ろうが同じだ。停泊中に見つかったそれでら終わりさ。この船はスカトラの呪術で目隠しされているから、これを見つけ出すのは軍しかいない。船に残って軍に捕まりたいのか? みんなには悪いけど、私は新米の海賊船長だが軍抜けなんでね。最初っからマークされているんだよ」

 すらすらと状況を説明した後、リッキーは右手のフックを回してお茶目に笑ってみせた。

 納得の理由を聞かされ、バジリオは思わず背筋が凍る。その場にいた全員が船に残るのと出掛けるのと、どちらがより安全なのかを直ぐに理解した。

 日はやや傾き始めていたがまだ高く、一同は一晩分の食糧を持って出掛けた。


 街で馬を借り、丘を一つ越えた先に目的の村はあった。噂の元はその村の外れにある風車小屋で、粉ひきに使っていたらしいがいつからか黒い怪物が住み着いたと言う。夜にはその呻き声が響き、風に乗って村にまで聞こえるらしい。今では昼間でも近寄るのが恐ろしく、誰も使っていないと言うことだった。

 着いた頃には日がなだらかな丘に沈みかけており、村の人々は近寄ることを止めた。リッキーはそれに同意しつつ、真っ直ぐに風車小屋へと向かった。小屋の中は少しひんやりとしていて、長く使われていない機械が埃を被っていた。隅にはまだ碾いていない小麦の袋が積まれており、鼠がこれ幸いにと穴を開けていた。

 円柱形の壁に沿って、上まで石の階段が続いている。天井が平らに造られているので屋根裏部屋が一室あるのかもしれない。何者かが潜んでいるとしたらそこだろうか? リッキーはそう思いながら石段に足を掛けた。

「ちょっと上を見てくるから、見張り宜しくね」

 人気はなかったが、リッキーは用心してロブに声を掛けた。手すりのない階段は一歩踏み外せば下まで真っ逆さまである。ぐるぐると螺旋状に上がっていくそこを彼は登っていった。

 下で周囲を警戒していたロブが異変に気付いたのは、リッキーが階段を中程まで登ったときであった。最上階の扉がばっ、と開きそこから黒い影が飛び出してきたのだ。驚くことに影は階段を斜めに飛び降り、リッキーに向かって一直線に襲いかかった。ロブのかけ声に気付いたリッキーが間一髪で身を翻すと、壁に突き刺さったのは鋭い刃物の先だった。

 黒い影が、息つく間もなく次の一撃を加えてくる。相手は棒の両端に刃物がついた武器を二本も操り、狭い階段の上でリッキーを追い詰めた。リッキーはフックを剣代わりにして攻撃を防いでいたがどうにも分が悪い。階段にいるせいで大きく避けて間合いを取ることができなかった。

「リッキー!」

 下からロブの大声が響き、リッキーはさっと階段に伏せた。

 バシュッ、という発射音が鳴り響き石の壁に太いクロスボウの矢が突き刺さる。黒い影は矢に気付いて飛び下がったが、その拍子に足を踏み外して階段から転がり落ちた。それでも階段の縁に武器を当てながら落下の勢いを殺したようで、その身体能力は目を見張るものがあった。最終的に粉ひき機のある床まで落ち、黒い影はさっと武器を構え直した。

 ロブが素早く二発目を構えてみると、影はまだ若い青年のようだった。下向きに垂れ下がった耳と、尻尾が見える。肌は元々が黒っぽいようで、その中心で緑に光る眼がぎりりとロブを睨みつけていた。

「アンタたちこの小屋に何の用だ! ここは村の大切な粉ひき小屋だ! 盗賊のねぐらになんかさせねえぞっ!」

「私たちは盗賊ではない。お前が噂の怪物だな?話があるからその武器を置け」

「矢を向けられて武器を手放すもんか!」

 黒い青年はそう言い放つと弾丸のように真っ直ぐロブへ突っ込んできた。ロブがその足元へ矢を打ち込むと又もや躱し、避けた勢いで空中から斜めに斬りかかってきた。

 ロブは手にしていたクロスボウを床へ投げ捨て、青年を真正面に向かえた。

「道理だ。ならば素手でいこう」

「えっ」

 武器を手放したロブに青年は驚いたが、刃の勢いは止まらなかった。二本の切っ先は間違いなくロブを目掛けて振り下ろされた。だがしかし、その攻撃がロブに当たることはなかった。ロブは身を低くして間合いを詰め、武器を振り下ろす青年の手を下から受け止めたのだ。一瞬、持ち上げられるような格好になった相手は驚きの声を上げ、そのまま横へ放り投げられた。床に当たった衝撃で青年の手から武器が離れる。ロブはそれを自分の後ろへ蹴飛ばし青年に詰め寄った。

 その様子を上から見ていたリッキーがやっと床まで辿り着く。彼はロブに投げ飛ばされた青年がまだ生きていることにほっとした。

「良かった……! 結構丈夫そうだね、この子」

「獣人のようだ。まだ若い」

 リッキーは控え目に一歩だけ近づき青年に左手を差し出した。

「私の名前はリッキー・リード。君と話がしたくて来たんだ。少し時間をもらえないかい?」

「俺に、話……?」

 投げ飛ばされた衝撃で痛む体を起こしながら青年は不思議そうに言った。


   ***


 黒い怪物の正体は、ヴァーロ・アバーテと言う十九歳の青年だった。彼は水牛の獣人二世である。この風車小屋を持つ村の出身で、以前は村にある武術学校で師範代を務めていた。剣術、棒術、鉤縄や投擲など多くの武術を覚え、取り分け得意なのが先ほどリッキーたちに向けた棒の両端に刃をつけた武器であるらしい。これは師範代を務めると同時に、村にやって来る盗賊たちを追い払うために作った武器だった。

 村はなだらかな丘の斜面にあり、大きな街と街の間に位置していた。そのせいで賊が出ても国からの警備は手薄で、度々被害に遭っていたのだ。それに立ち向かったのがヴァーロであった。彼は武器を手に取り、見事盗賊たちを追い払った。村の人々はそれに感謝し、彼を村の守り人だと讃えた。ヴァーロはそれ以来、近隣の村にも赴いて度々賊を追い払っていた。

 だが、その賞賛の目はある日を境に一転する。

 近隣の村でとある牛の獣人が殺人を犯した。牛と融合した獣人は、肌が黒っぽくなり普通の人よりも力が強いことが特徴であった。殺人を犯した獣人は、怒りに任せてその力を振るい、相手を捻り殺したのだった。

 事件の噂が村に届くと、途端に牛の獣人に向けられる視線が厳しくなった。取り分け武術に長けていたヴァーロは忌避されるようになり、師範代を続けることも出来なくなった。村人の目から逃げるように駆け込んだのがこの村はずれの小屋であり、それ以来ヴァーロはここの屋根裏で暮らしていたのだ。

 小屋の上にいると盗賊が丘を越えて村に近づいて行くのが見えたので、村を追い払われた後もヴァーロは一人で戦っていた。日が落ちてから小屋に来たリッキーたちのことも盗賊だと思い込み、それで攻撃を仕掛けたのだった。

「へえ、そりゃあ災難だったね! 殺人なんて毎日のようにどこかで起きてるって言うのに、同じ種類の獣人ってだけで敵視されるなんて。君は良く頑張ったよ」

「そんな……俺は、ただこの村を守りたかっただけで…」

 小屋の外に出てリッキーと話をし、ヴァーロはやっと青年らしく素直に笑った。真っ直ぐに伸びた黒い長髪を撫でられて少しくすぐったそうにする。外で待っていた他の面々とも顔を合わせ、彼らが海賊であると聞かされたが、六人で全員だと言われてヴァーロは信じなかった。今までに追い払ってきた盗賊でも最低十人は集まっていたと言う。これに対してリッキーは苦笑しするしかなかった。


 ヴァーロはここで人々を守り続けたいと言ったが、村の人々は逆に小屋を避けるようになっていた。そのことを彼に伝えると、彼は元々下を向いている耳を更に下げ、悲嘆に暮れた。

「村の人々はきっと君がいなくても生きていけるさ。だって君が盗賊退治を始めるまでは、ずっとそうして来たのだろう? ここで隠れて一生を過ごすよりも、私たちと一緒に来て欲しい。十人にも満たない小さな海賊団だけど、君が入れば七人になる。貴重な一人だ」

「アナタたちと、一緒に?」

 リッキーの言葉を聞いて、ヴァーロは自分を取り囲む大人たちの顔を見回した。明るく優しげな船長に、自分を投げ飛ばした怪力の副船長。外に待っていたのは蛇の獣人だと言う呪術師に、背が高く強面な航海博士、そして獅子の獣人の双子。どの顔を見ても海賊という言葉がピンと来ない、そんなメンバーだった。

 小屋に残ったとしてもそう長くは居られそうにない。それならば、今彼らについていっても良いのではないだろうか。ヴァーロは本当に船があるのか疑いながらも、リード海賊団の七人目になることを決めた。

「俺、船に乗ったことがないから海の上で戦えるか分からないけど、それでもいい?」

「大丈夫だよ! 乗っていればそのうち慣れるさ! それにあれだけの運動神経だ、きっと直ぐに動き回れるようになる」

「そうかな…? 俺、頑張ります!」

 自分の力を高く評価され、ヴァーロは嬉しそうに笑った。


 日がすっかり暮れていたので一行は小屋で一晩泊まることにし、明け方に発つことにした。馬を内側に引き入れ、小屋の入り口に閂を掛ける。床に敷く物が藁しかないとマスケラは愚痴を零した。それでも目的が無事に達成され、それぞれが一息ついた矢先のことである。

 腰を下ろして休んでいたスカトラがすっと立ち上がった。そのまま直ぐに閂を外し、馬を外へと連れ出す。何事かと尋ねるリッキーに変わらぬ表情で彼は答えた。

「船に呪術師が近づいています。もう見つかっているかもしれない」

「参ったね…。同じ場所に長居し過ぎたかな。全員馬に乗れっ! 船まで駆けるぞっ!」

 恐れていた事態に皆が不安を覚え、急いで馬に跨がった。リッキーは後ろにヴァーロを乗せ、馬で走れないマスケラは嫌そうにスカトラの後ろに乗った。マスケラ以外は全員が馬で走れるのだが、一番早く走るには体重の軽いところに二人乗る必要があった。

 リッキーを先頭に来た道を全速力で戻っていく。空は少し前まで見えていた月が雲に隠れ、怪しい雰囲気が漂っていた。

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