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Anchors  作者: ろんじん
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第一話*双子の再会

 海に面して海岸線が大きな湾を描いている。海原の向こうに大小様々な島がある。その周辺の国はどこも港を持ち、船を使って富を稼いでいた。運ばれるのは金銀宝石、珈琲、香辛料、果ては異国の絹織物。ときには人も運ばれた。それぞれが富を競えば戦火が起こる。かつては小国同士の小競り合いが絶えない地域でもあった。だがそれは、ある奇病の流行によって収束する。人だけに感染するその未知の病が流行ったとき、各国は有効な治療方法を得られずに国民の大半を失った。

 その中で、唯一治療に成功した国があった。それが後に大国となり、このメモーリア一帯を掌握する力を得たアウロラ帝国である。


 時のアウロラ帝には高名な呪術師がついていた。呪術とは、道具と呪の言葉を用いて起こす不可思議な現象のことである。正しい手順を踏み、正しい呪の言葉を使えば誰でもその特別な力が扱えた。呪の言葉は神の言葉であり、それ故に神の力を借りて超常現象を引き起こすことが出来るのだと信じられている。

 アウロラ帝の側にいた呪術師は、人だけに感染する奇病を治癒する術を見つけた。それは人を人ならざる者、人を他の動物と融合させ、獣人とする方法だった。猫や犬や牛など別の動物の命を使い、人の命を助けるものだった。獣人となった者はその姿にもらった命の特徴が現れた。だが見た目が変わっても人は人である。獣人化により多くの命が救われ、その救いは他国にまで及んだ。

 今、メモーリア地域はこのアウロラ帝国の庇護の下、小さな国が存在している。

 呪術により獣人となった人々は、子を為して二世が育っていた。


   ***


 帝国でも一際大きな港町、オケアの酒場は昼間から賑わっていた。新鮮な海の幸を使った料理と、黒いエールが店の中を頻繁に行き交う。その楽しげな店内の隅で、バジリオ・レオーネは堪った鬱憤を晴らすためにエールを煽っていた。数日前に、長年務めていた貿易商を首になった船大工である。歳は三十二で、獅子の獣人二世であった。

「どいつもこいつもクソみたいな操縦をしやがって! 金の計算よりも先に船の扱いを覚えろってんだ!」

 バジリオはそう怒鳴り声を上げながら空になったジョッキをテーブルに叩きつけた。もう既に何杯飲んだのか分からない。塩炒りされた豆と胡椒のきいた干し肉をつまみに朝から管を巻いていた。

 貿易商を首になった経緯はこうである。

 専門学校を出た後、船大工として就職したバジリオは、その腕を認められ会社が保有する多くの船を修理、ときには造船してきた。自分が手を掛けた船はどれも実子のようなものだ。その船が海賊や嵐によって沈むと、いつも悲しくて心が痛んでいた。だがそれはまだ不可抗力である。バジリオが強く憤る理由は、操縦ミスによる座礁や破損だった。

 商船の行き先には必ずしも港があるわけではない。時には何もない海岸付近に停泊させ、荷物を小舟で運ぶこともある。そういったときに、深度や海底から突き出た岩などを見誤って船を傷つけてしまうのだ。会社には何度も乗組員の訓練を要求してきたが、「壊れたらまた直せば良い」「それがお前の仕事だ」と足蹴にされ聞き入れられなかった。

 そして先日、遂に溜まりに溜まった怒りが爆発して上司を殴ってしまったのだった。

 丹精込めて手入れをしてきたキャラックの大輸送船は、高波による強い座礁で竜骨を駄目にされた。最早、解体して資材を再利用する他使い道はない。

 バジリオは会社を首になったことよりも、船を殺されてしまったことの方が悲しかった。それで壊された数々の船を惜しんで、弔い酒をしていたわけである。

「おーい! こっちにエールもう一杯っ!」

 カウンター越しに空のジョッキを掲げ、バジリオはそう叫んだ。


 彼が千鳥足になりながら家に戻ったのは夕方のことだ。その頃には顔が全体的に赤みを帯びて、元から赤い髪や髭と区別が付かなくなっていた。頭頂部の一房だけは灰色に染めてあり、それを後ろで結んでいる。顔の左右に垂れる毛は先の方で結んで束にしてあった。

 玄関を入ると、彼は部屋の内側に手紙が届いていることに気が付いた。頭部に生えた猫耳がぴくりと反応する。

「……? 何だ? 珍しいな…」

 就職して家を出て以来、どことも物を送り合うような交流はしていない。不思議に思いながらそれを拾い上げてみると、差出人は弟のジラルドだった。自分が就職するよりも少し先に、別の船大工の下へ修行に出た双子の弟である。もう何年も顔を合わせていなかった。子供の頃はずっと自分の後ろを付いてきた、可愛い弟である。

 バジリオは久しぶりに見たその懐かしい名前に嬉しさを覚えた。しっかりと蝋留めされている封筒を開け、急いで中身を読む。

『親愛なる兄へ 仕事でオケアの街に来た。二十日の夜にメーラの酒場で会えないだろうか? 十八時に待っている』

「二十日、って言うと……明日か! ははっ! 懐かしいな!」

 バジリオは赤い顔を更に紅潮させて喜んだ。数年前に別れた弟の顔を思い出す。確か背は自分よりもやや低かったが、力がありすばしっこかった。また同じ赤い毛でもジラルドはその一部を銅色に染めていた。双子で歳の差はないのに、自分のことを「兄貴」と呼んで慕ってくれた。覚えている笑顔はどれも口を大きく開けている。

 唯一無二の兄弟だった。

「本当に、懐かしい…」

 手紙を読み終えると、バジリオはそのままベッドに倒れ込んだ。心地の良い眠気が頭を埋め尽くしていく。久しぶりに弟と会える。こんな素敵なことはないと思った。


   ***


 翌日、バジリオはメーラの酒場に向かった。中に入ると既に夕食の頃合いで、端から端まで人で溢れていた。もう弟は来ているのだろうか?バジリオは店の入り口できょろきょろと辺りを見回し、自分と同じ赤毛の獣人を探した。その途中で声が掛かる。

「兄貴っ!」

「ジラルドっ!」

 小さな丸テーブルから手を挙げたのは他でもない、弟のジラルドだった。バジリオは人混みを掻き分けながら駆け足でそちらへ向かった。テーブルには既に乾き物が用意され、後はエールを頼むだけだった。

「あ~ッ! 久しぶりの兄貴だあ~!」

「うおっ、と! ……本当に、久しぶりだなジラルド。五年ぐらい会ってなかったか?」

「六年と三ヶ月二十日ぶりさ!」

「そうかあ。お互い老けるわけだ」

 再会を喜び飛びついてきた弟を受け止め、バジリオは柔らかに笑った。弟は黒い帽子を被っていて、顔の横で自分と同じように髪の毛を束ねている。目元のあたりに歳月を感じたがそれはこちらも同じであろう。口を大きく開けて豪快に笑う仕草は記憶と変わりなかった。

 直ぐにエールを頼み兄弟の再会を祝う。

「会えて嬉しいよ兄貴っ!」

「俺もさ、ジラルド。まさかお前から手紙が届くなんて思わなかった。よく俺の居場所が分かったな」

「うん、まあ。母さんに聞いてね。家に行ったら兄貴がいなくて吃驚したよ。俺、兄貴が一人暮らしするとは思ってなくて」

「最初は家から通っていたんだが、仕事に専念したくて途中でね。お前はまだ師匠のところにいるのか?」

「ううん。もう師匠のところは卒業したさ。今は船に乗っているよ」

「船? 船乗りになったのか?」

 二人はジョッキを何杯も空にしながら近況を話し合った。弟は会わなかった数年の間に、船大工の勉強を終えて船乗りになったと言う。バジリオのように陸で船の整備をするのではなく、船に乗りながら整備をしているのだ。航海をするときには必ず船を整備できる人間が必要だった。だから船乗り兼船大工は引く手数多で仕事に困らないのだ。

 何回か乗る船を変え、今やっと一カ所に落ち着こうとしているところらしい。

 その順風満帆な様を見てバジリオは羨ましく思った。

「お前はいいなあ、ジラルド…。順調そうで何よりだよ」

 思わず大きなため息が出る。

 ぐつぐつに煮えた貝のアヒージョを突き回し、バジリオは仕事のことを考えた。どこか新しい働き口を見つけなければ、近い将来食っていけなくなってしまう。いっそ弟のように、船乗りになって船大工を続けるのも良い手かと思った。

 そんな兄の浮かない顔に弟が首を傾げる。

「どうしたのさ、兄貴。貿易商での仕事は上手くいってないの? この街で一番大きなところに入ったじゃないか」

「ううん……それが、なあ…」

 ぷっくりとしたカラス貝の身を一つ刺し、バジリオはそれを口に入れた。あまり話したい話題ではないが、話さずにはいられないだろう。

 バジリオは正直に、仕事を首になったことを弟に伝えた。

「……と、言うわけで、情けないことに今は職がないんだ」

「そんな! そんなの向こうが悪いんじゃねえか! 兄貴の忠告を聞かずにさっ!」

「ああ、間違いなくあいつらが悪い! …だから戻る気にもならねえし、でもだからと言って行く当てもないって訳よ」

「……じゃあ、兄貴これからどうすんの?」

「別の口を探すしかないだろ」

「別の口、って船大工のだよね?」

「俺は船大工以外を仕事にするつもりはない」

「じゃあさ、じゃあさっ! 俺がいる船で俺と一緒にやるってのはどうよっ?」

「えっ?」

 弟も酔いが回ってきて気が大きくなっているのかと思った。

 船大工を必要とするような、長い航海をする船はどれも会社か大商人の持ち物だ。そういう船には船員の紹介だとしてもそう易々と乗ることはできない。それなりに身元調査があったり、契約書を交わしたり、とにかく一定の手順がある。こんな酒場で酔っ払いながら約束が出来るものではない。

 バジリオは顔を赤らめながら弟に言った。

「おい、ジラルド。お前その船の船乗りなんだろ? 甲板長でも航海士でもない。ただの末端乗組員が、そう簡単に新しい奴を連れて行ける訳ないだろう? 話を繋いでくれるなら嬉しいが、ちゃんと自分で契約しに行くよ」

「うん? 契約? ああ、俺そういう難しいことはよく分かんないけど、兄貴が行くって言うなら今から行こうぜ! 今日は船長、船にいる日だから」

「船長っ? おいおい、だからそじゃなくてまずは事業主に…」

「おねーさん、お勘定ー!」

 酔った口でバジリオが一生懸命説明するも、弟は全く気にする素振りがない。順を追って説明し直そうとする兄をおいて代金を支払ってしまった。その上、チップを多めに置くのを見てバジリオは閉口する。弟が乗っている船はそんなに支払いが良いのだろうか? 何だかよく分からない雰囲気ではあるが、船大工として乗ることが出来れば渡りに船だ。店を出る弟に手を引かれながら、バジリオは少しだけ期待していた。


 メーラの酒場の先には、主に商船が集まる船着き場がある。バジリオはてっきりその内の一つだろうと思っていたのだが、ジラルドはそこを通り過ぎて海岸沿いに歩き続けた。街の端にある港だったので、それ以降に波止場はない。

 バジリオはおかしいと思いつつ、引かれるままに付いていった。

 そうして辿り着いたのは焚き火の跡が一つあるだけの浜辺である。海岸線は小さな湾で、ところどころ岩が飛び出して大きな船では入れそうにない。そもそも、海に船影は見えなかった。

「ジラルド、こんなところに来てどうするんだ?何もないじゃないか」

「大丈夫だよ兄貴。呼べばちゃんと気付いてくれるから」

 ジラルドはそう言いながら落ちていた木屑を拾い、燃えかすの上で火を付けた。僅かな明かりがぱちぱちと燃える。それからジラルドは何もない海を指して言った。

「ほら、見えてきた」

「ん?」

 海は月明かりだけが頼りの、真っ暗な入り江である。その何もないはずの景色が、不意にゆらりと大きく揺らめいた。明らかに海面のそれとは異なり、揺れは空まで続き、やがてその向こうから何か別の景色が浮いてくる。バジリオが驚き固まっている間に、湾内には三本マストのカラベル船が現れた。小型で、船首楼や船尾楼がなく浅瀬にも入り込める種類の船である。それが、先ほどまでは何もなかったはずの海に浮いていた。

 ジラルドは茂みに隠してあったボートを引っ張り出し、それに兄を乗せた。何が起きたのか分からないままのバジリオはただ黙って乗り込むしかない。船の脇まで行くと上からロープ吊索が垂らされ、やはりジラルドが手際良く取り付けてボートごと甲板に引き上げられた。


 甲板にいたのは二人の男である。一人は口髭を生やした長身で、顔の左側に三つ編みを垂らしていた。もう一人は細身で長い髪をしていた。驚いたことにその右手は手の形をしておらず、フックのような物がついている。義手らしい。

 ボートから下りてきた二人を見て、フックの男が言った。

「何だよジラルド、もっとゆっくりしてくれば良かったのに。こっちはまだ酒が半分も終わってないぜ!」

「すいません船長っ。でも、俺、兄貴を早くこの船に連れて来たくって」

「ああ、お前が言っていた双子の兄さんか」

「そう! こっちが俺のバジリオ兄貴です!」

 まだポカンとしたままのバジリオを置いて話が進んでいく。ジラルドはフックの男を船長と呼んだ。船長は文句を言いつつも、当たり前のようにボートを固定していく。ボートの引き上げも固定も、普通なら下っ端の乗組員がやる仕事である。それなのに船長を手伝おうと出てくる船員は一人もいなかった。

 やはりおかしい。バジリオはそう思って恐る恐る辺りを見回した。

 甲板はきれいに整備されていて特に変わったところはない。停泊しているので帆はすべて畳まれている。それぞれのマストに登るためのロープがきちんと張られていた。元の造りが良い船のようだった。一番高いメインマストを上まで見上げていくと、その先に小さな旗が見えた。旗には通常、国の紋章や所属団体の印が描かれている。バジリオが努めていた貿易商の旗は、珈琲豆とシナモンスティックの絵だった。

 どんな船かを示すその位置に、黒い旗が見えたのである。月の光が白抜きで描かれた模様を照らし、それが骸骨の印だと分かった。

 バジリオは体中の毛がざわっと逆立つのを感じた。ジラルドが言っていた船とは、仕事とは、海賊のことだったのだ。

「…ジラルド。悪いが帰るぞ。お前も帰ろう!」

「え? 何言ってんだよ兄貴。今来たところだし、ここが俺の家だぜ?」

「お前こそ何を言ってるんだ! あの旗! この船はっ……!」

 弟の肩を強く掴み、バジリオは必死に訴えた。海賊は、他の船を襲いその物資や命を奪う者たちの集まりだ。そんな船には乗りたくはないし、弟を乗せておくのも嫌だった。何とか言ってジラルドを連れ出さなければ。バジリオはそう思い、逃げようとした。

 だがそんなバジリオの背後に、いつの間にか長身の男が立ち塞がっていた。

「ジラルド、お前説明をせずに兄を連れて来たな? とりあえず中へ入れ。外は冷える」

「はーい。兄貴、入り口はこっちだぜ」

「ひっ、えっ? え、ちょっ…」

 酔いもすっかり覚めた顔でバジリオは怯えた。相変わらず明るい声をしている弟がまたもや兄の手を引いていく。その手を掴み返して逃げ出したいと思ったが、髭の男の低く恐ろしい声が頭に突き刺さり、バジリオは膝が震えていた。


 再会の喜びがどこかへと消え、海賊船に乗ってしまった恐怖が体を包む。兄は為す術もなく、ただ弟と自分の身を案じるばかりであった。

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