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本当は無かった怖い話

幼女地獄

作者:

 荒い息が聞こえる。

 白い雪に覆われたささやかな小屋。白い平原にただ一つ、ポツンと浮かんでいる。

 一人の男が薄暗い部屋の窓のそばで銃を構え、血走った眼でガラスの向こうを凝視していた。

 鋼のヘルメットの下で、幾度もの修羅場を乗り越えた壮年の兵士の顔が、ぬぐいきれない疲労と焦燥に彩られている。

 そして銃を握り締めた手には細かい震えが、手袋の内側には冷たい汗が、胸の奥にはこみあげる恐怖が。

「スコット! おいスコット!」

 壮年の兵士が仲間の名前を呼ぶ。

「ジョン! いないのか!」

 壮年の兵士がかつての部下の名前を叫ぶ。

「サム! サム!」

 壮年の兵士が何もない空間に叫ぶ。

「誰か、生き残りはいないのか!」

 薄暗い空間に声が吸い込まれるように消えていった。

 静寂を取り戻した部屋。ただ荒い息が聞こえる。

「!」

 壮年の兵士の顔がはじかれたように窓の外へむけられる。

 一面の白、どこまでも続く地平線。その一部、白の一部がかすかに盛り上がっている。

 白い小さな山はもぞもぞと蠢いていた。

「野郎……野郎……殺してやる……ぶっ殺してやる」

 壮年の兵士の口から、何かに押しつぶされたような感情が吐き出される。

 震える銃を持った兵士が見つめる先で、白は崩れ、中から別の色が現れた。

 ぷるぷるとおかっぱの頭をふり、積もった雪を振り落とす。小さな体にはピンク色の小さなコート。赤い毛糸の手袋には黄色いハートの模様。

 頬を赤く染めた幼女は、ゆっくりと立ち上がり膝の雪を払った。

「野郎……野郎……野郎……」

 壮年の兵士の口は呪詛のように同じ言葉を繰り返している。

「野郎……野郎……!!」

 小屋の中から、兵士の目に幼女の顔が、視線が見えた。

 幼女はあどけない顔に満面の笑みを浮かべてゆっくりと小屋へ歩き出した。

 幼女の歩くそばから、足元の白色が次々に盛り上がり、崩れて中から別の幼女が現れ歩き出す。また別の幼女の足跡から別の幼女が這い出してきた。

 白い平原は見る見るうちに満面の笑みを浮かべた原色に覆われていった。

「野郎、畜生、畜生、畜生……」

 兵士の口からは裏返った声と歯のぶつかる音しかしない。

「畜生!」

 兵士は窓を殴って強引に開ける。割れて散らばるガラスの破片がキラキラと輝く中、兵士は幼女に向けてガタガタと震えながら銃の引き金を引いた。

「ひぎっ!」

 一人の幼女の左目の上に弾丸が命中した。のけぞった後うずくまった幼女は、黄色い毛糸の手袋であふれる血をおさえると、涙を流しながらまた小屋へと歩き出す。

「畜生、畜生! 畜生!!」

 兵士は狙いも付けずに引き金を引き続けた。

 ゆっくりと進んでくる一面の笑みに赤い泣き顔が混じっていく。

「畜生! 糞! 死ね!」

 兵士は引き金を引き続ける。

 弾丸が出なくなっても引き続ける。

 窓のすぐそばまで迫った何かに向かって引き金を。

「畜生! ち……」

 兵士は足に違和感を感じて視線を落とした。いつの間にか幼女が足にまとわりついている。

「うおおおおおおお!」

 振りほどこうとした兵士に、あどけない顔をした、幼女が、次々と、笑顔で、次々と、駆け寄って。


 白い平原に小さな叫び声。

 押しつぶされ、引き裂かれた小さな叫び声が、雪と風に紛れていった。

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