伝える思い。受け入れる喜び
時刻は17時。肝試しが行われる3時間前だ。
今僕は何をしているかというと、携帯でネットを開きこの町の歴史について調べていたところだ。
昔、ここは城下町として栄えており、武士の家が多く存在したらしい。それ故、街もそれなりに栄ていたそうだ。
あの林のなかにある神社は昔から幸福を叶える神様と不幸を届ける邪神様がいたらしい。
しかしこの説は曖昧で邪神様しかいないという意見もあれば、神様しかいないと言う意見をあるようだ。だがはっきりとしていることはある。
『罪なきものには蜜を、罪あるものには毒をやろう』
この1文の意味が何なのかを専門家達は模索中なんだそうだ。
なんでこんなことをしているのか。
それはさっきから何も反応がないじゃしん様が少し心配になったからである。
もしかしたらこの町、この地域で起きた出来事がなにか関連してるのではないかと。
そんな中、また突然ひょこっとじゃしん様が出てきた。
「お主なにか企んでいるな?」
「いや別に…お前がいつもよりしんみりしてるから心配になっただけだ。」
少しからかう感じで、上から見下す感じでじゃしん様を煽ってみる。
「そっそうかの。ありがとう…。」
朝の調子なら絶対噛み付いて来るだろう。しかし今はどうだ?そっぽ向いて小さく「ありがとう」なんていいやがる。
「そう言えばお前。秘密があるんだよなぁ?」
体に電撃が走ったように少女の体が跳ねた。
「ななな、なぜそんなことを今言わねばならん!そんなこと言っても何も…。」
いいかけたところで僕が次に発する言葉を遮った。
「今だからじゃないのか。一体お前はどうしたんだ?そもそも何者なんだ?」
少女はただただ俯いてるままだ。何かを答えようと必死になりながらもどうしていいのかわからない。きっとそんな感じなのだろう。
「言って見なきゃわからないことってあると思うぜ?」
「わかった…。」
そう言って、昔話が始まった。
私がまだ人間だった頃の話。
かなり昔の出来事。
私は売春をして自分の生計を立てていた。
売春をしていたのは私が働ける場所がそこしかなかったからだ。
商売をやるにも道具がなく、商人達も自分でいっぱいいっぱいだったからだ。
美貌には自信があった。だからこそその答えに行き着いた。
ある日、私の体を買ったのはとある若い武士だった。
さぁ早く体を使えと言わんばかりに服を脱ぎ、醜態を晒す。
私の心はとうに腐りきっていた。
しかし、その武士は違った。私をものとして扱わず、人間として見てくれた。
疲れきった体を癒せと、まずは飯を振る舞い、体についたあざや傷を治療し、一晩中わたしの心に大丈夫と語りかけてくれた。
空っぽで腐った心は彼のおかげで救われたのだ。
彼と別れるとき、またあそこに戻るのかと死にそうなぐらい辛かった。
彼に一緒にいて欲しいと別れ際に言われたが、私はあなたにふさわしくない。
せめて立派な女になるから5年待って欲しいと、この町にある一番大きな神社で私は待ってるから迎に来てほしいとその武士に言った。
その武士は必ず迎えに行く。待っておれ。と即答で私の意思を、私自身を受け入れてくれた。
その約束を糧に働き続け、5年が経ち私もなんとか普通に生きていけるようになった。約束通り、私はその神社で毎日彼の姿を待った。
だが、1週間たっても、1ヶ月たっても、1年たっても、彼は姿を表さなかった。こんなに悲しいことがあるだろうか。裏切られたんじゃない。
もちろんわかっている。彼は戦死したのだと。
でもなら私は今までなんのために生きてきた?私は今まで何を目標に生きてきたのだ!自問自答し、自分の中で葛藤しながら私は神社で祈った。
『私に幸せをください。ほんの一握りでいい。私に生きててよかったと思えるような幸福をください。』
と、神に祈った。
神の答えはこうじゃ。
『この神社でそれを探してみろ。100年経つかもしれない。1000年経つかもしれない。それを見つけるまで死にたくなっても死ねない体をお前にやろう。』
罪なきものには蜜を、罪あるものには毒をやろう。
その意味が少しだけ理解できた気がするのじゃ。
これは憶測じゃが、蜜というのは不幸、毒というのは試練なのじゃろう。
なんでこう残酷なのじゃろう。
試練ならとっくにやっておった。だからこれは蜜の味。
不幸になったんじゃろう。犯した罪は愛した事。
だからこそ私は邪神様なのじゃ。人生不幸で塗固められた、それでも希望を求め今もこうして足掻いている愚かな邪神様じゃ。
「だから神社にきっとその相手が来ると信じて待っていたのじゃ。」
「なるほど。それが僕だって言いたいのか?」
「それはまだわからん。じゃが、お前は私が追い求めてきたそれと似ている気がする。」
俯いたままだが、その手には涙がひとつまたひとつと垂れ落ちる。
「行こう。もうすぐ時間だ。お前がどんな理由を抱えてても約束は約束。だけどな。お前なんかに頼らなくてもはるか先輩の心は僕が掴んで見せるさ。せいぜい見てるんだな。」
涙を拭い、僕が知るいつものじゃしん様に戻る。
「心外な。私は神じゃぞ?私を野放しにするなんて私が許さん。」
そうだ。それでこそ、お前だろ。じゃしん様。あんたは威勢を張ってればそれでいいんだよ。
肝試し本番
ペアはくじで決めるが、じゃしん様が操作し、はるか先輩と僕が一緒のペアになった。
「行きましょう先輩。足元が見えにくいんで僕の手を握っててください。」
「よろしく頼むぞー後輩くん!」
はるか先輩はいつもどおり、鼻歌を歌いながら軽快に歩いていく。
「うわっとぉ!」
「危ない!」
木の根っこにつまずく先輩を、転ぶ前に抱き抱える。
「大丈夫ですか先輩?」
「うっうん!ありがとう!」
その後もいろんなドッキリを喰らいながらも、先輩は楽しんでいた。僕はというとずっとじゃしん様のことが気がかりだった。
ルートを抜けてなんとかゴールの社に着く。
どうやら僕たちが最後のペアだったらしく。周りには誰もいない。
「なんかさー後輩くん。」
「なんですか?」
「君、今日何かあった?」
「特に何もないですよ。」
「そっかー。」
そこでお互いに沈黙。この人は一体何を企んでるんだ?
「私ね。今日昼休み、屋上にいたの。」
「えっ……。」
真剣な表情のはるか先輩を僕は初めて見た。
しかしこちらは向いてくれず、遠い空を見つめていた。
「私の泣いてるところ見られていたんだね。」
「すみません。今まで黙っていて。」
「別にいいさ。弱いところを見せてしまってすまないね。」
「いえいえ。」
「私さ、いつも明るく元気にみんなに振舞ってきたじゃない?
でもそれをよしとしない人達もいるんだよ。それに最近部活でもあんまり調子良くなくってね。」
「私なんかいなくても、後輩くん達は楽しくやっていけるだろうとか、私なんかいなかった方がもっと楽しめたんじゃないかとか変なこと思っちゃって……。」
先輩は途中で泣き崩れてしまった。
「先輩は…。」
話しかけようとしたところで、黒い影に先輩がさらわれる。
「誰だ!」
動き的にも人ではない何か、意志を持った化け物。その姿に僕は見覚えがあった。
白い着物を着た小柄な少女。稲穂にも似た美しい金色の髪を風になびかせ頭には動物の耳のようなものが生えている。
後ろからはこれまた金色の太い尻尾が生えており、その姿は完全に狐のような姿だった。
「フフフフッ。アハハハハハ!人間とは愚かなものよ。
怪しもうともせず簡単に私の手のひらの上で踊ってくれた。特に10代後半の若い人間は騙しやすいのう。」
その姿は少し変わっても邪神様だった。
その手には気絶したはるか先輩を抱えている。
「てめぇ、はるか先輩になにしやがる!」
「何ってこの女と結ばれたいんであろう?なら叶えてやろう。お前とこの女を殺して一緒の墓に埋めてやる。」
「ふざっけんな!最初からお前はそういうのが目的だったのかよ!」
「そうじゃ?騙された気分はどうじゃ?」
僕は、いや俺は内心キレかけていた。
しかしあることが頭をよぎった。それはここに来る前にじゃしん様が話したこと。
屋上で少女が羨ましいと言ったこと。
あぁそうか。こいつはいままで一人だった。膨大な時間をたった一人で生き抜いてきたのだ。
それがわかった今俺の心の中に恨む心は、怒りの心はなくただ哀れみの心だけが残った。
「そろそろ報われてもいいんじゃないか。」
「何を言っているのかのう。死ぬ準備はできたということか?」
「……。」
俺はまっすぐ少女を見つめた。虚勢を張っていつまでも一人ぼっちだった、空元気でここまでやってきた少女。その濁った目を見つめて、1歩また1歩と近づいていく。
「やめろ。そんな目で見つめるな。近づくんじゃない!やめろ。やめろぉぉぉぉぉ!」
抱えていたはるか先輩を思わず地面におろしてしまう。1歩1歩進んでいく度に彼女の顔は焦りを増していく。そして少女の背中が壁に当たる。
「もう逃げられないな。」
「許してくれぇ…。許してくれぇ……。」
と半泣きの神様。思わず笑ってしまうほどの可愛さだ。
そんな体も心もちっちゃな神様の体を抱きしめる。
「一人ぼっちで辛かったよなぁ。誰にも理解されなくて苦しかったよなぁ。お前は十分頑張ったよ。だからもうおやすみ。」
この時、孤独な神様は思った。
やっと見つけた。最初で最後の私の希望。ずーっと探してた私の光。
ひどい人生だったけどそれでも今はこう思う。
「はじめぇ……。私、生きててよかった!」
今ならはっきりと言えるこの気持ち。やっと死ねる、成仏できる。
私は一人ぼっちじゃないから!
その体は小さな光とともに消えていった。
「いつ俺の名前知ったんだよ。」
と、戯言を吐きながらも目からは綺麗な天の川が流れていた。
「あれぇ?ここは?」
と、気絶していたはるか先輩がぼけたような声をあげて起き上がった。
「ここはまだ神社の中ですよ。」
「おお後輩くん!今何時かね?」
「23時ちょうどですね。」
「うわやばい!お母さんに怒られるぅ!」
その場を急いでさろうとする先輩。
「先輩待ってください!」
叫ぶとぴたっと立ち止まってこちらを向く。
「なんだーい後輩くん!」
「お話があります。少し時間をくれませんか?」
そういうと、先輩は真剣な表情になり
「わかった…。」
といって二人で賽銭箱の前に座った。
「それで。話というのは?」
「先輩がやってきたことは決して無駄なんがじゃないです。
少なくとも僕はあなたに救われました。
どんなに苦しいことがあってもあなたを見ているとどうでもいいことに感じてしまうほどにあなたは輝いていました。」
「そんなの…ただの空元気だよ……。」
「はるか先輩……。」
「なんだい?」
すーはーと大きな深呼吸をして、決意を固める。
「あなたには、辛いこと苦しいことがあるでしょう。周りから存在を軽蔑されるでしょう。」
「そうだね。今もそうだし。」
「ならそんな一人ぼっちの先輩の人生のパートナーとしてそばにいていいですか?」
「えっ?」
やっと伝えられたこの気持ち。心のモヤモヤが取れた気分だった。
先輩は涙を流しながらこちらを向くがすぐに俯き
「私と一緒にいると不幸になるかもよ?私なんかよりもいい人は沢山いるよ?私なんか……私かなんか……。」
そんな先輩を見てるとなんかイライラしてきて、両肩を両手でバシッと叩いた。
「ひゃっ!?」
「しっかりしろ!一ノ瀬はるか!あなたはどこまで僕の期待を裏切る気ですか!あなたは一人じゃない。僕を筆頭にたくさんの人達があなたの笑顔に励まされてきました!」
「だから、笑ってください?」
最後は優しめに、慰めるようにお願いした。
「後輩くん。いやはじめくん。」
「なんですか?」
「私のそばにいてくれますか?」
「もちろんです。」
「ありがとう……。」
その時の先輩の笑顔は、世界を照らす太陽のようだった。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
これにて、「邪神様と一筋の光」は完結になります。
短い内容でしたが満足いただけたでしょうか?
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