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きみにさいごの花びらを  作者: 梶野カメムシ
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 私のファーストキスは、世にもおぞましいものでした。

 あれは忘れもしない、入園式の帰り道のこと。

 私と母は、同じく入園式を終えた親娘と一緒に、川原でピクニックをしました。

 私は一匹のテントウムシを捕まえ、少女に得意げに見せました。

 指を伝う小さな虫を指越しに譲ると、その子は目を丸くして笑いました。

 そして振り向くと、唐突に私にキスしたのです。

 お互いの小さな舌が触れ、ひどく狼狽したのを覚えています。

 口内に異常を感じたのはその時でした。豆粒大の異物感と、舌を刺す苦味。

 慌てて吐き捨てたそれは、私のあげたテントウムシでした。

 半ば潰れたまま、もぞもぞと蠢くその様に、私は大声で泣きました。

 駆けつけた母に理由を訊かれても、最後まで言葉にできませんでした。

 その少女の名は、カヤといいました。


 カヤと私は幼稚園から小中高と一緒でした。いわゆる幼馴染です。

 子供の時分は一緒に登下校したり、他愛ない遊びに興じていました。

 お互いの家にも、何度となく行き来しました。

 彼女の家は庭付きの一軒家で、母親と二人暮しでした。

 カヤの母親は穏やかな印象の美人でした。

 その家で印象深いのは、窓辺に飾られた花のことです。

 何故かその花びらは一枚しか残っていないのです。

 子供心にも不気味で、理由を訊くことができませんでした。

 それに彼女の父親が、何故いないかも不思議でした。

 私の母は「悪い男だから」と言いましたが、それ以上は決して語りませんでした。


 中学、高校と進むにつれ、私たちの仲は疎遠になりました。

 理由は単純です。彼女が眩しすぎからです。

 カヤは美しく育ちました。

 聡明で気立てがよく、少し抜けたところがまた人気でした。

 対する私は、教師だった父の影響で本の虫になりました。

 彼女が教室に咲く花なら、私は苔や茸の類です。

 そんな私でも彼女は気にかけてくれましたが、私の対応はぞんざいでした。

 嫌なのではありません。ただ、注目されたくなかったのです。

 おかげで高校にあがる頃には、彼女との会話はすっかり途絶しました。

 

 カヤの男性関係は、私の知る限り、潔癖そのものでした。

 校内の噂になるほどの彼女です。立候補は引きも切りません。

 けれど、誰が告白しても、彼女の隣には立てませんでした。

 実は彼女は自分に惚れているのではと、私などは勝手に自惚れたほどです。

 それが急変したのは、彼女の母が自殺してからです。

 通夜の席、彼女は虚ろな目で佇んでいました。

 私は声をかけるべきでした。けれど勇気が出なかったのです。


 それからのカヤは、簡単に男とつきあうようになりました。

 二股という意味ではありません。相手は一人だったと思います。

 どのつきあいも長続きせず、別れてはすぐつきあうの繰り返しです。

 カヤは告白された順につきあう、と級友たちは噂しました。

 男なら誰もが彼女の前に並びました。並ばなかったのは私ぐらいでした。

 私にしたところで、ちっぽけな意地が勝っただけの話です。

 「他の連中と一緒にするな」という根拠のない自負故の抵抗でした。


 そんな状態が続けば、女同士の関係にも亀裂が入ります。

 カヤは次第にクラスの女子から孤立しました。

 それでも彼女は、男遊びをやめません。

 親戚に引き取られ転校するまで、乱痴気騒ぎは続いたのです。

 彼女は誰にも行き先を告げませんでした。その時の彼氏にも。私にも。

 カヤがいなくなったクラスは、さながら祭りの後のようでした。

 そして、ようやくにして私は、自分が失恋したことに気付いたのでした。



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