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芽吹いたらきっと会える

作者: 近藤近道

 十二月も終わりが近付いてきて、いよいよ寒くてたまらなくなる。冬は僕たちの世界に仕組まれた運命の女神の悪戯だ。恋人たちが寄り添う言い訳と、俺たちの心境を表すために風は吹いているようだ。もしかしたらカップルに向ける嫉妬の視線は彼らを盛り上げているだけなのかも。そうだとしたら一人っていうのは結構切ないものだ。嫉妬したって「嫉妬して僕たちを盛り上げてくれてありがとう」なんてお礼を言われるわけでもないから救われない。

 世間はクリスマスムード。街には赤と緑がいつの間にか降り積もっている。機関銃で銃弾をばらまくみたいに緑が使われていて、普段はあまり目に入らない色だからちょっと珍しい。赤も赤で、いつもより多く回しております、という感じで、世間はその二色にどっぷり浸かっている。近くにある一軒家は気合が入っていて、夜になるとイルミネーションがぴかぴか光っている。そんな彩りがあると、イベントと関係無しに点いている明かりでさえ、メリークリスマスと言っているように見えてくる。電球が騒がしい程に明るい時期。

 ネット上ではカップルがどうだのと騒いでいる。だからだろうか。初恋の子のことを思い出してしまった。告白しないまま中学を卒業した。次に好きになった子ともその次に好きになった子とも付き合うことはできなかった。年齢がそのまま彼女いない暦だ。どうにかして彼女たちの中の一人と付き合うことができていたら、あまり寂しい思いをせずに今日を迎えられたのかもしれない。

 そんな空気の中で、恒例行事のように、彼女がいないからと悲しむのにも飽きてきた。ロマンスが無いなら代わりに阿呆なことをして盛り上がるくらいが丁度いいと思って、今年は踊る阿呆になってみようと思うのだ。計画を立てていて笑みがこぼれる。楽しいという感情の中に「俺って馬鹿だなあ」という気持ちも混ざっているのだけれど、意外と悪くない。クリスマスツリーを買ってきて飾ってしまって。サンタクロースだって見に来ないのに。クリスマス当日は一人で豪華なディナーを食べるのだ。何をやっているんだか、と後悔する自分の姿は簡単に想像できる。でもやらないよりかはきっと楽しい。

 一人でやる馬鹿なこと、極めつけは一緒にクリスマスを過ごす相手が二次元の美少女ってところだろう。たまにネットの画像である。モニタに美少女の画像を表示して誕生日を祝ったりクリスマスを過ごしたりする光景。それはもう、笑える。この人何やってんの、と。けれどちょっと凄いことだと思ってしまった。相手は二次元。架空の人間だ。それに対して、一緒にクリスマスを過ごそうとするくらい熱中できる。その情熱だけは評価されてもいいんじゃないか、もしかしたら俺の頭は衝撃のあまり変になってしまったのかもしれないけれども、そう思ったのだ。だからそれを俺もやってみたい。そしてそれを写真に撮って、ネットにアップロードするのだろう。そうやって「あっはっは、坂井は馬鹿だなあ」と笑われるような愛すべき馬鹿をやってみたい。

 当日誰と過ごそうかな、と画像を選ぶ。美少女萌えというものには、何やかんやで六年くらい足を突っ込んでいる。中学生の頃はちょっとエロいところがある絵で興奮できたものだ。今ではエロ画像用のフォルダがあるけれど、パーティには使えそうにない。丁度その頃からの付き合いのキャラもいる。そういうキャラの方が思い入れがあったりして、ふさわしいのかな、と思う。こういうことをする以上は遊び半分とはいえ真剣に選ぶべきだと思ってしまう。自分のお気に入り。黒い髪が肩まで伸びているとか、色白だとか。それで眼鏡がきりっとしているとか。

「ふむ、誰にしようかな」そう呟く。すると「私と過ごせばいいじゃないか」と耳に着けているイヤホンよりも遠くから声がした。突然視界にゴキブリが現れた時みたいにぎょっとした。グレーの眼鏡、フレームが目をきっちり囲っていて、堅物な感じのある女性。それが俺の横にいた。驚きで反射的な行動をしようと体が意味不明な暴れ方をしながらその女性から離れる。イヤホンを片方外して、携帯を取って足をばたばたさせながら立ち上がって。理性が働いていなそうだったのに、通報できる状況が作れたのは奇跡だった。いる、女性が。黒い髪が肩まで伸びて、色白の。それで眼鏡がきりっとしていて。

「ええと、誰です、あなた」敬語が出た。高圧的になれなかったのは一目惚れしてしまったからだ。この不審者とどうにかしてお近付きになれればと思ってしまった。突拍子もないことに空想の世界で慣れていたせいもあるのか。どうにか上手いことエロゲのような展開へ持っていけないものかと考える自分とそれはリスクのある考えでとっとと追い出すのが常識的なやり方だと告げる自分が頭の中、間合いを計っている。

 眼鏡に縁取られた視線ががっしりと俺を掴んで、言う。「私は君の萌えを育てる者だ」

「お帰りください」アウト。これはまずいと思って反射的に突き放す。アニメでそんな台詞を言うのなら重要キャラ。だけど現実でそんなことを言うのはえてして危ない人間だ。前世で一緒に戦ったとか言い出しかねない。拒否反応を示してしまうのは、そういうのは手に負えないと確信しているのと、中学生の頃の古傷をえぐられているような気がするからで。焼却処分したはずのノートを彼女がその手に持っているような、フラッシュバック的な恐怖が混ざっていた。「軽い冗談じゃないか」冗談と言う今でさえ真顔でいる。本当に冗談なら遊んでやってもいいけれど、本気の方とはちょっと。「君は私のことを不審者だと思っているようだが」いつの間にか俺の部屋に入っていた、ただならぬ不審者が何か言う度にこちらの気分は悪化していく。「君は私のことを知っているはずだよ」早く帰りたい。ここが俺の家だけど。

「前世の知り合いとかいないんで」もうポリス召喚してもいいのではないだろうか。携帯電話を握る手に意識が向く。この人がもっとまともな人間だったら、素直に好きになれたのになあ。そんな一抹の希望が番号を入力させないでいた。

「前世の知り合いなんて、そんなわけないだろう」笑われる。ちょっと不愉快。俺だってそんなの信じてない。「この今の人生で、私のことを見たことがあるじゃないか」彼女の言葉が、俺の頭を一面クエスチョンマーク畑にした。リアル知り合い?「もしかしてクラスメイトとかそういうの?」いいや、と彼女は首を振る。確かにこんな変な口調の人間はいなかった。「ネットで私の画像を見ているだろう?」ネットで。また電波か、と一瞬だけ思ったが、心当たりがあるような気もした。わざとらしい、素直でクールな性格がそのまま口調に反映されたようなキャラで、俺の好きな外見の要素ばかり詰まっていて。「あ」だるまさんがころんだ、という遊びで鬼の視線がこちらから離れて動けるようになった瞬間みたいに、頭の中がぶわっと駆け出した。中学生の頃、凄く好きだった絵の中の美少女が俺の目の前にあの時の姿のままいる。服装だけは制服だったのが落ち着いた色合いの私服に変わっていて、それでも上下共に単色でひらひらしていないのは、彼女らしいと思わせる格好だった。間違いなく、あの彼女。「マジで?」

「ああ。マジだ」首肯を交える彼女。絵の中に冷凍保存されていた時間が俺の前で動き出している。初恋の、告白できずにそのまま卒業式を迎えてしまった、そんな少女と再会したら、きっとこんな気持ちになる。真っ白だった感情がどんどん赤さを取り戻して潤う。俺は彼女の顔をもっとよく見ようと座って、同じ高さになっていた。朝日を浴びて目覚めるように解凍。鮮度を取り戻した目で、しかし戸惑いもある。「いや、でも、何で?」色々な、何で。二次元の少女は実在しないのだから、それが俺の前に座っているのはおかしい。どうして彼女はここにいるのか。どうして俺の前にいるのか。「理由、か」ふむ、と考える仕草。指を顎に当てる、いかにもなポーズ。それは知的なキャラクターを演出するための記号のようなものなのだが、それがぴったり決まっている。わざとらしいが、嫌な感じはしない。流石は元二次元といったところか。そのポーズのまま言う。「すまない、どうしてもそれを話すわけにはいかないんだ」

「最初は意味不明なまま進行する方がそれっぽいのはわかるけど」よくある。難解そうな言葉を使うアニメって。だけどここは現実だし、俺は当事者だから、その文法を認めるわけにはいかない。「でも訳がわからないまま巻き込まれるのは正直嫌なんだけど」彼女の顔が沈む。眉が寄って、そうだろうな、と呟くように言った。

「最後にはちゃんとネタばらしがある。それで納得してはくれないだろうか?」そして「それに本当は私の口から言うことではなくて、君が気付くべきことなんだ」と加えてくる。意味深なことばかり増えてくる。答えを掘り起こそうとしても、今は駄目なようだ。「それで、俺は何をしたらいいんだ?」世界の平和がかかっている戦いに参加させられる、とかいう重たいのは嫌だ。けれど釘を刺すまでもなく、そんなことではないと俺は知っていた。だって中学生の頃に彼女の生活を見たことがあるのだから。彼女の口がどう動くのかも、わかっていたような気がするくらいだった。「ただ君の傍にいさせてくれないか」やはり真顔で。表情に乏しいのだが、それによってクールな風貌が強調されていて、しかし口から出てくるのはストレートな愛情表現。確かに俺がはまったキャラクターだった。俺の好きな要素は全部入っている。いや、そうじゃない。むしろ彼女が俺の萌えの始まりだったんだな、と今になって気付く。自分の記憶にあるけれど、場所を覚えていない、そんな思い出の地を発見したような気分。この嬉しさを彼女にどう伝えたらいいのだろう。抱き締める、は違うだろう。感動を言葉にして説明するのも違うような気がして、結局胸の内にしまった。

 彼女に名前は無かった。「ならば仮に桜とでもしようじゃないか」どういうわけか、彼女はそう言った。桜という感じはしない。彼女はむしろ冬っぽい。学校の制服だって夏服より冬服の方が似合うような人だ。それに今は冬だ。それなのに桜だなんて、狂い咲きじゃないか。変なの、と思いながらも彼女がそう名乗りたいのなら、それでいい、とも思う。そもそも空想上の人間が現実に現れてしまっている時点で狂っているのだ。坂井桜。いや、何でもない。桜。名前が決まると、いよいよ騒ぎは落ち着いて、物語を進行させるにはどうしたらいいのかわからなくなってしまう。そもそも女子と親密になったこともなくて、どうもてなしたらいいのやら。「あ、お茶出すよ」冷蔵庫に向かう。ペットボトルのお茶。それをコップに注ごうとして、温かい方がいいよな、と気が付いて、片手鍋にお茶を入れて温める。そこで、あれ、と思う。「っていうか、食べたり飲んだりってできるの?」幽霊のように突然出てきた桜に問う。例えば触れることができない見える空気のような幽霊ならば食事もしないのだろうが、腕や首に手形を付けてくるようなタイプの幽霊なら、必要かどうかはともかく食べることもできるだろう。「ああ、問題無い。いただかせてもらうよ」なるほど後者らしい。呪われないようにしないと。お菓子も出した方がいいのだろうか。よくわからない。とりあえずクッキーを。

 片手鍋が湯気を出すのを待って、見つめる。桜は素直クール。ツンデレとかヤンデレとか、美少女をジャンル分けすることがあるのだが、桜は素直クールというジャンルに属している。素直でクール、ということだ。挙げた他の二つと違って、大流行とはならなかったように思う。けれど破壊力の高さはなかなかのもので。

 そういえば桜を放置してしまっていた。一人暮らしに慣れすぎているようだ。顔を動かすと、桜がわざわざ移動して、俺をじっくりと見ていた。驚きでどきっとなる。「な、何すか」聞くと「気にしないでくれ。君を見ているだけだから」と笑みの柔らかさが頬の辺りに少し乗っている。気にするなと言われても。照れて視線を逸らすしかない。モニター越しでないと、こんなにもときめいてしまうのか。頬が熱いのは、きっとお茶の熱がこっちにまで届いているからだ、落ち着こう。そう、もう丁度いい感じ。温かくなったお茶をコップに注ぐ。自分の分も。運んでテーブルの上へ。物がいくらか置かれて、それがいい具合に精神的な壁になってくれる。これが無ければ平静を保つのは難しいだろう。口に入れたお茶が胃まで温めてくれる。ほっとした俺。緊張から自由になった脳みそがはっとする。「あれ、もしかしてここに住むってことだったりする?」彼女と一緒に、きっと彼女の物らしい大きめのバッグも登場してきていた。いかにもお泊りという感じで。尋ねる俺とは対照的に彼女のお茶を飲む動作はスムーズすぎて不自然だと疑えるくらいで「そのつもりだが」と当然だというニュアンスのある返答もまた変なものに思えた。いやいや、変だろう。あれ、でも二次元のキャラが急に現実に現れたとして、住む場所があるわけもないから普通のことなのか。二次元として見た場合はともかくとして、三次元の女性として見れば大きめな胸。妄想がちらりと顔を出す。なんて不健全な。ああ、くそう。俺は乱されている。どれが普通なのか考えたところで、そもそもが異常なのだし、考えたって仕方ないことなのであって、だからここはあえて得体の知れない桜に委ねてしまうのが正解なのだろうな、とそれらしい言い訳が出来上がって俺は思考を止めた。彼女の思うように流されていってしまえば、最終的にはある朝目覚めると肥溜めに浸かっていた、というオチがあり得ないわけでもないのだろうが、それまでに「まあ、これまで幸福だったからこのくらいなら別にいいかな」と肥溜めのダメージが少ないくらいに彼女と楽しく過ごしてやればいい。妙に前向きだ、俺。きっとクリスマスのムードに当てられて、そして恋人のような人物が唐突ながらも出来て、サンタさんを信じているみたいな希望を持っているのだろうね。クリスマスツリー、ただの置物じゃなくて電飾で光らせることのできるような物を買えばよかった。

 二次元からやって来たというのは、置き換えれば異世界からやって来たと言えるのかもしれない。この現実世界にファンタジーのエルフなどが迷い込んだら生活の違いに戸惑いそうだが、桜にその様子は無い。それは彼女の絵の世界が、俺たちが「こうなったらいいな」と頬を緩ます妄想のようなもので、現実がベースになっているからなのだろう。それでも何年か前の絵のキャラクターなのに、時代の差が無いというのはおかしくはないか。ここ数年で変わったことなんていくらでもあるだろう。例えば、そうだ。テレビの画面が横長になった。ネットでできることが増えた。そういうことに違和感は無いのかと尋ねてみるが「そんなもの感じないよ」と言い、そしてこう喋った。「だって私は、自分と君の生きている時代の差を感じるようなキャラではないのだからね」よくもまあうっかり納得してしまいそうな理屈がすんなり出てくるものだ。そういうことが言えるのも、そういうキャラだから、なのだろう。実際に二次元のキャラが現実に目の前にいると、思ってしまう。やっぱり二次元と三次元は別物だ。どちらがいいとかいう問題ではなくて、生きている世界が本当に違う。二次元の彼女がここにいてもあまり面白くならないような気がしてきた。となると面倒なことばかり待っているのかなあ。げんなりしそうになった頬を人差し指に突かれた。

「二人きりの時に、そんな顔をしてくれるな。泣きたくなってしまうだろ」

 冷静沈着というシールで表情を固めたような人なのに、泣きたくなることがあるのか。ちょっと見てみたい。頬をぷにと押した異性の指にどきどきしている。さっきまで二次元はどうのこうのと偉そうに考えていたのに、俺ってちょろいのかも。俺の心が彼女のペットのように感じられる。「どうしたら笑ってくれるんだ?私は君の笑顔が見たいんだ」とすぐ近くで言われて、渋る理性を置き去りにして感情が彼女を愛することを決めた。「いや、ごめん。ちょっと色々考えちゃっただけ」謝って、すぐ新しいことを考える。「笑顔、か」けれど自分の笑顔よりも向こうの笑顔の方が気になるものだ。柔らかい面差しになること、つまり微笑むことはあるけれど、彼女の顔が笑みでぐしゃっと崩れるところは絵の中でも見たことがない。「どんな風になるの?」笑うように要求してみるが「表情を作るのは苦手なんだ」と回避されてしまう。彼女がどういうつもりで俺の前に現れたのかは知らないけれど、とりあえずこっちは彼女を笑わせるのを目標にしてみることにした。

 クリスマスイヴの前の日。イヴイヴという戦闘能力がインフレしているような呼び方もあるけれど、意識の上では二十四日と二十五日が本番なわけであって、その直前の今日はどうにも窮屈だ。遠足の前日から期待感を引いたようなもどかしさ。クリスマスを過ごす準備は出来ているのに日にちだけが俺たちに付いてきていない。何をしようとしても本番のために取っておきたくて、中途半端になってしまいそうになる。元気を溜めるためにはしゃげない前日。雑談とお茶を重ねていくしかない。「しかしどうしてこのタイミングなんだ?」それこそクリスマスプレゼントという形で登場すればベタだが決まっただろうに。彼女にも都合があるのかもしれないがそう言ってみると桜は苦笑した。「記念日だから誰かを好きになるわけじゃないだろう」ぐいっとコップを傾けて、そして「恋の始まりは唐突だよ」と決めて、おかわりをもらってもいいかな、と台詞が固めてしまいそうだった空気を掻き混ぜるように聞いてきた。

 コップが空になる度に立ち上がるのでは面倒だ。一気に温かいお茶を作ってしまえ。二杯分どころではない量を手鍋に注いで、そのままテーブルに持っていくのでは不恰好だから、ティーポットを出す。お菓子も足そうかと思ったけれど、どうせ夕飯で何か食べるのだからしなくてもいいかと思い直す。それじゃあ夕飯はどうしようかな。わざわざ何かを買いに外へ出るには寒い。いつも通りのを二人分作るしかないか。

 今度はちょっとやそっとじゃ無くならない量の、手鍋の中のお茶がどうにか温まって、ポットまでほんのりと温かくさせながら桜の前に戻る。「なんていうか、あれだな。本当に二次元から来たっていうなら、色々妄想が膨らむな」ふふ、と笑われる。「妄想が現実になったのに、それでもまだ妄想をするなんて、不思議な感じだな」そう言うのに咎める調子は無く、彼女は楽しそうだ。「で、どんな妄想をしたんだ?」エッチな妄想をしないこともないのだが、非常識な出来事を経ているとそんなものよりも面白い発想がどんどん出てくるものらしい。俺の中にはたくさんの疑問が詰まっていた。「なんていうかさ、二次元から来たわけじゃん。それってなんか別の学校から転校してきた、って感じがちょっとあるんだよな。たぶんほら、君の絵で学校のシーンがあったからだろうけど。でもそれだとその学校で君が好きだった人って何なんだろう、って思うとちょっと怖いんだよな」実際のところどうなのよ、彼とは。振られたのか振ったのか。

「懐かしいな。高校の頃は色々やったな」一瞬はぐらかされたのかな、と思ったが「でもあれだって君だろう?」と続いた。反射的に「何それ怖い」と返す。俺は二次元に入ったことなんてない。「君は私の画像を見て、自分が私の相手だと思っていただろう?なら、そういうことなんじゃないのか」桜はそう言うが、いやあそんなことはないでしょう。反論する。「例えばさ、ギャルゲーなら主人公がいるわけじゃない。感情移入することはあるかもしれないけれど、そいつと俺はあくまで別人。それと同じだと思うんだけど」言いながら、何と説明すればいいか考えていて、あれれと疑問が出てくる。「っていうか、そもそも君には、あの世界はどう見えていたの?」こっちから向こうをどう見ているのか、それは語るまでもない。客席から舞台を見るようなもの。では舞台では何がどう見えているのだろう。客席は見えないだろう。二次元から見える光景は、彼女の彼氏と関係無しに、好奇心を刺激される。結構楽しくなってきた。だけれども「さあ、よくわからないんだな、これが」と撃沈されてしまった。「わからない?」桜は、ああ、と頷く。「夢を見ている感じに近い、のかな。よく思い出せないし、そもそも何も見えていなかったのかもしれない」少し不思議。首を傾げる俺に桜も同調する。「これについては、君の方がそれらしいことを思いつけるかもしれないな」

 俺次第。俺にしかできないことと言われると、ちょっとやる気が出てくる。スーパーロボットのパイロットに選ばれた、みたく。脳みそが急速に温まっていく。そしてアイデアの気泡がぼこぼこと発生して浮上してくる。すぐに消えてしまいそうな泡の中から大きい物を手に取ってみる。「あれかな。絵には君と背景しか描かれていないから、そこ以外は設定が出来ていなくて、それでわからなくなっているのかも」目の前に実体化した少女がいるのに、こんなことを考えるのは冷たいのかもしれないけれど、二次元の美少女は本物の人間じゃないのだ。絵の中にいる少女たちは呼吸をしていない。全ては描いた人の手の内。その人が何も考えていないなら、そこには何も無いのだろう。「なるほどね、うん。面白い」納得してくれたかどうかは定かでないものの、俺の推測を楽しんではくれたようだ。

「するとこっちの世界の作者はかなり頑張っているようだな」桜がじろりじろりと俺の部屋を見渡す。壁の近くにノートパソコン、漫画の並ぶ本棚、ベッド、四角いゴミ箱。洒落っ気は無いが、部屋は隅々まで存在している。この場合、作者というのは神様になるのだろうか。芸が細かいのだな、神様は。几帳面なところがあるのかも。いやいや、この世に神様なんていないだろう。世界は偶然と法則が生んだのだ。世界は広すぎる。誰かが作ったり進行させたりできるものではない。桜以上に表情の変わらない、心の存在しないルールが地球を回転させているのだ。

 お茶は少しずつ冷めていってしまう。電気ポット持っていればよかった。温かいうちに飲まないと勿体無い気がして、無理してお茶を体の中に入れていく。「何か食べたい物とかある?好きな食べ物とか」明日はイヴで明後日はクリスマスなのだから、少しくらい金のかかる物でもいい。何でもいいから言ってみて、と促してみると「そうだな。クリスマスだから、それらしいのがいいな。夜景の見えるレストランでディーナーとかどうだ」それはちょっと、と言いかけるが「冗談だよ。そんなこと頼めるわけないだろう」と少し上昇する頬に抱擁されてしまう。翻弄されている。彼女の手のひらでいいように遊ばれて楽しまれている。けれどなんか幸せ。恋は人間を駄目にするようだ。「明日、おいしい物を買いに、一緒に買い物に行こう」うん、そうしよう。そう首を縦に振ってから「あれ、でも大丈夫なの?」と我に返る。「何がだ?」今度は彼女の頭が横に傾く。「ほら、よくあるじゃない。俺だけ見えて、他の人には全く見えていないっていうのさ」そういうことか、と桜。「大丈夫だよ。見えないなんてこと、あるわけないじゃないか」

「本当かなあ」桜と話しながら歩いていると、何も無いところに話しかけている変な人と思われてしまうのではないのか。フィクションではよくあるじゃないか、そういうの。疑っている俺に業を煮やしたのか「それじゃあ今から外に出ようじゃないか」と桜は言ってきた。

 コンビニで買い物してみることに決まった。もし桜が他の人にも見えるのなら、桜は一人で何か買えるはず。流石にロングTシャツの上に一枚羽織っているだけでは肌寒いのだろう。バッグの中からコートを出していた。俺もコートを着る。大きい物が抜けたバッグは少しへなっとしていた。白っぽいコートのボタンをきっちり留めて露出度が下がると、ついに彼女が完成したように思えた。バッグの中にあるのは彼女の一部なのかも。ほとんど百パーセント桜の彼女が「さあ行こうか」と歩いていく。コンビニの場所、知っているのか?急いで鍵を閉めて追いかける。走る足がどこに着陸しようか迷って、真横に並ぶ。属性の名前にクールが入っているが、恋の只中にいる時は表情に厳しさが見られない。ふわっとした顔に迎えられる。手を繋ぎたいな、と思うのだが、そもそもそれをしても大丈夫か確認するために今こうしているのだから、と我慢する。どうして異性の手ってすぐ近くに歩いているだけでこんなにも気になってしまうのだろう。流星群と一緒に暗くなってきた道を歩く。

「あ、お金持ってる?」買うのならお金が必要だ。持ってない、と言うので財布を渡す。「それじゃあこれ使って」ありがとう、と受け取る彼女。コンビニに到着。

「さて何を買おうかな」呟く彼女に俺は答えない。どきどきしている。今のどきどきは周りにいる人の目が原因だ。「何か買っておかなければいけないような物はあるだろうか?」聞いてくるけど無言を保つ。そんな俺を見て桜は溜め息をつく。はあ、と出た息がやれやれと語っていた。「無いなら適当に買ってしまうからな」歩調を速めて一人で行ってしまう。突き放された感じがして、俺は追いかけずにただ見守ることにした。手元にある物を見る振りをしながらちらりちらりと桜を見る。そうしていると、桜もこっちの方を向いて、目が合いそうになる。反射的に逸らす。俺は何をやっているんだ。桜が見えていてもいなくても、他人から見たら俺は少し不審者っぽい。普通の人間を装うために、もうちょっと売っている物に注目してみる。クリスマスを意識した商品もあるけれどコンビニに並ぶおにぎりを見ているとケーキなどよりも梅や鮭の文字が輝かしく思えてくる。欲しい、と思ってしまうけれど桜と夕食を食べるのだから買うわけにはいかない。財布も今は彼女が持っている。どうしてだか寂しくなってしまう。一人の時は梅干で誤魔化すことのできた口内はもはや桜が隣にいないと渇いてしまうのか。これが単純な恋ならまだ格好が付きそうなのに、相手はそこで物色しているとはいえ二次元だ。どうしても駄目人間という言葉が頭でちらつく。

 さてはて。忘れないように桜を監視する。本当に買い物はできるのか、この目で確かめなければ。モニターからバッグと一緒に出てきたように不思議なマジックで商品とコンビニの袋をどこからか引き出してくるかもしれないのだから。それはそれで素敵な魔法だけれども、誰の目にも見えない不思議を楽しもうとするならアパートの中にいるしかない。変な人にはなろうとは思わない。桜はレジに商品を差し出そうとしていた。もう少しおにぎりに没頭していたら見逃すところだった。危ない。早足で桜に近付く。何を買ったのだろう。見ると、可愛らしい商品を買っていた。それは女の子らしい物、ではなくて、女の子の絵が描かれていて、慣れない人は買うのをためらいそうなそれだ。桜はきちんと俺の財布からお金を払っている。なんか感動的だ。子狐が手袋をなんとか買うことができた、みたいなものを感じる。支払いを終えて商品の入った袋を受け取った桜が「ほれ見たことか」と言わんばかりの目でこちらをちらりと見て、そして自動ドアに向かう。自動ドアが彼女だけを外に出してしまわないように追いかけた。

「これでわかっただろう?」財布を渡される。「まあ、うん」と受け取る。それをコートのポケットに突っ込むと「本当にわかっているのか?」と聞いてくる。わかってるわかってる、と返す。なのに桜は溜め息を漏らした。白い息のように身軽な動きで彼女の手が俺の手首を掴み、そして指と指を絡ませた。

「手を繋いでも大丈夫だと私は言いたんだ」わかったか?と桜。「なるほどね」なぜか知識人のような返答になってしまう。ハートには矢が刺さってときめきがどくどくと溢れ出ている。止血するつもりが、かえって噴水のように飛び出させることになってしまったのだ。きっと俺の歩いた後にはハート型の血痕がある。

 コンビニとアパートが遠ければよかったのに。すぐに着いてしまって、ぼたぼたと垂れていたものは平静の中に納まってしまった。部屋の中に入って、桜が袋の中から買った物を出す。「どうだ、これ。可愛いだろう」アニメのキャラクターが描かれた商品。中身はお菓子だ。

「どうしてそれを買ったのよ」もっと早く言ってしまいたかった台詞をやっと口にする。二次元の彼女が二次元のグッズを買うなんて。違和感がある。「いいじゃないか。君もこういうのは好きだろう?」にやっとした目でこっちを見てくる。否定はできない。「そうなんだけどね」俺はそこまでその作品好きじゃないんだけども。「桜はその作品好きなの?っていうか、知ってるの?」全く知らないな、と桜。知らないのに買ったのか。呆れてしまう。「じゃあどうして買ったんだ」桜は、ふむ、と視線をキャラクターの方に落として「親近感で、かな」と言って、子どもをあやすように箱を揺らした。

「親近感、ねえ」キャラクターと見つめ合うようにして感傷的に言葉を出した桜から滲み出ていた寂しさのようなものが、なんとなく俺にも伝わってきて、しんみりとしてしまう。雨が止んだ後でぽたりぽたりと雫が落ちているような静けさが続く。こういうの苦手だ。何を喋っても二人してさらに落ち込んでしまう気がする。たぶんこれも正解ではないんだろうなあと思いながらも、五時を回っていたので「あ、夕飯作るわ」と立ち上がって俺はキッチンに逃げた。

 一体どう言えばよかったんだろう。米を洗いながら考える。一番よいもので、せいぜい二人共傷付かずに済む、くらいのものなのではないか。食べ慣れた料理のようなもので。大成功なんて存在しない気がする。嫌だなあ。今日はまだ六時間もある。暗くなってしまった部屋を、蛍光灯を新しい物に交換するように、明るいものに戻したい。真っ白に濁った水を捨てた。ご飯のことは炊飯器に任せたところで、料理している俺はいいけれど桜は手持ち無沙汰だということに気付く。ストレスを感じずに手伝ってもらえる程キッチンは広くない。どうしたものか。暇を持て余しているだろう桜の様子を見ようとすると、ばっちり目が合う。慌てて視線を元の方向に戻す。こっち見てるよ。どうして見てるんだよ、みたいなことを言うと絶対「君を見ているのが楽しいんだ」とか言ってくるんだあれは。だって心なしか桜の頬は緩んでいたもの。なんとも恥ずかしい。そんな台詞を言わせても言わせなくても、にやにやとこっちを見続けるのだ。俺は既に敗北している。夕飯が出来上がるまで、無言の紙飛行機で辱められてしまうのだろう。畜生。内心そう絶叫して、包丁を握る手には力が過剰に入る。中には大好きと書かれている紙飛行機がちくちくと刺さっているのを視界の外に感じながら。

 テーブルに食器を並べて、やっと一息つく。疲れた。立ちっぱなしで疲れる、みたいな話は聞くことがあるけれど、まさか精神的に疲弊することになるとは。さっきのお茶以上に味噌汁がありがたい。座り慣れた椅子に腰掛けるような。流石に桜もこちらに視線を注いだまま食べるという人間離れしたことはできないらしい。おかげで自然体で接することができる。「どう?味大丈夫?」背筋の伸びている桜に問うと「ああ。最高だ」とだけ返して、活発に箸が動く。このままずっと食事をしていたいくらい安らかな時間だった。まあ、彼女に振り回されるのも悪くはないんだけど。煮物を箸でつまんで食べる。「そうだ、思いついた」焼いた鮭を一口分に分断しながら桜が言った。「何を?」俺はそれよりも大きい破片にしてそれを口に運ぶ。桜が口を開いたのは俺が味噌汁をすすっている最中だった。「明日は鍋を食べたい」鍋か。テーブルの上に光景が浮かんでくる。「いいな。やっぱり冬は鍋だよなあ」そうだな、と桜。それに、と加えてくる。「こうやって食べる分が区切られていると、少し寂しく感じてしまうからな」と自分の領域にある鮭を食べる。「なるほどね」そういう密着感を想像の中に加えてみると、確かにいい感じだ。流石二次元だ、と思ってしまう。俺の中にある理想を積極的に形にしてくれているようで、現実にはこんな恋人らしい付き合いなんて起きないんじゃないかと思わされる。俺だけの幸せ。「うん、それじゃあ明日は鍋にしよう」けれど理想に満ちた二次元でも、変な愛情表現があったり、浮かんでくる鍋の光景のせいで今食べている物ではちょっと満足できない感じとか、そういうところで上手くいかないのはどうしてだろう、と不思議だった。その疑問と一緒に不透明な味噌汁を飲み込んだ。

 先に風呂に入ってもらった。桜はバッグと一緒に消えていった。こういう時、その手のゲームならば覗くよなあ、と思う。それで「きゃあエッチい」と。彼女の場合は「なんだ、一緒に入りたかったのなら最初からそう言えばいいじゃないか」と言ってくるのかな。けれどそれを実行に移す気は全然起こらない。どうしてだろうなあ、と思う。そして、今日何度目のどうしてだろうなんだろう、とも思った。今日は不思議なことだらけだ。その中でもこの不思議は結構しょうもない部類なのだろうけど。きっと恋人という実感がほとんど無いのが原因なのだろう。どちらかが告白して、友人とかから恋人にランクアップする。そういう儀式を経ずにいきなり、二次元から出てきましたあなたの恋人です、となってしまったせいで、ほとんど他人のような昔の知り合いのような恋人なんていうおかしな関係になってしまっている。複雑な関係で悩むなんて、まるでドラマの主役になったみたいだ。モニターから女の子が出てきた、という突拍子の無いところも。

 二次元との付き合いは結構難しい。そんなことをふと思った。それは俺のようなことが起こらなくても言えることなのではなかろうか。単純にトランプを楽しむように萌えと言うだけならいいのだけれど、それが現実や自分の人生と絡んでくるようになった時に、なんというか、本物の人間じゃないってところで何か問題があるような気がするのだ。人間とロボットの恋を想像してみるとわかりやすい。最初は上手くいっても、ずっと続くかどうか。成功してもそれは普通の恋愛とは遠いものになりそうだし、他人からは変なものを見る目が向けられることだろう。それ以外にも何か嫌なことや面倒なことがありそうだ。でもそこまで未来を見据えた上での不安っていうのは感じていない。この出会いには終わりがある。そういうことを俺はなんとなく知っている。いや、明確にわかっていると思う。だって彼女は最初に意味深な自己紹介をして、そして最後にはネタばらしがあるとはっきり言っていたのだもの。それはお別れの瞬間が待っていて、俺たちはそこへ行くために恋人ごっこをしているということなのだ。終わりが見えている。風呂を覗く気になれないのはそれが一番大きいのかもしれない。

 パジャマ姿になった桜が出てきた。パジャマはふわっとしていて、クールという印象は薄れたが、その分可愛さがアップしていた。入れ替わるように俺が風呂に入る。シャワーを浴びていると、水の流れと一緒に今日のことが記憶から蘇ってくる。今日は何もありませんでした、と小学生の夏休みなら書いていただろう午前。そして、今の俺なら日記の一ページでは収められないであろう程のことが起きた午後。彼女のホーミング式の視線も浴室までは届かない。こうして一人っきりの空間にいると今日のことが夢だったのでは、と思ってしまう。けれどもあれはきっと現実なのだ、と信じがたい展開を鵜呑みにするしかない。だってこれまでのことが俺の都合のいい妄想だと考えようにも、部屋にはあのそこまで好きではないアニメの商品があって、そして桜は俺の性欲を満たすために生まれたままの姿で乱入してこないのだから。泡と水が排水溝に飲まれていく。シャワーを止めると残るのは形のあるものばかり。湯船に浸かって、色々と考えて、そして栓を抜く。するとくだらない空想は消えてしまった。現実の中に彼女も混じっている。空想とは何なのだろう。何なのだろうなあ。答えを導こうと頭は動かず、ただただタオルで残った水分をさらう。結構重くなった。

 立っている俺と座っている桜。風呂上りの光景に、発見がある。濡れた桜の髪の毛は綺麗だということに、見下ろす形になって気付いた。色っぽさが増していて、桜の異性をこれまで以上に強く感じて、俺は座る場所に迷った。近付く度胸も離れる勇気も無く、平常心を装いながら、食事の時と同じ距離で座った。俺ではなくてテレビの方を見ていた桜の目がこちらに戻る。テレビが見たいなら許可なんて取らないで勝手に見ればいいのに、と言おうとするが、その前に桜の方から「アニメの録画ってしているだろうか?」と聞いてきた。気になっていたのはその下にあるBDレコーダーの方だったようだ。「ああ、全部じゃないけど。何か見たいのあるの?」言ってから、今何のアニメやってるか知らないだろうことに気付いたが、桜の関心は唯一知っているアニメだったようだ。「これも録画しているだろうか」手に持っているコンビニで買ったお菓子、その絵をこちらに見せてくる。「うん、それなら録画してるよ。見よっか」リモコンを手に取る。「うん、見せてくれ」うん、の無邪気な声が可愛かった。

 俺はあまりそのアニメを気に入っているわけではない。一応好きな部類だから見ることには見るけれども、しかしお気に入りではないのだ。その作品が好きかどうかを、録画したのを見た回数を基準にして決める場合でも、結果はそこまで好きではない、になることだろう。録画してはいるものの繰り返し見ることはしていない。どういうギャグがどういうタイミングで来るかわかっていたし、それが二度三度見るほど優れているわけでもない。何度も見る程面白い作品ではないな、という自分の予想の通り、俺は特に盛り上がらなかった。ちょっと退屈だったくらい。だからとにかく桜の反応が気になっていた。「どうだった?」アニメが終わってそう聞く。二十分ぶりに見る桜は、さっきと変わらぬほとんど無表情の顔だと思ったのに、なぜか泣いていた。泣けるような内容ではない。出来うんぬんではなく、そもそも見た人を泣かせるように作っていないのに、こいつはどうして泣いているんだ。女の子が泣いているところは苦手だ。どうしたらいいかわからない。ただただ焦りながらも「え、どうしたの?」と聞くしかない。本当にどうしてしまったのか。桜は眼鏡を外して、手で涙を拭く。あ、こういう時、ハンカチでも差し出すべきなのだろうか。過ぎてから気付く。そしてまた眼鏡をかけて、目を強く閉じた。ぱちぱちぱち、と何度か強く瞬きして、いつもの彼女。「ちょっと悲しくなってしまっただけだよ」人ってどうして悲しい時には微笑むのだろう。無理のある表情が余計に心配させる。きっと涙もろいのだろう。二次元ではその方が綺麗な絵になるから。けれどそういう事情とは関係無しに、泣いているからには何か思うことがあったに違いないのだ。「一体どうしたのよ」と根や葉を掘っていく。

「アニメって最終話があるじゃないか」そうだね、と俺。お茶の間に浸透しているものはともかく、深夜アニメなら確実に終わりが来る。「私たちは生まれて死ぬわけじゃない。お話が始まった時に動き出して、それが終わったら、私たちは止まってしまうんだ」丁度時計のように。ストーリーはねじとか電池のようなものだと桜は言う。どんなくだらないものでもいいから、それが無いと動けない。彼女には自分たちがそう見えているらしい。「そして私たちの時計はすぐに止まってしまうんだなって思ってしまってね」動かなくなってセピア調になる。そんなイメージが俺の中では生まれていた。「アニメをやったり、こうやってグッズが売られている間はいい。けれど終わってしまって皆が忘れてしまったら、それは死んでしまったのと同じではないかって思うんだ」まあ最初から生きているわけではないけれど、と彼女は笑う。時計が自ら電池を交換しないように、誰かが動力を与えなければならない。彼女の喩えは言い得て妙かもしれない。「でもいつまでもアニメをやるわけにはいかないんだよな」ずっと同じアニメをやっていて儲かるなんてことはごく僅かだろう。新しいものの方が刺激が強いのだ。「どうやったら二次元の人間は生き続けることができると思う?」当事者に尋ねる。俺と彼女の別れは、たぶんこれだと思った。彼女の時計が止まった時が終わり。だから延命する術は知っておきたい。一緒にいたいと思う分だけいられるように。それなのに彼女は「それじゃあ私が五年前ではなく、今になって君の前に現れたのはどうしてだと思う?」と質問を質問で返し、俺を新しい迷路に突き落としてくるのであった。

 ぜんまい式の人間。それはからくり人形のようだ。動かしているのは作者だ。絵を描いたりアニメを作ったり。そうやって彼女は動いている。その連想で俺はパソコンでネットの中から一つの画像を探した。彼女の時間が動いたこと、それは作者が久しぶりに彼女を描こうと思ったということに相違あるまいと。古いおもちゃの埃を払うようにして、再び呼吸させる。その絵がどこかにあるのだろう。それを発見するために手当たり次第に探す。投稿されそうなサイト、彼女を特定できそうな言葉。しかしネットは静かだ。明日や明後日、赤い衣装の画像をアップロードする予定なのだろう。「ヒントが欲しいんですけど」モニターから目を離して隣に座っている桜に言う。「ヒントは無い」ばさりと切り捨てられる。こういう時の彼女の眼鏡は冷たい。突き放されたような感じを受けながらも、もう少し探してみる。これでも出ない、あれでも出ない。どんどん検索するための言葉が見つからなくなってくる。それでも雑巾を固く絞るように、彼女に関連するワードをキーボードに落としていく。

「無理」五分頑張って諦めた。なんで見つからないのだろう。そもそも画像はアップロードされていたのか。動画っていう可能性があるかも。しかし一度諦めてしまうと、もう探す気力は出てこない。動画を探したところで存在しないのかもしれないし。海岸で宝石を探すような作業はやめにして、もっと気楽なことをしていたくなる。一人の時に時間を潰す方法はいくらでもあるのだけど、隣には桜がいる。彼女を放置するわけにはいかないのだが、一体何をしたらいいのやら。絵の中で何かに興じている姿は見たことがない。趣味がわからない、ほとんど初対面に近い相手とどうやってこの夜を過ごせばいいんだろう。普通交際というのは趣味とかが合って、この人となら楽しく生きていけそう、って思うからするものではないのか?だが桜の趣味は箱の中に隠されていて、開けてみるまでわからない。頭の中で破局の文字がぐんと近付いてきた。胃が痛い。

「何か好きなことってある?」俺はそう質問しながら、このクールな風貌をしているお嬢さんが「ゲームが好き」とは言わないんだろうなあ、と都合よく進みそうにない話題に突っ込んだことを後悔していた。「一番好きなのは君かな」定型句に頭を抱える。嬉しいけれど、焦らされると胃がきつい。「そうじゃなくて、趣味」と歩を進めていく。

「趣味か」ううむ、と悩みだす。「恥ずかしいのだが、それらしいものはないんだ」と桜は結論した。設定されていないせいだろうか。そして「君はどうなんだ?何が好きなんだ?」と質問がこっちに返ってくる。読めていたけれどきつい。海賊が頭を出している樽に短剣を突き刺す気分だ。しかし嘘をつくにしても、この部屋の姿を見られている以上筒抜けに近いわけであって。「くっ」覚悟を決めるのに声が出てしまった。思っている以上に観念するのがきつかったみたいだ。その発見が余計な足枷となって(なんで俺はスムーズに話せないんだろう)、まあその、と前に置いてからやっとのことで「ゲームかな」と言った。無難なものを選んだつもりだ。さて気になる反応は。「そうか、ゲームか」これがゲームの中の快活なキャラクターなら一瞬で表情が変化してわかりやすいのだけれど、彼女は素直クール。すぐには顔に出てこない。

 桜の唇の端が少し上がった。「私も得意だぞ」やった、正解だ。「え、そうなんだ?」思ってもみなかった正解に全身の力が一気に抜けていって、新しい空気を吸い込むように幸せが体を満たしてきた。「とはいえ、アクションは得意な方ではないんだが、考える時間があるものは得意だよ」なるほどな、と思う。そういうキャラをしていそうだ。桜のことがちょっとわかった。元々二次元の人間である彼女には人生というものは存在しない。だから外見やジャンルがそのまま内面の細部まで反映されるのだろう。おそらくは、わざとギャップを見せる時以外は、イメージ通りの人間なのだ。それなら結構付き合いやすいのかも。希望が見えてきた。「それじゃあ、あれとか好きかも」俺はゲームソフトを探し始める。彼女のイメージに合うゲーム。やっていそうだとか、すぐに上手くなりそうだとか、そういうゲームを探す。「これとか」有名なパズルゲームのパッケージを見せる。「ああ、それならやったことある」やっぱり。「じゃあこれで対戦してみよっか」難しいことを考えなくても彼女との付き合いは上手くいきそうで安心しきっていた。しかし直後に足元をすくわれた。「あ、でも本体持ってないか」ソフトは携帯ゲーム機用のもの。対戦しようとするなら本体が二つ必要だ。困った。据え置き機もコントローラーが一つだけで、全てのゲームで一緒に遊べないということになる。しかし今更ゲーム以外で楽しめるものを探す気にはなれなかった。「交代でやるしかないな」その桜の提案が採用された。一つのゲーム機を二人で。まるで姉と弟のようだと思った。

 最初に俺がプレイすることになった。取り扱い説明書の代わりである。プレイしながら操作方法を説明する。ゲーム機の小さな画面を二人で見ようとするから、これまで以上に体が密着する。これはまずい。四つ集まらなくても一列揃わなくても消滅してしまいそうだ。体の熱は心臓をばくばくさせることばかりに使われて手元はきっちり動かない。操作の遅れや判断ミスはもはや当たり前。一分前のミスに気付くこともしばしば。

「今度は私の番だな」ゲーム機を受け取った桜の親指が動き出す。手際のいいプレイは時に心地のいいテンポを生み出すもので、爪の髪飾りを着けた指がボタンの上を踊っていた。綺麗な指をしているなあと見とれていて、画面の方をあまり見ていなかった。指捌きの時点で予感があったが、改めて得意と言っていたのがよくわかった。とても上手でいらっしゃる。対戦したら連戦連敗だろう。でも素直に凄いと褒めることができない。二次元ではよくあるじゃないか、初めてやることでも凄く上手い、そんな優秀な美少女って。天才を見て、敵わないな、と思う凡人という構図とはまた違った感覚だ。人間ではないのだな、と強く感じる。そしてそんな人間が自分の隣にいて、とても悔しい。作者の思うがままに数値を決定された彼女。生まれた瞬間からこの綺麗な姿で、優秀でそして幸せを手にしているのだ。モニターという壁が現実と空想を区別してくれている間はよかったのに、それが取り払われてしまった今ではコンプレックスを刺激されてしまう。

 ゲーム機がこちらに戻ってくる。「ほら、次は君の番だ」画面はもはや無色でやる気が起こらない。冷めてしまった。でもこの空気を壊すわけにもいかない。とりあえずボタンを押して開始する。必死にプレイしている振りをしなければ。でも面白くない。これが柔らかいおもちゃであったなら明後日の方向にぽいと投げてしまうところだ。

 どうやって進めていけばいいかを考えながら指を動かして、脳みそがゲームのために使われているからだろうか。桜がちょっとゲームが上手いってだけで腹を立てている自分がみっともなく思えてくる。このまま放り捨てるのはもっと酷い負け方だ。現実は空想と違って思うようにならないものだけど、だからと現実の非情な部分に潰されてしまうのも嫌だ。二次元の少女である桜がここにいるのは、現実を見て生きていく上でもむしろ幸運なのではないか、と思い直す。彼女のずるさを吸収できれば嫌いな現実にも勝てるような気がして、俺はゲームオーバーになったらコツを教えてくれと頼んでみようと決意した。

 桜があれこれと教えてくれる。嬉しかったのは人差し指で画面のどこかを指そうとする時に、より体が密着する瞬間があったことだった。きっとわかってやっている。許してしまえばずっと抱き締めたままでいそうな人間なのだ。それらしい口実を頭の中で作っては密着を演出しているに違いない。頭を使うのは何でも得意というわけだ。彼女の絵の一枚一枚が幸せそうな光景を作っていたように、俺たちの時間も数分ごとにそんな光景が作られているのだ。その彼女の口が、ふわあ、と大きく開かれた。わざわざ手で開いた口を隠して欠伸。だから俺からは口の開かれた分だけとろんと落ちた目だけが見えた。時計を見るともう十二時。気付けば何時間もゲームしていた。「もう寝ようか」ずっと集中していたせいで頭がじんわり痛い。「そうだな」二人の体が離れてしまう。勿体無かったかな、と疲れていたけれども思った。まあ、明日もあるからいいだろう。

 二人並んで歯を磨く。桜の歯ブラシはバッグの中に入っていた。あのバッグの中には未来の道具も入っていてもおかしくない。歯ブラシよりかはそういう物が入っていた方が、それっぽいと思ってしまうのだが、彼女も歯を磨かなければならないらしい。放っておくと虫歯になってしまうのか。しゃこしゃこと音を立てているのを聞いていると、さっきまではどうせ生きていないんだと思っていたのに、ああ彼女も生きているのだなあ、なんて感じてしまう。二次元は、現実に置き換えるのであればアイドルが近いのだろう。いつも舞台の上で歌っているアイドルの歯を磨いている姿を見たら、きっとその時にそこにいる人間がただの商品ではなく生きている人だという実感が湧くのだろう。桜は歯磨き粉に包んで口内の汚れを吐き捨てた。ロボットとか異星人とかとの恋愛も、こういう何気ない日常のシーンがあるのだとわかれば安心して過ごしていけるものなのかもと思う。俺はたぶん彼女のこういう姿や虫歯が痛いと苦しんでいる姿を見ていけるのであれば彼女と一緒にいられると思う。

 ベッドは桜に明け渡した。女の子を床に寝かせられない。桜が素直に「ではそうさせてもらおう」と従ってくれて助かった。他の服やコートを毛布代わりにして寝ようと考えていたところに、ベッドのスペースを空けながら桜が「君もここで寝ればいいじゃないか」と言ってきた。そうしたいけどそうするわけにはいかないだろう。「いやいや、そういう関係じゃないでしょう」という俺の言葉に、脊髄反射のように鋭く「そういう関係だろう」と返してきた。そうだった。

「でもまずいでしょ」反論の言葉を探すのに手間取りながらも、なんとかそう言う。「恥ずかしがることはないぞ。誰も見てはいないんだからな」そういう問題でもなく。「それに合意の上だ」その言葉を聞いて「もういい、わかったよ」と諦める。これ以上続けるとロマンスとかときめきとかが生々しい言葉のせいで崩れていきそうだったから。「最初からそうすればいいんだ。素直じゃないな」お前が素直に物を言いすぎるだけです、と言ってやると「ふふ、そうかもな」と笑みを見せてくる。微笑む彼女はすぐに抱き締めることのできる距離にいて、その誘惑を抑えるのが大変でブレーキを思い切り踏んだ俺の動きは心持ぎくしゃくとしてしまった。「では寝ようか」桜は眼鏡を外した。そしてそれをきっとバッグの中にあったのであろう眼鏡ケースに入れてベッドの端っこに置いた。パジャマな上に眼鏡の無い彼女は鎧を外したようなもので、下がった防御力は俺を誘っているようにも思われた。理性を大事に。自分に命令して「それじゃあ電気消すよ」と真っ暗にする。そして自分のスペースに潜り込む。見えなくてもわかる、隣には桜がいる。息遣いが耳に入ってきて、確かにそこにいることを意識させられる。理性を保ったまま寝るために彼女に背を向けて寝ようと姿勢を変えようとしたのだが、それより早くに桜の方が動いた。肩がぶつかる。そして彼女の手が俺の手の上に乗っかってきて、コンビニの帰りのことを思い出させた。

 肩から腕、そして手。そうやってわざと触れてくるのであればもう我慢はできない。当初の予定だった背を向けるのとは逆方向に体を動かした。恋人なのだからセックスだってするはずだ。肩を引き寄せてキスしようとする俺を彼女の声が止めた。「駄目」吹雪によって体が凍てついたように俺の動きはぴたりと止まった。「それは駄目」念を押す彼女に俺は思わず「どうして?」と聞いてしまう。理解できない。先にスイッチを押したのはそっちじゃないか。桜ともあろうものが思わせぶりな行動をしていただけで実際にする気は無かったとでも言うのか?

「すまない、怖いんだ」セックスが怖い。トラウマでもあるのか、それとも。「私は人間じゃなくてキャラクターだから、とても捨てられやすいんだ」捨てるという言葉で彼女の言わんとすることが大体わかった。それでも俺は口を挟まずに最後まで彼女の言葉を聞こうと思った。彼女に宿っている人間をしっかり感じるために。「だから私のことをもっと気に入ってもらって、それからでないと、私はきっと一夜限りの都合のいいおもちゃになってしまいそうだって思うんだ」そこまで本心を打ち明けると、恋人なのだから君のことを信じて身を任せるべきかもしれないけれどでもやっぱり怖くて、などとごにょごにょと言い訳を繰り返す。納得してもらおうと出す言葉の群れは弱々しくてかわいそうだ。止めてやる。「うん、わかった」できるだけ温かい吹雪で桜の口を止める。「もう寝よう。明日はデートだ」平常時とは違ってか弱い印象のある今の桜。一体どういう表情をしているのか。夜は俺たちの心の機微を隠している。「うん、ありがとう、おやすみ」それが区切りとなって俺たちの体は離れた。手だけは乗ったまま。彼女の不安を聞いてじんわりと重くなった心が眠りへと導いた。萌えとはくだらない感情で、そのために彼女のような不幸が生まれているのではないか、とその中で考えていた。たぶん俺の方が早く眠ったと思う。


 いやらしい桜。裸になって。俺たちは一つに。はっと目が覚めるとすぐ傍にいる桜はまだ眠っていて、裸にもなっていない。偶像のような彼女のままだ。夢だったか。桜とセックスする夢を見た。そんな夢を見てしまうなんて、昨日できずに終わったのが尾を引いたのだろうか。昨日の夜の会話が思い起こされて、少し自己嫌悪。朝から自分の駄目な部分が見えてしまうとしょんぼりとしてしまう。なりたいと思っても綺麗な人間にはなれないものだ。嫌いな自分が破裂しないように耐えなければいけない。愛情が堅さを手に入れるよりも早く欲望は満ちてしまうものだから。これは戦いだ。不思議な能力を使ったバトルではなくて、たぶん自分自身との戦いとか、そういう地味で格好悪いやつだ。守ろうとしているのは現実の人間ではない。偽物、架空。そんなもののために必死になるなんて馬鹿らしい。そう吐き捨てようにも朝の日差しは結構明るいのだった。

 日差しは綺麗な川みたいで、そのおかげで俺は桜の寝顔を静かに見つめることができた。なだらかな日差しを浴びている彼女はまるで時間の流れとは無縁のよう。死んでしまってはいないよな、と一瞬だけ不安を感じるが彼女の肌はしっかりと血液の巡っている色をしている。一体誰が桜の心臓なのだろう。作者ではないのだとするなら俺がその役割になっているということになる。けれども俺は何も作っていない。絵を描くことなんてない。俺はただ萌えていただけ。だから何もしていない俺がポンプになっているのはおかしい。しかし桜の心臓はしっかりと動いているのだ。その新しい証拠として、彼女の目はゆっくりと開かれた。「おはよう」声をかける。視線はゆっくりと上へ動いていって彼女の目は俺の顔を捉えた。「おはよう」夢の中で子どもの頃に戻っていたのだろうか。瞳にはまだあどけなさが残っていた。体を起こして眼鏡を掛けても、まだ髪の毛には無邪気さがある。俺の心臓の動きはちょっと速くなっていたと思う。むしろ桜が俺の心臓なのでは。

 朝食を作る。食料が一気に減ったような気がした。二人いるのだから一人の頃より早く減って当たり前なのだが、わかっていても感動はあるものだ。女の子のために料理をするのは案外悪くない。得意ではないからプレッシャーはあるし本当は作ってもらいたいのだけど彼女の料理は上手な設定だっただろうか。桜はまたこっちを見ている。けれど昨日よりべたべたとした感じではない。こちらも別に見られていて恥ずかしいと感じない。昨晩彼女が傷付いた心を晒したばかりでいちゃいちゃする雰囲気ではない。けれど晒してくれた分だけ彼女のことを理解できたから大丈夫だと思っている。今の距離感の方が気持ちいいくらいだ。卵を二つ。フライパンは二人分の食事で満たされている。

 作ってから桜に朝食は和食派か洋食派か聞き忘れていたことに気付く。和食じゃないと嫌だいと駄々をこねてきたらどうしよう。そんな小さな不安は彼女の曖昧な設定の前には消えてしまう。それこそ我が家の朝食をいつも食べていたかのように食べる。食べる物は同じだけどいつもと違う朝。たくさんの非日常に隠されていてうっかり忘れていた。「あ、今日ってクリスマスイヴなんだな」そしてデートの日でもある、と桜が言った。

「そういやクリスマスのデートって普通は明日するものなのかな。それとも今日?」あまり気にしていないけれどイヴはあくまでクリスマスの前夜という位置付けのようだから、明日が普通なのかなと思う。「今日も明日もデートすればいいじゃないか」やっぱり俺たちの距離はそこまで変わっていないのかもしれない。「明日もか」初めに、面倒だな、と思った。出不精だから。「まあ部屋に篭っているよりかはいいか」と考え直した。一日中部屋にいると間が持ちそうにない。父と母は毎日一緒にいるわけで。どうして大丈夫なのだろうと考える。どうも共同生活で対等な関係というところにポイントがありそうだ。本人はどう思っているのか知らないが、桜はお客様という感じがしていて俺はもてなすのに必死だ。そのうち対等になれるのだろうか。どうだろう。

 二人分の食器を片付けて歯を磨いてパジャマから着替えると、もう次にやるべきことはデートになってしまう。いつ出発すればいいのだろう。それまでどうしよう。そもそもどこに行けばいいのだろう。「あ」衝撃で声が漏れた。「どうしたんだ?」桜が聞いてくるが「あ、いや、うん」と答えを濁す。どうしよう。デートをしようと行ったものの、どうやってすればいいのか全くわからない。目の前が真っ暗になる。うわあどうしよう、と思っていることをそのまま口から漏らして解放されたくなってしまう程。初めて電車に乗る時にどうやれば改札を通れるのかわからないのと似た状況だ、とかそんなことばかりが頭には浮かんでくる。きっと経験値が零の俺では答えなんて浮かんできやしないのだ。苦肉の策も失敗へのショートカットに違いない。それじゃあ電車の乗り方がわからない人はどうすればいいのか。

「お願いします」俺は桜の前で土下座した。するのはいささか大袈裟だろうと思ったものの、彼女の目を見て頼むことができなかったためにこうなってしまった。度胸が足りない、へし折れたような土下座をしながら「デートってどうやればいいのか全然わかりませんでした」と正直に告白した。桜の滝のような溜め息が俺の頭を打つ。めっちゃ呆れられてる。その瞬間の桜の表情を見ないでいられてよかったと思う。土下座せずに見ていたらどうなっていたことか。やっぱり心が折れて土下座かなあ。どうしようもないやつだ。流石に自分の弱さを反省する。

 さらにもう一度溜め息をついてから「面を上げてくれ」と言われたので「はい」と返事顔を上げる。「一体デートのどこがわからないんだ?」正直に「何もかもわかりません」と答える。ギャルゲーのデートなら少しは、と言うと叩かれそうなのでそれは言わないでおく。正座して向き合う二人。桜の正座は様になっていて、これはこれでいいなとこの展開になったことを天に感謝もするのだが、一方で長くなるとこちらの足が大変なことになるのが容易に想像できた。「どうか教えてくださいませ」また頭を下げる。そして向こうもまた溜め息一つ。「とは言っても、作法やルールがあるわけでもないだろう」桜は困った様子。それでも考えてくれている。もはや頭が上がらない。「仕方ない、一緒に考えようじゃないか」はい、そうさせていただきます。

「どこか行きたい所はあるか?」と桜。行きたい場所、デートで行くべき場所。何も思い付かない。今すぐパソコンを起動してデートスポットと検索したくなる。ええとゲームでは確か。「やっぱり遊園地とかが定番なんでしょうか」観覧車とかお化け屋敷とか。お化け屋敷は動じなさそうだな。「そうかもしれないな。しかしお金がかかりそうなところはやめにしないか?」

「え、どうして?払うよ?」桜はお金を持っていないようでどうしても俺が払うことになる。だから遠慮するというのはわからなくもないが。「いや、いいんだ。なんかむずがゆくてな」妙な表現をされて、お金うんぬんよりそっちの方が気になってしまった。「何それむずがゆいって」あれだろうか。変な語尾みたいなもので、変な言葉をチョイスするのだろうか、この子は。「なんというか、慣れてないんだ。こういうの」おごってもらうことに?そう聞くと、いや違う、と答えてくる。「そもそも何かを与えられることに慣れていないというか、私はいつも君に何かを与える立場だったから」合点。「ああ、そっか。そうだね」本来の関係なら、こっちは受信する側。彼女は俺たちを萌えさせるために何かをしているばかりだ。

「じゃあやっぱり遊園地だね」桜の眉が寄った。眼鏡の向こうで不満の色を持つ瞳。そんな彼女が「何でそうなるんだ」と言ってくるので「日頃の感謝というか、そんな感じでさ。たまにはいいじゃん」と俺は笑顔を作る。これまでの反撃である。爽快だ。桜は頭を抱えた。そして溜め息。呆れてのものではなくて困り果てて出たもののようで、精神的な疲労が混じって鉛のような息だった。「頼むからそういうのはまた今度にしてくれないか。覚悟ができた時に」と頭を下げてくる。「うん、じゃあまた今度ね」楽しかった。

「っていうかお金使わないでデートってできるもんなのか?」お金を使わないって家にずっといるくらいしか思い浮かばない。「公園デートとかショッピングとかあるだろう」そういや公園って選択肢もあったな。「お金使わないショッピングって。どうなのそれ」空しくはないのか?「そんなもんでいいんだ。君と一緒に歩けるのだから」むずがゆい台詞をここぞとばかりに使ってくる。心の底からそう思って言っているに違いない。俺も素直に流されることにした。

 電車代くらいは使ってもよいということになった。そのくらいの出費が許容されるのであれば、ちょっとした物を買ってやろうかな、とも思う。クリスマスなのだし。「どこか行きたい場所ある?」そう聞いてみると「秋葉原に行ってみたいな」と返ってきた。秋葉原ね。一人で行くのに慣れている場所にカップルで行くことになるとは。デートスポットとして見ていないから変な感じがする。しかも彼女は二次元の女性。本来なら秋葉原で売られている側の人間だ。ゲームが上手かったり、もしかして彼女ってオタクなのだろうか。そんな設定知らないんだけど。それとも自分の仲間に興味があるだけなのか。ただの設定に順じて動くキャラクターと思って見るにはまだまだ謎がある。そのわかっているようでわからないという感じが救いなのかも。もし彼女の全てが手に取るように理解できてしまうのなら妄想だけで十分だろうから。

 秋葉原に着いたら手を繋ぐなんてことできないと思った。あそこでいちゃいちゃしているカップルを見かけた時思わずいらっとしたものだ。周囲から砲丸のような視線をぶつけられないように繋がないつもりだったから、駅に着くまでは、と思って彼女の手を握る。向こうも肩を寄せてきた。やっぱり遊園地に行きたい。次こそはと思った。

 真面目な改札に分断されて繋がっていない二人。

それでも周りから見たらカップルに見えるのだろうか。いつもは空気のように感じていた人たちが今日は気になってしまう。まるで世界が変わったみたいだ。俺たちが乗る電車に運ばれて、この駅で降りる人たち。そうか彼らも生きているのか。ちょっとした発見だった。俺の隣にいる桜は架空の人間で、生きているかどうか疑わしい。それなのに俺の目からすると周りにいるきちんと生きている人よりも、生きているって感じてしまう。電車の中、そのちぐはぐな印象に揺られていた。

 秋葉原に着き改札を出ると、さっと俺の手を取った。顔色一つ変えずにそんなことをしてくる彼女に驚く。「いやいやいや」離そうにもぎゅっと握られて逃げられない。「さっきは君から握ってきたんだ。何も問題は無いだろう」この世には時と場所と場合を考えて行動するべきで、今は手を繋ぐと視線がとてつもなく痛くなる場所にいるのだと説明する。しかし「何も問題は無い」と繰り返した。彼女の冷静さというのは肝っ玉の太さから来ているのかもしれない。漫画だったら俺は川のような涙を流すだろう。心に諦めの色のペンキをぶっかけて彼女に流される。でもやっぱり視線がぐさぐさと刺さっている気がする。嫉妬されている。それとも自意識過剰なだけか?泣きたい気持ちが全身に流れてくる。しかし俺の右手のみそれが中和されているのだった。

 隣にいるのは二次元の美少女だというだけで色々と感じることがあったのだが、場所が秋葉原となると何かを感じるのに困ることはない。床や建物の枠にアニメキャラが閉じ込められているのに桜だけは檻を抜け出して自由に歩き回ることができる。まるで人の見ていないところでおもちゃが動くみたいな。そんなファンタジーの話だ。彼女が二次元から来た少女だって誰も気が付かない、不思議な不思議なお話。これまで以上に感動があって、それをどうしても口に出してみたくなって「なんか、ちょっと思ってしまったよ」と桜に語りかける。どうした、と促される。「世の中って思った以上に不思議なことがあるんだなって」何が起こるかわからない。いいことも悪いことも。「それで、どうだ?」と聞かれる。何が、どう、なのか。問い返すと「そう感じて、君は嬉しいと思った?それとも悲しい?」と聞かれる。どうだろう。どちらかと言えば。「嬉しい、かな」全部が全部自分の思っている通りの世界であったなら桜に会えていないはずだ。そのことが今は大きい。「それならよかった。私も嬉しい」落ち着いた笑みがじんわりと心に染みてくる。やっぱり、よかった。

 彼女が微笑んだ会話はアニメショップの自動ドアが開いて中断された。冷静な風のある彼女にしては珍しく視線と一緒に顔があちこちへ動いている。奥へ歩いていく途中で「ちょっと待ってくれ」と手を引っ張られた。風船のように俺は彼女の傍に戻る。「どうしたの」彼女の見ている物はぬいぐるみだ。動物ではなくデフォルメされた人間の。「最近はこういうのも売られているんだな」眼鏡とぬいぐるみがとても近い。約三十センチのそれを買ってプレゼント、というのは価格的にできないのだろう。

 ぬいぐるみを見つけて盛り上がっていた桜。上の階に行ってキャラクターグッズを見ると、彼女の心が機関銃を回転させているようにどきどきしているのが、大きく開いた目でよくわかった。それでも冷静な顔を保とうとしているようだったが「お、おおお」と感動が口からも漏れていた。小さい物ならストラップ、大きい物ならタオル。「扇子なんかもあるのか」何かを見つける度に彼女の両目の機関銃から星が零れていた。その様子が見ていて楽しい。「抱き枕カバーとかもあるよ」極端な例を教えてやれば「本当か。人類はそこまで行ったか」と大袈裟な台詞を吐いた。「お菓子もあるよ」と見せてやると感嘆符を付けて「お菓子もか」と言う。フロアが丸々遊園地のアトラクションであるかのようなはしゃぎっぷり。騒いでしまうから周りにいる人たちの視線が痛い。すみません、すみません、と心の中で謝罪しながら階段二段分テンションと声を落とした。

 桜の喜ぶ様は初めてアニメショップに来たオタクよりも激しいものだったように思う。「桜ってグッズとか好きなんだな」昨日もコンビニで買っていたし。「ああ。素敵じゃないか」ドラマなら両腕を広げていそうな桜。素敵じゃないか、なんてアニメのグッズを見て言う台詞だろうか。「素敵、なのかなあ」よくわからない。そう言うと、桜は「あれだけたくさん売っていたということは、それだけたくさん買う人がいるということだ」と語り始める。口調は落ち着いていても喋る量が増えているのが興奮を物語っている。「いいかい、私たちはね、ただ作り手がいるだけでは駄目なんだよ」作り手がいるだけでは駄目。そういう方向から感動していたのか。それなら異様なテンションだったのにも納得がいく。「見てくれる人、買ってくれる人。そういう人たちがいなければ私たちには意味が無い。ただ美少女がいれば萌えが成立するというわけではないんだ。だからこの街は希望に満ちている」しかし周りからしたらこの会話、どういう風に聞こえるのだろう。電波なカップルがいるぞ、って思われているのかな。私たちは、だなんて。でも今のは凄いヒントだ。ほとんど昨日の問いの答えみたいなものじゃないか。彼女の心臓は俺だったのか。でもその発見はまだ口にしない。人のいるところでそんな台詞、桜じゃないんだから恥ずかしくて言えない。

「ということは」代わりに別の話に繋げる。「同人誌も好き?」あれは本来受け手でしかない人間が発信した結果だ。「ああ、大好きだ」桜は大きく頷いた。「いっぱい売ってるよ」教えてやると一層この街が気に入ったようだった。

「うん、それじゃあ案内してくれ」と言ってきた。俺の表情が一瞬凍ってしまった。「え、本気?」エロい物がいっぱいなのだけれども。それを知っているのか知らないのか「本気だ」と真っ直ぐこっちを見つめてくる。どうしよう。「やめといた方がいいんじゃないかなあ」と抵抗してみるものの「いや、行こう。せっかくのデートなのだから行ける所は全部行きたい」と頑なな様子。せっかくのデートだから行きたくないんですけど。「どうなっても知らないぞ」脅すように言ったら、別にどうなってもいい、と返ってきたから俺は色々と諦めた。

 同人を扱っている店に行くとさっきと同じ無邪気な桜に変化した。本の量は勿論のこと、CDなどもあってそれらが興奮させたらしい。いつもの冷静な様子でいてほしい。そうじゃないと地雷原に突入するのが目に見えているから。眼鏡をきらきら光らせながら歩いていた桜がぴたりと止まる。エロ同人コーナーだ。肌色と白い液体。どうフォローしたものか考えていると「同人でもなかなか絵が上手いだな」と予想外の声が飛んできた。「ああ、うん、同人からプロになる人もいるみたいだね」意外と大丈夫なのかな、と安心しかけたところで「でも昨日のプレイの方が凄かったな」と爆弾を降らしてきた。

「何言ってんのお前」思わず声が大きくなった。桜は淡々と「昨日は壊れてしまうかと思ったぞ」などと架空の告白をしてくる。「そんな事実は無かった」むしろお預けを食らった。ああ、周りに客がいるのに。店員もレジにいるのに。桜は俺をいじめて楽しんでいるようだった。彼女の方がよっぽど強いことを忘れていた。さっきの、どうなっても知らないぞ、は俺に向けられるべき言葉だったのかもしれない。さらに追撃してくる意地悪な桜に「勘弁してください」と頭を下げた。今日だけで何度下げたことか。主従関係を築かれているような気さえする。

 ショップから出た時には俺はかなり疲れてしまっていた。桜の方に疲れは見えない。まるで俺の元気が吸い取られたみたいだ。俺は桜の心臓ってそういうことだったのかい、と心の内で自虐する。今度もクリスマスプレゼントになりそうな物を買えなかった。しかし出会ったばかりの二次元の少女へのプレゼントなんてどうすればいいのか検討も付かない。いくらキャラクターグッズに興味があるとはいえ、桜のためのプレゼントがこの街にあるとは思えない。

 腹が減った。時計を見ると一時を過ぎていた。二件しか行っていないのにそんなに経っているのか。驚くが、じっくりと色々な商品を見ていたせいだと気付く。遅めの昼食のためという理由でここを離れることを提案した。「そうか、わかった」桜はそれに従ってくれた。今度こそクリスマスプレゼントを見つけてみせる。

 秋葉原から離れたのはファーストフードを避けるためだったが、そうすると俺の知識の中にある候補はアパートの近所のファミレスだけになる。完璧なデートは諦めろと自分に言い聞かせ、開き直って昼食にする。適当な物を頼んで食べる。味よりも、クリスマスプレゼントどうしようか、という問題を咀嚼しているようなものだった。

 彼女はいつか消えてしまう。二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、とはならないだろう。それはきっと彼女に萌える気持ちが無くなった時とかに来る。だからその前に今持っている感情をどうにか形にして込めたい。だって今まで彼女たち二次元に与えられてばかりで、何も与えることはできなかったのだから。

「無理をするな」声をかけられて、皿と睨めっこをするように考え事をしていた自分に気付く。「いや、何でもないよ」誤魔化そうとするが「私には全てお見通しだ」と言われる。氷柱のような視線。眼鏡と、その中の目が俺の本心を射るように見ている。「クリスマスプレゼントのことを考えていたのだろう?」的中。「うわ、何でわかったの」そんなに態度に出ていたのだろうか。しかし彼女の解説は「それは私が君の萌えだからだ」というとんちんかんなもので実際にどうだったのかは闇の中に埋もれてしまった。ただクリスマスプレゼントを買おうという試みの冷凍された物が残った。「せっかくだからプレゼントとして、今日の鍋を飛び切りおいしい物にしてくれないか」代案として簡単なミッションを出してくるとは、なんて優しいのだろうか。それになんて都合のいい。私が君の萌えだから、というのはあながち間違っていないのかもしれない。

 食事を終えて近くのスーパーで買い物。クリスマスプレゼントについて考えなくてもよくなって、負担は無くなったけれど悲しいところもある。せっかく桜が触れることのできる存在になったのに何かを与えることができない。萌えをもらっているばかりだ。それって空しいことではないかと思う。萌えって終わりが見えている。後には価値のあるものなど何も残らないように思える。それなのにどうして俺たちは空想に夢中になってしまうのか。もしも彼女に何かをきちんと与えることができたのなら、それだけで意味が残ると思うのに。八つ当たりをするように今日はすき焼きにすることに決めて、牛肉を買い物かごに入れた。

 秋葉原ではないから手を繋いでも大丈夫。駅を出てから歩く時には手を繋いでいた。周りの嫉妬の矢が飛んでこないから嬉しいばかりだったはずなのだけれど、アパートに帰る今では二人の間にある疑問がそこに握られているような感じがしている。好きとも愛しているともきっと違う、萌えと表現されてしまった感情。それが彼女との接触を妨げている気がするのだ。こんな感情を知っていなければきっと愛だと勘違いしていたはずで、本物の人間じゃなくたって愛せるんだと前向きになれたはずなのに、おかしな言葉に邪魔される。俺たちはどうして萌えてしまうのだろう。

 アパートに帰って、スーパーで買った物を改めて見た桜が「全く、無茶をして」と評した。そしてそんなことを言う時には決まって溜め息をつくのだ。その呆れた息の塊をほうっと出されると、間違ったことをしていたのだとしても許されたのだという気分がなんとなくする。昨日今日と何度も彼女のそれを聞いた。そのうちに彼女の溜め息は好ましいものとなっていた。それを引き出せたのだから高い食材を買う価値は十分にあったのだと思えるくらいだ。そんな溜め息から繋いで彼女は「じゃあお返しをしなくてはな」と言ってきた。お返し。最初に思い浮かんだのはキスだった。しかし彼女は「とはいえ、最初から渡すつもりだったんだけどな」と言いながら例のバッグの中を漁っていた。どうやらキスではないらしい。

「これが私からのクリスマスプレゼントだ」と本を差し出してきた。「ありがとう」受け取り表紙を見る。きらきらとした感じの絵で綺麗な男性が二人半裸で絡み合っていた。「うおおい」ボーイズラブだ。やおいの方が適切なのか?わからないがどっちだろうと俺の守備範囲外だ。「うわ、何これ、うわあ」未体験な領域にぎゃあぎゃあと騒いでしまう。桜はそんな俺に「それもまた一つの萌えの形だよ」と言う。意味はわかる。男性に萌えるということもある。特に女子なら。けれど「そんな重要そうな台詞を吐くならもうちょっとマイルドっていうか入りやすい物にしてくれよ」と感嘆符を二つくらい重ねて抗議する。女性向けで異性愛の恋愛ものをくれればよかったじゃないか。しかし彼女は平然としていて「君の萌えがもっと豊かになるように祈っているよ」と続ける。これで豊かになってどうしろと言うのだ。

 彼女のプレゼントは俺の疲れを吹き飛ばした。今日のデート、あれやこれやと疲れることがあった。このプレゼントもそれと同質のものなのだが、あまりの威力に疲れるとか疲れないとかいうレベルで留まらなかったらしい。プレゼントと言っておいてあれだが実は君のお金を使わせてもらった、という桜の追撃もあったからだろう、気分は最悪で元気に何かする気にはなれなかった。もらった中途半端な元気はお茶を用意するために使う。昨日と同じペットボトルの緑茶では味気ないと思って紅茶を作る。そして桜と一緒にお菓子を食べてまったりと。しかしあくまで疲労が意識の外に置かれただけだったらしい。落ち着くと、溜まっていた疲れがどっと押し寄せてきた。今すぐに寝てしまいたい。でも彼女はまだ元気そうで、一人にしてしまうのはどうかと思う。

「ごめん、ちょっと寝てもいいかな」だけど非常に眠かった。「ああ、いいよ。おやすみ」紅茶を口にしながら目元を緩ます桜に見送られて俺はベッドに入った。まるで抱擁されているような視線。優しすぎて彼女が空想上の存在であることを強く意識させられた。彼女のその態度は演技と似ているのだ。本当の心が存在しないだけで同じものかもしれない。素直に恋愛感情を抱けないのは、萌えと言う他ないのは、それが原因だ。彼女の演技を見ないように目を閉じる。疲労がすぐに睡眠へ俺を逃がしてくれた。

 懐かしい顔を夢の中で見た。場所は高校の教室だったけれど、一緒に話していたのは中学の頃のあの子だ。初恋の人。あの子は眼鏡を掛けてはいなかった。目を開けば眼鏡を掛けている桜がそこにいる。じっと俺を見ていた彼女が「おはよう」とすぐに言ってくる。「ああ、おはよう」携帯電話で時刻を確認する。もう六時前だった。「もうこんな時間なんだ」三時間くらい寝ていたようだ。「そういや俺が寝てる間何してたの?」まるで俺が起きるのを待っていたかのような彼女に問う。「ずっと君を見ていた」と微笑む。その話を信じるなら三時間も見続けていたということだけど、表情に不満の色は全く無い。夢に出てきたあの子ならどういう顔をしたのだろうか。いや。そもそも俺の顔を見続けるなんてことをしないだろう。たとえ付き合っていたとしてもだ。

「それじゃあご飯の準備するよ」立ち上がる。ご飯は冷凍したのを使ってもいいのだけど、今日と明日くらいは炊き立てのを食べたい。桜もいることだし。今日も米を洗う水が白くなる。白米は俺の手のなすがままになって洗われる。初恋の彼女も他の好きになった人も都合よく動いてはくれない。こちらが好意を持ったからといって、それ以上の好意で返してくれることは無い。それは好きな人に限らず友人だって赤の他人だってそうだ。期待にばっちり応えてくれるのは桜だけ。二次元だけだ。けれどもあまりにも期待に応えてくれるあまり、まるで桜が俺の手のひらの上で踊っているような印象がある。それがどうにも。濁った水を捨てた。

 理想的なすき焼きだった。俺があまり食べようと思っていない物は桜が「私は好きだな」と積極的に箸を伸ばしていた。俺が七なら桜は三。二人分の食材が綺麗に消費されていく。最後には二人共、満足で腹を膨れさせていた。ここまで上手くいったことに、疑り深くなった心はついつい沈んでしまう。あまりにも綺麗すぎる。喧嘩とか奪い合いとか、何かあってもよさそうじゃないか。綺麗に食べ終えたすき焼きはまるで部屋の雰囲気に馴染めないでいる新品の家具のようで、俺と桜の関係が俺の頭の中だけで完結してしまっていることを示しているみたいだった。

 今日も先に風呂に入ってもらう。女子優先。一人になって床に寝転がる。風呂を覗くイベントを起こす気にはなれなかった。俺の知っている展開しかそこには無さそうだったからだ。アニメかゲームか、どこかで見たような展開。秘密の扉を開けたところでそこにいるのは既知の桜なのだ。思ったよりも早く俺の中から彼女への萌えが失われているようだった。そりゃそうだ。一人で遊び続けるのは結構きつい。俺の脳内で踊る彼女は、この世の不思議なことではない。新しい刺激に乏しくてすぐに飽きてしまうだろう。

 風呂から出てきた桜。濡れた黒い髪は綺麗で好きなのだけども、そういう当たり前の彼女さえ喜べなくなってきた。流石にそこまで不満を持つのはどうなのだろう。ちゃんとした人間だって風呂上りの姿が毎日異なるわけではない。これじゃあ駄々をこねているのと変わらない。きちんと冷静になろうと、また一人の時間を求めて俺は足早に浴室に向かった。

 シャワーを浴びながら考える。彼女が俺の妄想だけで構成されているわけではないことが救いに思える。俺のわからない桜は確かに含まれているのだ。例えば昨日言った彼女の「私は君の萌えを育てる者だ」という台詞がそれだ。そこが桜の持っている他人としての性質で、俺の興味もそこに向く。萌えが育つものだとして、どのように成長するのか。全く先が読めない。いつもより長い時間浴びていることを自覚していたが、思考を止めたくなくてそのままでいた。もっときちんと考えないと。

 糸に絡まったように思考の中身が動かなくなって、俺はかきむしるように頭を洗った。必死に全身を洗う。真っ白だ。何も考えないでいる。そうやって綺麗にして湯船に浸かる。リラックスして、やっとのことで考え事がまた進行する。これまでの、雰囲気というか空気というか、そういうものから伝わってくることがいくらかあった。しかし発想は湯気のようだ。なんとなく見えているのだが掴めない。明確なのは萌えがキーワードであり、俺にとってそこが彼女の未知の部分だということだ。最初に話した時から、いつか彼女が消えてしまうことは明白で、その別れをハッピーエンドっぽく飾るにはその湯気をしっかり吸収するべきなのだろう。鼻から息を吸ってみる。これで体内が温まるとか。それじゃあ、何かを温めるために、俺の知らないまだ掴めていない桜を探しに行こう。俺は立ち上がって湯船から出た。

 おかえり、ただいま、と昨日と変わらぬトーンで言葉を交わす。もう気にしない。桜は昨日のゲーム機を手に持っていた。「やるかい?」と聞かれる。「うん、やろう」彼女のテクニックは俺の知らない知識から生まれている。もしかしたら俺の妄想だけで成り立っている上手さではないのかもしれない。例えば作者。このゲームが得意で、その影響が彼女に出たとか。昨日たくさんやったせいか、随分慣れてきてプレイしながらでもちょいちょい他のことを考えることができた。人の妄想が彼女に活力や知識を与えるとして、今の彼女は何人の妄想で出来ているのだろう。出てきてはある程度組まれて消える。発想がゲームと同じ流れに乗っていた。

 長針が一回転するごとに俺は彼女に近付いていた。もし対戦できるのなら昨日よりかは善戦できるはず。何度もやっていれば一勝はできそうな感じだ。そしてたぶん彼女の核心にも少しだけ。それはねじのようで回せば回す程終わりに近付いていくのだ。時計が俺の情熱を奪いながら回してしまうよりも早くに俺の情熱でそのねじを締めてしまわねば。だからプレイしながらちょっとした思い付きを話してみる。

「思ったんだけどさ、どれだけの人間が桜に萌えていたらここにずっといられるのかな」きっと俺一人の手のひらでは駄目なのだとさっき気付いた。たくさんの人間の手のひらの上で踊っていなくては彼女は消えてしまうのだ。「どうだろうね」わからないな、と桜。「でもたくさんいればいる程、長くいられるだろうね」しかし君に嫉妬するだろうから、そんなに上手くはいかないだろうね。彼女はそう付け足した。

「ああ、そっか。うわ」彼女の言葉を聞くのに夢中でミスした。「うわあ、どうにかしないと」パズルのことまで口から漏れてくる。「でもやっぱり、皆が桜に夢中になったらいいってことなんだな」アイドルにファンが増えればきっとそれだけ活躍の場が増えて色々な姿を見られるようになる。それと同じように。「あ、でもちょっと馬鹿みたいかな。集団で二次元に萌え萌え言ってるなんて」ちょっと気持ち悪いかも。それにそんなことをしていても何も生み出さないのではないか、と思ったのだが桜がそれを「そんなことはない」と否定した。「とても意味のあることだと私は思うよ。勿論君たちにとってな」緩んだ頬のような優しい声をしていた。

「意味ってどういう?」素敵な思い出が残るよ、とかいうのはやめてほしいと釘を刺す。思い出は他のものでも手に入る。それなら健康にもいいスポーツの方が勝る。「それは秘密だな」秘密か。「本当は、素敵な思い出さ、と言おうとしたんじゃないの」と突っ込んでみるが動揺する様子は無い。二次元に没頭することで何を生むというのか。ラスボスにふさわしい謎だ。「何だろう、萌えで生まれるもの」考えても手がかりさえ見えてこない。ゲームの方は簡単で、ついそっちばかりになる。

 夜は大人しい。カーテンの向こう、月は忍び足で歩いている。思考停止してゲームに集中しているといつの間にか十一時になっていた。あれから何も考えていなかった。盗まれてしまった時間はもうどうにもならない。「うわ、もう十一時なのか」後悔と驚きが混ざった、うわ。時間を無駄にしてしまった。タイムリミットは宣言されていない。もしかしたら明日かも。そんな不安が俺を焦らせる。今からでも何かを。「少し眠くなってきた」桜がそう言ってきて、俺も眠くなってきた。いっぱい昼寝したのに、まだ疲れが残っていたようだ。

 今日も二人でベッドを左右に分ける。「今日は襲いかかってこないんだな」真っ暗な中、昨夜のことを茶化すように桜が言う。「当然だろ」手を出さないのは、同じ過ちはしない、というだけではない。見えないラインが俺たちを隔てていて、それがキスもできない距離感を生み出していることが今夜はありがたいのだ。桜が不安を持っていたように、俺もセックスは避けたいと思っていた。一つになる。そんなことを言うが、二次元の彼女とセックスをしてしまえば本当に一つになってしまって、桜は目の前から消えてしまいそうな気がするのだ。自分自身ではなく他人であってほしい。だから壁を作りたい。でも手を繋ぐくらいはしたい。葛藤が彼女に背を向けさせずにいて、決心できないうちに彼女の手が乗っかってきた。握る手に力を入れてみる。彼女の手が俺の手をグーの形にさせない。まだ彼女はそこにいるみたいだ。

 桜の寝息が聞こえ始める。こちらの方は薄っすらと眠気があるが、昼寝が効いたらしい、まだ眠れない。俺が今まで見てきた二次元の中で何かを残してくれたものはあったのだろうか。いつの間にか輝きを失い、スペースを取って埃を被っているだけではないのか。食べ物のように俺たちは萌えを消費している。胃の中で消化して、どういう栄養になると桜は言いたいのだろう。桜が消えた時、俺は広くなったベッドで泣くのだろうか。でも涙が乾いてしまえばいつもの日々に戻るはずだ。消えた後、桜のことをどういう風に考えながら生きていけば正解なんだ?萌えの意味、桜の意味。落ち着かない頭が自然と彼女のことを考えている。昔は褒められるような趣味じゃなかったものをどうやって肯定しろと。二次元から出された酷い問題に頭を痛める。そのじんわりとした苦痛の中から睡魔を引き出した。


 今日はクリスマスだ。起きてすぐにそのことを思った。カーテンを開けて外を見ても雪が降っているわけではない。地球は今日もマイペースに回っている。しかしどうしてだか外はクリスマスな感じがするのだ。どこがどうクリスマスなのだろう。探せば探す程、ただの気のせいだったように思う。けれど、どこかクリスマスっぽいと思ったんだけどなあ。間違い探しをするように窓の外を見つめていると「おはよう」と声がした。ベッドに置かれていた今世紀最大のクリスマスプレゼントが目を覚ましたようだった。「おはよう」パソコンが起動するように眼鏡ケースを開ける彼女にそう言って、俺たちの朝は始まった。

 うちの家はたぶん仏教だと思う。それでも朝食から、今日は少し凝ってみようかな、なんて思ってしまう。クリスマスが本来どういう行事なのかよく知らないけれど日本はその話で持ちきりだ。俺たちの間では十二月二十五日の素敵な行事の名前がクリスマス、ってくらいなのだろう。それこそ日付はそのままで名前も意味も変えてしまってもいいのかも。ヘブンズデイみたいな。俺も今日はクリスマスを言い訳にしてデートへ行く予定だ。桜の言った二日共デートという案を採用することになろうとは。

 久々にスクランブルエッグを作ってみた。とろんとしたそれを食べながら桜に「今日もどっか行こうか」と持ちかける。「ああ、そうしよう」といつもの調子の桜に攻撃してみる。「じゃあ遊園地に行こうか」俺がそう言うと、桜はゆっくりと紅茶を口に含んだ。目を瞑りながら紅茶を飲む仕草から、どことなく無言で銃を突きつけられている感じがして、威圧される。「ごめんなさい冗談です」久々に敬語になってしまう。そして桜に「よろしい」と格上の座を確保される。苦渋を飲まされた形になってしまったが紅茶とスクランブルエッグで口直しする。

 朝食を終えてパソコンを起動させる。ネットを使ってどこでデートしようか決める。検索ワードについて桜にリクエストがあるか聞いてみる。「公園」昨日も言っていたな、それ。近くにあってデートするのによさそうな公園を探していく。ジャングルジムではなくて噴水や自然のある公園。「公園って結構あるんだなあ」行動範囲の中に無いから少ないものと思っていた。「一日中公園巡りとかできそう」あちらこちらに移動して。「慌しいな」と言われてしまう。「まあ、そうね」確かにそれよりもまったりとした雰囲気の方が公園には似合っているだろう。

 桜の要望を聞きながら目的地を決めた。「あ、そうだ」公園でデートならばお弁当があった方がいい。それも手作りの。そう思ってキッチンに立つ。サンドイッチが労力もかからずそれらしい弁当になっていいだろうか。それでバスケットに入れるとさらにいいのだけれど、そんな爽やかな物は桜には似合わなそうだ。パンの耳を包丁で切り取りながら想像する。美少女の手作り弁当は理想的なシチュエーションだけど、桜はどんなのを作ってくるキャラだろう。色々考えているうちにはっとする。俺が弁当を作ってどうする。やってしまった。一人暮らしで慣れていたし、彼女が来てからも俺が作る側だったからつい。せめて「お弁当作ってくれたら嬉しいなあ」とか言ってねだってみるべきだった。

 レタスやハムを挟んだ物をタッパーに詰める。そして紅茶を水筒に。準備完了。頭くらい大きい溜め息を吐いた。目の前にある物が桜の作った物であったならなあ。サンドイッチがいいかな、なんてのりのりで作ってしまうなんて。なんやかんやで綺麗な女の子とデートということで浮ついている自分。不穏な空気を感じてはいるものの楽しいと感じている自分を再確認した。贅沢なことを言うと、桜が二次元よりの使者ではなくて現実にいる女の子であったらもっとよかったと思う。そしたら余計なことは考えずにいられるのに。でもあんな子、現実には存在しないのだろう。いたらいいのに。もう一度溜め息をついて調子を整えた。これからデートだってのに暗いことを考えても仕方ない。タッパーに収まらなかった物を食べてみる。まあ、これでよし。

 今日もまずは電車で移動。移動シーンをスキップするみたく、あっという間に遠くへ運んでくれる。電車から降りて目的の公園に向かう。「えっと、こっちだっけ」と桜に聞く。アパートを出る前に確認した地図が記憶の中にほとんど残っていない。方向はたぶん合っているとは思うけど。「そう、こっち」桜はきちんと覚えているらしい。流石だ。頼りになる。俺は桜の半歩後ろを歩く。澱まずに進む桜の黒いシューズに導かれていく。「おお、着いた」十分くらい歩いて公園に到着した。一切迷わなかった桜が一瞬だけ歩調を緩めて俺と並んだ。

 自然の多い公園。少し歩いただけで視界を木や土が埋めてくる。さっきまで歩いていた道には車もいたのに、もはやそんな空気はどこにもない。まるで異世界に連れ去られてしまったかのよう。「凄いなあ」きょろりきょろりと周囲を見渡してみる。「一面緑だ」後ろを見ても道路ではなく木の緑がいる。カーブを曲がったことで完璧に自然の中に入ってしまったようだ。「綺麗だなあ」

「これが夏だったら木漏れ日が絵になるのだろうな」と桜がコメントする。「ああ確かにね」今の淡い影では印象に乏しい。「こういうのを見てしまうと、半年ばかり我慢して夏に登場すればよかったと思ってしまうな」どうして、と聞いてみる。「そうしたら、そこらの木に寄りかかって、泣いている君に見送られて、木漏れ日に抱かれながら消えるんだ。素敵だろ?」彼女は目を細くする。叶わない未来を見つめるような目が微笑みを作る。「夏まで頑張ればいいじゃないか」無理なんだろうな、と彼女のその目を見てわかっていたものの、それを肯定してしまうのも嫌だった。たたでさえ冬の外は寒いのに。せめて会話だけはコートのように暖かなものであってほしい。その願いが通じたのか否か「なるほどね」と彼女は言う。

「それなら」桜は立ち止まった。繋いでいた手を離して、俺の手首を掴んでくる。そして俺の手は彼女によって誘導されて、胸の膨らみに当てられた。迷いの無い動作。そして決め台詞。「私をここで今すぐ抱いてくれるだろうか」どんなに芝居がかった言動でも様になってしまう。桜はそういうことが似合うキャラで、何より二次元から来た人間だからだ。彼女の出す雰囲気に呑まれるような感覚。「一緒に快楽に溺れてくれれば、いつまでも一緒にいられるかもしれない。私はそれでも構わないよ」槍のように真っ直ぐな視線を放っている目が本気だと訴えていた。

 俺は彼女の胸から手を離す。手首を掴んでいる彼女の手はそれに抵抗しなかった。「構わないんだろうけど、本当はそれよりも大事なことがあるんだろ」彼女の素直さが俺に何もかも伝えてくれる。ここの選択肢で彼女を抱くを選択すればバッドエンドに直行だということが、手を離してしまえば持っていた風船がどこかに飛んでいってしまうのと同じくらい明らかであった。「そもそも君の体は性欲の捌け口になるために実体化したわけじゃないんだろ」どうやら桜が伝染したらしい。俺もどこか芝居がかった台詞を吐いてしまう。それでも気恥ずかしさは無い。むしろ俺の言葉が彼女に伝わったかどうかと緊張していた。

「そうだな、ありがとう」いつもの抱擁のような笑顔に戻る。俺もほっとした。「少しばかりおかしくなっていたみたいだ」やれやれと自分に向けて溜め息をつきながら苦笑いする桜。「よくあることだよ」ずっと同じ考えを貫くのは難しい。少しくらいぶれることはあるだろう。「俺だってテスト勉強しようと心に決めつつもゲームすることあるし」中学の頃から定番の逃避である。「私の迷いをそんなものと同列にしないでくれ」はあ。今度は俺に向けての嘆息。また手を繋いで歩き出す。これで元通り。

 自然に囲まれて歩くが木々よりも気になることがあった。しかし言っていいのかどうか。昨日辱められたこともある。仕返しも兼ねて言うことにした。「それにしてもいきなり野外でなんて大胆なんだね」気の迷いがあったとしても俺ならあんなこと言えない。「言わないでくれ」首を振ってそう言う。おちょくられると恥ずかしくなってしまうなんて、楽しい性格だ。もっといじめてやろうと次の言葉を考えようとしたのだが「本当はな」と桜が話を続けてきた。「もしセックスで延命するのなら、最初はもっと普通のでよかったんだ」何やらおかしな独白が始まった。普通の人間同士ならこんな会話しないだろうなあ、と思いながら耳を傾ける。「どんどん過激なプレイをしていけば当面は飽きられないで済む」前から人が歩いてきた。すれ違い、離れるまで桜は黙っていた。どうも自分のこととなると恥ずかしいご様子。手を繋いでいるカップルが黙々と歩く。変に硬直した感じがあった。足音が遠くなってようやく「幸いなことに私には肉体があるから、ずっとセックスしていれば夏まではいられたんじゃないかなと思ったんだがな」聞けば聞く程バッドエンドみたいな展開だ。避けてよかったと自分の選択に喜びを感じていたのに桜は「やはりもっと大きい胸の方が好みなのだろうか。それとも貧乳フェチなのか?」と茶化してきた。どうしてそんなことを言うのよ。ちょっとくらいきつい言い方をしてもいいと思って「いっそ消えてしまいなさいよ」と言ってやると、ふふふ、と笑い出す。おいおい。笑い事でもなかろうに。そう言ってやると、桜は「すまないすまない、君の好みが気になってしまったんだ」と言ってくるもんだから呆れてしまう。

 全くもう、と溜め息を返してやって、それでおしまいにしようと思ったのだが「それで、結局のところどういう胸が好きなんだ?」と桜の方が食い付いてきた。できればそれに答えずにいたかった。なんか恥ずかしい。しかしながら答えずにいられる様子でもない。身を寄せてきて、アピールするように胸を押し付けてくるのだ。二次元の少女ゆえに得意なのであろうアクティブな行動、ちょっと苦手だ。こんな質問に素直に答えてしまうのは凄く恥ずかしい気がするし、だからといって嘘をつくのも違う気がする。迷いに迷って「いや、別に好きとか嫌いとかそういうわけじゃないけど、桜の胸は凄く気になるけど、まあ」と言う。言ってから、なんか、別にあんたのことが好きなんじゃないんだから、みたいな台詞になってしまったと思ってしまって急激に恥ずかしくなる。まだ素直に気になるって言った方がよかったんじゃないのか。「そうか、それならよかった」向こうはそう言って平然としているし、胸はまだ当たっていて気になるし、やっぱり苦手だ。

 歩いていると池が見えてきた。道と土と木ばかりだった視界に登場した新鮮な刺激に「おお」と声が出た。心を洗い流して綺麗にしてくれそうな素晴らしい光景というわけではないけれど、こういうものを見ていると適度に面白く適度に落ち着いて、とても楽しい。「たまにはゲームじゃなくてこういう所に来るのもいいもんだなあ」アニメやゲームでなく、現実にも楽しいものは散らばっているようだ。「そうだな。現実にもいいものはたくさんある」それを桜が言ってしまうのか。それじゃあまるで自分を否定しているみたいじゃないか。そう指摘すると桜は笑った。余裕の笑みだ。「大丈夫だよ。たとえ現実が空想より面白いものだったとしても、私は空想の価値が無くなるわけじゃないと信じているのだからね」それが俺たち二人を結び付けている難題の答えなのだろう。それが何なのか、聞きたいけれどどうせ答えてはくれない。ヒントが集まるばかりだが、本当に答えに近付いているのか。問いかけても池は静かなまま。俺一人の戦いなのだ。

 桜と一緒に公園内を歩き回った。風や木などの自然が萌えや二次元について何かを教えてくれるなんてファンタジックなことは当然ながら起こらなかったし、桜も自然の一部になったかのように何かを語るようなことはしなかった。それでもリフレッシュできた。今なら部屋に篭っているだけでは出てこなかった考えが生まれそう。そんな気分だ。時計もいい感じに上を向いているので「そろそろお昼にしようか」と持ちかける。空いているベンチを探して座り、タッパーと水筒を出す。二人分のサンドイッチを詰めるために大きめのタッパーを使ったのだけど、うろうろして予想以上にお腹が減っている今では、小さめのタッパーにも詰めてくればよかったかな、なんて思ってしまう。携帯用の物で手洗いをする。デートして腹を下した、なんてことになったら面白くない。何より桜がそうなったら色々と台無しだ。万が一のために買ったけれど使われることの無かったアイテムがついに役に立った。感動ものである。桜が来た時から使っていたコップに紅茶を注いで渡す。俺は水筒の頭のコップを使う。自分のコップと水筒を傍に置いて、タッパーの蓋を開ける。くっ付いて座っていて、間に置くようなことはできない。仕方なく左手で持ったままにする。

「いただきます」遅れて桜も言う。そして一つ食べて「ふむ、うまい」と次のに手を伸ばす。俺も食べていく。無言のままどんどんサンドイッチを口の中に入れていく。紅茶は湯気を出している。水筒の保温性能がありがたい。熱いくらいの紅茶が外での食事では嬉しい。息をふうっと吹きかけて少しだけ冷まして飲んでいく。桜も同じように息を吹きかける。「む」とトラブルの声色と一緒にコップから顔を遠ざけた。どうしたのだろうと彼女をよく見てみると眼鏡が曇っていた。もしレンズが完全に真っ白になっていたら、それこそ漫画チックで面白かっただろうに。「やってしまった」元に戻るまで桜は大人しくしていた。

「ところで」またサンドイッチを食べ始めた桜がどう切り出した。「ここに来て、木や池を見て君はどう思った?」どう思ったかと聞かれても。「なんとなく、綺麗だなあ、とか、いいなあ、とか。そんな感じかな」そこまで感動するようなものでもなかったように思う。本当に、たまにはいいね、くらい。「うん、私たちは自然が広がっているのを見ると、綺麗とかいいとか思ってしまう。それってどうしてなのか、考えたことはあるかな」考えたことない。そう返答すると「そうだろうね。じゃあ考えてみようか」と言われる。なんか教師か何かっぽい。桜の風貌はマッチしていて、俺の教師になるべく現れたみたいだ。

「考えてみようって言われてもな」困ってしまう。「緑色とか自然の色は綺麗っていうか、ううん。自然は美しいものだって皆言ってるし、そういうもんなんじゃないの」ちょっと投げやりになってしまった。だけど自然の緑色がどう綺麗なのか具体的に説明なんてできない。予想外にも桜は「そう、そこだよ」と言ってきた。同時に、ずびし、と指を突きつけられる。こういうところが本当に二次元っぽい。そしてその指がサンドイッチを掴みながら喋る。「自然が美しいと思ったのは私たちの生きている環境、人間だ。自然は恐ろしいものと受け止める人や場所もあるだろう」例えば森で散々な目に逢った人は、森をそこまで好意的な目で見ないはず。桜はそう語った。「そこにあるものに意味を付け足すのは人間なんだよ」そういうものなのかね、と少し納得しつつあった俺に向けて桜はさらに言葉を継いだ。「萌えというものに意味があるとするなら、それは君が作るものなんだ」そう言われて、ええ、と声を上げてしまう。自然とか少し遠めの話だったのに、いきなり焦点が俺になってびっくりしたのだ。

「そんなこと急に言われても困るんだけど」そこはかとなく壮大な感じのするものを押し付けられたような気がした。もっと気楽なショートストーリーでいいだろうに、と思う。抗議するものの桜の口はサンドイッチを食べていて開かれない。皆と一緒にいる部屋から扉を開いて一人で出て行くのは怖いことだ。外で見つけたものは、部屋の中にいる誰もかもが見ていないもの。きっと見つけたものは孤独とセットの食べ物なのだ。

「仕方ないな、ヒントをあげよう」桜のヒント。誘導。「昨日、君は予想できない世界が嬉しいと言ったな。もし、もしも。私の萌えが君にそういう希望を与えられたのだとしたら、私も嬉しい。二次元の少女として生まれてきてよかったと思う」萌えが希望。彼女の言葉にはっとしてしまう。パズルのピースを埋めていくように、頭の中で答えが完成していってしまう。こういう未来があったらいいな、という希望。萌え、もっと範囲を広くすれば空想そのもの。それらをそういうものの一つとして見たらどうか。空想をよりよい現実を作るためのツールとして見てしまえば、何も生み出さないわけではない、という領域に突入できる。発見に俺の口がぽかんと開いていた。俺は右手を動かしてサンドイッチをねじ込んだ。開けてしまった。もしかしたら孤独にならないでいいのかもしれない。ぼんやりと見えていた。それでもそこから桜はいなくなる。

 隣にはまだ桜がいてくれた。黒い髪が肩まで伸びて、色白で、眼鏡がきりっとしている理想の女性。口調はともかく、容姿だけなら日本中を探せばどこかにいるかもしれない彼女。それなのに雪解けのように消えてしまうことがはっきりとしている。「まだセーフなのか」と聞いてみる。「そうみたいだな」自分が消えてしまうかもしれないって時なのに彼女は相変わらず冷静な風で紅茶を飲んでいる。今度は眼鏡も曇らない。「たったの三日で終わりとは、ちょっと展開が速すぎただろうか。時間的にはまだ二日分だし、急ぎ足だったかもな」と余裕さえ見せてくる。「なあ、もうちょっといてくれよ」頼んでみる。「そうだな。まだデートは終わっていないからな」と彼女は言ってくれた。「もう少し話そうか。私も君と一緒にいたい」

 サンドイッチを平らげ紅茶を飲んで休憩して、俺たちはまた歩き出した。最後の思い出を作るために改めて色々なものを見たくなったのだ。「今日はクリスマスだったな」公園の木々はいつも通りで、意識の外に押しやられていたが、そうだった。「ああ、そうだった」クリスマスのことを忘れるくらいこの公園は俺にとって新しい刺激だった。「君はサンタクロースっていつまで信じていた?」と聞かれて昔のことを思い出す。どうだったろうか。「あんま覚えてないな」劇的な幕引きではなかったのだろう。「中学生くらいにはもう、朝起きたら枕元にプレゼントが、なんてこともされなくなったと思うけど」親からすれば、今まで信じさせてきたサンタクロースが実はいないのだということをいつどうやって教えるのか悩むところなのだろう。実はサンタさんはいないんだ、なんて話を切り出された記憶は無い。もしかしたら友人に教えられたのかも。「いたらいいのにな。サンタさん」俺がそう言うと桜は、うむ、と大きく頷いた。「その気持ちが大切だと私は君に言いたいんだよ」まるで死ぬ前に大事なことを弟子に教えるかのような桜。実際そのような状況なのだけど、急に偉そうになったのが見ていて面白かった。「いないとはわかっている。けれども、いてくれたらいいと思う。そういう気持ちがきっとこの世界にいいことを生み出してくれる」そうだね、と同意する。クリスマスにサンタクロースを演じる人が誰かに幸福を運んでいるということはどこかで起きているはずだ。桜は「私は君のサンタになれただろうか」と繋げてきた。彼女の臭い台詞もそろそろ聞き納めか。どこかじんと来るものがある。「そうだとしたら、ちょっと慌てん坊だったかな」来たのは二十三日だから。「あっはっは」珍しく口を開いて桜が笑う。「うん、確かに」とくすくす笑っている。感情が大きく表れるなんて、彼女も何か思うところがあるのだろうか。それでもすぐに落ち着いて「確かに、そうだ。慌てん坊だったようだ。サンタならばきちんと待たなければ」と平常運転に戻る。「君に会えると知ってそわそわしてしまったんだな」と言ってくる。「へえ、そわそわするんだ」と返す。そうやって彼女に振ると「当然だよ。私も君に萌えていたのだから」と決めてくる。そうやって彼女からいくらでもそんな台詞を引き出すことができた。その間、公園の緑は寒風のような現実から目を逸らさせてくれた。

 公園を出るとそこは車が走っているいつもの世界だ。そして電車に乗れば見慣れた場所に戻ってくる。夢から覚めた時のように、あの緑の光景がもう遠い。アパートの俺の部屋に帰ってきてしまった。俺たちが出会った場所で、おそらく別れの場所。パソコンのモニターがブラックホールのように見えてくる室内で俺たちは別れの儀式を行う。

「桜のおかげでわかったよ。萌えとか、そういう空想っていうのは明るい未来のイメージなんだな」ためらっても仕方ない。物語を進展させるために桜のような芝居がかった台詞を口にする。たぶんこの世に現れたのが桜だったのは、そういう台詞でもそこそこ様になるからだったんだろうな、とどうでもいいことに気付いていく。「そうだな」桜は目を閉じた。そのまま眠ってしまうかのように。しかし「ああ、そうだ」とすぐに目を開いた。言い残したことがあったようだ。「私の時計を動かしていたのは君だけではないんだよ」と口の端を上げた。「え、どういうこと?」最後の最後にネタばらしが来て戸惑う。何もかもわかったつもりでいたけれども、そういや彼女の心臓の件についてはまだよくわかっていなかった。

 桜は「作者と君」と言いながら数えるように左手の人差し指と中指を順に立てていく。「これだけじゃない。当時私を見ていた人はいっぱいいる」いっぱいいる、と言うのと同時に手をパーの形にばっと広げてきた。いっぱい。「望まれれば現実で何かが動く。グッズが販売されるとか、ロボットが作られるとか」明言はしなかったが、どうやらこの奇跡もそういう理由で起きたと言いたかったらしい。確かにモニターの中から美少女がこっちに来てくれれば、なんて妄想はよくされるものなのだろうけど。

「空想上の美少女に憧れる人がいれば、いつか私も本当の人間としてこの世に生まれてくることができるかもしれない」サンタを演じる人間がいるように、と桜は言う。現実的には美少女に憧れた親がそういう子どもに育てるという線だろうか、とも。「だからまたいつか、会おう」そう言い残して桜は消えた。じんわりとではなく一瞬で。まるで夢から覚めた直後のようで、俺の頭は少しぼんやりとしていた。

 結局ほとんど桜に教えられる形になってしまった。自力での発見はほとんど無い。まだまだ未熟だな、と思う。でも目指す方向は見えている。たぶん奇跡はもう起きない。電池切れだ。だからまた彼女に会おうとするなら自分で頑張らないといけない。いつか彼女のような少女がこの世に溢れて恋愛というものが二次元のように甘いもので満ちるように、俺の感じた萌えを広げていかないと。種をまくようにして。誰かの萌えの種を受け取って、誰かに渡して。まるでバトンリレーみたいだ。人間はそうやって理想を現実に変える発電機を動かしていくものなのかもしれない。

 狭い部屋が少しだけ広く見えてしまう。一人だ。もしかして夢や幻覚だったのだろうか。桜が消えてしまえば本当にあったことなのかどうか疑わしくなってしまう。二人分の食事は俺が一人で頑張っただけと言い張ることもできて、本当にいたという証明はしにくい。定番ではある。けれど実際に現れたことにしておこう。買うはずのないキャラクターグッズと本が俺の部屋にはある。少なくとも自分を納得させるための証拠としてはそれで十分な気がした。

 桜の渡してきた忌々しい本も誰かの希望。ならば受け取るしかない、と意気込むものの俺にはまだハードルが高すぎる。読む気にはなかなかなれない。でもやるしかない。よい空想を現実にして、悪い想いは空想の中に閉じ込めていけば未来はたぶん明るい。だから頑張ろう、と自分を元気付けてみるけれどもやっぱりこれはきつい。桜め、現実に出てきたからってはしゃぎやがって。美男子の放っているきらきらしているオーラにげんなりする。美男子になるのはいい。むしろなりたいくらい。それはいいんだけどねえ。嫌だけどたぶんそのうち読む。桜のことが好きだから。この感情が春になって成長して、夏になる頃には綺麗な木漏れ日が演出できるように。

「あ、そうだ」勢いで声を出したが、独り言になってしまう。それでも落ち込むことはなかった。今日は馬鹿みたいなことをしようと決めていたことを思い出したのだ。ディナーを二次元の少女と一緒に。画像はもう選ばなくていい。その光景を撮影してアップロードしたら彼女について色々語ってみよう。ドアを開けて、もう一度外に出る。結構寒い。でも春になるのが見えない程というわけではなかった。


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