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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第一章
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クレナダの死霊 Ⅵ

あのあと、クリスとヴァンはクレナダ村の周囲の平原を拠点にして、泊まり込みで様子を見た。

逃げた男が戻ってくる可能性は低かったが、念には念を入れることにしたのである。

村の中で様子を見る案も出たが、新たな死霊が生み出されるかもしれない場所にはとどまれなかった。


フードの男が何者なのか。

ウンディーネの言う嫌な気配のするものが死霊を生み出していたのか。


結局新しく死霊が出てくることはなく。

なにひとつ判明しないまま2日がすぎて、忸怩じくじたる思いを抱えたふたりは皇都に帰還した。




皇都のギルド本部に戻ると、マリーが駆け寄ってきてクリスを抱きしめた。

「ああ、よかったクリスちゃん!無事でよかった!」

「はい・・・マリーさん」

「先に報告にいってるよ」


ぎゅうぎゅう抱きしめられているクリスを横目に、ヴァンはギルドの奥へ進んでいった。

その表情は暗い。

クリスも帰ってきた喜びはあっても、釈然としない気持ちを抱えていた。


そして今。

クリスとヴァンの報告を受けたギルド職員たちは、それぞれに動揺の表情を浮かべている。

口々に思いつくままの推論を交わす。

「Aランク冒険者が・・・」

「まさかSランクがあらわれたのか?」

「いや、その前にそいつの目的はなんだ」

「国に報告しなければ」

「待て。情報を整理してからだ」

「そんな時間があるのか?犯人はまだ捕まっていないんだぞ」


まとまらない話にヴァンが口をはさんだ。

「ひとまずはっきりしているのは、クレナダ村の依頼は達成ってこと。もちろん犯人はつかまっていないから、言いたいことはあるだろうけどね。依頼内容は、魔物の調査および村民と冒険者の安否確認だったんだから」


魔物はいた。そしてその死霊は退治された。

村民と冒険者は全滅。

たしかに依頼は達成されているが、犯人らしき男を取り逃した問題は大きい。

白髪で豊かな髭にうもれるような小柄な老人が確認するように言った。

「たしかにのう。このとおり依頼は達成されておるし、依頼金は払わねばのう。だが、坊主よ。おそらく犯人の追跡と、捕獲の依頼が国から出されるじゃろうのう」

「だろうね。俺が受けるよ」

「うむ」


クリスはそのやり取りをただ黙って見守っていた。

ぎゅっとスカートのすそを握って、うつむくことだけは耐えている。

クリスの役割はただの助っ人だから、ギルドの方針にもヴァンの今後にも関われない。


関われない?


クリスは頭で考えたことに自分自身で驚いた。

私は人間関係は面倒だと感じていて人と距離を置いていたはずなのに、すすんで関わりたいと感じるなんて、と。


ひとり悩むクリスを置いて、会議は終了した。

「おつかれさん」と声をかけてくるヴァンに生返事を返しながら、クリスはぼんやりと彼の顔を見つめた。




世界中に点在するギルド支部と、皇都のギルド本部を運営しているのはモナド皇国である。

その中でも直接関わっているのは運営資金を出す財務大臣と、宰相。そして皇帝だ。

彼らは城の一室に集まって、膝を突き合わせていた。

「ゆゆしき事態だな」

「冒険者ギルドの信頼が揺らぎかねません。Aランク冒険者の存在は大きいのですよ」

「犯人を捜すのは当然としても、手段が限られますね。実質Aランクのヴァンしか追跡できません。ほかの冒険者では情報も得られず死ぬでしょう」


宰相の発言に皇帝はぽんと膝を打った。

「それだ」

「陛下?」

「余は誰の血をひいておる?」

「それはクレセント公爵家と青の森の・・・あ」


宰相と財務大臣も気づいたのか、ぱっと表情を明るくした。

「あの方なら!」

「さっそく伝書鳥を飛ばしましょう」

「一番早いやつで頼む」


返答は半日とかからず届いた。

伝書鳥ではなく、魔女の魔法によって手紙だけが皇帝の前に正確に転移してきたのだ。

すでに魔女が表舞台から引いて500年。

子孫である皇帝でさえ直接青の森の魔女とあったことはないが、生まれたときに言祝ぎの花を贈られたことを思い出した。

子が産まれて数時間後の早業に、いったいどんな方法で子孫の誕生を知ったのかと、物心ついたあとで戦々恐々とした覚えがある。

「相変わらず正確無比で、規格外な魔法だな」


皇帝は苦笑しながら手紙の封を切った。

封蝋はクレセント公爵のもので、現在この大陸で使うことが許されているのはクレセント公爵本人と妻の魔女だけだ。

「陛下、あの方はなんと?」

「まあ待て。・・・読むぞ」


―――拝啓。めんどくさいから全部略。

うちの子が助けを求めてくるなんて何十年ぶりかしら?月日がたつのは早いわねぇ。

クレナダのことは残念だけど、廃村にしたほうがいいわ。原因がはっきりしてないのに、人を住まわせちゃダメよぉ。

あと私を頼ってくれるのは嬉しいけど、モナド皇帝の地位とかメンツとか、ほらいろいろあるじゃない。

あんまりアテにしないでねぇ。でもちょっとだけなら力を貸すわ。

国境沿いに硬い結界を張るわねぇ。人をぜーったい通さないATフィールド!

犯人を絶対にモナドから逃がさないわ。

うちの国で好き勝手するなんて、ちゃーんとお仕置きしておいてね。

ってことだから、交易も一時停止することになることだけ注意して。

がんば!

                         ―――エレオノーラより


「・・・・・・」

「陛下、えいてぃふぃーるどとは何でしょうか」

「知らん」

「陛下、我が国の外交は止まりますな」

「そうだな」

「陛下、諸外国に何と説明しましょうか」

「・・・うむ」

「陛下・・・」


皇帝は手紙を持ったまま椅子に沈没する。

青の森の魔女エレオノーラ。

さまざまな伝説を残した彼女の破天荒さは、絵本作家の脚色でも歴史家の過大評価でもなかったのだと、しみじみ実感することになった。




数日後、皇都のギルド本部から各地のギルドに向けて通達がなされた。

フードをかぶった風を操る魔法使いの目撃情報の収集。

国境の封鎖。

そして彼の追跡はAランク冒険者ヴァンに一任することを。


クリスはマリーと交代した受付に座って次々と業務を片付けながら、その中身は別のことを考えていた。

家に戻ってからも、学校で授業を受けながらも、ずっと頭の中は同じ思考を繰り返す。

このまま何もなかったことにして、日常に戻っていいのだろうか。

初めて人と関わりたいと思ったのを無駄にしていいのか。

「私は・・・このままでいいのかしら」


無意識に口からこぼれ落ちた言葉を拾った目の前の冒険者が怪訝そうな顔をした。

「嬢ちゃん、どうしたよ。書類に不備でもあったかい?」

「あ、いいえ、失礼しました。確認とれましたので、どうぞあちらで依頼金をお受け取りください」

「まいどあり!」


冒険者の男は機嫌よさそうに去って行った。

そこで一通り並んでいた冒険者をさばけたので、クリスは立ち上がって伸びをする。

そのとき建物の入り口をくぐった茶髪の青年が目に入る。

ヴァンはまっすぐにクリスに向って歩いてきた。

「やあ、クリス」

「ヴァン?どうしたの」


ちょうど彼に関することで悩んでいたので、クリスは少し鼓動が早くなった胸を抑えた。

「休憩はいつ?」

「いつとは決まってないけど、今ちょうど手があいたところよ」

「だったら、少し時間を取ってほしい」


クリスは何の用事かと不思議に思いながら、ヴァンに近づいた。

ヴァンは声を潜めて、

「身の回りに注意してくれ」


と言った。突然の不穏な言葉にクリスは驚いて、彼の顔を見つめた。

「どういうこと?」

「あの犯人らしいフードの男。あいつに顔を見られたのは俺だけじゃないってことだよ。国とギルドから正式に指名手配されたんだ。逃げるために目撃者を消そうと考えるかもしれない」


そのことに初めて思い至ったクリスは口元を手で覆った。

もしあの男が攻撃してきたら、クリスなど一瞬で死んでしまう。

どうしよう、とクリスが考えていると、ヴァンが懐から手のひらに収まるほど小さな銅製の彫像を取り出した。

「前に錬金術師の依頼を受けたときにもらったものなんだ。一度だけ攻撃されたとき、自動的に結界を張ってくれるらしい」

そのまんま身代わりの彫像とか言ってたな、と話しながら、彼はクリスに手渡した。


「いいの?」

「構わないよ。今まで持ち歩きもしなかった品だ」

一時的にパーティを組んだだけの女など見捨ててもいいはずなのに。ヴァンの気遣いにクリスは、このままでいいはずはないと思いを固めた。


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