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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第一章
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クレナダの死霊 Ⅴ

ヴァンは建物の入り口の扉を堂々と開けた。

この物音で残っている死霊が出てくればよし。探す手間がはぶけるというものだ。

しかし玄関ホールにしんと静まり返って、何かが出てくる気配もない。

「ヴァン・・・はずれかしら?」

「ちょっと待って」


ヴァンは床にかがむと、丹念に床板を調べ始めた。

クリスは何をしているかわからなかったが、冒険者としてのヴァンの強さを見て実感しているので黙って見守ることにする。

やがてヴァンは立ち上がって、建物の奥を指さした。

「床につもったほこりの上に、何人かの足あとが残っているよ。上の階には続いてないみたいだから、奥へ進んでみようか」


クリスはウンディーネと浄化の魔法陣を作り出して、目の前に展開させる。

いつでも反応できるように気を引き締めながらうなずいた。




しばらく廊下を進むと厨房と思われる場所に出た。

鍋や包丁などが使い手のないまま放置されている。

物悲しい気分になりながらクリスは厨房内を見渡した。視界の端でウンディーネは退屈そうに水の玉を出して遊んでいるのを見つける。

「ウンディーネ、遊ばないで」

「だって~、やることないんだもの~」

「浄化の仕事があるでしょ」

「もう魔法陣の強化ならしたわ~」

「そうじゃなくて緊張感を持ってって・・・」


「クリス」

ウンディーネと言い合っていたクリスは、急にヴァンに呼ばれてびくりと身を震わせた。

注意力が散漫になっていたことに気づいて頭を振って気持ちを切り替える。

この精霊が自分のペースでしか動かないことは、今更どうしようもない。

「ごめんなさい。なにか見つけた?」

「うん。地下貯蔵庫だと思うけど、あそこの床に取っ手がついてる」


ヴァンの見る方向に顔を向けると、石床の一部が四角く切り取られ、木製の板がはめこまれている。取っ手を引っ張って上に引き上げることで地下へ進めるようだ。

「小さいわね。ひとり降りるだけの幅しかなさそう」

「念のため浄化の魔法陣を板の上に敷いてほしい。開けた瞬間に襲われたくないからね」

「わかった」


クリスは魔法陣を2つに分割して、一方を木の板の上ぎりぎりに浮かせた。

抜き身の剣を携えたヴァンが慎重に取っ手を持ち上げる。

板が完全に持ち上げられた瞬間、下から真っ黒ななにかが連続して飛び上がって来た。

「・・・っ!?」


クリスは驚いて後ずさった。

その拍子に床の凹凸につまずいて尻餅をつく。

ヴァンも剣を構えて飛び下がっていた。

しかし飛び出してきたものたちは浄化の魔法陣に触れた瞬間、粒子となって霧散していく。

「当たりみたいだね」


ヴァンは片手で油断なく剣を構えながら、もう一方の手をクリスに差し出した。

「あ、ありがとう・・・。死霊だったの?」


ヴァンの手を借りて立ち上がったクリスは恐る恐る彼の背から顔だけ出して、地下へと開いた穴を見る。

「そうだね。よく見えなかったならよかった。けっこうエグい死に方したみたいで、そのまま夢に出てきそうだよ」

「・・・そう」


見なくてよかったと、クリスは心から思った。

ヴァンは穴を覗き込みながら、ほかに飛び出してくるものがないのを確認すると言った。

「地下を調べてくるから、ここで待ってて」

「ひとりで行くの?」

「もう魔物の気配はないけど、罠の可能性があるから。ここに最後の冒険者たちが閉じ込められていたのも、その罠のせいかもしれない」


そのときウンディーネが水球で遊ぶのをやめて口を開いた。

「人間の罠はわからないけど~、そこから嫌な気配がするわ~。魔法の力もほんの少し~。あとはよくわからないわ~」

「呪いの魔法かな?」

「人間の使う魔法の種類なんて~、どんどん新しくなるんだもの~。知らないわ~。でも~、とにかく嫌なの~」


クリスは眉をしかめた。

瘴気をまいて人を死霊にする呪いの魔法が使われている可能性が高いということは、村の報告がヴァンからギルドへもたらされたときに知っていた。

その可能性がさらに高まったなら、ヴァンを単独で地下に行かせるのは危険すぎる。

「呪いの魔法があるかもしれないなら、私が行って浄化したほうがいいわ」

「罠はどうする気?」

「それは・・・」


手詰まりになったふたりは黙り込んで顔を見合わせた。

時間だけがすぎていく。

窓から差し込んでいた夕日は落ち切って、すでに宵闇が支配する時間帯に入っている。

一度引き上げたほうが・・・とクリスが提案しかけたとき、建物の入り口から石床をかろやかに歩く足音が聞こえてきた。

「クリス、後ろに」


ヴァンが厨房の入り口に向って剣を構えた。

音をたてないようにしながら、クリスはヴァンの背後にまわって壁を背に身を小さくした。ウンディーネは天井付近の空中にとどまって、下を見下ろしている。


そして厨房の唯一の入り口に、ひょっこりとフードを目深にかぶった男が姿を現した。

ヴァンは無言で男に剣を突き突けた。

しかし男は全く動じることなく首をかたむける。

「アレ?先客が来てたのカナ?」


ヴァンは剣先を男ののど元まで持っていった。低い声で誰何する。

「誰だ?」

「ナマエ?ナマエ?名無しダヨ」

「馬鹿にしてるの?」

「名無しダヨ」


フードの男はからかうように同じ言葉を繰り返した。

男の発音が妙に耳触りで気分が悪くなってきたクリスは、そっと胸元を抑えた。




何ひとつ前触れはなかった。

気づけばクリスは痛みを訴える体を床に横たえていた。

何が起こったのかと目を開くと、すぐそばで壁に背を預けて座り込んでいるヴァンがうめき声をあげている。

「ヴァン!」


跳ね起きようとしたが、からだに激痛が走って再び床に沈んだ。

側にいたらしいウンディーネがそっとクリスの頭を撫でた。

「クリスちゃ~ん、治癒の魔法を使って~。増幅させて動けるように治すから~」


クリスはすぐにうなずいて脳裏に水のイメージを思い浮かべる。

声を出すだけで痛むので、とぎれながちな呪文をなんとか言葉にした。

「清らかな・・・恵み。母・・・なる海。慈しみの雨・・・。癒し・・・の・・・力」


ウンディーネの増幅を受けた治癒の魔法は、クリスとヴァンの体の表面をおおって淡く輝いた。

輝きが鎮まると、立ち上がるクリスより先にヴァンが身を起こした。

その勢いのままクリスを強引に引き寄せて、自身の背後にかばう位置に持っていく。

「わっ!・・・きゃっ!?」


ただ立ち上がろうとした瞬間だったので、クリスはヴァンの背を見ながらもう一度尻餅をつく羽目になった。

「なにが起こったんだ・・・」

「わ、わからないわ」

「あいつもいない」


そう言って、ヴァンは床に落ちていた自分の剣を慎重に取り寄せると、片膝をついた状態で周囲を警戒する。

クリスも辺りを見回しながらウンディーネに問いかけた。

「ねえ、ウンディーネ。何があったの?あの男の人は?」

「え~と~。すごく強い風の魔法が~、ど~んってクリスちゃんたちにぶつかったの~。あの人間は~、嫌な気配のするものを持って~、出ていったわ~。直撃しなかった私にも~、衝撃が来るくらい~、すごかったの~」

「え・・・」


ヴァンはウンディーネの言葉にぐっと目元に力を入れて、顔をゆがめた。

「くそっ。手がかりを逃がすなんて、なんてざまだよ!」


クリスもここまで来て犯人らしき男を逃したことに衝撃を受けたが、それよりも別のことに驚愕していた。

冒険者最高峰の実力を持つヴァンを、ただの魔法の一撃が気絶させたことだ。


空気の塊を圧縮して放つ風系統の攻撃魔法を、無詠唱で。

なんの気配も感じさせずに強力に練り上げ。

完全に不意をつく形でAランクの冒険者を吹き飛ばす。

どれほどの実力者なのかと、生きているのが不思議に思えるくらいだ。


身の内から震えが走って立ち上がる気力もないまま、クリスは冷たい床に座り込んでいた。


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