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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第一章
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クレナダの死霊 Ⅳ

皇都を出て街道を歩いているとき、ふとヴァンが口を開いた。

「そういえば俺たちお互いにまだ自己紹介もしてないんじゃない?」

「・・・そういえばそうですね」


クリスはヴァンの名前をギルドの受付として知っていたが、ヴァンはクリスのことを知らないだろう。

これから一時的とはいえパーティを組むというのに、初歩的なことを抜かしていたクリスは急いで名乗った。

「申し訳ありません。私はルクス男爵家の娘、クリス=ルクスです。すでにご覧になったようですが、水の精霊ウンディーネの契約者を務めています」

「俺は知ってのとおりヴァンだ。樹海出身のAランク冒険者してる」

「樹海!?」


クリスは驚愕のあまり口を開けたまま固まった。

樹海はモナド帝国やほかの国が根ざす、この大陸の北部に広がる森のことである。

魔物の巣窟として有名で、あまりの瘴気の濃さに近くに人間の村は存在しない。

「ああ。子どものころに、魔物退治に樹海に来た冒険者に拾われたんだよ」


言外に捨て子だったのだと言われて、クリスは追及の言葉を飲みこんだ。

魔物の跋扈する樹海に子どもを捨てるということは、実質死んでくれと願われているに等しい。

ヴァンは気にしたふうもなく、からからと笑って続きを口にした。

「じゃあ臨時パーティよろしく。敬語とかなしで頼むよ。かたくるしいのは背がかゆくなりそうだ。ついでに俺の不作法も許してくれるとうれしい」


ヴァンが笑っているので、クリスもこれ以上この話題は引きずるまいと決めた。

「わかったわ、ヴァン。これでいい?」

「ああ。クレナダ村まではこの調子で歩いて・・・そうだな。1日半くらいか」

「もっと早く歩けるわ」

「いや、普段の歩く速さをたもってほしい。体力勝負だからね。向かいながらどんな魔法を使えるかも聞いておきたいし」


クリスはヴァンの言葉に魔術学校で習った魔法を思い出して、ひとつひとつ説明していった。もちろん水系統の魔法を中心に話す。

そうしているうちに日が暮れ、その日は開けた平原で野宿することになった。

昼はクリスの持参したお弁当で腹をふくらませたが、夜の分はヴァンが保存食を調理したものを食べた。

乾燥した肉を戻したスープは臭みもなくさっぱりとしていて、硬めのパンは塩味がきいて美味しい。保存食の質がいいのかヴァンの料理の腕がいいのかわからなかったが、野宿と聞いて質素で大味な食事を想像していたクリスは意外な心持ちで夕食を済ませた。


食べ終わった後、クリスはすっかり暗くなった周囲を見回した。

遮るものが低木くらいしか見当たらない平原は、満天の夜空の素晴らしさを差し引いても恐ろしかった。

「ヴァン、どこか隠れられるようなものがあるところに移動しなくていいの?」


ヴァンはたき火の炎を枝でかきまわして調節しながら、

「ん?ああ、そっちのが急に襲われたとき対応しにくいんだよね。俺たちが隠れられるってことは、敵も隠れられるってこと。それなら見える範囲を広く持ったほうがいい」


と言った。クリスは納得したものの、少しだけ火の側に近づく。

明るい場所の方がなんだか安心できる気がしたのだ。


ヴァンの茶色の髪が炎に照らされて金に光って見えた。

それ以外は闇に沈むように彼の印象を薄くしている。衣装が全体的に茶色で、使われている装飾具も黒なので余計に目立たない。

なるほど、これが冒険者の服装なのかとクリスは感心した。

皮のジャケットも丈夫そうだし、ズボンの縫製もきちんとしていて長持ちしそうだ。

腰にベルトで固定した小さな黒いカバンには、ほころびひとつ見当たらない。


まじまじと見つめる視線に気づいたのか、ヴァンがその濃い青の瞳でクリスをいぶかしげに見てきた。

クリスはなんでもないと示すために首を振った。




次の日の昼過ぎ。

太陽が真上から少し傾いたあたりで、ようやくクレナダ村が見えてきた。

ヴァンがクリスの前に出て、指示を出す。

「俺が死霊を足止めしておくから、あんたは浄化に専念して。あと絶対に前には出ないこと。させない気持ちでいるけど、もし敵に近寄られたら結界で防御に専念してね」

「ええ、分はわきまえてるわ。・・・ウンディーネ、来て」


静かに答えて、クリスはウンディーネを召喚した。

右太ももの紋に手を置いて呼びかけると、すぐに呼応して輝き、水の精霊が顕現する。

ヴァンは一度見たとはいえ、上位精霊が珍しいのかウンディーネの姿をじっと見ている。


ウンディーネは泳ぐように空中で一回転すると、クリスの前に浮かんだ。

「ときどき見てたから~、事情は知ってるわ~。とにかく浄化すればいいのね~?」


優美な水の権化の外見と、おっとりとした口調の落差にヴァンがのけぞった。

「俺、しゃべるくらい力の強い精霊は初めて見たけど・・・」

「言わないで。ウンディーネが例外なのよ、きっと」

「・・・そっか」


ほかの上位精霊に会ったことはないクリスだが、夢を見るくらいは自由だろうとまだ戸惑っているヴァンを黙殺した。


クリスの緊張を適度にほぐすためか、ヴァンはときおり軽口をたたきながら村の入り口まですすんだ。

おかげでクリスは妙に気負うことなく毅然と立っていられる。

感謝しつつ、こちらを見るヴァンにうなずき返した。


そしてヴァンは村に一歩入った瞬間、爆発的な速さで駆け出した。

走りながら剣を振りぬき、手前にいた半透明の死霊を数体まとめて切り伏せる。

これだけでは核を失っていない死霊はいずれまた復活してしまうので、クリスはすぐに浄化の魔法を発動した。

手のひらを死霊たちに向けて、強く水の流れをイメージする。

伝説の青の森の魔女はそれだけで魔法を使いこなしたらしいが、クリスはイメージを言葉にしてより強く念じなければ魔法を発現させることは難しい。

魔法使いとしても錬金術師としても尊敬する彼女のような力があれば、と悔しく思いながら口を開いた。

「清らかな恵み。母なる海。慈しみの雨。・・・お願い鎮まって」


クリスの手のひらの前に水色の魔法陣が展開された。

ウンディーネがその魔法陣を指でちょんとつつくと、陣がゆっくりと回転しながら複数に分裂した。

ひとつひとつが分かれ、それぞれ死霊の真上に飛んでいく。

倒れたままの死霊は、上から降りてくる浄化の魔法を避けることはできない。

陣に包まれた死霊は光の粒子となって消滅した。


クリスとウンディーネの浄化作業を見て取ると、ヴァンがクリスを呼び寄せた。

「お見事!」

「ううん。まだ全部終わってないわ」


クリスは首を振って村の奥を見た。

ゆらゆらと体を左右に揺らしながら、死霊たちが集まってきている。

そのうちの一体でも襲われたらクリスは死ぬだろう。ヴァンは万が一のときは結界を張れと言っていたが、クリスは自分がとっさに魔法を発動させられるとは考えていなかった。

学校で模擬戦をしたことはあっても、実践は先ほどのが初めてだ。

ぞっとしながら両腕で自分自身を抱きしめる。

さっきは浄化に集中していたから気づかなかったが、死霊の死んだ瞬間を模した姿かたちもおぞましい。

半透明でもはっきり見える傷口から目をそらしたくなった。


不意に日がかげったので見上げると、ヴァンが背を向けて前に立っていた。

「さっきみたいに一体一体やってくれたらいいから」


ヴァンの影にかくまわれたクリスはほっと息をついた。

「ありがとう。少しずつ進みましょう」

「そうだな」


ふたりはゆっくりと慎重に村の中心部へ進んでいった。




空にある2つの太陽が傾き、夕焼けにそまった村で動く者はいない。

これまでのあいだにクリスとヴァンは、村にいたほとんどの死霊を浄化し終わっていた。

あとはクレナダ村が瘴気に侵された原因を探るだけである。

魔力を消費して少し息をはずませているクリスに対して、ヴァンは平然と立っていた。

クリスは呼吸をととのえながらヴァンに近寄った。

「このあとはどうするの?ひとつひとつの家を調べるのかしら」

「それだと時間かかりすぎるよ。この村で夜を明かす気にはなれないし・・・まだ気になることがある」

「気になること?」


空中を遊泳していたウンディーネも側に呼び寄せながら、クリスは首をかしげた。

ヴァンは考え込むようにあごに手を当ててうつむく。

「退治した死霊は村人のような普通の人たちばっかりだった・・・。じゃ、先にここに派遣されたはずの冒険者はどこいったんだろうね」

「・・・あ」


浄化で手いっぱいだったクリスと違って、ヴァンは死霊の様子も観察していたらしい。

それなのに怪我らしい怪我もせず、体力面でも余裕そうだ。

ヴァンに頼もしさを感じつつ、クリスは派遣された冒険者の数と人相を思い浮かべた。

「たしか最初に派遣されたのはCランクの冒険者が1名。次にBランクの冒険者が4名よ。Bランクの冒険者のうち1名は遺体で戻ったから、合計4名の行方不明者ね」

「いいや、先に様子見にきたときに村の外で冒険者風の死体を見かけたよ」

「じゃあ3名の行方不明者・・・たぶん死霊がまだいる?」

「・・・かもしれない。俺が見つけたみたいに、村の外でころがってる可能性もあるけど、最大3人の死霊がまだ潜伏してると考えたほうがいいね」


死霊は知能が低く、人間の気配がないときは襲うそぶりもない。たださまよって瘴気をまき散らしながら仲間を増やしていく。

潜伏するとか不意打ちをつくというような思考はできないとされていた。

そのはずなのに見渡す限り、3人の死霊が動いている影もなければ音もしない。


ヴァンが剣の柄を握りなおした。

「考えられるのは、出られない状況にいる可能性。その空間でうろうろしてるなら、ここにはいないことも説明がつくし」

「どこかの家にいるってこと?」

「それは考えにくい。家の中からなら窓からでも出られるからね。・・・だけど地下があるなら別かな」


クリスははっとして広場の少し奥にある建物を見た。

村の中心部から少し外れたところに建つその建物は、元は村長の家だったのか他の家々よりも少し大きい。

地下室を作れるくらいには資金があり、敷地も広そうだ。

ヴァンも同じ結論に達したのか、そちらを見た。

「じゃ、最後の退治に行こうか」


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