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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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閑話 魔女の見解

そのころのエレオノーラ青空教室は、さらに3日過ぎていた。

合計10日以上を樹海ですごしていることになる。


エレオノーラの眼下の崖下をのぞきこんだ。

藍色の髪の少女が全力疾走している。

謙虚な我が生徒は「逃げていただけ」と言うけれど、その逃走できるだけの腕前がなければ生きていけない過酷な環境に突き落とした自覚があった。


はたして、少女はエレオノーラの期待に応えてくれた。

当初は「錬金術師になりたかったはずなのに・・・どうしてこうなった」と、四つん這いでうなだれていたものだが、いまや立派な魔法使いである。




クリスは己の身長の倍以上ある丸いトサカのついた竜種から一刻も早く逃げ切るために、自分自身に脚力増加の魔法をかけていた。

補助系統でいかんなく能力を発揮するのが水の魔法である。

身体面での強化だけでなく、周囲にも影響を与えられるアドバンテージも大きい。

酸の雨を降らせて敵の鱗や皮膚を溶かしたり、沼地を干上がらせて潜んでいた相手を引きずり出したりと、手札が多いのだ。


ただ、それだけだといつまでも追いかけられる羽目に陥るので、途中に爆薬入りの小箱をしかけていく。

この爆薬も魔法訓練の合間に奥様―――エル先生が教えてくれたものだった。

樹海に来たばかりのときは魔法だけを教えるつもりだったらしいが、クリスが錬金術師になりたいのだと訴えるとあっさり伝授してくれたのだ。

しかしここでもクリスの錬金術の才能は、底辺を這って這って這いつくばる勢いで低空飛行でしか上達しなかった。

「そもそも塩と砂糖をマジで間違う人を初めてみたわ!センス皆無。あんたに錬金は無理。同じ絵具を渡して、空を描けって言ってるのに、水色の海を描くくらい真逆のセンスしてるわよ。ある意味天才的ねぇ」


それでも頼み込んでなんとか小規模爆発を起こす“フラム”の錬成成功にまでこぎつけた。

たまに失敗するけれど、魔術学校に入学して以来一度も成功したことのないクリスにとっては快挙である。


クリスの仕掛けた爆弾に丸いトサカの竜種が近づいた瞬間を見計らって、隠れていた岩場から身を乗り出して簡単な火の攻撃魔法を爆薬に発動させる。

連鎖爆発を急所の首に受けて、あっけなく小型の竜種は地面に沈んだ。

それでも尻尾が最後のあがきのようにふりまわされて、クリスめがけて飛んできた。

とっさに高速移動できる風の魔法陣を起動して、この1週間と少しの間の面倒を見てくれた女性目がけて鳥より速く空を駆ける。


待ち受けていた黒髪の先生はにっこりほほ笑んだ。

「とどめは?」

「たぶん死んだと思われます」

「じゃあ剥ぎ取りは?」

「その・・・できてません。力が回復したら戻ります・・・」


エル先生は優雅に枯れ木の上に腰かけてお茶を飲んでいた。

対するクリスは樹海を走り回ったせいで、心身ともにぼろぼろである。

もっとも、クリスだけでなく目の前の女性もまた危険な地にとどまり続けていることに変わりはなかった。

夜ごと訪れる捕食者は、日のあるうちに酷使された体を休めるために深い眠りに入っているクリスが対応するのは不可能。

たいてい朝目覚めると、妙にすっきりした顔をしたエル先生が魔物の部位をはぎ取っている真っ最中であることが多かった。

そうしてはぎ取られたものの一部は街で売るために保存し、残りはクリスの装備を整えるために使われることになった。


それに否やはなかった。

この厳しい修行で買ったばかりの装備一式が、すでにがたついていたのだ。

特にスカートのプリーツを角を持った魔物に引き裂かれた部分が大きい。今はピンでとめているが、いつ外れてしまうか気が気でない。

それでもクリスは確実に強くなっている手ごたえを感じてきていた。

逃げてばかりでも得られるものがあったのだ。


弱い魔物ならひとりで対峙して倒し、さらに宮中の魔術師たちでもそうそう遠くへは行けないくらい魔力消費の激しい転移を使えるようになった。

転移距離が数メートルという微々たるものでも、ウンディーネとの力量差が埋まってきているようで嬉しい。


回想にふけっている間に、エル先生が野営の準備を始めた。

あわてて手伝い、有言実行と言わんばかりに倒した小型竜種のはぎとり、そして栄養補給にかかせない食事などのすべての作業が終わるころにはとっぷりと日が暮れていた。

後片付けをしていたクリスに、エル先生が口を開く。

「ねえ、修業が終わって街に戻ったら今まで溜めた素材で防具と武器を作りなおしなさいねぇ。もうあなたの腕前だと、今までの装備じゃついていけないから」


クリスはぬかで皿をぬぐう手を止めて顔をあげた。

「と、おっしゃられましても。今まで旅をしたことも、戦いを生業にしたこともないのです。この今着ている装備もギルドのすすめで購入したものですし」

「ふぅん?じゃあ私が見繕ってあげるわ。代金も私持ちでいいわよ。生徒の門出だものねぇ。贈り物は必須でしょ」


クリスはぎょっと身を引いた。

別に仕立てる代金をおもんぱかったわけではない。彼らの住む屋敷や庭を見れば、潤沢な資金を持つ裕福な家だとわかっていたからだ。

クリスは金持ちからのほどこしは気にならない。多くは孤児院への寄付という形で珍しくないからだ。

孤児院は有力なパトロンを得て、豊かな食生活を保護した子どもたちに与えられる。

金持ちは孤児院に寄付した人徳があるという箔づけを持って、名誉を得る。

どちらにも利益を生む対等な関係である。


ただ、エル先生の一家からのほどこしはいけないと感じた。

皇帝と知己であるだけでなく、そろって只者ではないのは身に染みてわかっている。

主人と家宰はAランク冒険者を簡単にいなすし、奥方は微笑みながら闇魔法の最高攻撃力を誇る術をそらおそろしいほどの魔力をこめて放つ女傑だ。

ちなみにその魔法が当たった場所は、完全に窪地となって、周りを罠で囲んでしまえば侵入不可の天然要塞ができあがった。それは現在クリスたちが野営をするときに使用されているところでもある。


そんないろいろ規格外なことを軽々とやってのける彼らから、これ以上なにかをもらったら返しきれない借金のように恩がたまってしまう気がした。

借りを返さないまま逃げるという方法が思い浮かばないあたりが、クリスの良くも悪くも実直さかもしれない。

「奥様・・・いえ、先生。そこまでしていただくわけには」

「いいのよ。どうせ無駄に持ってたって捨てるだけのゴミなんだから。有効活用しないともったいないでしょ?もらえる物はもらっておきなさい」

「・・・出世払いでいいですか?必ず、必ず返します」

「いらないって言ってるのにねぇ。・・・それじゃ、気長に待っててあげるわ。どこへ行っても死んではダメよ?」


クリスはその言葉に眉をひそめた。

まるでそろそろ修業が終わるから、死んではいけないと言われたように思えたのだ。

そう考えると装備一式を新調するのも、新しい門出にふさわしいようにという心遣いに思えてくる。

「ここでの修業は終わりということでしょうか」


悩むくらいなら、目の前でにこやかに微笑んでいる女性に尋ねたほうが早い。

クリスはエレオノーラの目を見つめながら問いかけた。

エレオノーラはますます目を柔らかく細めて微笑む。

「ここでの修業は終わりが近いわねぇ。帰ってからの修行はないわ。向こうは旦那さまたちが上手くやっているでしょうから。・・・さみしい?」

「はい・・・」


クリスは素直にうなずいた。

この奥方は破天荒で、魔法、魔力、やることなすこと全て規格外だけれど、悪い人ではなかった。

力におぼれて酔う様子もなく、クリスのフォローも完璧にこなしていたように見える。

なにより四次元ポケットとやらから出される食事に、その場で焼いたり調味料を足してひと手間かけた料理は頬が落ちるかと思うくらい美味しかった。


クリスは一人っ子だが、もし姉がいればこんな感じかもしれないとぼんやりエレオノーラの顔を見つめる。

ふいにエレオノーラの両手がのびてきて、クリスの肩をつかんだ。

そのまま引き寄せられて抱きしめられる。

「え?え?」


あっという間の出来事についていけなかったクリスは、まばたきを繰り返した。

エレオノーラはクリスの月光を受けて輝く群青の髪をなでる。

「寂しく思うことはないわ。心配もしなくてだいじょうぶ。だってあなたは私の・・・きっと最後の生徒だからねぇ。私はあなたの力を信じているわ。あとは実戦で同じ人間相手にしたとき、殺す覚悟がかたまればAランクか少なくともBランクにはなれるはずよ」


クリスは完全に硬直して動けなくなった。

Bランクはまだ理解できる。

主な依頼は遺跡の調査隊の護衛や、高レベルの魔物退治。魔物退治に重点を置くなら、ここでずいぶん鍛えられたはずだ。

Aランクは災害規模の魔物退治が主な依頼。国家の存亡がかかるようなものだ。

そう・・・たとえば皇都に出現した黒竜のような。


クリスは乾いた笑いを上げた。

あの人外魔境に勝てる気はしない。

それなのに無情にも目の前の師は宣言した。

「明日は竜っぽいやつ狩りにいきましょうねぇ。大きいやつ探しておくわ」


返事をする気力もなくなったクリスはうなだれたまま動かなくなった。

もう死ぬ予感しかしない。





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