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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
32/36

ディスムーンの魔王 Ⅰ

「いやあああああああ!気持ち悪いです無理です先生!!」

「それはフルフルもどき。尻尾と電撃とよだれに気をつけてねぇ」

「よだれ!?」


クリスは絶叫しながら鋭い牙と白い翼のくっついたヒルのような魔物から逃げ惑う。

そしてどうしてこうなったのかと、頭の片隅で記憶を巻き戻した。




完膚なきまでに負けたクリスたちは、いい笑顔の一家によって一晩介抱された。

途中で家宰を残して夫婦が一時姿を消したときに、やけに家宰が呆れたような視線を家主に向けていたのが少し気になる。

そして翌朝。

朝食を食べたあと、いい笑顔持続中の家主と家宰によってヴァンは庭に引きずり出された。

なにやら喚いていたが、剣とこぶしによって黙らされていた。

戦々恐々としながら見送ったクリスは、Aランク冒険者を力づくで引きずって行く時点で屋敷の住人達の強さは理解を超えていると思った。


彼らの過去を知ろうとしないこと。

前もって釘を刺されていなければ問い詰めていたところだ。

一体何者で、何をしたら皇帝直々に頼まれるほどの実力者になれるのか。

クリスには想像もつかなかった。


そして、その中でも一番強いとウンディーネに言わしめた夫人が目の前にいる。

恐る恐るこれからの方針を尋ねると、夫人は小首をかしげながら答えた。

「てっとり早いレベル上げと言ったら、雑魚狩りよねぇ」

「れ、れべる?」

「実力をあげるってこと。さて、樹海へ行きましょうか」

「・・・え」


樹海は魔物の巣窟だというのは有名な話だ。

クリスは引きつった顔で首を横に振ったが、黒髪の女性は遠慮なく魔法を行使した。

昨夜のように不可視の力によって空中に持ち上げられたクリスは、そのまま転移の魔法陣の上に放りこまれる。

そして気がつけば周りは木々、湿った霧が視界を覆う樹海に座り込んでいた。


樹海は大陸の北部、皇国の北東にある広大な森である。

そこまでの距離を一息で転移させた魔力に驚く暇もなかった。

絵本で見たワニに似ている巨大生物が、クリスを飲みこもうと口を開いていたのだ。

恐怖で声も出ないクリスの前に、数秒遅れて転移でやってきた夫人が炎の一撃で焼き尽くした。

「ごめんごめん。あなたの杖を忘れていたから取りに行ってたら遅れちゃったわ。あ、これから私のことは先生って呼んでねぇ」


にこやかに微笑む彼女に、クリスはいっそ気絶したいと思った。

いろいろと規格外すぎて、クリスの許容量を超える現実が目の前に広がっていたのだ。


その日から一週間。

夜には戻れると思っていたクリスの希望を打ち砕いた夫人は、サバイバル生活を彼女に叩き込んだ。

「あ、この草は食べられるわよ。その上になっている実はダメねぇ。あらあら、そこに石があるから気をつけて・・・ああ、転んでしまったわね」


朝から日が落ちるまで魔物狩り。

夜は夫人の結界の中で安全だと言われても、魔物の鳴き声や草を揺らす音にびくつきながら不眠状態。

それが一週間も続けば体力も尽きるというもの。

クリスはふらふらと、その場に座り込んだ。

常に漂う霧で夜明けの色だと胸を張っていた髪は、くすんだ薄紫色の変化している。

「も、もう・・・体力が限界です、先生。休みましょう。いえ帰りましょう。いますぐに!」


エレオノーラは困った表情をしながら、話し合いに邪魔が入らないように結界を張った。

クリスの目線に合わせるためにしゃがみこむ。

「あなたは私より強くなれるのに、もったいないわぁ」


きょとんとクリスはまばたきを繰り返した。

この規格外の女性より強くなれる?それはないと即否定できる。

「え?そんなことありませんよ」

「ほんとよ?私にはどれだけ魔力があっても、この世界の理を覆せない。でもあなたはできる。精霊に愛されているあなたなら」


クリスは紋の中で呑気に眠っているウンディーネを思い浮かべた。

樹海に来てから魔法の補助以外の活動をほとんどしていない水の精霊は、ほとんど眠っている状態だ。

魔物が闊歩する樹海で野放しにできないと初日に話したら、「それじゃあ~、中で寝てるわ~。がんばってね~、クリスちゃ~ん」と、のほほんと返事をされたのである。

これで愛されていると言われても疑問が渦巻くクリスだった。


私はウンディーネを家族みたいに思っているけど、ウンディーネは私のことをお気に入りの人間のひとりくらいにしか思っていないんじゃないかしら。


悶々と悩み始めたクリスに、エレオノーラは苦笑した。

「愛してない人間と精霊は契約しないわ。前にその精霊の子が言ってたでしょ?上位の契約は命がけって。それは間違ってないわ。それにつながる可能性のある下位の契約をするんだから、相応に心を許していなければできないことよ」

「命を・・・。あのときは聞かせていただけませんでしたが、今なら答えてくれますか?ウンディーネを死なせずに、高位契約する方法を」

「あら?帰りたいんじゃなかったの?」


からかうような笑みを浮かべた女性に、クリスはむっと眉をしかめる。

帰りたい。

本当は今すぐこんな魔物だらけの森から逃げ出したい。

心からそう思っているけれど、ヴァンの足かせという役割以外に役に立てるかもしれない可能性は掴んでおきたかった。

それにウンディーネに愛されているという確証を得られたことが背を押してくれる。


エレオノーラは手のひらに炎を生み出して、濃霧で湿った大地を一瞬で乾かした。

そしてどこからか一枚の大きな布を取り出す。

その上に座りながら、クリスも前に腰かけるようにうながした。

「長い話なるから座ったままだと濡れてしまうわ。・・・さて、魂の話からしましょうか」


クリスは茶色の布の上に座って無言でうなずく。

それを見てエレオノーラは目を細めて笑った。

「なぜこんなことを知っているのかという質問は、私たちの過去を知ってしまうから先に却下させてもらうわねぇ。魂とは・・・」


魂とは・・・。

世界をめぐる力である魔力が凝って出来たもの。

最初に陰と陽、つまり光と闇の属性が付加される。そこから繭のように幾重にも重なりながら火、土、風、水の属性が魂を取り巻く。

光と闇の魔法が使いづらく高等だと言われるゆえんは、この構造にある。

4つの属性に押し込められるようにして、魂の深部にある属性ゆえに引き出すのに多くの力を必要とするのだ。

そうして出来上がった魂には、大なり小なり余剰分の魔力がある。

余った魔力は魂の表面と深部それぞれに宿っているというのに、一般的に魔法を発動させるために使用している魔力は表面だけのもの。

深部の魔力は手つかずのままらしい。


クリスは説明を半信半疑で聞きながらも、光と闇の魔法が高位とされる理由としては納得できた。

「その魂の深い部分にある魔力を引き出すのが、精霊との高位契約ということですか?」

「そのとおり。下位契約だと表面上の魔力の制御だけ。高位契約は深部の魔力制御も可能になるわ。使える魔力の総量も上がるし、光と闇の属性も扱えるようになるわねぇ。ただ、精霊と魂のつながりが深くなってしまうのが欠点かしら」

「それが欠点・・・ですか?」


絆が深くなるのはいいことだと思う。

クリスは高位契約の欠点という説明に首をかしげた。

エレオノーラは顔の前に指を一本立てて、怖い表情を作って言う。

「欠点よ。精霊は自然と同一の存在。それが陰陽やら、感情やらでぐちゃぐちゃの人間とつながってみなさい。引きずられて最悪狂うわ。そして司っている自然が荒れていくわねぇ。精霊の魔物化と言ってもいいくらい。だからあのとき、その精霊の子は奴隷と変わらない、死んでしまうこともあるって言ったんでしょうねぇ」

「そんな・・・」


絶句するクリスに、エレオノーラは一転してにんまりと笑う。

「そこで私の出番!・・・約束したでしょ?あなたの正しいと思うことを正しいと思う方法で成したいなら、力を貸すって。精霊が死なない方法も教えるって言ったわよねぇ」

「・・・はい。でも今のお話だと、高位契約をするだけで精霊にとっては悪い影響しかないように思えます」


クリスは太ももの紋を撫でた。

ほんのり指先にぬくもりが返ってきてほっとする。

家族同然の精霊を失いたくない。

「どうすればいいのでしょうか?」


黒髪の師はあごに手を当てて、説明する言葉を探すようにゆっくり話した。

「精霊が人間にひきずられるのは、彼我の差が大きいから。小さな存在の人間相手に、大きな力を持つ精霊は命がかかっていても本気を出して抵抗できないの。相手が死んでしまうかもしれないからねぇ。他者の殺害によって死んでしまうと、それはもう大きな負の感情が漂うことが多いわ。それによって瘴気が生まれて魔物化してしまうんじゃ本末転倒でしょ?だからねぇ、その差を埋めればいいのよ」

「埋める?」

「そう。要するに強くなって精霊と同格になれば問題ないってことねぇ」


「あなたの場合は高位精霊だから苦労しそうだけど」と笑いながら言う師に、クリスは目まいを覚えた。

水を司る高位精霊ウンディーネ。

世界の自然と精霊が同一というなら、この世のありとあらゆる水関係の力と同等にならなければならない。

荒れ狂う海原。

生命の息づく湖。

山や森の命を支える泉。

ときに人を飲みこむ濁流と化す川。

そんな途方もないものと同等になるなど考えられなかった。


目まいをこらえるために頭をおさえるクリスに、エレオノーラは微笑む。

「だいじょうぶよ。私が教えるんだから強くなるわ。それにここに来てから、ずいぶん魔法の腕が上達したことに気づいている?」

「魔物から逃げていた記憶しかありません」


クリスはきっぱりと答えた。

反撃しても魔物に効いているか確認する間もなく、次の敵が現れるのだ。

相手にするより逃げたほうが生存率は高そうだったので、風の魔法で背を押して走り回った。そして、ときどき水の魔法で沼を作りだして相手を足止めしながら一週間を生き延びたのである。

「強くなっているわ。ほんとよ?あなたは私より強くなれるって言ってるでしょ。理を超えなさい」


エレオノーラは笑みを深くして言った。

「水を生み出したいなら、空気中にただよう水素を集めたらいい。炎を生み出したいなら、空気中の粒子を摩擦すればいい。でも水素も空気もない場所で、水やら炎やらは出せないのよ。これが理。だけど、水の精霊は水そのものでしょ?だから水のない空間でも水の魔法が使えるわ。その長所をのばしましょ」


柔らかく微笑む師を前にして、クリスは首を縦に振ることしかできなかった。


1週間のあいだにこんなやりとりがあったら楽しい妄想。




クリス「え、帰らないんですか?」

エル「なんで帰るのよ。修行して強くするのが私の仕事。強くなるのがあなたの目的でしょ?」

クリス「でも着替えも食料もなにも持ってきてませんよ」

エル「大丈夫だ問題ない。四次元ポケットがある」

クリス「なんですか、それ」

エル「ちゃららら~ん。はい、今日の晩ごはん。あとこれが着替えねぇ。私のお古だけど体型的には変わらないと思うのよ」

クリス「いえ、そこではなく。その四次元なんとかっていうのはいったい・・・」

エル「青いタヌキが持ってるのよ」

クリス「すごい!そんなタヌキがいるんですね」

エル「・・・あなた、もう少し人を疑うことをしたほうがいいわ」

クリス「え゛」






ギル「本日の夕餉は仔牛のアンドゥイエットでございます」

ヴァン「・・・見た目が腸詰めだね、これ?」

キール「アンドゥイエット。復唱」

ヴァン「いやいや、腸詰めでいいじゃん」

キール&ギル「アンドゥイエット」

ヴァン「冒険者がそんな高尚な呼び方覚えてどうすんだよ」

ギル「品がありませんね。明日の稽古は今日の倍にしましょう。食事が出るだけありがたいと思いなさい」

キール「食事抜きでもいいんじゃないか」

ヴァン「俺らを鍛えるとか豪語したのは、お前らだろ!」

ギル「自給自足って言う言葉は素敵ですね」

ヴァン「・・・もういいよ。あんどえっと」

キール「発音がなってないな。アンドゥイエット」

ヴァン「だぁああああああああ!!やってられっか!」


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