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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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モナドの竜 ⅩⅢ

乱暴に扉を開けたのは金に近い茶髪を持つ青年ヴァンだった。

部屋の中をぐるりと見回して、クリスを視界に入れると驚いたようにわずかに目をすがめる。

「クリス、どうしてここにいるかは後で聞くから。とにかくこんな胡散臭いとこから出よう。家まで送るから」


クリスは突然のヴァンの出現と発言に目を白黒させた。

しかし皇帝陛下の依頼を思い出して、はたと我に返る。

「起きたのね、ヴァン。よかったわ。私は冒険者として依頼を受けてあなたに会いに来たの。なにをもって彼らを胡散臭いと評価しているかは知らないけれど、そうそう簡単には帰れない身になったのよ」

「冒険者?君が?学生でしょ」

「冒険者になったのよ。魔術学校は今壊れて休校状態だから、学生は一時お休み」

「そんなに金が必要なら、もっとマシなアルバイトするべきだね」

「アルバイト感覚で冒険者になったんじゃないわ。私は・・・っ!」


言い合いに発展したふたりの間に、キールが割り込んだ。

手を叩いて注目を集める。

「はい、そこまで。状況をつかめないままの口論は不毛だ」


クリスはもっともだと思い、激情から浮かせかけていた腰を椅子に戻した。ウンディーネは何を考えているのかわからない顔で、ぼんやりと机の上の料理を眺めている。

腕を組んだヴァンは胡乱げに目を細めて、扉に背を預けた。

「状況?あんたたちが一般人なら手当の礼でもして出ていくとこだけどね。どうも普通じゃない。長居していいことがあるわけ?」

「早急な考え方だな。まずは自己紹介でもしようか。・・・私はデューク。この屋敷の主人をしている。隣に座っているのは妻のエル。ギルベールはふたりとも知っているかな?・・・あと、皇帝の依頼というなら私たちも受けている。君たちとも無関係ではないだろう」


皇帝の単語にヴァンは苦々しそうな表情をする。

玄関に向けていたつま先をしぶしぶ室内に向けて、どっかりと音を立ててクリスの隣に座った。

言外に「話だけは聞いてやる」と表明しているようだ。


先ほどまで寝込んでいたようには見えない動作に、クリスはそっと安堵のため息をつく。

そして、この家の住人をひとりひとり見つめた。

金髪の家主は麗しい美少年で、その奥方は家宰いわく力の強い魔法使い。

家宰以外の使用人はいないようで、すべての家事を彼が担っているようだった。

質を重視した高価な調度品。それから庭の一角にあった菜園も思い出す。


裕福な貴族なら使用人を多く抱え、生活必需品などはすべて市場でまかなうというのに、彼らはこの屋敷内だけで生活を完結させているように感じた。


そのときヴァンが体をクリスのほうに傾けて、小声で話しかけてきた。

「さっきは言いすぎたよ。ごめんね」


クリスも声を潜めて返す。もっとも目の前でにこやかに微笑んでいる黒髪の奥方には、距離的に声が聞こえているだろうが。

「いいのよ。私も大声で言い返すことじゃなかったわ。・・・本当に無事でよかった」

「うん・・・まあ、今は五体満足だけど死にかけてたらしいよ」

「え・・・」


さらりとなんでもない風に瀕死だったと告げるヴァンに、クリスは固まった。

ヴァンを凝視したまま動かないクリスに、エレオノーラは追加のモンブランにフォークを入れながら口を開く。

「すっかり治ってるから安心していいわよ。少し熱が出てたから、強制的に眠ってもらってたけどねぇ。それも治まってるみたいだから、もう心配ないでしょ」


やはりふたりの会話は丸聞こえだったらしい。

クリスは開き直ってエレオノーラに話しかけた。

「エル様が診てくださったのですか?ギルベールさんから聞きましたが、力の強い魔法使いであられるとか」

「本業は錬金術師よ。魔法も使える錬金術師なんて珍しくないでしょ?学校でも教えているのだし」


上位の精霊が反応するほどの魔力を持った魔法使いで、かつ錬金術師として生計を立てられる人間は希少である。

両方の才能を両立させることはなかなか難しい。

クリスは内心で否定しながら、その能力ゆえに皇帝から依頼を受けたのかもしれないと考えた。

「まずはクリス嬢の話から聞こうか。ああ、私たちに沈黙の命令を守る必要はないから。許可も得ている」


やり取りを見守っていたキールが机の上で手を組んで、クリスとヴァンを見つめた。

クリスは皇帝の言葉を思い返しながらうなずく。

「わかりました。ただ、沈黙の命令の内容も若干変更されております。私が陛下から受けた依頼は、その変更内容をヴァンへ伝えること。そして、これは私からの我が侭で通していただいたものですが、もうひとつ依頼を受けています」


1つ、人工妖精に関する出自のみ秘匿すること。

2つ、瘴気をまく石が行方不明であること。

3つ、犯人が人ではないかもしれないこと。その可能性がますます高まっていることも。

4つ、魔術学校に外部の人間が侵入した件は、学校自体が廃墟となったので無効とすること。

謁見で話した内容を差異なく伝えられるように、言葉を選びながらクリスは話した。


一息ついたクリスにヴァンが鋭く追及する。

「それで、我が侭ってなに?」


クリスは視線を揺らして口をつぐんだ。

ここでヴァンにフードの男の追跡に自分も加わったというのは簡単だ。

しかし彼に拒否されてしまうと、どう行動していいのかわからない。ろくに街の外に出たこともないクリスには、ひとりで旅をする自信がなかった。

それでも彼の己を省みない生き方への枷となって、さらに拙くても魔法を使って恩返しができるなら・・・友人としてこんなに嬉しいことはない。

覚悟を決めて顔を上げた。

「フードの男が今回の犯人と目されているでしょう?彼の追跡に私も加わったわ。これは皇帝陛下の許可のもと、ギルドも認可している正式なものよ」


ヴァンはぽかんとした表情で口を開けた。

「なんで・・・」

「あなたが無茶ばかりするからでしょう。見ていて心臓に悪いわ。思う存分足手まといになってあげるから、少しは身を振り返ってみたらどうかしら」


弱気な内心に反して、強い口調でクリスは啖呵を切る。

ヴァンは一瞬で硬直から脱すると、眉を吊り上げた。

「クリスのほうが無茶だ!なにやってんだよ!」


怒声にびくりとクリスが身をすくませたとき、くすくすと笑い声が聞こえた。

声の先を見ると、黒髪の奥方が口元に手を当てて机につっぷして笑っている。

「ふふっ、おもしろい子たちねぇ。どっちもどっちよ。若いうちの暴走は経験になるから、いいんじゃないかしら」


金髪の少年が肩をすくめて、やれやれと言いたげに息をついた。

「では、先ほどの話にあったように彼女の教育はエルに任せる。私とギルベールは彼を鍛えようか」

「旦那様、私もですか」

「私が剣を、お前が体術を教えればいい」

「かしこまりました」


面倒そうな表情を隠さないまま、眼鏡をかけなおした家宰が一礼する。

話の内容についていけなかったクリスは慌てて問いかけた。

「どういうことですか?私たちを鍛えるって」


気勢を削がれたヴァンも同意するようにうなずく。

「大きく出たね。それが皇帝からの依頼?だとしたら大きなお世話だよ。Aランク冒険者を鍛えるなんてね」

「大きなお世話かどうかは手合せしてみればわかるわ」


不敵な笑みを浮かべた夫人が立ち上がった。

「表に出なさい。クリス、あなたもよ。今の実力を知っておきたいからねぇ」


家主の少年と家宰もさっさと背を向けて扉に向かう。

ヴァンは忌々しそうに顔をゆがめてクリスを見下ろした。

「あんなやつらの言うことを真に受ける必要はないよ。俺が3人とも引き受けるから」

「そのほうがいいわ~、クリスちゃ~ん」


それまで黙っていたウンディーネがクリスの前に、ふわりと空中を移動して舞い降りる。

「あの人たちとっても強そうだもの~。特に女の人はすご~く、すご~く、すご~く強いわ~」

「エル様が?錬金術師としても魔法使いとしても優秀ということかしら」

「優秀というか~・・・そうね~。たしか人間の場合はこう言うのだったかしら~。鬼才とか天才とか~」

「・・・・・・」


上位の精霊にそこまで評価される存在。

クリスは額ににじんだ冷や汗をぬぐいながら、彼らの出ていった扉を見つめた。

ヴァンもそちらへ向けて歩き出している。


彼はこの家の住人を警戒しているけれど、クリスにはどうしても悪い人間には見えなかった。

人という生物が善悪のみで区別されるほど単純なものではないと知っているけれど、彼らから害意や敵意は感じられなかったのだ。

クリスの経験が不足しているからわからなかっただけ、と言われればそうかもしれない。


けれど彼らが真実実力者で、皇帝から受けた依頼が自分たちを鍛えることなら、フードの男になすすべもなく惨敗した雪辱を果たせる。

クリスは消えていったすらいむじゅうさんごう達、人工妖精の姿と廃墟となった皇都を思い浮かべて気を引き締めた。

「私も行くわ。援護くらいならできるはずよ」

「・・・必要ないって言ってるのに。怪我しないようにさがっててよ」

「わかってるわ」


頭だけ振り返ったヴァンが諦めたようにため息をついて、己の髪をかいた。




新たに菜園でも作る予定なのか、少し開けた庭の片隅に集まった。

月が真上に出ていて、明るさは申し分ない。

最初にギルベールが預かっていたらしいヴァンの大剣を彼に返却した。

「ご自身の獲物のほうがやりやすいでしょうから。どうぞ遠慮なく真剣で挑んできてください」

「後悔させてあげるよ」


ヴァンは剣を鞘から抜きながら笑った。

その後ろで結界の魔法陣を発動直前まで描いたクリスは、杖を胸元に引き寄せて前を見据える。

「それじゃ、いくわよ」


黒髪の夫人が空中に右手を挙げて複雑な魔法陣を展開した。

それが戦いの合図となった。


結論から言えば、クリスが目まぐるしく変わる風景に酔っている間にすべてが終わった。

夫人が展開した魔法陣がそのままクリスの足元に転移して、そのまま空中にほうり上げられたのだ。

まるで嵐の中にいるように、くるくると体を上下左右に回転させられて気分が悪くなる。

集中を乱されて結界の魔法陣は消失していた。

遥か下の地面からウンディーネの悲鳴が聞こえた気がするが、それに構う余裕もない。


ヴァンたちの声がかすかに耳に届いた。

「くそ!化け物かよ!?」

「なかなか強いけど、脇がまだ甘いな」

「左様でございますね。猪突猛進型と判断いたします」


直後に爆音が響いて、急に静寂が戻ってくる。

クリスはそっと地面に降ろされた。平衡感覚がつかめなくて、よろよろと倒れこむ。

間近に荒い息が聞こえて目線だけ上げると、息も絶え絶えなヴァンがかろうじて四つん這いになっていた。

ウンディーネはさらに離れた地面で、ただの水たまりになっていた。

契約によるつながりがなければ、クリスはそれが己の精霊だとは気付かなかったほどだ。


クリスは混乱している頭でなんとか現状を把握しようと考える。

最初に出現した魔法陣は複雑すぎて効用がわからなかった。

―――それほどの威力があるものに、高位の魔法である転移を重ねがけして私の真下に展開させた?空に舞い上がったなら風の魔法?いいえ、風だけならあんなに複雑な魔法陣にはならないはず。それに実体がないウンディーネにまで影響するとは思えないし。まさか上位の光か闇の魔法を使えるの?それに転移を同時発動?そんなこと可能なの?


ぐるぐると思考がうずまくだけで答えは出なかった。

月光を背後にした黒髪の奥方がクリスたちを見下ろしながら笑う。

「さあ、これであなたたちは私たちの生徒よ。明日からびしびしいくからねぇ」


その笑みに何故だか、うすら寒いものを感じてクリスは身を震わせた。


これもまた弱肉強食とか食物連鎖的な・・・。

逆らってはいけない存在が世の中にはあるんです。

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