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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第一章
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クレナダの死霊 Ⅱ

その日もクリスはギルドの受付の夜番を務めていた。

ギルドの依頼掲示板の前に立って、依頼内容を訂正した新しい紙を張り付ける。

この依頼はもう1か月ほど掲示板に掲載され続けていた。内容は少しずつ更新されているものの、誰も達成できていない。


最初の依頼内容はモナド皇国北部にあるクレナダという村から、魔物が現れたかもしれないので調査してほしいというものだった。

魔物退治ではなく調査が目的だったので、Cランクに割り振って掲示板に掲載。

しかし依頼を受けた冒険者たちは帰ってこなかった。


そこで魔物の調査および村民と冒険者の安否確認のために、Bランクに内容を引き上げて掲載したが結果は芳しくなかった。

Bランク冒険者のなかでも古株で有名だったパーティだが、生きて皇都の地を踏めた者はひとりだけ。その彼もギルドにたどり着く前に街道で死亡しているのを、交易に訪れた商人が発見した有様だ。

そのことは商人が事件と見て皇国の騎士団に報告したため、なんとかギルドも把握することができた。


ここまで来ると魔物が存在している可能性はかなり高い。

それもBランクの冒険者が数人がかりで太刀打ちできない化け物級のものが。


そして先ほどのギルド内の会議で、依頼ランクはAに定まった。




「Aランクの依頼・・・あの人は受けるのかしら」

クリスは1か月ほど前に対応したことのある、世界で唯一のAランク冒険者の顔を思い浮かべた。

あの茶髪の青年はあちらこちらのギルド支部の依頼を転々としながら受けているらしく、あまり皇都のギルド本部に立ち寄らない。

けれど今回の依頼は他の冒険者では対応できないだろうから、一刻も早く彼に本部の掲示板を見てもらって引き受けてもらう必要がある。


そのとき入口付近で冒険者からの苦情に応対していたマリーがクリスを呼び寄せた。

「クリスちゃーん。雨が降ってきたから外の立て看板の回収お願い!私は手を離せないから」

「わかりました、マリーさん」


クリスはさっとスカートをひるがえしてギルド本部の建物を出た。

外に出て空を見上げると、曇天が重く立ち込めている。

心なしか空気中の水気が多いような気もした。

クリスは右太ももに描かれた水色の紋をなぞり、そっと名前をつむいだ。

「ウンディーネ、雨が降るまでにどれくらい余裕ある?」


クリスの呼びかけとともに、紋が光り輝いて空中に妙齢の女性が現れる。

彼女はクリスの契約している水の精霊ウンディーネだ。

といっても、クリスには契約を交わした覚えはない。両親の話では彼女が生まれて間もないころ、突然この契約の紋が浮かび上がったという。


精霊は気まぐれなので、ときどき人間の意志と関係なく契約を結ぶことがあるらしい。

ウンディーネはそれ以来ずっとクリスの側にいた。

クリスはその気安さゆえに「押しかけ精霊」と呼ぶこともある。

だが幼いころは姉のように慕って遊んでもらったので、ウンディーネのことは嫌いではない。水系統の魔法を使うときに制御しやすく、強力になるという利点もある。

しかも水の精霊の中でも上位に位置するらしいウンディーネは、魔術学科の生徒のあこがれの的だった。

ただ錬金術師になりたいクリスとしては、子どもっぽくも少々複雑な思いを感じているだけである。




ウンディーネは濃い青色のマーメイドラインのドレスの裾をなびかせて、空を見上げた。

魚のエラのような耳がひくひくと動いている。

彼女の体はほとんどが水分で出来ているのか、常に流形に震えていた。

「そうね~、この水の気配からすると~、たぶん1時間くらいで降ってくるんじゃないかしら~?」


作り物じみて表情のうごかない能面のような顔に似合わず、ウンディーネの口調は間延びして緊張感がない。

クリスはいつものことなので気にしないが、初めて精霊に会う人にとってはめったに会えないとされている上位精霊のイメージが崩れるだろうなと気の毒には思っていた。


ギルド内部の案内図を描いた立て看板を両手で抱えて、引きずるように中へ持っていく。

丈夫な木で出来た看板はなかなか重い。

誰かに手伝ってもらえばいいのだろうが、側にいるウンディーネに物理干渉の力はない。

かといって、通りすがりの人や冒険者に話しかけるのも面倒だ。

できるならアルバイトのとき以外で知らない人と話したくないとさえ思った。


なんとか中に運び入れると、夜明け前の空のような薄紫の髪のあいだから汗がしたたり落ちた。ウンディーネを紋の中に呼び戻してから、軽く手で汗をぬぐって受付の台に戻る。

少し離れていただけなのに、すでに数人の冒険者が並んでいた。

その中に例の茶髪の冒険者を見つけて、湖面のような瞳をまたたかせた。


入り口付近にいたはずなのに、彼が通り過ぎたのを見かけていない。

しかしヴァンは複数の嫉妬や羨望の混じった視線をあびながら、たしかにそこにいる。

クリスは気配なく建物内に入っていたヴァンに、初めてAランクの実力を感じた。




「はい、次の方どうぞ」

「この依頼を受けたいんだけど」

数分後、ヴァンの順番が回ってきた。

彼は手に先ほどクリスが掲示板に張りなおしたクレナダ村の依頼の紙を差し出した。

クリスは彼に引き受けてほしいとは思っていたが、こうも都合よく進むことに驚く。

「失礼ですが、この依頼は先ほどAランクに更新されたばかり。どうしてわかったんですか?」


いつもなら業務以外の言葉を発しないクリスが思わず尋ねてしまうと、ヴァンは顎に手を当てて首をかしげた。

「おかしいかな?あちこち回ってるから情報も入るのが早くてね。かなりひどいことになってるらしいし、どうせそのうち俺にまわってくるだろうと思って寄ってみただけ。更新されたばかりに来たのは偶然だね」

「情報・・・ですか」

「そうそう。行商人の噂とかすごいよ。まあ、それは置いておいて・・・これ俺が受けていいんだよね?」


ひらひらと依頼用紙を手に持って振りながらヴァンは言った。

クリスは「もちろんです」と答えてから冷静に気持ちを切り替えると、無駄口をたたいてしまったことを反省しながら依頼内容を説明した。




ヴァンが皇都のギルドで依頼を受けて数日後。

彼はクレナダ村に到着していた。しかし村に入らずに、周囲にある柵の前で立ち止まって近くの茂みに身を隠す。

村からは昼間だというのに物音一つしない。

男たちの作業する声も、女たちのかしましい話声も、子どもたちの遊びまわる歓声もない村は不気味に沈黙していた。


ヴァンは気配を消しつつ、柵の隙間から村の様子がよく見える場所へゆっくりと移動した。

途中で魔物に襲われ絶命した様子の男の死体を見つけた。

死体はすでに腐敗が始まっていて、致命傷がなにかまでは特定できない。

ヴァンは男の検分を諦めて、村の中をうかがった。


遠目に広場らしき場所で動く人影がいくつか確認できる。

しかし動き方が人形遣いに操られた出来の悪い木偶のようで不自然だ。

首がかくりかくりと左右にぶれ、足はもつれさせながらさまよっている。

「これは死霊だ・・・村の中だけを死霊化させる呪いの魔法かな」


死霊は無念の思いを抱いて死亡した人の魂が瘴気にあたって魔物化したものだと言われている。

詳しいことは解明されていないが、戦場に多く出没することから推測的に間違っていないだろう。だからこそ、戦場でもない場所で死霊を見かけたら別の原因があると考える。

たちの悪いことに魔物から瘴気を取り出して、それを別の生き物に感染させる呪いの魔法があるらしい。

ヴァンは今回の事件はそれだろうと目星をつけた。なぜこのクレナダ村が呪われたのかまではわからないが、死霊の対策自体は難しくない。


死霊は生前の肉体の一部を核として残しているので、そこを破壊すれば倒せるのだ。

ただ、その肉体が内臓の一部であったり肉片だったりするので、なかなか発見できずに手こずる相手である。

一番効果的なのは魔物化させる原因の瘴気を、呪いごと浄化することだ。


ヴァンはちらりと背後の死体を振り返って、腐臭に顔をしかめた。

「俺の得意分野じゃないなあ。浄化のできる魔法使いの助っ人か、錬金術の支援品が必要っぽい」


ひとり呟いて、さっさと撤退することに決めた。

ヴァンは力押しの物理攻撃を主とした戦闘スタイルをとっている。

魔法や錬成の技術は初級並で、使えないよりマシ程度だ。

もっぱら野宿の時に火をおこすために、炎の魔法を唱えるくらいだ。

それでも伊達にAランク冒険者をしていないと自負しているので、無理やり村の中へ突入することは可能だろう。

だが瘴気を取り除けない限り、この村は瘴気に侵され続ける。

村人が生きているとは思えないが、生存者がいればそれも絶望的となるのだ。

しかもこの村を通りかかった別の生き物が、また死霊となるかもしれない可能性まで含んでいた。


ヴァンは村の外に放置されたまま朽ちていく男の死体を振り返り、そっと死後の安寧を願う祈りの句を唱える。

「悪いな。早く皇都まで行ってまた戻ってこなきゃならないんだ。悪く思うなよ」


なにかの拍子に村の外にまで呪いが及んだとき、この死体まで死霊化しないようにヴァンは男の周囲に枯枝を置いたあと、短い呪文を唱えて剣先に小さな炎をともして燃やした。

もともと魔力量が少ないヴァンは、初級魔法でもこうして剣に刻まれた増幅作用のある魔法の軌跡を必要とする。

枯れ木に燃え移った炎は風にあおられて、男の体を包み込んだ。

死体の欠片も残さず燃え尽きれば、死霊となるときに必要な核もないために瘴気にあたっても魔物化しない。


人間の焼ける嫌な匂いもやがて風にまぎれて消えていった。

ヴァンは完全に灰になったのを見届けると、皇都へ足早に戻った。


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