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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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モナドの竜 ⅩⅠ

時間は少し遡って、クリスがデュークもといキールと出会う前のこと。

キールは馬に乗って大陸で唯一自分と妻だけが使える紋章つきの通行札をぶらさげながら、ジュール城塞都市の最もにぎわっている場所を通り過ぎた。

城塞のうち砦として使用している建物へ向かっている。


やがて岩のごつごつした風合いを残した城塞砦の前についたので、馬から降りて近づいていった。控えていた門番に紋章を提示して、最高責任者を呼び出してもらう。

門番の顔色がやたら蒼白なのは、はやり紋章の持つ権力に怯えたからだろうか。


これが魔女―――私の奥さんに怯えたとかだったら、消し炭にしてやるのだがな。


物騒なことを考えているうちに、許可がおりたのか砦内部に案内された。

顔面の筋肉がこわばっておもしろいことになっている兵士たちを無視して、キールは最奥の部屋へたどりついた。


ノックせずに無断で中に入る。

部屋にはすでに1人の男が待っていた。

黒髪に緑の瞳の男は、キールが入ってくると無言で立ち上がってひざまずいた。


キールもまた無言で男を見下ろす。

自分とエルの子孫。この皇国の皇帝シグルド=F=モナド。

最初の皇帝に嫁いだ長女の面影がある。

「許す。顔を上げて気楽に話をしようか」


鷹揚にキールがうなずいてソファに座ると、皇帝も立ち上がって目の前のソファに向い合せに沈み込んだ。

歳経た目じりに皺がきざまれているのを見て、キールは老いない自分の異質さをあらためて自覚させられる思いだった。もっとも魔女に頼んで不老にしてもらったことに対して、後悔したことは一度もないが。

「我らが祖のお一人、キール様。お会いできて光栄の極み。我らが一族は皆あなたがたへの恩を忘れてはおりませぬ」

「恩など感じなくていい。子どものために動いていたら、結果的に国全体がよくなっただけだ。・・・それで、私がここへ来た要件の予測はついているか?」

「・・・役所に提出されていた建物の居住権のお話か?」


皇帝シグルドは今朝がた役所からあがってきた、亡きクレセント王国の公爵家の紋章が入った居住申請書類を見て卒倒しかけた。

臣下の手前こらえたが、頭の中では暴風が吹き荒れている。

人工妖精が魔物化する未曽有の危機に、皇国の祖が皇都ではなくジュール城塞都市にやって来る。

確実に皇都で黒竜ジークフリートが大暴れしたことが知られていると考えていい。

祖たちは殊の外、皇族や皇都を大切にしていたと代々伝わっていた。

その皇族で生き残ったのは自分一人。

妃たちは後宮から出ることもできないまま、崩れ落ちた建物によって圧死したようだ。

さらに皇都は壊滅状態となれば、どんな罰が下されるかわからない。

最悪、皇国の支配権を譲渡しなければならないかもしれなかった。


シグルドは少年にしか見えない金髪の亡国公爵に向かい合いながら、冷や汗が止まらなかった。

キールは皇帝の様子に一顧だにせず、淡々と話し出す。

「居住については家宰に一任している。数日中には追加書類が届けられるだろう」

「追加?書類を拝見したところ、不備はないように思えましたぞ」

「不備じゃない。庭を少し広くする予定だから、その分の追加書類だ」

「なるほど。合点いたしました。では、どのような要件かは皆目見当もつきませぬ」


せめて支配権譲渡という荒事ではありませんように、と普段信じてもいない神にシグルドは祈りを捧げた。

見当がつかないと言いながらも、脳内では最悪の場合にそなえて様々な対応策が練られている。

民を混乱させるような真似だけはできなかった。


悲壮な決意をかためているシグルドに対して、キールはソファの肘掛けに寄りかかり目を眇めて子孫を眺めている。

「我が祖と言いながら、対応は権謀術数。腹の内で悩んでいても解決しないものだ」

「キール・・・様」

「私が何百年この貴族社会を見てきたと思っている。まだまだ顔に感情が出ているぞ」

「は・・・」


500年前の戦乱終結の立役者、キール公爵。

そして彼の妻、蒼の森の魔女エレオノーラ。

彼らを敵に回して生きているものはいないとされていた。

皇帝は幼いころからそう言い聞かされてきたし、実際に目の前にいる自らの祖から感じる威圧感は震えるほど恐ろしいものだ。

不興を買ったかと身をこわばらせた。


だがキールは何事もなかったように、机に置かれていた茶菓子をつまんだ。

胡桃入りのクッキーを選んで口に運ぶ。

「それほど緊張することはない。取って食おうというわけじゃないのだからな。・・・ふむ。皇帝シグルド。お前は我らとの約定を知っているか?知らなければそこから説明しなければならない」

「約定と申されますと、モナド皇国建国時に法律に組み込まれた三原則が真っ先に挙げられましょう。思想の自由、言論の自由、人権の尊重。これらはエレオノーラ様の提案であったと伝えられておりますが」

「それも守ってほしい約定だが、もうひとつのほうだな」

「・・・では、あなた方が皇都を去ったときの約定のことで相違ない。・・・たしか今後一切、緊急事態以外では手を貸さない。これからは子孫の新しい時代である。基本的に相互不干渉とする、と言い残して、あなた方は蒼の森にこもられた」


キールは満足げに微笑んだ。

「それだ。今まさに緊急事態のように見えるが、私たちはまだ打開策があると見ている。ゆえに、今生きている人間が努力し、解決するのが望ましい。そう釘を刺しに来たのだ。そろそろ元老院がうるさいころだろう?」


元老院は当主の位を子どもに譲った老いた貴族たちの集まりである。

当主でなくなっても発言権、影響力は無視できるものではない。

苦虫をかみつぶした顔で黙り込んだ皇帝に、キールは苦笑した。

「当たっていたか?」

「はい。何故魔女の力で犯人を討ち滅ぼさないのか、と連日問い合わせが来ておりますれば。今は避難民の生活安定を優先しているため、まだ追い詰められるほどではありませんが・・・いずれ対応せねばなるまいと案じておりました」

「そうか・・・。ならもうひとつ手助けくらいはしよう。今やっている国境の結界以外のついでにな」

「なんと!まことですか!?」


敵に回せば恐ろしい人物たちだが、味方となるとこれほど頼もしい者もいない。

シグルドは思わず表情を作るのを忘れて喜色満面で顔を上げた。

「ああ。要は犯人が捕まるか、死ねばいいのだろう。・・・たしか今冒険者ギルドにAランクの人間がいたな。史上初、ただ一人のAランクの噂は耳にしている。そいつを鍛えよう。私と、魔女と、合成獣が」


皇帝シグルドは思わずヴァンに同情した。

茶髪のまだ若い青年が、大陸随一の力を持つ一家に鍛えられる光景を思い浮かべたが、もはやただの拷問しか想像できない。

それとともに、数時間前に対話した水の精霊の加護を持つ少女のことを思い出す。

「彼には近々パートナーがつくやもしれませぬ。決定権は彼にあり、まだ未定のお話ですが・・・おそらくは」

「なら、そのパートナーとやらも鍛えよう。幸い我が家には魔法、錬金術、剣技、闘技に長けた者たちが揃っているからな。どんな者でも使えるように鍛えてやろう」

「・・・・・・」


シグルドはクリスに心の中で盛大に詫びた。

祖に隠し事のできないのは、血のなせる業だろうかとがっくりうなだれる。

キールが不思議そうに皇帝を眺めた。




血筋じゃなくて生存本能とか、食物連鎖的な危機感でしゃべってる気がします。

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