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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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モナドの竜 Ⅷ

クリスがジュール城塞都市にある冒険者ギルドの支部を訪ねると、マリーの熱烈な抱擁で歓迎された。

「クリスちゃん、クリスちゃん!無事だったんだねえ・・・よかったよ、本当に」

「はい、マリーさんたちも無事でよかったです」


ギルド支部の建物内を見回すと、ちらほらと見知った顔が見えた。

あのとき本部から逃げ出した人たちである。

「あのあとクリスちゃんたちと会えないまま、皇都から出なくちゃいけなくてねえ。危ないからってわかっちゃいたけど、気になって仕方なかったよ」

「ご心配をおかけしました。ヴァンがいなければ死んでいたでしょう。・・・その、それで彼はまだこちらには戻っていないのでしょうか?」


ようやく抱擁から解放されたクリスが周囲のギルド職員を見ながら尋ねると、だれもが首を横に振った。

マリーが頬を押さえてため息をつきながら言う。

「一度こっちのギルド支部に来たのは見たよ。そんときに皇都に偵察に行くって言ってたねえ。戻ってないってことは、まだ皇都にいるのかもしれないよ」

「そう・・・ですか」


クリスは思案するために目線を下げた。

今彼らを見たら思わず怒鳴ってしまいそうだ。


今の会話の中にひとつもヴァンを案じるものがない。ひとつも引き留めようとも、警告をうながそうともしていない。

やはり彼らはヴァンのことをAランク冒険者で、絶対強者だと思い込んでいるのだろう。

竜があらわれた夜に感じた失望をぶつけてしまいそうだった。


彼自身も己を軽視する傾向があった。

クリスはヴァンに比べれば確かに弱い。経験も足りない。陛下たちの前で覚悟の話をしたけれど、きっと絶対に諦めないなんて言いきれるほど強くない。

でも、もしこんな私が彼の足枷になれるなら、きっと少しはヴァンも自分自身を大切にしてくれるようになるんじゃないかしら。


私は狭い世界しか見ずに、人から遠ざかっていた殻にこもっていた。

それを壊してくれた彼への恩返しになるなら・・・。


クリスはそっとカバンから書類を数枚取り出した。申し訳ないと思いながら、名残惜しそうなマリーと別れて、さっさとギルド支部の奥へ入っていく。

そして書類をギルド受付【初心者用】と書かれたプレートの卓へ提出した。

それを受け取った男は見覚えのない顔をしている。

おそらくもとからジュールのギルド支部に勤めていた人だろう。

ずれ気味の眼鏡をあげながら、おっとりした口調でクリスの書類を確認している。

「冒険者登録をご希望の方でしょうか?」

「ええ、そうです」

「・・・はい、はい。不備はありませんね。冒険者について説明がありますので、こちらへどうぞ」


受付の男が隣のブースに案内しようとするのを、クリスは手を挙げて止めた。

「いいえ、結構です。本部で働いていたことがありますので、冒険者規約のことは頭に入っております」

「え?あ、そ、そうなんですね」


ギルドは10歳から登録可能だが、クリスのように若い・・・それも女が登録することは非常に珍しかった。

魔物の討伐を含めて肉体労働が多い職業なのだ。

女性の体力ではそうそうに根をあげる。

そう考えていた時、受付の男の後ろからギルド本部にいたとき世話になった初老の上司がやってきた。

「おお、無事でしたか!・・・ん、おや?あなたは冒険者になるおつもりですか?」

「お久しぶりです。はい、いろいろ思うところがありまして。家族だけでなく皇家にも許可をいただいております。あとはこの書類一式が通れば、何事もなく冒険者がひとり増えるだけですね」


皇家の言葉に受付の男がひきつった声を上げた。

初老の上司は考え深そうにクリスを眺めていたが、宅に置いたままだった書類をさっと取り上げて文章に目を走らせる。

「・・・ふむ。問題ないようですね。では印を押して・・・っと。はい、これであなたは今から立派な冒険者ですよ。駆け出しのランクEですが」


自分の頭越しのやり取りに、受付の男は目をきょろきょろさせながら顔を青くしたり、白くなったり忙しい。

クリスは哀れに思いながらも、ギルドで働いていればそのうち常識なんて吹っ飛ぶだろうと黙って視線を逸らした。

「ありがとうございます。さっそく依頼を承っておりますので、このままジュールを出ます。依頼の申請と契約用紙はこちらです」


少し離れたところで働いているマリーの耳に入れば、ほぼ確実に騒ぎになって足止めをされてしまう。

彼女の心配は最近過保護と言える域に達していると思う。

そうなる前にクリスは支部を出たかった。

よどみなく冒険者登録用紙の印を確認し、ついで依頼関係の書類をまとめて初老の上司に手渡す。

「では、いってきます」

「お待ちなさい」


マリーに止められると思っていたが、意外にも初老の上司に引き留められた。

彼はメモ帳に何か走り書きをして、それをクリスに手渡した。

「これはこの街の防具屋や武器屋で、評判のいい店の場所を描いた地図です。まずハズレを引かされることはないでしょう。がんばりなさい」


クリスは己の服装を見下ろした。

クレナダ村に向かうときに着ていた動きやすい服ではあるが、長旅には耐えられそうもない。ここは素直に厚意に甘えるべきだろう。

「ありがとうございます。さっそく行ってきます」

「いってらっしゃい、気をつけて」


その言葉をヴァンにもかけてくれればいいのに、と皮肉に思いながらクリスはギルド支部を後にした。




クリスは今まで護身用以外に武器を持ったことがない。

持たずとも学校内は安全であったし、家の中もある程度警備されていた。

ギルドともめごとを起こすような知恵の足りない冒険者には、元冒険者の上司がきっちり対応してくれた。主に肉体言語で。

あのときは痛そうだったわね・・・現役冒険者のほうが。


クリスは回想しながら、まずは武器屋の扉を叩いた。

店内にはショートソードや、大剣、弓などの様々な武器が壁に立てかけられている。

「いらっしゃい。お嬢ちゃんだと護身用でも探してんのかい?」


店の奥にいた体つきの大きな中年の男が、クリスを品定めするように見た。

クリスは不快感に見舞われながらも首を振る。

「いいえ、魔法使い用の杖を探しに来ました。旅に充分耐えられるものがいいのですが」

「旅?おいおい。あの皇都が墜ちたってぇのに・・・どこに行こうってんだ」

「一人旅ではないので大丈夫ですよ。遠いところにいる知人に会いに行くだけですから」

「ふん・・・まあ、そんなら。ちょいと待ってな。奥からお嬢ちゃんでも扱えそうな軽いやつ持ってきてやるよ」

「ありがとうございます」


その対応から店主なのだろうとあたりをつけたクリスは、男が倉庫に行っている間に体の力を抜いた。

店主自らが対応するなら、下手なものは掴まされないだろう。

先ほどの会話で軽い嘘を混ぜたクリスは、罪悪感からこわばっていた頬をそっと抑えた。


ヴァンと合流すれば一人旅ではなくなるし、犯罪者を追うという依頼も知人に会いに行くとあいまいに言い換えただけなのだが、どうにも落ち着かない。

人と深い付き合いをしてこなかった自身のコミュニケーション能力の低さに落ち込んだ。


そうしているうちに店主が白くて長い棒を持って戻ってくる。

「これなんかどうだい?杖の本体は魔力伝導率を上げた鋼製。上のとこについてる細長い石は水晶だ。水晶って魔除けになるんだってな?」


クリスは手に持って何度か軽く振ってみる。

少し重いが、軽すぎて頑丈さを損なうよりマシだろう。

水晶が魔除けになるのは、魔力を瘴気にまみれている、いないに関わらず吸い取る効果があると言われているからだ。

実際に確かめたものはいないので眉唾物かもしれないが、クリスは杖に魔法的な機能性を求めていなかったので構わないと思った。


魔力の伝導率が多少あがったところで、ウンディーネの加護を持っているクリスにはあまり恩恵がない。

魔法使いが杖を使うのは、魔法の威力を左右する魔力の伝導率をあげたいからだ。

そのあたりを水の精霊の加護でこなしてしまっているのだ。

ただ、これからフードの男を追跡するにあたって、己を魔法使いだと一目見てわかるほどアピールできる武器は便利だと考えた。

見た目が年若いのだから、これくらいの牽制は必要である。

「あの、じゃあ、これください。おいくらでしょうか?」

「そうだなあ・・・倉庫に眠ってたもんだしな。ちょいとまけといてやるよ。銀貨50枚でどうだ?」


銀貨1枚で軽く一食は食べられる金額だ。

そして銀貨50枚あれば、朝と晩の食事つきの宿に一週間は泊まれる。


高い・・・高いが・・・錬金術師の伝導率を高めた付与つきの杖。

それは高すぎることはない絶妙さ。


クリスは店主の商売の腕にうなった。

うなって、悩んで、考えて。

結局買うことにした。必要経費と割り切らなければならないだろう。


次の防具屋でも似たようなことが起きた。

そこで勧められたのは頑丈で動きやすそうな白の上着に、青の籠手。

そしてベルトで幾重にもしっかり固定された藍色のブーツだ。

上着とブーツはなんの変哲もない衣装だが、籠手は錬金術師が頑丈さと軽い魔法防御の効果を込めた一品である。

しめて銀貨40枚。


クリスはかなり軽くなった財布を見ながら、今夜の宿は治安のよい場所で、それなりに安いところを探そうと決意した。

もう食事つきでなくても構わない心境である。

贅沢は敵だった。




翌朝、クリスはギルドに立ち寄っていた。

昨日の登録時にはあまりマリーたちと話せなかったので、あらためて再会のあいさつをする。そしてもう一度ヴァンの行方について尋ねてみた。

「昨日のうちにすれ違ったのかもしれませんし。彼から連絡はありませんでしたか?」

「あったと言えばあったけどねえ・・・本人かわからないようなものだったよ」

「・・・どういうことですか」


だめもとで質問したというのに、意外な反応が返ってきた。

クリスは驚いて目を見開いてマリーを見る。

「それがねえ。茶髪で幅の広い剣を持ってる腕の立ちそうな冒険者で、20歳前後の男って言ったらヴァンくらいしかいないだろう?その男がどうも怪我して動けないっていうんで、代理の人がギルドに連絡入れてくれたんだよ」

「怪我・・・そんな・・・」


伝言を人に頼まなければならないほどの大怪我をしたというのだろうか。

クリスは血の気のひく音を聞いた気がした。

「一応会いに行ってみるかい?連絡先を黙っておくようにとは言われてないからね」

「お願いします!すぐに行きます」


マリーが地図を描いて住所を描きこむ間、クリスは落ち着かない気持ちで自分の手を握りしめる。

やはり浄化の魔法が使える自分が同行すればよかった。

あのとき、覚悟がなくて見送るしかなかった自分が恨めしい。その後、自分に喝を入れて追いかけると決めたけれど、その追いかける相手が大怪我をしている。

そうなる前に追いつきたかった。

悔恨は尽きない。


マリーから場所を聞いたクリスはギルド支部を飛び出した。

どうか生死にかかわるような怪我ではありませんように、と祈りながら。


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