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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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モナドの竜 Ⅴ

その場にいたギルド職員や、崩れそうな家屋から避難してきた顔見知りの住民たちに引き留められながらも、クリスは毅然と宣言した。

「私はこれが正しいなんて思っていないわ。貴族以前に、ひとりの無力な人間として避難して安全な場所でいるのが賢いって知っているわ。でも馬鹿だとわかっていても、やりたいことができたの」


クレナダ村の一件から数か月。

クリスはもう無関心を装って逃げる自分の性格を許すつもりはない。

彼女が引かないと知ると、住民たちは渋々言葉を引っ込めた。

もとよりクリスに時間を割いている暇はない状況である。いつ竜の歩みが再開するかわからないのだから。


最後まで反対したのはヴァンだった。

最初こそクリスの剣幕に押されていたが、すぐに復活して、

「逃げなよ!」

「いやよ!」


と、ふたりで喧々諤々とした応酬をする。

それ地面から見上げていた球体の人工妖精が、おろおろとクリスとヴァンを見比べた。

「けんか、けんかは。だめだよぅ、だめだよぅ」

「あんたは黙っててよ!」

「謎生物はお黙りなさい!」


頭に血がのぼっているふたり同時に言い返されて、すらいむじゅうさんごうは「ぴっ」と妙な鳴き声を上げて震えあがった。

ウンディーネが思案気に小首をかしげながら、クリスのもとに空中を漂ってくる。

「クリスちゃ~ん。いいこと思いついたかもしれないわ~」

「ウンディーネも黙って・・・え?」


クリスはとっさに怒鳴り返そうとしたが、水の精霊の言葉に思いとどまった。言いあっていたヴァンもウンディーネの次の言葉を待っている。

「いいこと?」

「うん、そう~。クリスちゃんと私の契約って~、水系統の魔法の制御と増幅でしょ~?」

「そうね。それでもあの竜を倒せるとは思えないけれど」


あくまで基盤となるのはクリスの魔法だ。

クリスが不可能なことを可能にはできないし、人間の限界を超えた威力の増幅もできない。

ウンディーネもそれにうなずいてみせた。

そして足元のすらいむじゅうさんごうに視線を移す。

「でも~クリスちゃんが倒せなくても~、同じ人工妖精ならできるかもしれないのよね~?」


すらむじゅうさんごうが飛び上がって驚いた。

「ぼ、ぼく?ぼく?」

「え、こいつが?無理でしょ」


即ヴァンが否定する。

たしかに上空を見上げれば、今も奮闘する人工妖精たちの姿が見える。

倒すには至っていないが、足止めには成功しているようだ。

しかし地面に目を戻すと、情けなく震える球体の生物。

「こいつは上から落ちてきたんだよ?戦ったけど負けたってことでしょ」

「それはそうだけど~。クリスちゃんの魔法で~、増幅をかけてあげたらいいんじゃないかしら~」


クリスはウンディーネの話に考え込んだ。

他人の魔法や攻撃力、防御力などを増幅させることは、治癒を得意とする水系統の魔法の応用でできないこともない。

そこで問題になるのは、やはりこの球体生物の地力だろう。

地力が低ければ、威力を増幅させてもたいしたことはできない。


あら?でも待って。そういえば地下回廊への行き方って・・・。


クリスはふと思い出したことを確認するために、すらいむじゅうさんごうと同じ目線になるようにしゃがみこんだ。

「ねえ。あなた“転移”ができるわよね?」

「うん、うん。できる、できるよ」


“転移”はそうとう力のある魔法使いでなければ使いこなせないものだ。

己の身の内に取り込まなければ発動しないという条件があっても使用できるというのは、それだけすらいむじゅうさんごうの地力が高いことの証明になるかもしれない。

「いけるかもしれないわ」


クリスの言葉にヴァンは疑わしげに、すらいむじゅうさんごうを見やった。

「どうもこいつ見てるとさ。強そうに見えないんだけど」

「それは否定しないわ。でも少なくとも私よりも魔法使いとして優秀よ・・・ものすごく癪だけど。ええ。認めるのはものすごく抵抗があるけど」

「ひ、ひどいよぅ・・・ひどいよぅ・・・」


球体の人工妖精の涙まじりの抗議は黙殺された。

ヴァンは肩をすくめながら、クリスに尋ねる。

「それで、どんな作戦思いついたのさ」

「あそこまで大きくて強いもの相手に小細工なんてできないし、想像もつかないわ。だからシンプルにいこうと思うの」


クリスは地面に小石で簡単にこの周辺の地図を描いた。

「ここが今いる場所。ギルド本部前ね。それからここが竜のいる場所。街の区分で言うと、4区画ほど離れているわ」


それから簡略化した竜の背後に丸印を描きこむ。

「まずこいつに私たちは飲みこまれて・・・ああ、嫌だけど。飲みこまれてから、増幅した“転移”で4区画分を飛び越すの。できなければ何度か繰り返して飛び越せばいいわ。とにかく早くたどり着ければいいのだから。それでこの丸印の場所に着いたら、私たちを出して、今度は竜を飲みこんで増幅した浄化の魔法か攻撃の魔法を叩き込めばいいんじゃないかしら」

「俺は魔法に詳しくないから、それが成功するかわからない。でもあの竜を飲みこめるの?あれより小さいふぇんりるを飲みこむこともできなかったのに?」

「それは・・・」


クリスが説明に詰まったとき、第三者の声が割り込んできた。

「それはアタシがなんとかする」


結界の外側にいつのまにか一匹のウサギが鎮座している。

すらいむじゅうさんごうが嬉しそうに跳ねた。

「めえちゃん、めえちゃん!」

「ええい、500年たってもまともに話せない役立たずのナマモノめ!アタシはメルルゥだ!めえちゃん呼ぶな!」


ウサギは小さな体躯を怒らせる。

クリスは滑らかに人語を操るウサギを見て、この動物も人工妖精なのかしらと考えた。

「あなたも人工妖精・・・よね?どうにかするって、具体的にはどうするの」


メルルゥと己のことを称した人工妖精は、はっとして我に返った。

「ごめんごめん。怒ってる場合じゃなかった。そうよ、アタシは人工妖精メルルゥ。初めまして、竜に挑む勇気ある人の子ら」


メルルゥはウサギの体で器用に一礼する。

そしてぴくぴくと長い耳を動かした。

「アタシは耳がいいのさ。地上での会話は聞いてたよ。これ以上皇都が破壊される前に、行きながら話そうじゃない」




クリスたちはすらいむじゅうさんごうの体内にいた。

長い間この体内にいるのは初めてだが、意外と息苦しくなかった。

丸い結界内にいるときのように、足場も安定している。

難点はすらいむじゅうさんごうという、生理的に受け付けない生物に飲みこまれている状況そのものくらいだ。


その中で、すでに作戦会議は終わっている。

ヴァンはあっさり肯定したが、クリスはまだ迷っていた。

「本当にいいの?こんなことしたら、あなたたち・・・」

「迷うのは余裕のあるときにしな。選択の余地なんてもう残されちゃいないんだ」


メルルゥはクリスの迷いをばっさりと切り捨てて、表情の読めないウサギの顔を上げる。

クリスはメルルゥの揺るぎない視線を受けて、どきりとした。

「ジークフリート・・・あの竜だって仕方ないって言うだろうよ。アタシら人工妖精はこのモナドが好きなんだ。そんで魔女が好きだ。ここに住んでるヤツらも大好きだ」

「メルルゥ・・・」

「アタシらは守る者だ。守られる者じゃない」


話している間にも球体の人工妖精の皮膚越しに、景色が次々と変わっていく。

そしてついに、すらいむじゅうさんごうが竜の背後に“転移”した。

ヴァンは剣を抜き放って、外に出た瞬間飛び出せるように身を低くしている。

「クリス。やるだけやってから後悔してくれない?そこのウサギもどきが言うように、これ以上時間かけたら死人が増えるだけだよ」

「わかってる・・・。わかってるわよ・・・」


ウンディーネが苦しそうに眉根を寄せるクリスに気遣わしげに寄り添った。

無言で彼女の頭をなでる。


クリスはウンディーネになでられながら、ようやくうなずいた。

まだ眉間にしわが寄っているが、手に必要な魔力を集め出している。

「やるわ」

「よし。じゃ俺たちを出してよ、すらいむじゅうさんごう」


満足げに笑ったヴァンが球体の人工妖精に合図を出した。

「うん、うん。きをつけて、きをつけてね」

「それはこっちのセリフだよ」


クリスはふたりのやり取りを見ながら、増幅の魔法陣を展開させる。

勝負はあっという間だった。


すらいむじゅうさんごうから出ると同時に、ヴァンが地を蹴って竜に肉薄する。

尾の部分に思い切り幅広の剣が振り降ろされた。


ウ゛ォオオオオオオン!!!


竜の咆哮が空気を震わせ、クリスたちの鼓膜を破らんばかりに響き渡る。

尾には傷一つついていないが、剣の衝撃によって竜はこちらの存在を認識した。

ぐるりと巨大な顎を持つ頭が振り返り、地上の小さな人間たちを見下ろす。

今まで戦っていた人工妖精たちに背を向けて。


メルルゥが叫んだ。

「そら、今だ!入道雲みたいにでかくなりな!」


その声を受けて、すらいむじゅうさんごうの体が急速に巨大化する。

竜に匹敵するほどの巨躯を手に入れた彼は、大口を開けたまま直進した。

途中でメルルゥを飲みこみ、さらに空に浮かぶ大勢の同族を一口で丸飲みする。

クリスは展開させたまま維持していた増幅の魔法陣を発動させた。

すらいむじゅうさんごうも同時に無詠唱で増幅の魔法を使う。


すらいむじゅうさんごうの体内で二重の増幅を受けた数多の人工妖精たちは、各々の能力の最大値を引き上げた。

闇が。

冷気が。

光が。

風が。

さまざまな能力をが1か所で爆発的に高まり、連鎖し、融解した。


そして人工妖精たちは溶けあい、混じり合い、ひとつの純粋な力の化身となる。

人間に気を取られて背を向けた竜に向かって、その力を解放した。


背後から痛烈な一撃を浴びた竜は、ゆっくりと地面に倒れていく。




メルルゥの作戦はクリスの作戦の穴を埋めて強化するものだった。

すらいむじゅうさんごうだけでは、どれだけ頑張っても抵抗する竜を飲みこむことはできない。ふぇんりるを浄化できなかったことで、それは容易に想像がついた。

しかしそこにメルルゥの“形や大きさを自在に変えることができる程度の能力”と、存在する全ての人工妖精の力があわされば話は別だ。

あとはクリスと、すらいむじゅうさんごうがさらに増幅してやればいい。

それは人工妖精自身の限界を超える能力を引き出した上に、それを連鎖融合して一撃必殺の力を生み出す。


その間の時間稼ぎはAランク冒険者のヴァンが請け負った。

危険な竜の足止め役だというのに、彼はただうなずいて引き受けた。

自分以上に危険な行為をする存在がいたからだろうか。


作戦を説明し終わったメルルゥが最後につけたしたのだ。

「その代償に、アタシらはきっと消滅するだろうけどな」


ウサギの表情はわからなかったけれど、陽気にからからと笑う気配がした。

その彼女はもういない。

「ぼく、ぼく。がんばるからね、がんばるから!」


そう言って線のような眉をあげて、すらいむじゅうさんごうは気合の入った口調で言った。

その彼ももういない。


彼らはただの力の塊―――クリスには閃光にしか見えなかった―――となって、竜の背で弾け飛んだ。


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