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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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モナドの竜 Ⅳ

「どうして・・・」


クリスは声がかすれた。

どうしてそんなに平気そうな顔をして、死地に赴こうとしているの。

「無理よ・・・死んでしまうわ・・・」


自分の顔が泣きそうにゆがんでいる自覚がある。

涙は見せまいと我慢しているせいで、頭痛がしてきた。

それなのにヴァンは不思議そうにこちらを見ているだけだ。

「どうしてって?俺はAランク冒険者だからだよ」

「そんなの理由になってないわ・・・あなたはこの国の民じゃないのよ。逃げてもいいの。ねえ・・・ねえ!依頼が命より大事なの!?」

「それしか俺は生き方を知らないからね」


あっさりと命より依頼を取ると言うヴァンに目まいがした。

「そんな、そんなのって・・・変よ。おかしいわよ」


クリスは「行かないで」と引き留めようと口を開きかけた。

しかしクリスの訴えは言葉になる前に、周囲の歓声に打ち消された。

「お願いします!助けて!」

「行ってくれるのか?さすがだ!」

「おおおお、ありがとうございますありがとうございます」


ギルド職員も、街の人々も、皆がヴァンをすがるような顔をして見ている。

その台詞の中にはひとつも彼を案じるものがなかった。


―――おかしい。おかしい。こんなの変だ。


クリスは地面にうずくまったまま耳をふさいだ。

これ以上、人々の言葉を聞いていたくなかったのだ。


―――だって、ヴァンは怪我をする普通の人間なのよ?魔法は苦手で剣の補助があっても初級しか使えないのよ?

―――それに人とのかかわりが面倒な人なの。でも他人の頼みとか依頼とか断れない優しい人なの。

―――それから、お茶は必ず発酵茶を砂糖なしで飲むのよ。いろんなお店を知っているの。そんな普通の優しい人なのよ。

―――なのに、なのに!Aランク冒険者なんて呼称でくくって決めつけないで!!!!!


そんな人をあの竜のもとへ単身送り出すなんてどうかしている!

これではまるで・・・「生贄」じゃない!!

本人もそれを受け入れて、抵抗ないなんて絶対まともじゃない!!!


ヴァンはクリスが考えに翻弄されている間に、竜のいる方角へ向かって歩き出そうとしていた。

剣の調子を確かめ、靴ひもを結び直している。

その様子を見ながら、クリスは座り込んでいた地面からふらりと立ち上がった。

「ヴァン・・・」

「クリス?ここでウンディーネといるんだよ」

「ヴァン・・・」

「あと結界はそのままで。一応この球体生物も連れていくから、守りが薄くなる」

「ヴァン・・・」

「本当に気をつけてね。ま、さくっと終わらせてくるからさ」

「ヴァン!」


クリスの呼びかけを無視して、こちらの身の安全ばかり気遣うヴァンを怒鳴りつけた。

「馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?ほんと馬鹿!」

「ク、クリス・・・?」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!信じられない馬鹿!!!」


ヴァンはクリスの剣幕に押されて閉口した。

その隙にクリスは畳み掛ける。

「そりゃあこの危機的状況で、ここにいる謎の球体たちに任せていても改善が難しいのはわかるわ。それにはこの街で一番強い人間が動くことが効率いいことも理解できるわ。ひとりで行動するのが、足手まといや余計な負傷者を出さないためだってことも頭ではわかるのよ。・・・でもね」


クリスは一泊おいて、思い切り息を吸って大音声で宣言した。

「私も行くわ!!!!どうせ馬鹿を止められないなら、友達として一緒に馬鹿やってあげるわよ!連れて行ってなんて言わない。ついて行くわ」


ヴァンはぽかんと口を開けたまま固まった。

ウンディーネが気遣わしげにクリスの頬を撫でる。

「クリスちゃ~ん。私ができることは限られているのよ~?」

「わかっているわ。水系統の魔法の制御と増幅だけだって言いたいのでしょう?とっくに覚悟の上よ」

「クリスちゃ~ん・・・」


ウンディーネが無表情ながらも、口調は泣きそうにぶれている。

ヴァンが慌ててクリスの前で手を振ってきた。

「ちょっと正気なの?大丈夫?」

「失礼ね。私は正気よ」

「じゃ、なんで?俺はひとりで大丈夫だから」

「勝手について行くと言っているでしょう」

「なんで・・・なんでさ。クリスは学生で、貴族で、女の子だよね。依頼受けてるわけでもないのに、なんでなの」


クリスはどうして伝わらないのかと苛立ちを隠せずに、地面をかかとで踏みつけた。

石畳にあたって硬質な音が響く。

「心配してるって、なぜわからないのよ!この底なしの馬鹿!!」

「し、しんぱい・・・?」

「何その意外そうな声。そうよ、心配しているの。長くはないけど、決して短い付き合いじゃないでしょう、私たち。私はあなたのこと・・・その。一方的だけど友達だと思っているし、助けたいとも思うわ」

「とも・・・だち・・・」

「そうよ。ついて行くわ。止めてもなにしてもついて行くわ。守ってくれなくても結構!むしろ魔法は私のほうが得意よ」

「・・・・・・」


ヴァンはついに沈黙した。




その頃。

元は城のあった場所の端、塔があった付近でかがみこんで何かを探している男がいた。

しばらくあちこち見て回り、ようやく瓦礫の下から目当てのものを見つけたのか嬉しそうにしている。

「ほらやっぱり、これもここにあったヨ。回収できてよかッタ!同じ場所にふたつあると持っていくのに便利だカラ、待っていた甲斐があったヨ」


男はくすんだ長い金髪を無造作に編みこんでいる。

もしここに裏路地で殺人事件を起こした現場を見た人間がいれば、彼が犯人だと叫んだだろう。


青年が持っている石は1つが紫色をしていた。

これは倒壊した城の一室から発見したもの。

もうひとつは紫に黒が混じった石。人を殺して負の感情を瘴気に転換して石に移しこんだ、紫の石より瘴気が濃いもの。


あの裏路地で連続殺害事件を起こした日。

彼は石を持って黒竜ジークフリートのもとへ訪れた。

といっても非合法な行動方法だったので、石を置くとさっさと退散したのだ。

理性のある時のジークフリートは、皇都の中心に置かれるだけあって強力な力を持った優秀な守護獣だった。

「まあ、ああやって魔物になっちゃったラ、優秀とか関係ないヨネ」


青年は楽しげにそう言いながら、風の後押しを受けて高速で皇都から脱出し、離れて行っていた。

国境が封鎖されていても、潜り込める場所はいくらでもあった。

ほとぼりが冷めるまで、どこかの森の奥にでもいようか。

そんなことを考えながら平原を疾駆していると、急に青年ののど元に剣が突き付けられた。

「はい、そこまでよぉ」


口調は軽いのに、底冷えするほど強い殺気をまとった女が剣をつきつけてきたのだ。

一瞬前まで気配も姿もなかった。

男がやむなく足を止めると、瞬く間に彼の周囲に剣や槍、矛や槌などの武器が無数に現れる。

それらすべての武器がすぐにでも彼を串刺しにできるように、至近距離で空中に浮かんで待機していた。

その間、女は一言も発していない。

無詠唱で見たこともない魔法のような技術を披露したのだ。

青年は怪訝そうな表情の中に、警戒をにじませた。

「キミ、ナニ?」

「何者じゃなくて、何?ふふっ・・・私を人間と認めないその言葉。久しぶりに聞いたわぁ。何百年ぶりかしら」


黒髪黒目の女はへらりと相好を崩しながら笑った。

しかし目は冷え冷えとしたまま、殺気が痛いほどだ。

「こたえてヨ」


男は足が勝手に後ろに下がろうとすることに驚いた。

これが「恐怖」だというのだろうか。

女はあくまで顔だけはにこやかにほほ笑んでいる。

「そうねぇ、答える義理はないけど。あえて教えてあげるわ。よく聞きなさい、坊や」


女が一歩足を踏み出した。

青年は威圧感を感じてのけぞる。

「あなたが壊したこの都の守護者の母。あなたが傷つけ、泣かせた皇族の祖。青の森の魔女エレオノーラ。それが私」


青年は「蒼の森の魔女」がなんなのか知らなかった。

生じてから人との関わりなんて、数えるほどしかないせいだろう。

一般常識なのカナ、と思いながら青年は首をかしげて見せた。

内心は初めて感じる「恐怖」に逃げてしまいたい気持ちでいっぱいだ。

「なんなノ?仕返しに来たノ?」

「仕返しなんて生ぬるいわぁ。うちの子を泣かせたなんて万死に値すると思うのよ。殺して解して並べて揃えて晒して・・・と言いたいところだけど、この時代の後始末はこの時代の者がするべきねぇ。だから8分の7殺しに抑えてあげるわ。感謝しなさい」


業火が男の体を包み込んだ。

声を上げる間もなく、次いで空気圧に押しつぶされて地面にめり込む。

内臓が傷ついたのか喀血した。

「かは・・・っ」

「まだよ、まだ終わらせてあげない」


今度は急激に上空へ引き上げられる。

そして無数の剣や槍や矛で貫かれ、さらに全身を氷づけにされた。

そのまま落下して氷が砕け散る衝撃で、体に武器をハリネズミのように突き刺したまま転がり出る。

「い・・・っ!ひぃ・・・っ!?」

「うるさいわよぉ。真空になれば声も出ないでしょ」


その言葉通り、男の周囲を丸い結界が覆ったあと空気が一瞬でなくなった。

声が出ない。

息が出来ない。

目が飛び出すほどの激痛と、酸欠による意識の白濁。


完全に気絶する前に、魔女と名乗った女は青年を結界から出した。

「死なせないって言ってるでしょ?人間よりずいぶん丈夫みたいだから、まだまだ平気よねぇ?」


炎が。

風が。

雷が。

氷が。

大地が。

水が。

すべての事象が青年に牙を剥く。


青年が反撃しようとしても、魔法が発動しない。

「無駄よ無駄無駄。魔法が発動するにはね。どうしても時間がかかるの。呪文となえたり、魔法の効果を想像したり、体の硬直時間があるの」


その言葉の間も責苦はやまない。

「硬直時間を狙って、魔力を逆流させてあげれば・・・ふふっ。魔法はキャンセルされちゃうのよぉ?なかったことにされるの。無駄っていうのはそういうこと」


上空へ打ち上げられた男の体が力なく地面に打ち付けられた。

体には無数の穴と、全身のやけど、裂傷、擦過傷。

内臓も損傷し、骨もほとんど砕けている。

おびただしい血が流れているが、その端から傷口は癒えていっていた。

青年はこれでようやく回復できると、息をついた。


女はその様子を見て、にんまりと笑う。

「ふぅん?再生能力もなかなかのものだけど、治るときって神経がつながるのよね。痛覚とかせっかく切断されてたのにねぇ」

「え・・・あ・・・?ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「ああ、はいはい。うるさいうるさい」


ごきゅり、と鈍い音を立てて青年の咽喉が不可視の力で押しつぶされた。

「がっ!?ひっ」

「まだ足りない気がするけどぉ・・・。そろそろ向こうも決着つきそうだしね。この辺で勘弁しておいてあげるわぁ」


そう言って女はついてもいない埃をぱたぱたと払った。

すでに青年の目は精神が追い詰められているのか、濁ってうつろだ。

「あ、そうだ。お土産上げるわ。“喰らえ彼のはらわた”」


抵抗できない青年の下から、どす黒い触手のようなものが無数に伸びてくる。

そして青年の腹をえぐるように掻いた。

「・・・・・・っ!!!」


声なき声で男は痛みを訴えた。

実際には見た目は何も変わっていないが、たった今。彼の内臓の大部分が抜き取られたのである。

言葉通り、触手に喰われたのだろう。

青年は地面からぴくりとも動かなくなった。

「これで回復にはだいぶ時間かかるでしょ。ご愁傷さま。・・・なんて嘘よ。ほんとは全然そんなこと思ってないけどねぇ。ちゃんと苦しんでね」


笑い声を残して、女はその場から消えた。


これはひどいオーバーキルwww

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