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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第三章
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モナドの竜 Ⅲ

ジークフリートは己の意識が瘴気に食われていくのを感じていた。

いかな能力を持っていても、この世界の摂理には逆らえなかったようだ。


太陽があれば月が存在するように。朝が来れば、夜が巡るように。

陽のあたる場所には陰ができる摂理。

生きとし生ける陽の存在は陰と一対ゆえに、その存在を上回る質量の陰の影響を受けたとき浸食される。


ジークフリートは己の生命力をかけて城に瘴気が流れ込まぬよう抑え込んでいたが、それももはや限界だった。

遠くないうちに理性を失って魔物化する。

そして魔女と己の大切な国と家と、子どもたちを傷つけてしまうだろう。


―――そうなる前に皇国中に眠る同胞よ。いまだ活発に活動する同胞よ。我は奇跡を望む。


ジークフリートは生み出されたときから見えぬ目を開いた。

漆黒の鱗に覆われた巨躯よりも、なお深い暗闇の瞳。

光を映さない目を虚空に向けて、彼は己の能力を解放した。




その力を受け取ったのは、彼の同胞だけではなかった。

彼を生み出した魔女もまた、その力の開放を感じて顔を上げた。

またたき1つ。

その間に皇都で起こっている事態を正確に把握する。

「あらぁ・・・これは・・・。やってくれるじゃない。皇都がめちゃくちゃよぉ」

「・・・へぇ。誰がやったのか知らないけど、まさか殺さないよね、エル。私の奥さん」

「当然でしょう、キール。私の旦那さま」

「そうだね。殺すなんて生ぬるい。死んだ方がマシってくらいの地獄でのたうちまわって、血反吐吐いて、泣いて懇願してもまだ足りない」


金髪の少年にしか見えない者の口から、物騒極まりない言葉が出る。

しかしエルと呼ばれた黒髪の女も否定しなかった。

「ヤンデレ全開フルスロットルねぇ。普段なら止めるけど、今回は全面同意。久しぶりに怒ったわ。私が直々にお灸をすえてあげる」


彼らの背後に控えていた眼鏡をかけた男が一礼して気を引いた。

「留守はお任せください」

「よろしく、ギルベール。私はおばかさんにお仕置きしてくるわぁ」

「じゃあ私は子供たちの安全を確かめるよ。ついでにしばらく向こうで暮らせるように手配しよう」


キールという少年は無表情のまま、淡々と話を進める。

ギルベールと呼ばれた青年はうなずいた。

「では手配がすみましたらお呼びください。こちらの荷物をまとめて持参し、私もそちらへ合流いたします」

「じゃあ、そういうことで行きましょうか」


最後に女が男たちをうながす。

そうして3人は住み慣れた森を出て、皇都へ向かった。




クリスは目の前の光景が信じられなかった。

巨大な黒の竜が夜空に向かって吠えている。その巨大な身体が一歩足を出すだけで、その下にあった建物が瓦礫となった。

長い尾が振るわれるたびに、逃げ遅れた人々が紙切れのように弾き飛ばされる。

悲鳴と絶叫。

そして竜の咆哮が空気を震わせた。


クリスの肌が泡立って体ががたがたと震えだす。

頭の中は真っ白だった。

「クリス、ウンディーネ!」


ヴァンが通りの少し先で、こちらに気づいて声を上げた。

クリスは返事をしたかったが、歯の根ががちがちと鳴るだけで言葉にならない。

揺れ続ける地面の上を、ヴァンは剣を支えにして歩いてやってきた。

「ギルドから出てきたのは正解かもね・・・。この状況じゃ、いつあの化け物に踏みつぶされるかわかったもんじゃない」


声が出ないクリスはこくこくと首を振ってうなずくだけだ。

同じように脱出してきたギルドの職員たちも言葉が出ないのか、呆然と竜を見上げている。


突然クリスは光に目を焼かれた。

熱さは感じない。

そしてまた唐突に光は収まり、夜の闇が戻ってきた。

ウンディーネがクリスに寄り添うように空中から地面に降り立つ。

「クリスちゃ~ん。結界を張ってみんなを囲んだほうがいいわ~」

「な・・・な、に?」


クリスは光の衝撃で前身の震えは鎮まったが、まだうまく回らない舌で尋ねた。

「大気中の~魔力がすご~く高まってるの~。なにか始まるわ~」


水の精霊の言葉にヴァンは顔をしかめた。

これ以上何が起こるというのか。

クリスにはもうわからないことばかりだ。ただ、ウンディーネの警告には従ったほうがいいと手のひらを前に出して結界を展開する。

「大地の・・・加護よ・・・“フィールドバリア”」


先ほどより流暢に言葉が出たことにほっとしながら、目の前の魔法の維持に集中した。

ウンディーネの補助と魔力制御を受けて、周囲一帯を魔力を帯びた半円状の半透明なドームが覆う。

ヴァンが剣の柄に手を当てて、いつでも抜けるようにしたまま腰を落とした。




ある人工妖精は小箱の中で悠久をまどろんでいた。

ある人工妖精は指輪に宿って、代々の持ち主を守っていた。

ある人工妖精は古びた柱で時の流れを見守っていた。

ある人工妖精は大樹と一体化して、人の営みを見ていた。


皇国中に存在する全ての人工妖精が、長であるジークフリートの願いに応えて顕現した。




クリスは空中に現れた様々な姿を持つ存在に圧倒される。

いくつもの尾を持つ動物たちや、人に翼が生えたようなものまでいる。

ヴァンも呆けたように空を見上げたまま動かなかったが、その中の一点を見た瞬間「あっ!?」と驚きの声を上げた。

「あれって魔術学校の謎生物じゃないか?」

「ええっ?」


クリスは彼の言葉に驚いて、半信半疑のまま視線を辿った。

・・・いた。

すらいむじゅうさんごうだ。

特徴的な丸いフォルムと、脱力感を誘う顔は間違いない。

「なんで空に浮かんで・・・まさか。この訳のわからない生き物たちは全部あれの仲間?」

「・・・かもしれないね」


クリスとヴァンが推測をたてていると、ウンディーネが流水の髪をかきあげてふわりと浮きあがった。

目線は空中の人工妖精と思われるものに固定されている。

「たぶんそうね~。気配が同じだもの~」


そのとき、すらいむじゅうさんごう含む人工妖精たちはいっせいに竜に向かっていった。




九本の尾を持つ狐のような人工妖精が放った炎は、黒竜の鱗の表面を焦がす。

翼を持つカラスの頭を持った人型の人工妖精は、突風を起こして黒竜の歩みを止めたが尻尾で撃ち落とされた。

大きな猫のような人工妖精が雲を操り、酸性の雨を降らせて竜のやけどをひろげる。




クリスは他に地面に座り込んでいる人々のように、ただ見上げ続けるしかない。

人工妖精たちが竜を止めようとしているのは見て取れたが、それに介入できると思うほど自惚れてはいなかった。

次々と果敢に立ち向かっていく人工妖精の力も、それと一進一退の攻防を繰り広げる竜も、人知の及ばない規格外である。


クリスは1か月以上前に、魔術学校の地下ですらいむじゅうさんごうに聞いた話を思い出していた。


500年前に未熟な国のため、魔女エレオノーラが編み出した守護の法。

人工妖精を生み出して、役割と力を与え、土地と契約するモナド皇国の基盤。

クリスにはあの竜がどんな存在で、なぜ皇都を破壊しようとしているのかわからないが、今たしかに彼ら人工妖精は皇都を守るために戦っていた。


不意に後方でバシャンと水をぶちまけたような音が聞こえた。

びくりを身を震わせながら視線を向けると、地面の上にすらいむじゅうさんごうが伸びている。

「い、いたいよぅ。いたいよぅ。なにか、なにかに。ぶつかったよぅ、ぶつかったよぅ」


どうやら遥か空中から落下してきたときにクリスの張った結界に阻まれて、後方へ流れ落ちたらしい。

ヴァンがすらいむじゅうさんごうに話しかけた。

「おい、どうなってるんだよ。これ」

「あ。みず、みず?ヴぁん?ヴぁん!クリス!クリス!」


見知った人間を発見して嬉しいのか、そのまま球体に勢いよく戻ってバウンドしながらやって来る。

そして結果にぶつかって、ばしゃりと再度地面に落ちた。

「・・・・・・」

「いたい、いたいよぅ」


クリスは無言で結界を緩めて、すらいむじゅうさんごうを中へ招き入れる。

いくら外見が生理的に受け付けなかろうと。

いくら脱力ものの言動をされようと。

この球体が皇都を守るために戦っていたのを見ていたから、無下にするのはためらわれた。


すらいむじゅうさんごうの姿を見たギルドの職員たちがどよめいている。

「なんだあれ・・・」

「生き物・・・か?」

「顔がおかしい」

「待て。着眼点はそこじゃない」


相当動揺しているようだ。

すらいむじゅうさんごうを知っているクリスは説明して彼らの動揺を鎮めたかったが、皇帝陛下の沈黙の命があるために口をつぐむしかない。

この皇都が壊滅しつつある状態で、沈黙がどれほど価値を持つかはわからなかったが。


ヴァンは竜が歩みを止めたことで、ようやくまともに立てるようになった地面を踏みしめて球体に近寄った。

水の精霊もすらいむじゅうさんごうを覗き込むように、空中を泳ぐ。

「ねがいを、ねがいを。かなえなきゃ、かなえなきゃ」

「願い?」


クリスが結界を維持しながら、ささやくように尋ねる。

「ねがい、ねがい。じーくふりーとの、じーくふりーとの」

「・・・じーくふりーと?知ってる竜なの?・・・まさかあの竜はふぇんねると同じ状態?」


柳眉を寄せながらヴァンが詰問する。

丸い人工妖精は「うん、うん」と何度も肯定した。

「じーくふりーと、じーくふりーと。とっても、とっても。つよい、つよい。かてない、かてない。でも、でも。じーくふりーとの、じーくふりーとの。ねがいは、ねがいは、きせきを、きせきを。おこすから、おこすから」

「聞き取りずらいね、あいかわらず」


ヴァンが冷静につっこんだ。

クリスは球体の言葉を脳内で反芻して意味を探る。

ひとつひとつ確かめる口調で、すらいむじゅうさんごうに訊いていった。

「あの竜はじーくふりーと、と言うのね?とても強い人工妖精が瘴気で魔物化したと思っていいのかしら?あと、あなたが魔法を使えるように、あの竜は奇跡を起こせる・・・とか」

「うん、うん。きせき、きせきで。かって、かって。とめなきゃ、とめなきゃ」

「・・・奇跡を起こせる能力そのものが信じられないけれど、それに頼らないといけないくらい強いのね?」

「・・・うん、うん」


すらいむじゅうさんごうの筆で描いたような眉が、へにょりと情けなく下がった。

ヴァンはしばらく何事か考え込んでいたが、やがて顔を上げて口を開く。

「止める方法・・・。これ、依頼料あげてもらってもいいよね」

「ヴァン?倒す気!?」


軽い口調で言う彼に、クリスは驚愕して叫んだ。

ヴァンは彼女に首を振って、「違うよ」と苦笑する。

「あんなところに行くだけで命がけなんだから、倒すなんて無茶すぎるよ。・・・あの竜は城の方角から来た。城の連中が不意をつかれたのか、力が足りなかったのかはわからないけど、すくなくとも加勢はないと見てる」

「城から・・・そんな・・・」


クリスは皇帝陛下や宰相たちの顔を思い浮かべて、最悪の状態を想像する。

あの竜に踏みつぶされていたとしたら、無事に済むとは思えない。

しかし、ひとまず自分たちの身の振り方を考えなければ。

そう気持ちを切り替えてヴァンを見上げる。

「それじゃあ、どうする気なの」

「倒せなくても止められればいいんだよ。あの竜が狂って魔物化した原因が例の石のせいなら、その石を破壊できれば弱体化できるかもしれない。可能性の話だから、浄化が効かないように破壊もできないことも考えられるし。そもそも石の影響じゃなければ無駄足。それに本当に弱体化するかどうかも賭けだね」


竜を倒すのも無謀だが、ヴァンの賭けも充分無謀だった。


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