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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第二章
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魔術学校の妖精 Ⅶ

回想から意識を戻したクリスは、ゆっくりと手元のティーカップを机に戻した。

彼女がまとめた書類は宰相の手にある。

すでに事件のあらましはヴァンが説明したあと、クリスは補足の情報をつけたした。


そうして言うべきことがなくなると、皇国の中枢はそれぞれに考え込んだ。

彼らの中でどんな結論が出されたのか、クリスははらはらしながら視線をあげた。

皇帝陛下の緑の瞳とかちあう。

びっくりして目を見開く少女に、皇帝はふっ笑いかけた。

壮年の偉丈夫の目じりに人懐こそうな印象を与える皺が寄る。

「よく調べてくれた。引き続き指名手配の男の情報を追ってもらいたい。・・・だが、いくつか黙っていてもらうことができたな」

「はい、陛下。なんなりとお申し付けください」

「1つ、余の祖。魔女エレオノーラのつくった人工妖精のこと。2つ、瘴気を撒く石がまだ浄化されておらぬこと。あとは・・・宰相、財務大臣。なにかあるか?」


皇帝の言葉を継いで宰相と財務大臣が口を開いた。

「陛下、犯人らしき男が人間ではないかもしれぬことも黙っていてもらうがよろしいかと存じます」

「そもそも魔術学校に侵入されたこと事態を、内密にした方がよろしいのではないでしょうか」


ふたりの言葉に皇帝はうなずいた。

「では、この4つの沈黙を命ずる」


クリスは内容に気になる部分があったが、命令に応じようとした。

しかしヴァンが片眉を器用にあげて遮る。

「待ってくれないかな。3つ目の犯人が人間じゃないってどういうこと?」


説明のあいだも敬語を使わないヴァンだったが、クリスの心配をよそに皇帝たちは無礼を見とがめなかった。

皇帝は「我が国の民ではない。ましてや貴族でもない者に忠誠や敬う心は求めぬ」と、ヴァンの行動を容認したのである。

今も命令をすぐに受けなかったが非難されなかった。


宰相がクリスの書類に目を落としながら、ヴァンの疑問に答えた。

「1つ1つ理由を述べましょう。1つ目の沈黙は、この国の礎がいまだ人工妖精に支えられていることが諸外国に漏れては一大事だからです。モナドは自力で大陸の覇者であり続けねばなりません。国の威信というやつです」


それはクリスにも理解できたのでうなずいた。

隣でヴァンも静かに首を縦に振る。

「2つ目の沈黙は、国民に不安を与えないためです。生物を魔物に堕とす元凶が排除されていないことは、大いに世論を騒がせるでしょう。ただでさえ国境が結界で封鎖されておりますから、どれだけ救済策を出しても圧迫された精神が暴動に結びつかないとも限りません。少なくとも石の解明が済み、浄化する方法が発見されるまでは黙っていていただくことになります」


宰相は眼鏡を押し上げて、ため息をついた。

4つ目の沈黙を提言した財務大臣のほうを見やって言う。

「疑問を呈された3つ目は最後にご説明します。4つ目の沈黙は、国の威信も関係がありますが主に国庫の問題ですね」

「そのとおり。外国の要人も留学している場所に侵入者などあってはならん」


外国からの留学生がもたらす経済的利益は大きい。

留学生が自国へ戻ったときに魔術学校をアピールすれば、観光にやってくる人間もいる。

さらにまた留学生を送ろうと考える国も出るだろう。

加えてそれが要人であれば、彼らに随行してきた人間たちが消費する生活物資の分だけ周囲の店が潤う。

それなのに魔術学校が安全ではないとなれば、留学する者は激減する。

経済の回転はとどこおり、国庫に直撃するだろう。


財務大臣は淡々とそう説明しながらも苦い表情をしていた。

宰相が話を自分に戻す。

「1つ目、2つ目、4つ目は納得していただけたと思います」

「そうだね。それで肝心の3つ目は?」


ヴァンが続きをうながした。

「人工妖精の発言に問題があるのですよ。地下に人間は来ていない。では、人間以外は?ルクス男爵令嬢の精霊のような存在なら、小部屋へ自由に入れます」


その発言にクリスは首をかしげた。

「よろしいでしょうか?」

「どうぞ、ルクス男爵令嬢」

「ウンディーネは妖精の力で小部屋に閉じ込められ、自力では出てくることができませんでした。犯人が地面に潜って石を置いたなら、彼もまた出られないのでは?」

「それは人工妖精が魔物化せず、暴走状態ではなかったからでしょう。理性を持った人工妖精が意志あるものを、無機物と誤認して固定の力をふるうとは考えられません」

「ずいぶん人工妖精を買ってるんだね」


ヴァンが冷やかに評した。

それに皇帝が苦笑しながら言葉を発する。

「人工妖精と交流を持っておれば、そう考えもする。そなたらはこの国の要所に彼らがいることは地下で聞いているはずだな?当然この城にも存在する。余は幼き頃から彼らと接してきた。この宰相と財務大臣も余の乳兄弟ゆえに知っておる」


クリスは目を見開いた。

頭の中ですらいむじゅうさんごうの球体が分裂して、いくつもの丸い人工精霊が城にいる様子が浮かぶ。

すぐに狼の姿をしていたふぇんりるを思い出して、そんな妖精の姿ばかりではないはずだと首を振って否定した。

あんなものが城中にいるとは考えたくない。


ヴァンがその明るい茶髪の髪を乱暴にかき回してから言った。

「犯人が人外の可能性が高いことはよくわかったよ。それと、ここに人工妖精がまだいることを知られて魔物化させたくないってこともね。口止めの本当の目的はそっちでしょ」

「そうだな。宰相が述べたことも真実だが、否定はせぬよ。彼らへの愛着もあるが、魔物化して国の基盤が揺らぐことこそ恐ろしい」


だんだん自分の顔がこわばっていくのが、クリスにはよくわかった。

ここで聞いていることは、末端の貴族が知っていいことではない。

この情報はモナドを崩壊させる引き金そのものだ。


じっと青ざめるクリスの表情を見ていた宰相が口を開いた。

「ご理解いただけたようですね。陛下の沈黙の命、受けてくださいますか?」


クリスに否はない。

むしろギルドで上司が「国への報告を優先してほしい」と言ってくれて助かったと思った。

そのおかげでクリスはギルド職員にも家族にも相談しないまま、皇帝陛下へ奏上する書類作成に追われたのだから。

「はい・・・。この生命にかえても決して口外いたしません」

「俺も構わないよ。冒険者の依頼人への守秘義務に入るだろうしね」


ヴァンも諾と返事をした。その口調が軽いのは彼がモナドに属していないからだろうか。

クリスはなんとなく不安になって、ヴァンの青い目を見つめた。

その視線に気づいたヴァンが「なに?」と問いかけてくるのに首を振る。

不安の理由がわからないのに、言葉にできなかった。




城を辞したクリスは、ヴァンと男爵家の馬車に乗っていた。

彼は窓から大通りを眺めている。

このままギルドにヴァンを送ったあと、クリスは自宅に戻る予定だった。

ヴァンは振り出しに戻ったフードの男の情報をまた集めるために。

クリスはまだアルバイトの時間まで余裕があるので、ドレスを着替えに。


不意にヴァンがクリスを見た。

上から下までまじまじと観察される。

「どうしたの?」

「いや、その恰好で喫茶店に入るのは目立つよね」

「え?それはそうでしょうね」


話の流れはわからないが、このドレスで通りを歩くのは勇気がいる行為だった。

クリスの夜明けの色をした髪と、湖面のような瞳にあわせた特注品である。

青を基調に藍色のフリルをふんだんに使った、色のグラデーション。

ボンネットには控えめながら精緻な青薔薇が刺繍されている。

首元のチョーカーもそれに合わせてたもので、蒼いサファイアの宝石が薔薇の形に咲いていた。

財務が圧迫している男爵家だから、手持ちのドレスは数点しかない。しかしそのなかで一番仕立てに力を入れさせたものだ。

「じゃあ着替えてからでいいかな」

「だから、どうしたの?話が見えないわ」

「あれ、忘れちゃった?またお茶する約束したよね」


クリスは2日前のやり取りを思い出した。

今度は自分がおごる、と確かに言った記憶がある。

「そういえば約束したわね。私は構わないけど、あなたはあの男の情報を集めなくていいのかしら?」

「しばらくの間は仕事にならないよ。城の人間に見張られてたら、下手に情報屋とか接触できないね」

「城の?」


クリスも窓から外を見たが、男爵家の馬車に併走しているものは見当たらない。

ヴァンが彼女の注意をひくように手をひらひらと振った。

「そう簡単に見つかるような尾行はしてないよ。でもあんまり見ないほうがいいね。・・・俺たちが本当に沈黙を守るか確認したいんじゃないかな」

「そう・・・そうよね。陛下に信じていただけるだけのものが、私には何もないもの」


没落貴族の娘がいくら誓ったところで、口外しないことを証明するものもなければ実績もない。

一時の金目当てに、誓いを破って情報を売ると考えられても仕方なかった。

そのあとでどんな処罰が待っているかなんて恐ろしい想像しかできないが、己の欲望のために身を滅ぼす底辺の貴族がいることを、クリスは知っている。

ヴァンは馬車の背もたれに身を沈めて足を組んだ。

「あんただけじゃない。俺だってただの冒険者で、この国の人間じゃない。ギルドのランクなんて上の人間にとっちゃ、所詮仕事ができるかできないかの基準でしかないしね。金で動く俺たち冒険者を信用しろってほうが無理」


正論だが、自身のことをあっさり信用できない人間だと判断する彼にクリスは悲しい気持ちを覚えた。

たしかに乱暴狼藉の代名詞のような冒険者も多い。

けれどクリスはヴァンに傷つけられたことはないし、護身用に身代わりの彫像という貴重な道具を譲ってもらった。

それにクレナダ村のときも、2日前の事件のときにもずっと守ってくれたのだ。

だからクリスは、ヴァンが誰かに告げ口するような人間ではないと信じている。

「私はあなたのことを信用しているわ」


きっぱり言うと、ヴァンは虚をつかれたような表情をした。

これだけ顔を合わせておきながら疑っていると思っていたのかと、クリスは少し腹立たしい気になったが、先に約束の用事を済ませてしまおうと口を開く。

「それじゃあ一度私の家へ戻ってから、あらためて外出しましょう。着替えているあいだの時間は、応接の間で待っていてもらってもいいかしら」


ヴァンは少し間をあけて、ゆっくりとした口調で言った。

「・・・中に入っていいの?」


クリスはいぶかしげに答える。

「お客様を外で待たせていられるわけないでしょう」

「冒険者を入れたがらないお貴族様は多いんだけどね」

「うちは格式もないし、部外者を入れないほど警備が厳しいわけでもないわ。それに招いておきながら放置するなんて失礼すぎるもの」

「そっか」


そう言ったきり、ヴァンは男爵家に到着するまで口を閉ざした。

クリスも御者に進路をギルドから実家に変更する旨を伝えたあとは、会話の糸口を見つけられなかった。


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