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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第二章
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魔術学校の妖精 Ⅵ

クリスはヴァンから視線をそらして、話を続けた。

「陛下はお忙しい方。面会の時間を短く済ませるためにも、要点だけまとめてご説明した後は、詳しいことを書いた書類で補ってはどう?」

「俺、貴族の書類なんてわかんないよ?」

「それは私が書くわ」

「なら、話す重要な部分だけまとめようか。ウンディーネにも協力してもらおうよ」

「そうね。あの場で何があったのか、まだちゃんと聞いてないし」


クリスはそっと右太ももの紋を撫でて、ウンディーネを呼んだ。

急に流水の乙女が現れた店内は少し騒然としたが、何人かはクリスの顔を見て納得した表情をした。

男爵令嬢クリス=ルクスが上位精霊の契約者であることは、皇都の魔法に携わる者ならわりと有名である。魔術学校でもクリスは特に隠して生活しているわけではない。

「どうしたの~?クリスちゃ~ん」

「聞きたいことがあるの。どうして呼びかけに応じなかったのかとか、あの部屋でなにがあったのかとか」


ウンディーネは手を顎に当てて、やけに人間臭いしぐさで口を開いた。

あいかわらず顔は能面のように動かないが。

「そうね~。クリスちゃんと図書館でお別れして~、飛んで遊んでいたら~・・・地面から出られなくなっちゃったの~」


ウンディーネが言うには、水の精霊のからだは水の粒子そのもの。

それを霧のように自在に姿を変えられるらしい。

それを応用してネズミでも通り抜けられないほど狭い隙間を通り抜けたり、雨が地面に染み込むように中にもぐりこんで遊んでいたという。

「それって楽しいの?」


ついクリスは訊いてしまったが、ウンディーネはこくこくと何度もうなずいた。

精霊の感覚は人間には理解できないようだ。

「それでね~。ず~っと潜って行ったら、おっきな狼さんがいたからびっくりしたわ~。それでね~魔物化してるみたいだったから~、近寄らないで別のところに行こうとしたの~」

「できなかったんだね?」


ヴァンが確かめる口調でウンディーネに尋ねる。

「そうなの~。あの部屋から出られなくて~困っちゃって~。変で~嫌な石も見つけちゃうし~。だから~狼さんの寿命が来るまで待とうと思って~、寝てたの~」

「倒れてたんじゃなかったのね」


クリスは脱力した。

呼んでも来ないし、見つけたら見つけたで床に伏せる精霊。

どんな凶事が起こったのかと心配した気持ちを返してほしいくらいだ。

「でもでも~。クリスちゃんが起こしてくれなかったら~、きっと100年くらい眠ってたから~、来てくれてよかったわ~」


「そんなに時間がたったら人間は死んじゃうもの~」と、のほほんと笑うウンディーネ。

クリスは己の契約精霊のあまりの呑気さに、気力を根こそぎ持って行かれた気分になった。

けれど気になることがあったので、ヴァンに問いかける。

「ねえ、ヴァン。魔物に寿命はあるの?」

「専門家じゃないからはっきりわからないけど、あるみたいだよ。魔物は瘴気に侵された生き物が狂ったなれの果てらしいから、そのもとになった生物の寿命に依存するらしい。猫とか犬だと長くて10年くらいかな。クレナダ村にいた死霊のようなものだと、核がなくなるまで動き続けるから100年単位で考えないといけないだろうけどね」

「瘴気に狂う・・・」


―――瘴気。

どこから生まれ、どうやって発生するのかも解明されていない力。

昔から人間には普段見えないが、世界中に存在するらしい。

その力は生物を侵食し、理性を奪い、狂暴化させ、魔物に堕とす。

普段見えなくとも、凝縮した瘴気だと視認可能という噂もある。

ひとつ言えることは、浄化の魔法が効果的なことから決して益のあるものではないということだ。


ただ、瘴気を発していたらしき石を持ってもなんともなかったクリスは、浸食される感覚がわからなかった。

それとも長い時間をかけてゆっくり作用するのだろうか。


クリスが考え込んでいるあいだに、ヴァンも気になることが出てきたらしい。

「そういえば、あの例の謎の生物は魔物化していなかったね」


脳裏にコミカルな表情の球体生物が浮かんだクリスは、不快感に眉を寄せる。

「あいつにも話を聞く必要があるね」

「・・・私も行かなきゃダメかしら?」


できれば二度と会いたくない存在である。

しかしヴァンはウンディーネを指さしながら言った。

「ウンディーネしか地下に潜れない。あの生き物が自発的に地上に出てこない限り、俺たちに会う手段はないよ」


ウンディーネの契約者はクリスである。

またクリス自身も事件に関わった人間だ。

なにより皇帝陛下に説明するというのに、気持ち悪いからといって手間を省くことなどできない。

拒否することはできそうになかった。

「わかったわ・・・。それじゃあ学校の門が閉まる前に今から行きましょう。また夜中に忍び込みたくないもの」

「まだ開いてるの?」

「魔法や錬金術の自主練習は夜の7時まで認められているわ。それまでなら開いているはずよ」


クリスは壁にかけられた時計を見た。

500年前から錬金術が発達するようになり、こういった便利な道具の普及が進んでいる。

時計は最たるもので、昔は大貴族が大金を積んでも入手困難だったらしい。

その時計の長針も短針も6の数字をさし示していた。

「6時半か。急げば間に合うかな」

「ええ。ここから学校まで10分もかからないわ」


クリスはそう言って立ち上がりながら伝票に手を伸ばした。

指先がふれる寸前でヴァンが横からかっさらう。

「え、ちょっと。自分の分は自分で払うわ」

「俺が誘ったんだからおごるよ」

「でも」

「おごられてなよ、苦学生」


苦学生という言葉に、クリスはぐっと詰まった。

そのあいだにヴァンはさっさと会計を済ませてしまう。

そのまま外へうながされて、慌ててクリスはヴァンに続いて通りに出た。


魔術学校へ向かう道すがら、クリスはヴァンに言った。

「ありがとう・・・でも次は私がおごるから」

「遠慮しなくていいのに。俺ってけっこう稼いでるんだよ?」

「そうね、きっと私の家の全財産より稼いでるでしょうね。でも遠慮とかじゃなくて、けじめなの」


世界でただ一人のAランク冒険者のヴァンが依頼を1つこなすのに、どれだけの金貨が動くかなんて考えただけで目まいがする。

けれどクリスは財政難にあえぐ男爵家を知ったときから、実家のために自分でできることはすべて自分でこなしてきた。

特待生になるために猛勉強したし、半額になった学費を払うこともアルバイトをして賄う。


硬いクリスの表情に、ヴァンは面白そうな声を出した。

「ふぅん、クリスは生真面目だね。じゃあ次は期待してる」

「え。あれ?・・・あ、うん」


無意識の流れで、またヴァンと出かける約束をしてしまったクリスは首をひねったが、

いまさら撤回もできないので仕方なくうなずく。

そんなふたりの上空をただよいながら、ウンディーネが「クリスちゃんって~、おもしろ~い」と言った。




ぽよんぽよんと跳ねる球体から、クリスは視線を逸らした。

あのあと閉門する前に魔術学校に入ったふたりは、用具倉庫まで再訪してウンディーネに

地中に潜ってもらった。

そして人目を避けるために地下の回廊まで潜っている。

その際に再びすらいむじゅうさんごうに飲みこまれて転移したので、もう丸いもの全部がトラウマになりそうだった。


・・・ふぇんりるの死骸がある部屋には入っていない。

まだ血の海に沈んでいると思うと足がすくんだ。

そんなクリスを見ていたすらいむじゅうさんごうは、線にしか見えない眉を器用に下げて情けない顔をした。

ヴァンが腰を落として球体に尋ねかける。

「ちょっと訊きたいことがあるんだ」

「ぼく、ぼくに。ききたいこと?ききたいこと?」

「ああ、いろいろね。まず、あの石はなぜここにあったのさ」

「しらない、しらない」

「知らない?フードをかぶった男は来なかった?」

「にんげん、にんげん?きてない、きてない」


すらいむじゅうさんごうの返答は簡潔だった。

ヴァンは考えることを後回しにして、疑問点を次々と質問していく。

「あの狼は魔物化したのに、お前が無事なのはどうして?」

「ぼくの、ぼくの。のうりょく、のうりょくは。“まほうをつかえるていどののうりょく”だから、だから」

「能力?」

「まじょ、まじょが。くれた、くれた。ぼくらを、ぼくらを。つくって、つくって、くれたの、くれたの」


クリスは驚愕のあまり見ないようにしていた球体のほうをふりむいた。

「魔女ですって?まさか青の森の魔女?」

「うん、うん」


思わぬところでモナド皇国の伝説の名前が出てきたと、ヴァンも驚いた。

すらいむじゅうさんごうは続けて言った。

「ぼく、ぼくも。しょうき、しょうき。あぶなかった、あぶなかった。でも、でも。まほうで、まほうで。じょうか、じょうかした」


500年前。

モナド皇国が建国された当時、まだ盤石ではなかった国のために魔女エレオノーラは要となりそうな施設を守護する方法を編み出したらしい。

それが人工的に妖精を生み出して、役割と力を与え、土地と契約するもの。

魔女はすらいむじゅうさんごうに“魔法を使える程度の能力”与え、ふぇんりるには“人間を幸運にする程度の能力”を与えたという。

さらに妖精たちに共通の能力を1つ、自動的に発動し続けるような“主に空間を固定させる程度の能力”をほどこした。


建物と地盤を維持し、上で暮らす人々に安寧をもたらす力。

ふぇんりるが瘴気に侵されて狂っていったとき、すらいむじゅうさんごうは自身を浄化しつつ、同胞にも魔法をかけようとしたらしい。

しかし、すらいむじゅうさんごうの魔法は球体の内側で発動するものだった。

飲みこんで身の内に取り込まなければ、他者に魔法をかけられないのである。地下回廊を行き来するのに、人間を丸呑みするのもそのためだ。


本来魔法にそんな規制はない。

すらいむじゅうさんごうが言うには、人工的に妖精を模写したら劣化したものができあがるという。

どういう具合に劣化するかは人工妖精ごとに違ったようだが。

「まじょ、まじょにも。せつりは、せつりは。かえられない、かえられない」

「じゃあ、ふぇんりるを飲みこめばよかったじゃないの」


クリスは憧れのエレオノーラの話に少し興奮しながら言った。

球体の人工妖精は悲しげに身を震わせる。

「ふぇんりる、ふぇんりる。よけて、よけて。だめだったの、だめだったの」


そのまま床に楕円形に広がってしくしく泣きだした。

黙って話を聞いていたウンディーネは退屈してきたのか、すらいむじゅうさんごうの真似をしていっしょに床にべちょりと広がる。

ふたつの水たまりのような生き物ができあがった。


呆れた目を向けながらクリスは、避けたくなる気持ちはわからなくもないと冷静な感想を抱いた。

ただ同胞のふぇんりるの場合は気持ち悪さからではなく、瘴気によってまともな判断ができなかった結果かもしれない。

そしてとうとう完全に魔物化してしまった。


そんなときにウンディーネがたまたまやって来たのだという。

ウンディーネは正規の扉であるすらいむじゅうさんごうの転移ではなく、地面をもぐってやってきた。

そのため魔物化しても自動発動し続けていた、ふぇんりるの“主に空間を固定させる程度の能力”がウンディーネを訪問者ではなく、建物の一部が落ちてきたと認識したらしい。

その動く“建物”を固定させるために、ふぇんりるの能力はウンディーネを部屋に閉じ込めた。


水たまりから球体に復活したすらいむじゅうさんごうが、ウンディーネのほうを向いて言った。

「ごめんね、ごめんね。たすけたかった、たすけたかった。でも、でも・・・」

「気にしないで~。私、寝てたから~」


ちょっとは気にしたほうがいい。

クリスは心の中でつっこんだ。


ヴァンが話の筋を戻すように口を開いた。

「んで、困ってるところに水の精霊の名前を呼ぶ俺たちを見つけたってわけ?」

「うん、うん。そうなの、そうなの。たすけてほしくて、たすけてほしくて。ここから、ここから。でたの、でたの」

「なるほどね」


クリスは頭の中で話の内容を整理しながら、ふとこの回廊について疑問に思った。

地下回廊はどこかに通じているわけではなく、小部屋とそれにつながる行き止まりの通路があるだけだ。

「ねえ。ところでこの地下の空間ってなんのためにあるの?私、学校でこんな場所があるなんて聞いたことなかったわ」

「ここ、ここ。ひみつのこべや、ひみつのこべや」

「秘密?どうして」

「しらない、しらない。まじょ、まじょが。がっこうには、がっこうには。ひつようだって、ひつようだって」

「・・・よくわからないけど、伝説の魔女のことだもの。きっと深い意味があるのね」


無理やりクリスは自身を納得させた。




おおよその事情を把握したクリスとヴァンは、すらいむじゅうさんごうに別れを告げて地上に戻り、急いで学校から出た。

閉門ぎりぎりの時刻である。

「じゃあ、私はこのままギルドの仕事が終わったら、家で書類にまとめるわ」

「そうだね。そっちは任せるよ」

「ええ。じゃあ2日後に」


そして目の前の状況ができあがった。


エレオノーラ「魔法の学校に秘密の小部屋はデフォでしょ。大きな蛇も、例のあの人もいないけどねぇ」

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