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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第二章
12/36

魔術学校の妖精 Ⅳ

ヴァンがすらいむじゅうさんごうの話を要約した。

「こいつの話し方イライラするよ!・・・まあ、状況はわかったかな」


この石の回廊は先ほど調べていた地下通路らしい。

すらいむじゅうさんごうは地下通路の番人と出入口を兼用する、人工的につくられた生物なのだとか。

本人は人工妖精だと言い張っていたようだが、精霊の下位に属する妖精はもっと愛らしいものだったと思う。

クリスは避暑地の森など、人里から離れた場所で何度か見たことのある妖精の姿を思い出した。彼らは小鳥のような小動物や、蝶のような昆虫を模していたはずだ。

「この謎の生物がなにかはどうでもいいわ・・・。ここにウンディーネがいるのね?」

「そうみたい。ふぇんりる、とかいう謎の生物その2と一緒にいるんだってさ」

「ぼく、ぼく。すらいむ、すらいむ」


ふたりして謎の生物扱いしていたら、すらいむじゅうさんごうが話に割り込んできた。

謎ではないと言い張りたいようだ。

クリスはすらいむじゅうさんごうを無視して、ヴァンに話しかけた。

「ひどいよぅ、ひどいよぅ」と泣く声なんて聞こえないったら聞こえない。

「ここは出入り口の突き当りみたいだから、奥へ進むしかないわね」

「それはいいけど、こいつもついて来る気みたいだよ?」

「そんな謎の生物は視界に映らないわ」

「・・・クリス。そこまで気持ち悪かったんだね」


呆れたようなヴァンの口調が痛かった。

すらいむじゅうさんごうが再び泣き出した。




すらいむじゅうさんごうが飛び跳ねながら、ヴァンとクリスの前を進む。

回廊は人がひとり進む程度の幅しかないため、一列になって歩くしかない。

クリスはヴァンの背に隠れながら、離れないように慎重に歩を進めた。


回廊はすらいむじゅうさんごうの発する光で照らされ、薄暗いながらも視界は確保されている。

だが同じ風景が広がる回廊では時間の感覚がわかりづらい。

どれほど歩いたのか。

やがてクリスたちの前に石の扉が見えてきた。

その扉をふさぐように3分の1ほど下が軽く土砂で埋まっている。

「これが地盤沈下の場所かな?」


ヴァンが土砂に近寄りながら言った。

すらいむじゅうさんごうは器用に体を跳ねさせて土砂の上に登る。

「ここ、ここ。ふぇんりる、ふぇんりる、みず、みず。いるの、いるの」

「わかった。ちょい避けてて」


ヴァンはひとつうなずくと、剣の鞘で土砂をかきだそうと身を乗り出した。

クリスはこの向こうにウンディーネがいると思うと、嬉しさに頬を緩ませる。

そっと右太ももの紋を指でなぞって、もうすぐ会える家族に思いをはせた。


しかし、すらいむじゅうさんごうは土砂から飛び降りると身を水面のように震わせて口を開いた。

「あけたら、あけたら。ふぇんりる、ふぇんりる。おこる、おこる」

「おこる・・・怒る?」

「しょうき、しょうき。いっぱい、いっぱい」

「しょうき?」

「まもの、まものに。なっちゃった、なっちゃった」

「瘴気ね・・・それを早く言ってくれないかな」


その時にはすでにヴァンの手によって土砂は取り除かれ、扉は奥へ半分開いていた。

重低音の咆哮が後方にいたクリスの肌にまで突き刺さるように響き渡る。


すぐに扉を閉めようとしたヴァンは、奥にいたものを見るとすぐに剣を鞘から抜いて後ろに跳んだ。

扉がなにかに押しつぶされて、頑丈なはずの石とは思えない脆さで崩れた。

クリスはそれを棒だと思ったが、すぐに違うと気づいた。

大きな何かの生物の前足だ。


巨大な爪を持った前足が奥の部屋からこちらの回廊へ入ろうとしているのか、ガリガリと床の石材を削り取っている。

周囲の石壁も衝撃でぱらぱらと欠片を散らせた。

「ふぇんりる、ふぇんりる。こわいよぉ、こわいよぉ」


すらいむじゅうさんごうが前足の主に向って話しかけた。

この生物がふぇんりるらしい。

クリスはいつでも結界を展開できるように、頭の中で呪文を反芻した。

「ヴァン、ここを崩される前に逃げないと」

「どこに?出口もこいつだよ」


ヴァンは足元にいる球体を嫌そうに見た。

クリスもそのことを思い出して顔をしかめる。

出入り口を守る番人だというなら、この謎の生物が死ねばここに閉じ込められるということだ。

クリスは嫌悪感を抑え込んで、すらいむじゅうさんごうを呼び寄せた。

「ちょっと、そこは危ないからこっちにいて」

「だって、だって。ふぇんりる、ふぇんりるが」


動かない球体に業を煮やしたのはヴァンだった。

無言のまま強引に足で後ろに蹴り飛ばす。

クリスはその軌道上から外れていたのに、生理的に受け付けないものが飛んできたので反射的に横に避けた。

べちゃり、と音を立ててすらいむじゅうさんごうが床の上に楕円形ののびる。

「いたい、いたいよぅ。ひどいよぅ、ひどいよぅ」


床にべとりとへばりついたまま、しくしくと泣きだした球体を無視してヴァンが剣の腹に刻まれた模様をなぞった。

刻まれた軌跡が魔法の威力を増幅させる。

「炎よ!“ファイアボール”!」


初級の火の魔法がふぇんりるの足に炸裂した。

ふぇんりるの体毛をごうっと炎の塊が焦がす。初級魔法なので軽いやけど程度の威力しかなかったが、一瞬ひるんだ隙を逃さすヴァンは前足に切りつけた。

「クリスはここにいて!」


そう叫ぶと、勢いを保ったまま部屋へ突入していった。

クリスは追いかけそうになった足を止めて、ぐっと前を見据える。

足元ですらいむじゅうさんごうがブルブル震えていた。




ヴァンは部屋に飛び込むと、そのまま前転した。

すぐ隣をふぇんりるの強靭な顎が通り過ぎる。

ヴァンを噛み千切ろうとした歯を見せつけながら、こちらを見て唸る。


ふぇんりるは白い狼のような姿をしていた。

ただ狭くはない部屋の天井につくほど巨大だった。

その瞳は真っ赤に血走り、凶悪そうな爪と牙がのぞいている。


その背の向こうに見慣れた水の精霊が倒れていた。

ぴくりとも動かない。

物理攻撃がきかないはずの精霊を何が傷つけたのかはわからないが、ヴァンはまず目の前の魔狼を対処することにした。


真上からふぇんりるの爪が振り降ろされる。

それを剣で流して、懐に飛び込んで腹に一撃。

容赦なく斬りつけて、血しぶきを吹かせた。


痛みでふぇんりるがさらに狂ったような咆哮をあげる。

空気の振動で耳の奥がきんと甲高い音を立てた。

瞬間、ヴァンは部屋の壁に向かって吹き飛ばされていた。とっさに剣の腹を盾にしなかったら、鋭い牙に貫かれていただろう。

壁を蹴りつけて床に着地する。


衝撃を殺して身を低くして走り出した。

その真上をふぇんりるの払った尻尾がごうっと音を立てて通り過ぎる。

再び牙を剥いて口を開いたふぇんりるが、目の前に待ち構えていた。

「攻撃が単調なんだよ・・・っと!」


ヴァンは助走を殺さずに飛び上がった。

牙の攻撃を避けて右目に剣を突き立てる。

えぐるようにして、そのまま薙ぎ払った。

ぱっと赤い肉片が飛び散る。


あとは右目を失ったふぇんりるの死角から攻撃し続けた。

間もなく、ふぇんりるは沈黙した。




ヴァンに呼ばれたクリスは恐る恐る部屋に入った。

返り血を浴びたヴァンが外套を乱暴に脱ぎ捨てている。

その側には血まみれの狼のような生き物が横たわっていた。

「ふぇんりるぅ、ふぇんりるぅ」


クリスの横をすり抜けたすらいむじゅうさんごうが飛び跳ねながら近寄ったが、瘴気に侵されたという生き物が息を吹き返すことはない。


クレナダ村に同行したときはヴァンが生き物を殺す場面に遭遇しなかった。

死霊は生前の肉体の一部を核として持っていたが、それは死者のものなので新たな血は流れない。

フードの男と対峙したといっても、あっという間に気絶させられたので戦ったという実感はなかった。


けれど目の前にいるヴァンは血をまとって平然としている。

こんなことが日常茶飯事になるのが冒険者なのか。

クリスが呆然としていると、

「クリス、あそこにいる」


と、ヴァンが腕で顔についた血をぬぐいながら言った。

ゆるゆると視線の先を追うと、ウンディーネが倒れている。

そこではっとクリスは当初の目的を思い出した。

慌てて水の精霊のもとに駆け寄る。

「ウンディーネ、ウンディーネ!」


何度か呼びかけながらウンディーネの体に直接治癒の魔法をかけると、ぼんやりと彼女の青い目が開いた。

ふよふよと流水の髪をなびかせて、ゆっくりと身を起こす。

「ク・・・リスちゃん~?」

「ウンディーネ・・・よかった・・・」

「おはよ~ございます~」


あまりにも呑気な再会のあいさつに、クリスは脱力した。

「おはようじゃないわ。ここでなにがったの?」

「え~と~。これ見つけちゃった~」


そっと手のひらに握りこんでいたものを、ウンディーネはクリスに差し出した。

そこには紫色の石がある。

表面には幾何学的な模様が描かれ、芸術的だ。

クリスは紫水晶かと思ったが、それにしては反射する光が鈍い気がした。

もっとよく見ようと目をこらしたクリスに、ウンディーネは告げた。

「これ~瘴気の塊みたいな~、すっごく嫌なかんじなの~」


ヴァンがクリスの後ろから手を伸ばして、ウンディーネから石を取り上げた。

すらいむじゅうさんごうの淡い光のほうを向いて、石を眺める。

「ただの宝石に見えるけどな・・・」

「でも~、あの村で感じたものと同じよ~?」


ウンディーネの言葉にひゅっとヴァンは息を飲んだ。

クレナダ村を廃村に追い込んだ元凶が手元にあるかもしれないのだ。

クリスは目を見開いてそれを見た。

ヴァンはぐっと石を握り締めると、クリスに向き直った。

「浄化の魔法をかけてほしい」


クリスは無言でうなずいた。

こんなものがここにあってはいけない。この石のせいでクレナダ村は惨事に見舞われ、ふぇんりるという生物が魔物化したというなら拒否する理由などなかった。


クリスはウンディーネに力を借りながら、最大の魔力を込めて浄化の魔法を発動させた。

しかし浄化の光は石の表面の模様に吸い込まれるようにして消えた。

「え・・・」

「あら~?」


石を持ったヴァンと、魔法を無効化されたクリスとウンディーネの沈黙が横たわった。


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