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ギルド受付嬢の冒険  作者: 東風になりきれない春
第二章
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魔術学校の妖精 Ⅲ

地盤沈下しているという場所に立ってみたが、クリスには地面が陥没しているようには見えなかった。

夜目が効かないだけでなく、その上を慎重に歩いてみても何も感じないのだ。

この微妙な凹みを違和感として認識したヴァンの能力の高さは、さすがAランクの冒険者だと思わせた。

「クリス、“サーチ”の魔法は使える?」


―――“サーチ”。探索や物品の鑑定に使用される中級に分類されている魔法はすでに授業で習っている。

しかしあくまで学生が発動できる程度の小規模なものだ。

水系統の魔法ならウンディーネの加護のおかげで上級であっても使いこなす自信はあるが、他の分野は精霊の加護外である。

クリスはせっかく頼ってくれたのに・・・と申し訳なく思った。

「できるけど・・・ごめんなさい。範囲は1メートルほど先までしかわからないし、ぼんやりとしか解読できないの。もっと詳しいことを知りたいなら、直接触る必要があるわ」

「地下通路はだいたい3メートルから5メートル以上下にある。それ以上上に作ったら、ただ人が歩くだけで陥没するかもしれないからね。まあ、念のために一応“サーチ”してみてくれる?」

「そうね。やってみるだけやってみましょう」


ヴァンにもっとも沈んでいる場所を聞いて、その上に立ったクリスは深呼吸して気を落ち着かせる。

少しでも地下通路に近づくために、地面に手をついてから魔法を発動した。

「・・・“サーチ”」




クリスの脳裏に次々と情報が流れ込んでくる。

黒い。

暗い。

冷たい。

硬い。

小さな生き物の鼓動。


地下通路らしきものは読み取れない。

やはりもっと先にあるのだろうと、“サーチ”の範囲を意識を集中して広げる。

しかし1メートルと少し進んだあたりで、ぷつりと流れ込んでくる情報が途絶えた。

クリスの展開する“サーチ”の限界がきたのだ。

ふっと息をついて魔法を解いた。

「ダメね。分かったのはミミズとか虫の気配くらいで、あとは普通の地面よ」

「そっか。・・・どうするかな。いっそ掘ってしまえたらいいのに」

「それはあとで埋め直してもバレると思うわ」

「だよね」


時間をかけられるなら地盤沈下の件を校長あたりに知らせて、建物の保護と生徒の安全のためと説得して公式に調査することもできる。

そうなればいくら掘っても咎められないだろうが、今の状況は悠長に手続きを踏んでいられるようなものではなかった。

瘴気をまいてクレナダ村の人々を殺害したらしきフードの男の行方がかかっている。

もしこの皇都でクレナダ村と同じような事件が起きたら、人口が多い分だけ被害は前回よりも確実に広がるのだ。


すでにあの事件から数週間たっている。

一刻も早く見つけ出す必要があった。

ウンディーネを家族同然に思っているクリスは、彼女の安否のためにも下手な行動を起こして時間を取られたくなかった。

掘った跡が見つかれば、説明を求められるだろう。

その手間が惜しい。

上級魔法の転移が使えれば一気に解決するが、まだ授業で習っていない上に、たとえ知っていても“サーチ”でこの有様のクリスでは発動するかさえ怪しかった。

「入口があればいいのに・・・」


ぽつりとつぶやいたクリスの言葉に、ヴァンはぽんと手を打った。

「それ、いいね」

「え?でも地下通路のことは忘れ去られてるって言ってなかった?出入り口なんて誰も知らないんじゃないの?」

「知らないなら調べればいいんだよ」


そう言ってヴァンは凹んでいるらしい地面の上を何度か往復した。

「うん。ここからこうして・・・右へ陥没してるから・・・。ああ、ここからは途切れてるか」

「なにしてるの、ヴァン?」

「凹みをたどってるんだよ。・・・この先に続いてる。陥没してない通路から先は読めないけど、少なくともこの方向に出入り口があると思う」


クリスはヴァンが指さす先を見て、このあたりの地図を思い浮かべた。

たしかこの先には十数年前に古い校舎を壊し、新設された用具倉庫があったはずだ。

そこまで思い出したクリスは、さっと顔色を変えた。

「どうしよう!」

「え、なにが?」

「この先に入口がありそうな場所を思いついたけど、たぶんそれ・・・新しい建物の下に埋まってるわ」

「なんだって!?」


ヴァンは頭を抱えてうずくまった。

クリスも座り込んでしまいたい気持ちになるが、一応提案してみる。

「とりあえずその建物へ行ってみない?奇跡的に入口を見つけた人がいて、もっと奇跡的にそれが建物の外なら調べられるわ」

「奇跡を連発してる時点で絶望的だね」

「ほかに方法があるの?」

「いや・・・まあ、試してみるか」


ぐんとヴァンが伸びをしながら立ち上がった。

羽織った外套についた土ぼこりを叩いてクリスに案内を頼む。

「やれることは全部やってみよう。その建物への道は?」

「こっちよ」




用具倉庫に到着すると、図書館のときと同様にふたりは周囲をまわってみた。

このあたりは地盤沈下が起こっていないのか、起こっていたとしても十数年前の工事で平らにならされたのか。

ここに先ほどの地下通路がつながっているという証拠は見つけられなかった。

入口になりそうなものも見当たらない。

むしろ手入れが行き届いた地面には草ひとつ生えていないので、調べるまでもなく地下へ続くような穴はなかった。

「ウンディーネ・・・どこなの」


こんなふうに煮詰まったとき、おっとりとした話し方で場を和ませてくれる精霊の名前をクリスは口にした。

そのときクリスのすぐ下の地面から薄く光る物体が浮き出てきた。

「なっ、なっ!?」

「下がって!」


ヴァンが驚愕で言葉にならないクリスを引っ張って背に密着させるように庇う。

その物体は球体で、くるりと半回転した。


顔がついていた。


思わず硬直したクリスは、悲鳴を上げなかった自分をほめてやりたいと思った。

妙に簡略化されたコミカルな顔だが、それがくっついているのが光る球体だと不気味でしかない。

しかもボールのように弾んでこちらに近づいてきた。

ヴァンが剣を抜き放って構える。

「きらないで、きらないで。やめて、やめて」


口のような穴から幼児のような拙い言葉が出てきた。

「きっ、きもちわるい!」

「ひどい!」


クリスが思わず叫ぶと、球体がすかさず非難してくる。

ヴァンは剣先を球体に向けて構え直した。

「お前はなんだ?」

「ぼく、ぼく。すらいむ、じゅうさんごう」


すらいむ?なんだそれは。

じゅうさんごう?13号だろうか。


正体不明の存在すぎる。

新しい魔物と考えるには、まったく敵愾心が感じられなかった。

すらいむじゅうさんごう、と名乗った球体はさらに続けて言った。

「さっき、さっき。みずのなまえ、なまえ。いってた、いってた」

「み、水?まさかウンディーネのこと!?」

「うん、うん。ふぇんりる、ふぇんりる。いっしょ、いっしょ。きて、きて」


言い終わるとすらいむじゅうさんごうは、また上下に跳ねた。

ヴァンは剣をすらいむじゅうさんごうに向けたままだが、こちらを攻撃する意思はなさそうだと判断したらしい。

クリスのほうを振り向いた。

「クリス、どうする?こいつの言うことが信用できるかは別として、手がかりが呼んでるみたいだよ」


クリスはしばらく悩んだが、ようやく掴んだウンディーネの足取りを逃すことはできなかった。

すらいむじゅうさんごうは気持ち悪いが、文句は言えない。

「行くわ。身代わりの彫像もあるし、ヴァンもいるもの」

「できるだけ守るけど、自衛も忘れないように」

「わかってるわよ」


きっちり釘を刺してきたヴァンに言い返して、クリスはすらいむじゅうさんごうに言った。

彼の背から出て向き合うには勇気がいるので、背中越しに声をかける。

「その場所につれて行って」

「うん、うん。ぱっくんちょ、ぱっくんちょ」


すらいむじゅうさんごうの体が膨れ上がったと思ったときには防御するまもなく、ふたりは巨大化した球体に包まれていた。

さらに次の瞬間には、固い石の上に投げ出される。

周りを見ると、どこかの回廊のようだった。

「ここ、ここに。いる、いる」


ヴァンが球体に殴り掛かった。剣でないだけ手加減したのかもしれない。

「おまえ!なにしたんだよ!」

「つれてきた、つれてきた。てんい、てんい」


もうどんな怪奇現象が起きても動じないかもしれない。


クリスはいっそ悟ったような目で遠くを見た。

見たこともない魔物のような生物に飲みこまれる。それがあろうことか上位魔法の転移の魔法をやすやすと操る。

常識ってなんだろう・・・。


クリスが遠いところに意識を飛ばしている間に、ヴァンがすらいむじゅうさんごうから詳しい話を聞きだしていた。


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