悪夢
「こんばんは、リリス。お体のほうは?」
リリスは驚いた。自分の部屋に昨日の男が居たことに。
「な、何で居るの……」
「すみません。つい」
「ついじゃない!」
なんとも非常識な男だ。
「それで、お体のほうは?」
ふとそう聞かれ戸惑った。何を言っているのだろう?
「べ、別に…」
正直に告げるのも悔しい気がしてリリスは黙り込んだ。
「本当ですか? わたくしには貴女の体が着々と変化を遂げているのが手に取るように分かるのですが?」
「どういうこと? 何を知っているの?」
リリスは怪訝そうにべリアルを見た。
ベリアルの言葉にはなんとなく思い当たる節はある。刹那、不安に襲われた。
「今の貴女にわたくしの言うことのすべてを受け入れられるだけの余裕は無いと思いますが……。少し休まれたほうが良いでしょう。貴女が眠りにつくまでは傍にいることを約束します」
そんなことは望んでいない。
ただ、ベリアルの言った『変化』というものがが気になるのだ。
「いいから教えて。変化って何? どういうこと?」
リリスは静かに訊ねる。けれども彼は答えない。
「今の貴女に必要なのは休息です」
リリスは急激に眠気に襲われ、そして闇に落ちた。
そこで夢を見た。
突然背中に激痛が襲う。
いや、熱だ。灼熱が背中に走る。
体が融けてしまうのではないかと思えるほどに熱い。
背中が裂けるような錯覚。
まるで羽化をする。蝶のように。
蛹のような皮膚を、翅が突き破る。
リリスは目を覚ました。今までに無いほど大量の汗をかいた。
本当に自分はあんな変化を起こしてしまうのだろうか?
ベリアルが言っていた変化とはこのことなのか?
それは悪夢以外の何ものでもない。
「ベリアル…いる?」
「ここに」
呼びかけてみるとすぐに返事が来た。一安心する。
何故か彼が居ることに酷く安心した。
「どうかなさいましたか? リリス」
ベリアルは心配そうな表情でリリスの顔を覗く。
「ベリアル…夢を見たの…背中が急に熱くなって…」
「羽化する夢ですか?」
すべてを言い終わる前にベリアルが答えた。
「な、何で知ってるの? まだ言ってないのに!」
「やはり変化は始まっているようですね…」
ベリアルは質問には答えず、ただ一人納得したようだった。
「申し訳ありません。どうやら私は貴女を巻き込んでしまったようです。ですが、ご安心を。必ず貴女を元に戻す方法を探して見せます」
ベリアルの表情は帽子に隠れてよく分からない。
「どういうこと? 元に戻すって? 教えて!」
リリスは叫んだ。
「貴女の体は変化いたします。先ほど見た夢のように。貴女はすでに半分は人間ではありません。半分は人間で、半分はわたくしと同じ…」
今まででも十分に驚いていたがその後の言葉はリリスをさらに驚かせた。
「半分は、わたくしと同じ悪魔です」
あくま?あくまってあの悪魔? 異形の者のなかで最悪とされるあの悪魔?
「そ、それ本当? 悪魔って、そんな!」
自分が恐ろしい異形の者? ベリアルが最悪の悪魔? 信じられない!
「それが事実です。わたくしがあの日貴女に声を掛けたことが原因かもしれません」
ベリアルはそういって眼を伏せた。
「そんな…」
「とにかく、元に戻るまでは神の御印には近づかない方が良いでしょう。わたくしほどになればそのくらいは平気なのですが、貴女はまだ変化の途中です。完全体になるまでは神の御印は危険でしょう」
そんなことを言われてしまった。
「とにかく今宵はお休みになってください」
その言葉に、再び強烈な睡魔が襲ってきた。