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 月に横顔が妖しく輝く。


 今宵は満月だ。





 月の中の横顔を覆うように大きな黒い影が見えたような気がする。それは不気味な蝙蝠を連想させる。

 ただなんとなくそれに惹かれていくようなそんなな感覚がした。

 影がだんだん近づいてくるような感覚に襲われ逃げようとしたが、少女はその影に対する好奇心で動けなかった。


 影は、少女の屋敷の塔の上にある悪魔の像の上で止まった。

 それは人間のような姿だった。異形の者だ。彼女はすぐに理解した。この村は、いまだに異形の物が人間を襲うという事件が後を絶たないのであった。

 彼女は不思議に思った。なぜ異形の者が、自分の屋敷の悪魔の像の上にいるのか。悪魔なら逃げ出すのではないかと。

 影の主は、彼女に気付いたらしい。像の上から舞い降りてきた。その姿は、黒い衣服に身を包んだ人間のようだ。

 深く被っている帽子のせいで顔も年齢も性別もわからない。ただ、衣服から男性なのではないかと思われる。

 不意に影の主が話しかけてきた。

「お嬢さん、このような夜中に出歩いては危ないですよ。夜は異形の者が支配する。最近はここらで、あなたのような若い娘が死体で見つかるということが多いですからお気をつけてください。…最もわたくしがその異形の者かもしれませんが……」

 彼は妖しく笑う。

「だ、だれ?」

 少女は恐る恐る訊ねた。

「これは失礼。わたくしはベリアルと申します。貴女に惹かれ此処に誘われた者」

 ベリアルと名乗った男は帽子を脱いで一礼した。

「ふざけた人ね。ここに居てはあなた、明日にでも警察に連れて行かれてるかもしれないわ。はやくお帰りになられたほうが宜しいのでは?」

 少女はこの不思議な男に興味をもった。

 どこか、惹かれていく。本能は危険だと告げているのに逆らうことが出来ない。

「では、貴女の名を教えていただけるのでしたら、今宵は帰ることにいたしましょう」

 男は妖しい笑みを浮かべて言う。

 少女は戸惑った。この男に名を教えてよいものか…。

 しばらく迷ってそれから一言「リリス」と短く答えた。

「それでは、リリスまた明日、会いに参ります。」

 そう言って、彼は闇に消えた。

「どこにいったの…」

 彼女は残されたなぞと、また明日という言葉に再び戸惑った。




 翌朝、目が覚めたリリスは不思議な夢を見たような気がした。

 まさか、自分の家の庭に見知らぬ男がいるわけがない。

 庭は安全が保障された空間であるはずだ。


「ベリアル……」

 聞きなれない響きの不思議な名前だった。異国の人間だろうか。いや、そんなはずはない。あの者は異形の者だ。




 その日、何故だかリリスは、教会に入るのが酷く嫌なことのように思えた。

 その空間が酷く穢れたものに思え、聞きなれているはずの司祭の声が異形の者の断末魔の叫びのように酷く恐ろしいものに聞こえた。

 どうしたのだろう。

 自分も異形の者になってしまうのではないか?

 彼女は酷く不安に思った。

 ベリアルと名乗ったその男は酷く美しく不思議な魅力があるような気がした。何故か心が惹かれて行くのを彼女は感じ取った。

 同時にそれがとても罪深いことだということも。

 教会から出たときはすでに疲れ果てていた。こんなに気分が悪くなったのは初めてだ。何かがおかしい。

 だが、自分の体の異変の原因は解らない。

 妙なだるさに耐え切れず、一眠りする事にした。


 すぐに深い眠りが訪れた。





夜。リリスは眠り続けていた。

「お邪魔します」

 ベリアルは鍵の開いていた窓から彼女の部屋に入り込んだ。

「可愛らしい寝顔ですね。起きるのを待ちましょうか」

 ベリアルは、そっとリリスの顔を覗き込んだ。そして、しばらく、彼女の顔に見とれていた。

「花の香りがする…」

 思わず彼女の髪に触れてしまいそうになったその時、誰かの気配がした。

「リリス様、失礼します」

 おそらくはメイドだろう。突然の事に驚いたベリアルは側にあったクローゼットに隠れた。

「そろそろ起きてください。お食事をお持ちいたしました」

「うっ……ごめんなさい。気分が悪くて…」


(目覚めてしまった…)

 彼女達の会話を聞いて少し寂しく感じる自分はどうかしてしまったのだろうか?

 ベリアルはとても不可思議でならない。

 苦しい。それはリリスが苦しむからだろうか?

 既に痛覚は機能していないはずの自らの体の異変に戸惑う。

 クローゼットの中で眩暈を起こしそうになる。

 僅かに開いた隙間から聞こえる少女たちの声に耳を傾け、壁にもたれかかるのがやっとだった。





 ふと、リリスの目に十字架が留まった。

(気持ち悪い…)

「…ごめんなさい。その十字架外して下さる?」

 メイドのナンシーは不審そうにリリスを見た。

「どうしました? この十字架が何か?」

 彼女は自分の胸の十字架を少し持ち上げた。

「お願い! 私にそれを見せないで!!」

 リリスの気迫に負け彼女はあわてて十字架を外した。

 十字架が恐ろしい。

 それは十字架が死を暗示させるものだからだろうか?


 いや、そうではない。


 十字架自体が恐ろしいわけではない。

「一人にして頂戴」

 食事はいらないわと告げ、ナンシーを追い出す。

 独りになった部屋で、彼女は慌ててカーテンを閉めた。

「なんなのよ……」

 自分が分からない。恐ろしい。

 リリスは自分を抱きしめて震えた。


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