婚約破棄されたら、精霊樹が味方でした
北方大陸、精霊樹の森を守護する古き学び舎、王立魔導学園アルシェイム。その卒業パーティーで、私は婚約破棄を言い渡された。
「レティシア! 貴様とは今日限りで婚約破棄だ!」
あーあ、とうとう言われてしまった。
壇上でエドヴァルド王子が声を張り上げた瞬間、私は妙に冷静にそう思った。隣に立つマルグリット嬢が、勝ち誇った顔で私を見下ろしている。
「お前の地味で目立たぬ性根に、俺はとうに愛想が尽きていた! マルグリットとの真実の愛を、これ以上邪魔させはしない!」
会場の反応は割れていた。「またレティシア様が悪者にされてるわ」と眉をひそめる令嬢。「でも殿下、本当にマルグリット様に夢中よね」と訳知り顔の生徒。「地味な精霊契約者じゃあねぇ」と鼻で笑う取り巻き。同じ光景でも、皆それぞれ違う顔をしているものだと、私はどこか他人事のように思った。
私のスキルは、精霊樹アルシェイムと契約した「森告げの加護」。天候と植物の異変をいち早く感じ取れるという、地味で目立たぬ加護だった。婚約が決まったのは十歳の時。国王陛下から「エドヴァルドをよろしく頼む」と言われ、誇らしかった。だから頑張った。けれどその努力は無駄だった。陰では「ゴミ加護令嬢」と呼ばれていたことも知っている。
「婚約破棄されて当然の女だ。大人しくこの国から――」
王子の言葉を遮るように、私の頭の中に声が響いた。
『レティシア、聞こえるか』
精霊樹アルシェイムの念話だった。
『北の空、様子がおかしい。氷精と炎精、同時に来る。急げ』
血の気が引いた。数日前から感じていた胸騒ぎ――あれは前兆だったのだ。
「王子、今すぐ北の平原に伝令を! 氷精と炎精、両方の精霊獣が同時に発生します!」
「は? 婚約破棄の最中に何を世迷い言を」
王子が鼻で笑う。構わず教師に事情を告げると、早馬が城へ走らされた。
やがて、会場の扉が大きく開いた。
「ただいま戻りました!」
土と煤にまみれた精霊騎士科の五人が、壇上へ向かってくる。寡黙な副団長格のルーカス様が声を張った。
「北の平原にて、氷精と炎精、相反する精霊獣が同時発生。事前の通報のおかげで、死者はなし、負傷者も最小限だ」
わあっ、という声で会場が揺れる中、明るい団員が茶化すように付け加えた。
「本当に驚いたよ、村の連中がもう避難を終えてたんだから。レティシア嬢様々だな」
弓の名手だという団員が肩をすくめる。
「正直、半信半疑だったさ。婚約破棄の最中に飛んできた急報だぞ? 現地に着いたら村人が『精霊樹の巫女様が教えてくれた』って言うんだ。あれには参った」
物静かな最年長の団員が、ぽつりと呟いた。
「俺は、疑ったことは一度もない」
「え、お前今さら格好つけてない?」「昨日『まさかな』ってぼやいてたじゃん」
「……記憶にない」
どっと笑いが起こった。ルーカス様が私の前でひざまずいた。他の四人も倣う。
「レティシア嬢の予知がなければ、俺たちは間に合わなかった。深く感謝する」
「あ、あの、頭を上げてください……!」
「……昔から、お前の力は本物だと思っていた」
「昔から、な。毎晩お前の話ばかりしてた奴が言うと重みが違うよなあ」
「黙れ」
耳が赤いルーカス様を見て、私は笑いを堪えるのに必死だった。
翌日、居間には求婚状の山ができていた。
「サイラム侯爵家の子息、以前あなたに『地味で使えない女だ』と言っていたはずですけれど」
「こちらの子息など、去年の夜会で挨拶すら返してくださいませんでしたわ」
「皆さん、手のひらを返すのがお早いこと」
母が呆れた声で言い、父が眉間を揉んだ。
「これは丁寧にお断りの返事を書かねばならないな」
そこへ、家令が困り顔で新たな手紙を差し出した。
「奥様、こちらは求婚状ではなく、ヴァレン様から『明日、お会いしたい』とのことでして……あと、こちらは精霊騎士団の長老様から、なぜか精霊苗木の育て方の相談が」
「精霊苗木?」
両親が同時に首をかしげる中、私だけが、なんとなく理由に思い当たっていた。
翌日、庭では私服姿のルーカス様が、大きな精霊苗木の鉢を抱えて立っていた。
「これを、届けに来た。アルシェイムと同じ種の苗だ」
苗木から、聞き覚えのある念話が届く。
『こやつ、お前のために似た苗を、精霊の森中探し歩いておったぞ。三日もかけてな』
「ちょっ、木、余計なことを言うな……!」
「三日も、探したんですか?」
「別に。ただの礼だ」
『それと、こやつ団の宿舎で、求婚の台詞を三十回は練習しておった』
「お前は本当に、いちいち黙っていられないのか……!」
真っ赤になったルーカス様が苗木を睨みつける。苗木は涼しい顔で(そんな顔はないのだが)、さらに続けた。
『三十一回目でようやく詰まらずに言えるようになってな。今日がその、記念すべき本番――』
「言うな! もう言うな!」
私は堪えきれずに声を出して笑ってしまった。
「……もう、いい。台詞は、忘れた。その、また来る。それだけだ」
逃げるように帰っていく背中を、私は笑いながら見送った。苗木がやれやれと言いたげに、小さく葉を揺らしている。
『まったく、あれで三十一回も練習した意味があったのかどうか』
「次は、ちゃんと聞かせてくださいね」
私がそう苗木に話しかけると、遠ざかる馬車の中から、くぐもった叫び声が風に乗って届いた気がした。
「あーっ! やっぱり台詞を最後まで言えばよかった……!」
数日後に届いた手紙には、次の遠征の予定と、あの精霊苗木の名を一緒に考えてほしいという一文、そして最後に小さく、こう添えられていた。
――今度こそ、ちゃんと言う。
地味だと笑われ続けた加護が、こんな賑やかな未来を連れてくるとは思わなかった。
完




