第二話 毒耐性は愛情です
俺の朝は、だいたい爆発音から始まる。
ドォン!
「なに今の!?」
『安心して。失敗よ』
「安心できない!」
ここは世界最強クラスのダンジョン最深部。
そして俺、ユウト(五歳)の自室。
いや自室と言っても、岩盤をくり抜いた豪華仕様だ。
ベッドはスライム製。ふわふわで寝心地は最高。
問題は環境音である。
『今日は毒耐性強化の日よ』
「聞いてない!」
壁に手を当てると、ひんやりとした感触の向こうからママの声がする。
『昨日の外出で思ったの。もし毒を盛られたら大変でしょう?』
「誰が五歳児に毒盛るんだよ!」
すると、リッチ先生がすっと現れた。
「ユウト様、本日の教材はこちらになります」
差し出されたのは、紫色に発光する液体。
「それ絶対アウトなやつ!」
「致死量の十分の一に抑えてあります」
「十分の一でも怖い!」
奥でドラゴンがうなずく。
「泣いたら燃やす」
「だから燃やすな!」
ゴーレムが無言で俺を抱き上げ、椅子に座らせる。
逃げ道がない。
スライムが心配そうにぷるぷる震えている。
お前だけが良心だ。
『大丈夫よ。ママが守るわ』
「その前に止めてくれ!」
◇
結局、飲んだ。
ほんの一滴。
舌が痺れ、視界がぐらりと揺れる。
「うわ、まず……」
次の瞬間。
迷宮全体が低く唸った。
ゴゴゴゴゴ……。
「ちょ、ちょっと待って、揺れてる!」
『ユウトが苦しんでいるわ』
「軽く痺れてるだけ!」
天井から魔力が降り注ぐ。
床が輝く。
リッチが慌てる。
「回復魔法を三重展開!」
ドラゴンが翼を広げる。
「犯人はどこだ」
「俺が自分で飲んだ!」
迷宮の構造が書き換わり始める。
通路が増え、トラップが倍増し、ボス部屋の威圧感が三段階アップ。
『ユウトを傷つける可能性のある存在は排除するわ』
「可能性で排除するな!」
その頃、第一層。
侵入していた冒険者パーティーが青ざめていた。
「難易度上がってないか!?」
「さっきまでスライムしかいなかったぞ!?」
壁に表示が浮かぶ。
【息子が少し痺れました。難易度を調整します】
「どういう理由だ!」
◇
数分後。
俺は無事だった。
むしろ体がぽかぽかしている。
「……あれ?」
「成功ですね」
リッチが満足げにうなずく。
ステータスウィンドウ(迷宮特製)に表示が出る。
【毒耐性+1】
「地味!」
『すごいわユウト!』
次の瞬間、迷宮全域に声が響いた。
『ユウトはえらいわ! 世界一よ! 天才よ!』
壁が反響する。
モンスターたちが一斉に拍手。
ドラゴンが火柱を上げる。
「褒め方が重い!」
第一層の冒険者が叫ぶ。
「なんで急に祝賀ムードなんだ!?」
◇
騒ぎが落ち着いたあと。
俺は壁にもたれかかる。
「ママ」
『なあに?』
「毒は、たぶんもうちょい大きくなってからでいいと思う」
少し沈黙。
迷宮が静かに脈打つ。
『……心配なの』
その声は、いつもより少しだけ小さい。
『外は、予測できないものが多いわ』
「うん」
『だから、強くなってほしいの』
俺は天井の青いコアを見上げる。
「じゃあさ」
『ええ』
「普通の勉強もさせて」
数秒の間。
『……算数?』
「うん」
『敵を十体――』
「違う!」
迷宮が、くすりと笑った気がした。
『わかったわ。明日は足し算よ』
「平和だ……」
遠くでゴーレムが黒板を運び始める。
リッチがなぜか戦略地図を広げる。
「だから普通の足し算!」
俺の日常は、今日も騒がしい。
でも。
過保護で、最強で、ちょっとポンコツな母親の愛情は――
たぶん本物だ。
毒より、ずっと強力なくらいに。




