ビワハクへ行こう!(8)
彼は、真北風海と名乗った。
大学近くのカフェ。私と真北くんは、窓際のカウンター席に横並びで座っていた。
結局あのあと、少し離れたところから新歓会場を覗いてみたら、あの男の先輩は、別の女の子のそばで楽しそうに笑っていた。その隣には、あの女の先輩が彼を見張るような目をして座っている。それを見て内心ホッとしている自分がいた。
お礼と謝罪は後日にしよう。私たちはそっとその場を離れた。
私と真北くんは、運ばれてきたコーヒーを飲みながら、他愛もない話をしていた。どの学部に所属しているとか、出身地の話とか、新歓の感想とか。お互い、旅行サークルに興味を示しただけあって、どこかへ出掛けるのが好きなのだと分かった。今までの旅行の思い出とか、行ってみたい場所の話とか、結構共通するところも多くて会話が弾んだ。
真北くんは、進学にあわせて田舎から出てきたのだと言った。京都に来るのは初めてで、どこに何があるのかわからないけど、格子状の町並みはいいと思う、と言った。ラーメン屋さんが多いんだよと教えると、「へぇ」と意外そうにつぶやいた。
「南羽さんは、京都出身ですか」
「や、違うけど。私ラーメン好きで、食レポ動画とかよく見るから詳しくなっちゃって。ちなみに出身は福井だよ」
「福井・・・・・・」
「・・・・・・いま、田舎だって思った?」
「いえ、そんなことは・・・・・・。俺の方が多分ずっと田舎ですし」
真北くんがフォローするように付け加えるけど、本心から言っているのか、単なる気遣いなのか、表情からは相変わらず読めなかった。
「まぁ、否定はしないけどね。福井はいいよぉ。のどかだし、海もあるし」
海、という言葉に真北くんは反応した。
「海のあるところで育ったんですか。うらやましいです」
自分の地元は山間だったから実際の海を見たことがないのだと、彼は言った。魚が泳いでいるのも見たことない?とたずねると、川魚ならある、と彼は答えた。
川魚、と聞いてふと思い出したことがあった。今日の新歓で会った人が滋賀県出身で、とある施設の良さを力説していたのだ。話を聞くうちに私も気になって、近いうちに行ってみようかなと思っていた。
「ねぇ真北くん。もし良かったら、なんだけど・・・・・・」
せっかくだし、出掛けるなら誰かと感想を共有できたら楽しいよね。
そんなわけで、私は真北くんと、翌週の土曜日、ふたりで琵琶湖博物館に行く約束をしたのである。
「でね、その子いわく、ビワハクのいちばんの魅力っていうのは・・・・・・」
真北くんとベンチに横並びで座り、私はここへ来ようと思ったきっかけや、実際に来てみた感想を思いつくままに喋り続けた。
合間にはさまれていた穏やかな相づちが、いつのまにかなくなっていた。
はた、と我に返り隣を見やると、真北くんは壁にもたれかかって、すやすやと寝息を立てていた。
ありゃ。寝ちゃってる。
しばし、彼の貴重な寝顔を見上げてみる。無造作に短く切りそろえられた黒髪が、風に揺れている。まぶたと唇は薄く閉じられ、日向ぼっこする猫のように無防備だ。その姿は、見る者の警戒心をやわらかく解いていくような、そんなあたたかさがあった。
真北くんを誘ってよかったな、と思う。
真北くんはなんというか、いつだって自然体だった。
電車の混雑ぶりに困惑する姿も、オオサンショウウオの写真を見たときの顔も、ごはんを一緒に食べたときの仕草も、こうして眠っているところさえも。
無表情で、ピアスを開けていて、近寄りがたい人かも、なんて思っていたけど、私の話を聞いたり、展示を見たりしているときの彼の顔は真剣で、水槽の前に立つ彼の目は、きらきらと光に満ちていた。
彼は、自分をよく見せようとすることも、私に対して変に気を遣うこともなかった。彼の持つまっすぐな雰囲気がいいなと思ったし、そんな真北くんのそばにいて、私は安心していられた。
また一緒にでかけたいな。
ふわりと春の風が吹いてきて、そんなことを思う私を優しく包み込んでくれた。琵琶湖から吹く北風は、思ったよりもあたたかかった。




