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ビワハクへ行こう!(7)


 この雰囲気、ちょっと苦手だなあ・・・・・・。

 学部のオリエンテーションで話した先輩に連れられてきたのは、旅行サークル『れとりっぷ』の新歓だった。

 どこかへ出掛けるのは好きだし、楽しそうだと思って軽い気持ちで参加してみた。活動内容は、ごくごく普通の健全な旅サークルって印象。自由参加型で厳しくもなさそうだし、所属している人たちも親切そう。だけど。

 自己紹介のあと、隣に座る男性が聞いてきた。


「南羽さんね、よろしく。学部どこ?」

「環境創造学部です」


 環境創造学部――人の暮らしに関わる環境を広く研究する学部で、学生の間では『カンソウ』と呼ばれているらしい。私はその中の『人間食文化学科』へ、この春入学したばかり。

 別の男の先輩が、歓声に似た声を上げる。


「おぉ、貴重な理系女子!」

「ちょっと、あたしもカンソウのリケジョですけど?」


 そばにいた女の先輩が、冗談めかしてすかさず口を挟む。同じ学科の先輩で、私をこの新歓に誘ってくれた人だ。アネゴ肌、とでも言うんだろうか。少し喋っただけでも、ハキハキとした印象のある人だった。

 男の先輩がわざとらしく手を広げ、おどけた態度で返す。


「おまえはただのリケジョじゃん。ひなたちゃんには初々しい『新入生』というステータスがある」


 それを聞いた女の先輩は腕を組み、煽るような、だが勝ち誇った口調で言った。


「あーあー、そういうこと言うんだ。次の合宿で作るメニュー考える係、降りよっかなぁ」

「いや、それは! ・・・・・・たいへん失礼いたしました、お嬢様。こちら、その辺のスーパーで買ってきた黒ウーロン茶でございます」

「うむ、くるしゅうない」


 ふたりは、芝居がかった口調で軽快なやり取りを続けている。それを眺める私に、隣の先輩が「合宿の晩御飯はいつもみんなで作るんだけど、その献立をいつも考えてもらってんの」と耳打ちする。

 私と目が合うと、彼は二重の目を細めてにこりと笑った。 


 なんとなく、その先輩とふたりだけで話すような雰囲気になってしまった。


「オレもひなたちゃんって呼んでいい?」

「あ、はい。どうぞ」


 さっきの先輩も、さらりと私を名前で呼んでいたけど、大学生ってみんなそういうものなのかな。


「ひなたちゃんは、最近どっか出掛けたりした?」

「ええと・・・・・・、京都水族館に先週行きました」

「おー、あそこいいよね。誰かと行ったの?彼氏?」

「いえ、ひとりです」

「そうなんだ。彼氏は遠距離とか?」

「・・・・・・付き合ってる人とかは、いないです」


 驚いて見せる彼の顔は、少しわざとらしく思えた。私はあいまいに笑って受け流す。

 彼氏がいる前提で話を進め、こちらの否定を引き出す。こうして恋人の有無を探られることはよくあった。別になんでもない、ただ目の前の相手との距離を縮めるための会話だと割り切ればいいんだろうけど、どうしても居心地の悪さは拭いきれない。

 完全にこちら側の問題で、この先輩が悪いわけではないんだけど。

 好意を寄せてくれるのはありがたいことだとは思いつつも、こういうのは正直苦手だった。

 だから、女の先輩が「ちょっとそこ! かわいい後輩に手ぇ出さない!」と助け舟を出してくれたのはありがたかった。

 肩をすくめて苦笑しながら弁解する先輩を残し、お手洗いに行く、とあいまいに笑って私は席を立った。


 そろそろ戻らなくちゃ。

 誘ってくれた先輩にお礼を言ってから帰ろうと思うけど、あの場に戻るのは少し気が重い。

 そんなことを考えていたから、女子トイレから出たところで、もう少しで誰かにぶつかってしまうところだった。

 視界いっぱいに広がる人影と、黒っぽいシャツ。

 顔を上げると、そこにいたのは、『れとりっぷ』の新歓会場にいた男の子だった。


 背が高くて目立つ彼は、他の新入生に混じって会話に参加しながらも、ずっと落ち着いた様子だった。先輩たちと一緒に盛り上がるでも、愛想笑いをするでもなく、淡々と会話の中にいる。メガネをかけているように見えたから、真面目な人なのかも、というのが第一印象だった。

 少ししてふと視界に入った彼は、隅っこで壁にもたれかかって立っていた。会場で盛り上がっている人の方に視線を向けつつ、スマホをさわっては、空模様を気にする素振りを見せる。

 遠目で表情はわからなかったけど、もしかしてあまり楽しくないのかも、なんて思って、勝手に親近感を抱いていた。


 トイレから出たところで彼に出会ったとき、私はとても焦った。彼はかばんを身に着けていて、もうこのまま帰ってしまいそうな雰囲気だったから。あの場で唯一、私と感想を共有できそうな人。置いて行かないでほしい、なんて思いが頭の中を駆け巡った。

 だからつい、あんなことを言ってしまった。


「その・・・・・・ふ、ふたりで、抜け出しませんか?」


 口をついて出た言葉にハッとなったけど、遅かった。目の前の彼は薄い唇を少し開けたまま、じっとこちらを見つめている。驚いているのか、あるいは引いているのか、メガネの奥で彼が何を思っているのか読めなかった。

 なんとか言い訳のように言葉をつなぐけど、表情を変えない彼の前に、私はうつむいた。

 ・・・・・・変な人だと思われただろうな。

 謝ってはやくこの場を去ろう。そう思ったとき、彼の言葉が私の耳に届いた。


「いいですよ」

「え?」

「どこか行きたい所、ありますか?」


 相変わらずの無表情だったけど、猫のようにまっすぐな瞳が私を見ている。

 何の含みもない、純粋な口調だった。まるで、晴れの日に「天気がいいですね」と言うような、そんなあたりまえのことを口にするような言葉が、私の心を優しくなでていく。


 彼の両耳にピアスが開いているのに気づいたのは、そのときが初めてだった。メガネの真面目くんかと思っていたから、彼の耳で輝く光がなんだか意外で、夜空にふいに現れた流れ星のように、魅力的に映った。


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