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伝えたかった思い(5)


 南羽さんの口から紡がれた言葉が、彼女の思いを丁寧に編んでいるようだった。


「私、真北くんと一緒にいるのは、すごく居心地がよくて好きなの」


 彼女は自分の手元を見つめたまま続ける。


「真北くんは初めて会ったときから自然体で、優しくて、周りのことすごくよく見てて、一緒にいて安心していられるから」

「安心・・・・・・」


 それまでの南羽さんの話で、彼女の言う『安心』の意味はなんとなく想像が付いた。南羽さんは「うん」とうなずいて、小さい、でもはっきりした口調で言った。


「真北くんは私のこと、恋愛的な意味で好きにならなさそうって思ったから」


 俺は黙って彼女の話を聞くことしかできなかった。


「でもそれって、私の自分勝手な気持ちを押しつけてるだけだって思ったの」


 南羽さんは、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉をはき出す。


「それで、真北くんは、どうして私と、仲良くしてくれるんだろって考えた時に・・・・・・私が、」


 詰まるように言葉を並べ、声を震わせる。


「私が女の子だから、一緒にいてくれるの、かなって」


 ぽとり、としずくが落ちるのが見えた。俺たちの間に沈黙が訪れる。

 俺は音を立てないように、深呼吸した。


 『着替えとか、落ち着いてしたいでしょ』


 自分が発した言葉が頭の中でこだました。あの言葉がきっかけだとは思っていたが、その理由がわからなかった。でも今、そうか、と腑に落ちた。

 どちらかというとあれは、社会一般の常識的判断から出た言葉に過ぎなかったが、南羽さんにとっては、俺が彼女を異性として認識しているように思えたのかもしれない。それは、間違っているともいないとも言えない、繊細な感覚だった。


「私、真北くんの優しさに甘えて、迷惑かけてるんじゃないかって、勝手にいろいろ考えて、悩んで。真北くんはそんな人じゃないって分かってるはずなのに・・・・・・ずるい自分も、真北くんを疑ってる自分も、全部ぐちゃぐちゃになって、わかんなくなっちゃって」


 彼女の言葉は、一度あふれ出した水のように流れるのを止めない。その渦に飲まれかけながら、俺は彼女に自分の姿を重ね合わせていた。

 学園祭直前。俺も今の南羽さんと同じように、俺と彼女との関係について考えて、悩んで、葛藤していた。

 結局俺は、あの時抱いた感情を、たどり着いた答えを、口に出さなかった。あの時はそれでいいと思ったが、今は違う。ちゃんと話さなくてはいけないと思った。

 それは南羽さんを慰めるためでもあり、俺自身を救うためでもあった。


「俺は、南羽さんが女の子だから一緒にいるわけじゃありません」


 気付けば、そう口にしていた。南羽さんがゆっくりと顔をあげ、瞳を揺らして問うような目で俺を見る。


「ええと、女性として魅力がないという意味ではなくて。性別がどうとかじゃなくて、()()()()()()()好きなんです。南羽さんは、俺から見ると太陽みたいで、明るくて、一緒にいて楽しいなって思います」


 渦の中心で泣いている友達(南羽さん)へ届けと、必死で手を伸ばす。


「俺は」


 ――あの時、話せなかった思いを。


「俺はこの先も南羽さんと、いちばん近くの友達でいたい」


 行きたいところへ行って、見たことないものを見て、おいしいものを食べて、たくさん笑って。俺は今までみたいなことを、これからもしたい。南羽さんと一緒に。


「でもそれは全部、『あなたが女の子だから』ではないんです」


 南羽さんが女性でも男性でも、俺は南羽さんのことが人として好きで、大切だった。

 性別などというのは所詮、彼女がたまたま持っていた要素に過ぎず、俺が南羽さんの近くにいたいと思う理由とは関係がなかった。


「男だとか女だとか関係なく、俺は南羽さんのことを大切に思っています」



 少しの沈黙の後、南羽さんがフッと目を伏せ、その拍子に涙が手の甲に落ちた。時折小さく嗚咽を漏らしながら、握りしめた手にぎゅっと力を込めて、小刻みに肩を震わせている。

 彼女はきっと今、自分の感情と向き合って、それを言い表す言葉を一生懸命探している。納得のいく答えを、彼女なりの表現で紡ぎ出そうとしている。


 彼女がその答えにたどり着くまで、俺はただじっと待とうと思った。

 そばに行って抱きしめるでも、抱き寄せて頭を撫でるでもない。

 恋人でない俺が、南羽さんにしてあげられる最大限の寄り添い方だった。


 長い時間、俺も南羽さんも、ずっと黙り続けていた。

 

 南羽さんが細く息を吸って、フーッと息を吐いた。


「真北くんは」


 指先で涙を拭って、まっすぐ俺を見る。


「やっぱり、優しいね。私も、真北くんのこと、いちばん大切な友達だと思ってるよ」


 彼女の目は赤く、瞳は揺れていたけれど、南羽さんは笑ってくれていた。

 雲に隠れていた太陽が顔を出して、その向こうに青空が広がっているような、そんなまぶしい笑顔だった。



 俺と南羽さんの関係は、いつか変わってしまうのかもしれない。『変わる』というのが、関係が『終わる』ことを意味するのか、その先に『発展する』ということなのか、それはわからない。

 けれど。

 もしそうなる日が来るとして、それは今じゃない。できれば俺と南羽さんの関係がこの先もこの形でずっと続いてほしいと、俺は思っている。

 もし、南羽さんも同じように思ってくれていたなら、これほど幸せなことはない。


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