ビワハクへ行こう!(5)
水の生き物コーナーは、他の展示室とは雰囲気が違っていた。
最低限までしぼられた照明が、いくつもある大きな水槽を静かに照らしている。
魚が泳ぐ姿をこんな風に真横から見るのは初めてかもしれない。水槽ごとに、俺はつい足を止めて見入ってしまう。俺にもなじみのある鮎やフナといった淡水魚のほかに、淡水に住むクラゲなんてのもいるらしい。と思えば普通に海の生き物もいたし、琵琶湖の固有種も展示されていた。
南羽さんは先に行くことも退屈そうにすることもなく、俺が見るのについてきてくれていた。
しばらく暗めの空間が続く。その先が、少し明るくなっていた。
曲がり角を進んだ俺たちの目に飛び込んできたのは、アーチ型の水槽だった。トンネルのように中を歩けるようになっていて、上下左右どこを見ても魚たちが優雅に泳いでいる。水面の動きに合わせ、やわらかな陽光がきらきらと降り注ぐ。沖縄とか、ああいう澄んだ水の中を散歩することができたなら、こんな感じなのかもしれない。
南羽さんが隣で小さく歓声をあげる。彼女はしばらくの間、写真を撮るのも忘れて見入っていたが、はたと気がついたようにスマホを取り出した。スマホをカシャカシャ言わせながら、「あの魚、隅っこで全然動かない」「見て、群れで一緒に泳いでる!」とコロコロ表情を変える。
おいしそう、という感想は聞こえてこなくて少し安心した。
青いトンネル水槽を抜けてしばらく行ったところで、それまでも十分高かった南羽さんのテンションは、ついにMAXになった。
おまちかねの、オオサンショウウオの水槽があったのだ。
「・・・・・・でっか」
思わず、俺の口から率直な感想がもれる。行きのバスの中で南羽さんが見せてくれた写真と見た目は同じだったが、想像していたよりもずっと大きかった。水の底の方に折り重なるようにかたまっていて、たまに水面に顔を出してはまた沈んでいく。外にいる俺たちに見られていることなど気にならないとでも言うように、彼らはゆったりと水の中を移動する。
南羽さんはそんな彼らの動きを見逃すまいとするかのごとく、水槽に顔を近づけていた。はしゃぐわけでもなく、ただじっとオオサンショウウオたちを見つめ、その小さな口元からは、たまに淡く吐息がもれる。
南羽さんがつぶやくように言った。
「はじめて見たけど・・・・・・なんか、いいね」
「いい?」
「うん。なんて言うか、生きてるって感じ!」
目を輝かせて言う南羽さん越しに、オオサンショウウオの口から気泡がもれるのが見えた。
展示室横の扉を開けて、俺たちは外へと出た。ぶわっと、春のあたたかい風が全身を包む。外はちょっとした中庭のようになっていて、咲きかけの花が鮮やかに花壇を彩っている。
すぐそばにあるベンチに腰を下ろした。途端に、足腰の緊張がスッととけていく。そのまま後ろにもたれ、建物の壁に背中を預けた。隣では南羽さんも足を投げ出すようにして座っている。
ビワハクの感想を話す南羽さんの声が、はしゃぐ子犬のように弾んでいる。しばらくは適当に相づちを打っていたが、申し訳ないことに内容については頭に入ってきていなかった。
彼女の声がどんどん遠くなって、広い部屋で反響する音のように、ぼやけていく。
やば。
そう思ったときには遅かった。視界が徐々に暗くなり、目の前に広がる花壇が見えなくなっていく。
今朝、あまりにも早く起きてしまったからだ。
俺は南羽さんの隣で、寝落ちしてしまっていた。




