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伝えたかった思い(4)


 真北くんに申し訳ないことをしているという自覚はあった。

 困っている人を助けるためとは言え、よく考えてみれば軽率な行動だったと思う。同じ部屋でいいです、なんて私が勝手に言い出して、断りづらい状況の中で強引に受け入れさせて。真北くんは私の考えを分かってくれてるだろうし、何より優しいから承諾してくれたけど、それが彼に『我慢』を強いてしまっていたとしたら?

 そう思うと、彼の顔をまっすぐ見ることができなかった。今日行った場所の感想とか、明日は何をしようとか、話したいことはたくさんあるのに、うまく言葉を繋げられない。

 お風呂上がり、真北くんは間違いなく私を待ってくれていたのだろうし、気遣って会話も振ってくれた。私の気持ちがわからなくて、困っているのだろうなと感じた。


 今だって、気まずさを紛らわせるために飲み物を買いに出て行ったのだと思う。

 ・・・・・・だめだ、ずっとこんな調子じゃ。

 私は大きく息を吸い込んで、自分の頬を軽くはたいた。

 真北くんに心配かけないように、いつもの明るい私でいよう。大丈夫、ちゃんとできる。

 そう気合いを入れるのと同時に、部屋のドアが開く音がした。真北くんが静かに襖を開けて部屋に入ってくる。


「南羽さん、これ」


 目の前に、紙パックに入ったイチゴ牛乳が差し出された。


「えっと、ありがとう」


 真北くんが座卓の向こう側に腰を下ろしながら続ける。


「甘いもの飲んだら、ちょっとは元気になると思います。今日1日、すごく楽しかったですけど、風邪気味なのにいろいろ連れ回してすみません。明日はゆっくり帰りましょう」


 真北くんが、「ね?」と同意を求めるように私を見た。眉をわずかに下げて心配そうな彼は、どこか申し訳なさそうにもしていた。

 その表情を見て、ヒュッと細く掴まれたような感覚が喉元を走った。

 なんで、真北くんがそんな顔をするの。なんで真北くんが謝るの。


「ちがう、ちがうの」


 私はとっさに頭を振って、真北くんに謝った。

 風邪気味なのも、少し疲れていたのも事実。でもそれ以上に私も楽しかったし、今私の心を占めている感情は、もっと別のところに原因があった。このまま自分の思いを押し込んだら、ダメな気がする。隠さずに、ちゃんと話さないと。

 少しだけ落ち着きを取り戻した頭で、心の底に沈んでいた記憶を、私は話すことにした。



 春休みに入る前の、友達との何気ない会話だった。恋人をつくって一緒に出かけたいとか、どんな人と付き合いたいとか、そういうよくある話をしていたと思う。


「そういえば、ヒナちゃん、春休みは彼氏とどっか行くの?」

「うん、まだ決めてないけど出かけたいなとは思ってるよ。・・・・・・てか、真北くんは彼氏とかそういうのじゃないから」


 私の訂正に、みんなが明るく笑う。もはやこのやりとりは私たちの中でお約束のようになっていた。


「まあでも、将来ヒナちゃんと付き合う男は幸せだよね」


 ひとりの子の言葉に、他の数人も同調する。


「わかる! かわいいし、前向きで気も利くし、料理もできるし」

「うん。てか、仮に付き合えなくても、そばに置いておきたい、って感じ?」


 褒めすぎだよ、と笑いながら、何かが心にひっかかった気がした。


 付き合えなくても。

 男女として付き合っていなくても。

 そばに、置いておきたい。


「まあその場合、男からしたら、おあずけ状態で苦しいだろうけど」


 ドキリ、と心がざわついた。『おあずけ』という言葉に言いようのない生々しさを感じ、それは同時に私の中にイヤな記憶を思い出させた。



 ――高校生の頃、仲良くしていたグループ内のひとりの女の子に彼氏ができた。

 恋人のいる友達なんて他にいなかったから、当然周りはその話題で盛り上がったし、私も楽しんで聞いていた。

 ある日その子が珍しく遅刻して登校してきた。首元に、傷のような痕をつけて。

 「どうしたの」と尋ねるも、彼女は口元ににやにやした笑みを浮かべるばかり。周りの女の子たちが気づいたようで、同じような笑みを浮かべながら、口々にはやし立てる。なおも首を傾げる私に、ひとりの子が耳打ちした。

 その言葉を聞いた私は思わず息をのみ、黙りこんだ。

 驚いて声が出なかった、というのが正直なところだけど、同時に言いようのない寒気のようなものが背中を走った。

 わかってる。相思相愛の相手とつながって、結ばれること。それはとても尊いことだ。でもだからこそ、興味本位でその行為におよび、誇らしげに周囲に触れて回る彼女を、私の心はひどく拒絶した。

 今思えば、その子が遠くに行ってしまったことへの寂しさや、自分自身にもいずれ訪れるかもしれない変化への恐怖があったのだと思うけれど、その出来事は、私を男女間の営みから遠ざける理由として十分だった。


 それからは、異性の態度に敏感になった。具体的には、自分が()()()()として見られているかどうか、そのことばかりを敏感に感じるようになった。少しでもそんな雰囲気を感じ取ると、私は彼らの前からそっと身を引いた――


 全部、話した。

 真北くんは一度もさえぎらず、静かに聞いてくれていた。


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