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伝えたかった思い(2)


 こうなることが予め決まっていたのではないかと思うほど、その後の6時間はスムーズに事が進んだ。

 美術館では、初めて浮世絵を近くで見た。製作過程の説明や流行当時の時代背景を知ってからだと、これまでなんとなく流し見ていた作品が確かに息づいているように見えた。版画の摺り体験ができるコーナーでは旅の記念を作れたし、小学校の図工以来だと南羽さんも楽しそうにしていた。

 少し東にある河川公園から見た富士山は山頂が雪をかぶっていて、その姿は圧巻だった。

 帰り道で途中下車して浜辺を走り、彼方に見える水平線に向かって意味のあることないことを叫んでは、ふたりして笑った。海はどこまでも広く、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。


 さわやかのハンバーグも無事に食べることができた。運ばれてきた目の前で焼かれ、完成へと近づいていくハンバーグ。その色も音も香りも、口に広がる味も、長時間待ったという事実を忘れてしまえるほどの満足感があった。

 店を出る頃には完全に陽が落ちていたが、駅前からのびる大通りはお祭りのように明るい。俺たちは人や車が行き交う中を、ホテルへと向かって歩いた。

 ホテルにちょうど着く頃、かすかな水滴が俺の頬を濡らした。


「わぁ、降ってきちゃったね。歩いてる途中に降り出さなくてよかった」


 南羽さんが空を見上げて言う。決して強くはないものの、厚い雲に覆われた空からは雨粒が次々と降り注いでいた。

 この世にタイミングを司る存在がいるとしたら、今日は俺たちにつきっきりだったに違いない。



 チェックインの手続きをしているところへ、背後で自動ドアが開く音がした。エントランスに入ってきたのは幼稚園ぐらいの男の子を連れた女性で、この雨の中走ってきたのかふたりとも息を切らせてずぶ濡れだった。

 まあ、いきなりの雨だったしな・・・・・・と思っていると、女性がカウンターに歩み寄ってきて、


「突然のことですみませんが・・・・・・今から泊まれる部屋は空いていませんか?」


 と申し訳なさそうにフロントスタッフに聞いた。


「しょ、少々お待ちください――」


 女性は髪の毛の先から落ちる滴を拭いながら、スタッフがPCモニターを確認している様子を不安そうに見つめている。俺は南羽さんの方を伺うフリをしながら、意識だけそちらに向けていた。まだ受付の途中の南羽さんは、スタッフの説明も上の空といった感じで、チラチラと女性の方に視線を送っている。


「申し訳ありません。本日は全て満室でして・・・・・・」

「そう・・・・・・ですか」


 女性は一瞬言葉に詰まってため息をついた後、ゆらゆらと男の子の方へ戻って行った。しゃがんで、なにやら男の子に説明していたようだが、男の子が「やだ、ぼくもう疲れた!」と涙混じりに叫ぶ声がエントランスに響いた。

 おそらく、このあたりで宿泊しなければならない事情が急遽発生したが、どこにも泊まれるところがないのだろう。ここへ来る前にもいくつか同じように断られたのだろうなと、男の子の様子や、途方にくれた顔で立ちすくむ女性を見ればよく分かった。

 気の毒だと思ったが、空室がない以上どうすることもできない。せめて雨が止むまでここにいさせてもらうぐらいか。スタッフも同じように思ったのか、困り顔で親子の方を見ていた。誰も何も言葉を発さなかったが、それがかえって気まずい空気を増幅させていた。


「あのう」


 よどんだ雰囲気を洗い流すような一言が、南羽さんの口から飛び出した。


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