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伝えたかった思い(1)


「真北くん、おっはよう! さわやかな朝だね!」


 何のジョークかと思った。

 開口一番、玄関扉を開けた先で、南羽さんが元気よく言った。

 2月下旬、天気予報は曇りのち雪。冷え込みのピークを迎えた京都は、相変わらず乾いた氷のような寒さに支配されていた。空には灰色の雲が広がり、今にも雨か雪を降らせそうな雰囲気だ。どちらかと言えば寒さの苦手な俺は、油の切れた機械のようなぎこちない動きで部屋から出る。

 さわやかなのは、南羽さんだけだった。


 地下鉄に乗って京都駅まで出て、東京方面の新幹線に乗り込んだ。平日だからかそれほど混雑はしていなくて、俺たちは3人がけシートに並んで座る。車内の温かさで、冷たかった体が徐々にやわらかさを取り戻していく。

 網棚にふたり分の荷物を押し上げる俺の横で、南羽さんがクシャミを連発していた。


「風邪気味ですか? 大丈夫ですか」

「んー。朝、寒くて目が覚めたんだけど、掛け布団がベッドから落ちちゃっててね」


 指先をこすり合わせながら、「でも大丈夫」と南羽さんが笑う。


「さわやかのハンバーグを食べられると思ったら、こんなの全然平気だよ」


 彼女はそう言ってスマホを取り出すと、慣れた手つきで店のホームページを開いた。煙の上がる鉄板の上で、ハンバーグがナイフで切り分けられている動画がトップページに現れる。あめ色のオニオンソースがかかったハンバーグからほわっと湯気が立ち上り、消音モードのはずなのに音が聞こえてきそうだ。

 ステーキ・ハンバーグレストラン『さわやか』。静岡県内にのみチェーン店を展開するレストランで、店の名物メニューは県内外を問わず絶大な人気を誇るおいしさだという。



「さわやかのハンバーグを食べに行こう」


 後期試験の勉強を南羽さんの部屋でしていた時、彼女が唐突に宣言した。『さわやか』というのが店名だと知らなかった俺は、聞き間違いか、あるいは彼女が助詞を間違えたのだと思った。

 俺の心中を察したのか、南羽さんがネットで得た情報をいろいろと教えてくれた。静岡県内にしかチェーン店がないこと、待ち時間は遊園地の人気アトランクション並になること、口コミは『待ってでも食べてよかった』というレビューがほとんどを占めていること。

 5時間待ってでも満足できる味、というのがどんなものなのかは、たしかに気になる。

 南羽さんはもう行く気満々でいろいろ調べているみたいだし、試験が終われば1ヶ月以上の春休みに入る。大学1年生の締めくくりとして、少し遠出してみてもいいかなと思った。それに、近くには浮世絵の美術館があることが分かって、せっかくならそこにも行ってみたいと思った。南羽さんは頭の上でマルを作って快諾してくれた。

 そんなわけで、晴れて後期試験を全て終えた俺たちは、こうして新幹線に揺られているというわけである。



「ホテルも、キャンセル間に合わないですしね」


 ズズ、と小さく鼻をすすっている南羽さんに向けて言うと、半ば喰い気味な反応が返ってきた。


「それ! ていうか聞いてよ。ホテルの部屋、気付いたら空室が埋まっちゃってて、4人用の和室しか取れなかったの。シングルの部屋よりちょっと高くなっちゃった」


 苦笑いを浮かべながら、手でお金のジェスチャーをしてみせる。


「それは・・・・・・ドンマイです。でも広い部屋でゆっくりできると思えば」

「まあね、せっかくだからそういうふうに考えることにするよ」


 目的地まで電車やバスを乗り継いでいくとして、往復で4時間はかかる。レストランの待ち時間がどれぐらいになるのか読めないし、美術館以外にも見て回れるところがあればいろいろ行ってみたい。どうせなら1泊しようという話になって、近くのホテルに宿泊することになったのだった。予約は各々で取って、部屋ももちろん別である。

 南羽さんはそれほど落ち込んでいる様子でもなく、すぐに元気を取り戻したようだった。初めての新幹線に対する興奮の方が大きかったらしく、車内販売や窓から見える景色に歓声を上げていて、俺は孫を見守る祖父のような心境で、はしゃぐ彼女を見ていた。


 出発してから1時間半ほど経って、静岡駅に着いた。改札を抜けて、駅の表側に出る。

 京都とは違って薄日が差していて、ところどころ青空が顔を出していた。吹いてくる風は冷たいが、湿った砂に触れた時のような心地よさがある。

 さわやかというのは、こういうのを言うのだ。

 駅舎の写真をテンション高く撮影している南羽さんの背中に向かって、心の中でつぶやいた。



 360分待ち。店内の発券機で印字された整理券には、そう書いてあった。

 分数で書かれると短く感じるが、その実6時間先まで順番が回ってこないということだ。平日だというのに、噂に違わぬ人気ぶりだ。

 南羽さんは時間換算の計算をした後で、驚くことも嫌そうな顔をするでもなく、「もはや晩ごはんだ」と笑っていた。

 彼女のいうとおり、おおよそ18時頃まで時間が空くことになった。それだけあればむしろ美術館をゆっくり回れるし、他に観光して戻ってきたとしても十分時間はある。

 整理券をカバンにしまって、俺は南羽さんと一緒にJRの駅へと向かった。


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