南羽さんのバースデー(2)
話は年末に遡る。
今年最後の講義を終えると、俺はまっすぐ家路についた。京都から実家までは、新幹線と私鉄を乗り継いで優に4時間以上かかる。今日は早めに寝て、明日の午前中に出発することになっていた。最低限の荷造りとは言え、着替えと防寒着は必須だ。それから、ゲーム機も忘れずにカバンに詰める。地元の近隣には遊びに出かけるところも買い物に出かけるところもないから、1週間のあいだの大切なライフラインである。
夏休みに帰省しなかったので、ほぼ1年ぶりの地元だった。
人工物がどんどん少なくなっていく景色の中、これでもかというほど列車に揺られた。
実家の最寄り駅に到着した俺を最初に迎えてくれたのは、駅前のロータリーに高く積まれた雪だった。そう広くないスペースの大部分を雪山が占めているが、人通りは無いに等しいのでこれといって問題はない。誘われるように雪山へと近寄って、端の方を足で踏んでみる。見た目に反して固く、少し体重を乗せてみてもびくともしない。たぶん、水分が多いタイプの雪だ。
京都では、雪は積もらない。たまに舞うように雪が降って、遠くの山が白くなることはあっても、町並みはそれほど変わらない。その風景に慣れてしまったのか、視界いっぱいに広がる雪景色は新鮮だった。
「雪なんて、珍しいもんちゃうべー?」
ガシガシとつま先で雪のかたまりを蹴っていると、後ろから懐かしい声がした。
振り返ると、ひと組の男女が立っていた。短髪の男の子と、ポニーテールの女の子。
「アカネ・・・・・・リンちゃん・・・・・・?」
幼なじみの茜くんと綸ちゃんだった。記憶の中よりも少しだけあか抜けたふたりは、厚手の上着を身につけ、マフラーをぐるぐる巻きにしている。俺の顔を見て、ふたりは目を細めて笑った。
ふたりとは比較的家が近く家族ぐるみの交流があったこともあり、他の同級生に比べて一緒にいる時間が長かった。記憶のワンシーンを写真のように静止画にしたとき、ふたりともフレーム内のどこかにいる、みたいな感じ。幼稚園の遠足で歩き疲れたアカネが泣き出した時も、夏休みに3人で虫取りに出かけてそのまま木陰で寝ていた時も、運動会の借り物競走で3人一緒に走った時も、高校受験ではじめて電車に乗った時も。俺たちはずっと一緒でずっと友達だった。
「カザミ、すげぇ久しぶりだっちゃ」
アカネが俺の肩に腕をかけ寄りかかってくる。高校の頃とは違って小洒落たファッションに身を包んでいるが、中身は変わっていないのだなと少し安心した。
「迎え、来とるで。寒いではよ行くべ」
アカネがぐっと親指を突き立てて指す方向に、父さんの車が停まっていた。列車が到着する時間にあわせて、迎えをお願いしていたのだ。
アカネいわく、俺が今日帰ってくることを親伝いに聞いたらしく、リンちゃんも誘って迎えに来たらしい。親の間でそういう話が共有されているのも、ふたりして俺の父さんの車に乗り込んで来るのにも、何の不思議も遠慮もない。俺たちはそんな間柄だった。
アカネが、父さんの車へ向かって颯爽と歩いていく。まるで自分の家の車であるかのように迷いが無い。その背中を追いかけながら、「さすが、アカネくんだっちゃね~」とリンちゃんとふたり顔を見合わせ、苦笑した。
「カザミ、年末なんか予定あるべか?」
後部座席から身を乗り出して、アカネが聞いてくる。
「年末? いつ?」
「えっと・・・・・・綸、いつだったっけ?」
「30日、明後日だよ」
アカネの横から、リンちゃんが答えてくれる。
「そう! 30日! 俺とリンと、あと中学ん時のメンバーで集まっぺって言うてて。カザミも来るだろ?」
アカネが、期待に満ちたような目で俺を見る。
就職した友達、進学した友達。地元に残っていたり、都市部や県外に出て行ったり。高校卒業後の進路はそれぞれ違っていて、アカネやリンちゃんを含め、地元の同級生とは久しく顔を合わせていなかった。
「行ぐよ、もちろん。なんも予定さ無いし」
俺の返事に、アカネとリンちゃんが嬉しそうな反応を示した。年末は家にこもって読書かゲームをして過ごすだけかなと思っていたから、俺も嬉しかった。
「じゃあ、10時に駅前な! おっちゃん、今日はありがとう。んで、明後日もお願いします!」
アカネとリンちゃんが、サッと敬礼のポーズをとる。なんとなく合わせた方がいいのかと思って、俺も指先を揃えた左手を頭の横に添えた。
すでに交渉済みだったのか、父さんは特に驚く風でもなく、「任せとけ」とサムズアップしていた。




