もっと近くに(4)
自動ドアをくぐった途端、南羽さんの表情がいっそう明るくなった。ゆったりした音楽が流れる中、白熱灯のやわらかい光が、店内の家具や雑貨をあたたかく照らしている。
店のなかほどへと進むと、階段のそばに案内板があった。それによると、カーテンなどの雑貨やインテリア用品は、2階に展示されているらしい。ダイニングテーブルや間接照明のコーナーをうっとりと眺めている南羽さんに声をかけ、階段を上がった。床も手すりも木製で、昔の洋風の建物のようだ。
階段を上がった奥の方に目的の売り場はあり、さまざまなカーテンが展示されていた。先ほど家で測ってきたサイズを探し、売り場をぐるりと見て回る。
特定の大きさで売られているわけではなく、デザインを選んで好きなサイズに合わせて仕立て直してもらえるらしい。季節柄なのか、温かみのある色や、ブラウンやグリーンなどの自然に近い色味のものが多く、柄物や派手な色の商品は少なかった。
目の前の見本を手に取って広げてみる。オレンジとブラウンの中間のような下地に、ベージュのいびつな雪だるまのようなデザインがいくつも刺繍されている。雪だるまからは細長いものが伸びていて・・・・・・くちばし? これ、鳥か?
なんとなく、南羽さんはシンプルなデザインを選ぶような気がする。そう思って、俺は見本から手を離した。
「南羽さん、気に入ったのありました?」
そう言いながら振り向くと、南羽さんは忽然と姿を消していた。反対側の列にいるのかと思って回ってみるが、そこにもいない。
別の売り場でも見ているのだろうか。品揃えが豊富なので、こういうのが好きな女性だったらいろいろ見たくもなるだろう。ひとりだとなかなか来ることはないので、俺にとっても新鮮だった。せっかくなので少し見て回りながら、南羽さんの捜索に繰り出すことにした。
捜索対象は、案外すぐに見つかった。売り場をいくつか移動した先に、南羽さんはいた。時折売り場の商品を指さしながら、隣にいる高齢の女性となにやら話しているようだ。女性が南羽さんに頭を下げて離れていくのを見て、俺は南羽さんに近づいた。
「南羽さん」
「わっ・・・・・・あ、真北くん。ごめん、探した?」
女性の背中に手を振っていた南羽さんが、わかりやすく驚いてこちらを振り向く。声をかけたのが俺だとわかると、眉を下げて頬をゆるめる。目の前の売り場に目をやりながら、俺は彼女にたずねた。
「どうしたんですか? これ、カーテンに似てますけど、カーテンじゃなくて、スリッパって言うんですよ」
「や、それはさすがにわかりますよ。カーテン探しててここにたどり着いたわけじゃないよ。てか全然似てないし」
俺の真顔のボケに、すかさず南羽さんがツッコミを入れてくる。
「あのおばあちゃんに、店員さんと間違われてね」
南羽さんがそう言って、さきほどまで話していた女性を示した。俺とカーテン売り場にいるときに声をかけられたらしい。店員ではないとすぐに誤解は解けたそうだが、困っている様子だったので一緒に探そうと思ったのだという。
「この店広いですし、商品もたくさんありますからね」
「だよねぇ。なんか、放っておけなくて。私も別に急いでたわけじゃないし、売り場見つけてあげるぐらいならすぐにできそうだったから」
売り場を見つけた後も、デザインはこれが素敵だとか、生地の質感はこれが良さそうだとか、女性が選ぶ手伝いをしていたのだそうだ。見ず知らずの人に親切にするだけでなく、自然に距離を縮めて相手と仲良くなる。とても南羽さんらしい行動だと思った。
「よっし。じゃ、カーテンのとこ、戻ろ。実はもういいなって決めたのがあるんだ」
南羽さんが、何かを成し遂げたような晴れ晴れとした笑顔で言った。
「真北くん、重くない? 私の買ったものだし、持つよ?」
「いえ、全然大丈夫ですよ。ありがとうございます」
俺の右手には、買ったばかりの雑貨が入った紙袋が提がっていた。店内を見て回る内に、あれもこれもとカートの中身が増えていったのである。やはり、一緒に着いてきてよかったと思った。
ちなみに、カーテンはきちんと縫製されたものが後日届くらしい。
南羽さんが『いいなって決めたのがある』と言っていたのは、俺が『これは違うだろうな』と思った柄だった。あの、ベージュの雪だるまにくちばしの生えた珍妙なデザインのカーテンだった。
新種の幾何学模様か何かかと尋ねる俺に、南羽さんは笑って説明してくれた。
≪これはキーウィ柄だね≫
≪キウイ? どちらかというと、ジャガイモに見えますが≫
≪あはは。そう見えなくもないけど、そのキウイじゃなくてね。まぁ、キウイの語源はキーウィだから、間違ってもないんだけど≫
≪・・・・・・キウイがキウイ? 何を言ってるんですか?≫
カーテン売り場で、そんな会話が繰り広げられた。キウイフルーツはもともと中国原産の果物をニュージーランドが品種改良し商業栽培をはじめたことで世界中に広まったこと、輸出時にニュージーランドの国鳥であるキーウィにちなんでキウイフルーツと名付けられたのだということ、名前の由来は決して見た目が似ているからではないのだということを、南羽さんが教えてくれた。そんなことは初めて知った。一体どこでそんなニッチな知識を仕入れるのだろう。
「届くの楽しみだなぁ!」
南羽さんが足取り軽く声を弾ませる。南羽さんがあのラインナップの中からキーウィ柄を選んだのは意外だったが、彼女が満足しているのなら、それでいい。
「真北くん、カーテンが届いたらさ・・・・・・」
振り返った南羽さんが、はたと目を丸くする。
「どうかしました?」
「ん・・・・・・真北くん、いいことでもあった? なんだか嬉しそう」
日中ならいざ知らず、こんな夜道で、俺の無表情から感情を読み取る神業を扱えるのは、きっと南羽さんぐらいだ。
いいことならあった。今日1日で、南羽さんのいろんな姿を見られたことだ。ジャージ姿も、ケーキに夢中なところも、部屋のレイアウトを考える真剣な表情も、他人に親切なところも、実はユニークなものが好きなところも。想像どおりの南羽さんと、俺の知らなかった南羽さん。やっぱりこの人といると楽しいなと、心からそう思えた。
「いろいろ、南羽さんの役に立てたので・・・・・・なんていうか、楽しかったです」
「そう? ならよかった。私も楽しかったよ。いろいろ・・・・・・ありがとね」
暗くて顔はよく見えなかったが、きゅっと目を細めてはにかむように笑っているんだろうなと思った。
「そうだ、真北くん。よかったらこのあとウチで晩ごはん食べようよ! 実家からレトルトカレーが大量に送られてきてさ。私の手作りには及ばないけど、結構美味しいんだよ」
「いいですね。遠慮なく、いただきます」
右手の荷物を持ち直し、南羽さんの明るい声に誘われるように足を踏み出す。
ピンとした空気が冷たく頬を撫でるが、澄み渡る空気は透きとおっていて心地よかった。
その中を、南羽さんと並んで歩く。
俺たちの帰るアパートは、もうすぐそこだ。
to be continued...




