表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/61

もっと近くに(3)


 そのまま促され、彼女の部屋に足を踏み入れる。部屋のクリーニング直後だからか、ミントっぽい香りが鼻先をかすめる。俺の部屋とは真逆の造りで、まだ物もあまり置かれていないから、全然知らない場所のようで新鮮だ。

 段ボールだらけのリビングの中心に立って、南羽さんがぺこりと頭を下げる。


「それでは改めて、よろしくお願いします」


 彼女に言われるがまま、大きめの家具を設置していく。テレビの向きをどうするか考え、それに合わせてカーペットを敷き、ソファとリビングテーブルを移動させる。小物置き用ラックを組み立てて壁際に置き、洋服の入った収納ケースをクローゼットに運び入れる。最後にベッドフレームを組み立ててマットレスと布団を敷き、ベッドメイクを終わらせた。


「・・・・・・っと、こんなもんかな。ありがとう。真北くん、意外とって言うのも失礼だけど、結構力持ちだね」


 首元に巻いたタオルで額の汗を拭きながら、南羽さんが言う。


「はは。筋肉質には見えませんからね。引っ越しのアルバイトのおかげかも、です」


 俺は窓際に観葉植物の鉢をおろして答えた。テーブルヤシ。笹のようにいくつも伸びた細長い葉が、ひらひらと揺れている。


「あぁ、そっか。今も続けてるんだ」

「はい。不定期ですけど、引っ越しって年中需要があるみたいで。慣れると結構面白いですよ。疲れない運び方とか、効率的な積み方とか」

「あ、知ってる。しゃがんで、なるべく体に近づけてから立ち上がる力を使って、ってやつ?」

「そうです。腕の力だけでやろうとすると腰に来るって、社員さんによく言われました」


 筋力も付いて要領を覚えてきた最近では、大型家電や重量のある家具を運ぶ手伝いをさせてもらえるようになってきたが、丁寧かつ早い仕事という点で見れば、社員さんには到底およばない。それでも、自分が役に立てている実感があるのは嬉しかった。


「へぇ・・・・・・。じゃ、模様替えしたくなったら、また頼もうかな」


 南羽さんが、へへっと軽く笑う。


「あ、もちろん持ってくるからさ、ケーキ」

「それは、南羽さんが食べたいだけでしょう」

「あは、バレたか」


 小さな舌が、彼女の口元からチラリとのぞく。


「まぁ、言ってくれればいつでも手伝いますよ」


 そこまで言って、ふと部屋の隅に置いた段ボールが目に入った。側面に『カーテン』と書かれている。


「南羽さん、それ。よかったら付けましょうか」


 カーテンレールが高めの位置にある窓は、俺でもギリギリ届くぐらいの高さだったから、南羽さんだったら、脚立か何かを使わないと届かないだろう。

 俺の指さす方向に目をやった南羽さんが、「あ~」と納得したような声を出す。そのまま近づいて箱を開け、中のカーテンを取り出す。


「お願いできる?」

「もちろん」


 南羽さんの手からカーテンを受け取って、俺は答えた。

 寝室の窓2カ所の取り付けを終え、リビングへ移動し、ベランダに面した窓にカーテンを取り付ける。いくつかフックを取り付けたとき、カーテンの長さが足りないことに気がついた。下から20㎝ぐらいが開いて、窓ガラスが見えている。


「下、開いちゃうね」


 南羽さんが顎に手を当てて、考えるような仕草をとる。


「窓のサイズ違うかも、と思ってはいたけど、やっぱダメかぁ。2階だから覗かれるとかはなさそうだけど、見栄え的に気になるなぁ」


 ぼそぼそと独り言を言って考え込んだ後で、南羽さんがぱっと顔を上げる。


「うん、新しいの買うことにする! 実家から持ってきたやつだから、もう結構長く使ったし、この機会に新しくしちゃおう。真北くん、ごめんだけど外してその辺に置いておいてくれる?」

「わかりました」


 南羽さんに言われたとおり、付けかけのフックを外してカーテンをくるくると畳む。カーテンのかかっていない窓からは、外の様子がよく見えた。雲の向こう側に霞む太陽はかなり傾いて、空をぼんやりとしたオレンジ色に染めていた。

 カーテンをそばに置いて、南羽さんに声をかける。


「暗くなる前に、行きましょうか」

「行く? どこに?」


 不思議そうな顔で、南羽さんが俺を見上げた。


「新しいカーテン買いに、ですよ」


 ここから南へ少し下がったところに、インテリア雑貨を扱っている店がある。今からなら行って帰ってきてもそんなに遅い時間にはならないだろうし、そもそも帰ってくる場所が同じなのだから、多少暗くなっても大丈夫だ。


「もしかしたら他にも必要なものを思いつくかもしれませんし、荷物もちくらいならできますから、着いて行きますよ」


 ぽかんとした表情を浮かべて、南羽さんがつぶやくように言った。


「でも、2割越えちゃうよ?」

「2割?」


 ケーキのお礼のことを言っているのか。たしかに、2割分の働きはしたとは思うが、今更それを気にするとは。強引なのか謙虚なのかよく分からないな。

 俺は少し考えて、迷ったような顔をしている南羽さんに答える。


「じゃあここからは、引越祝いのサービス、ってことで」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ