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もっと近くに(2)


 カフェラテの入ったマグカップをふたつ、テーブルの上に置く。南羽さんは両手でマグカップを包み込むと、「あったか~い!」と冷えた指先を温めていた。


「引っ越ししたいなとはずっと思っててね」


 ガトーショコラに慎重にフォークを入れながら、南羽さんが言う。


「他にも候補は何個かあって、こまめに空き室情報チェックしてたんだけど、ここの隣が空くってたまたま見つけて、真北くんいるしここにするっきゃないって思ってさ」


 内見不要で即決し、気がついたら初期費用の支払いまで終わっていたらしい。最速で入居できる日がわかるとすぐに、もともと住んでいた部屋の退去手続きと荷造りに取りかかったという。その間、わずか2週間弱。相変わらず行動力がありすぎる。

 南羽さんが俺の部屋に来たときのことを思い返す。南羽さんは感動しっぱなしで、ずっと目を輝かせていた。オートロック付き玄関且つ部屋は2階でセキュリティーは万全。その上、LDKと広めの部屋がひとつという、ゆとりのある間取り。大人が2人並んでも狭くないキッチンに、独立洗面台と明るく清潔な浴室。

 彼女の「いい部屋だね」という言葉を、あの日だけで5回は聞いた。それ以降は数えるのをやめた。


「羨ましそうにしてるなとは思っていましたが、まさか引っ越してくるとは思いませんでした」


 俺も、前に置かれたイチゴショートをひとくち食べる。この間持ってきてくれたのとは違う店のものらしく、軽い口当たりで甘すぎない味わい。


「善は急げ、ってやつですよ」


 南羽さんが得意げな口調で言って、フォークを持っていない左手の親指をぐっと突き立てた。


 

「ところで、真北くん」


 イチゴショートがほとんどなくなる頃、南羽さんが静かに口を開いた。


「折り入って、ご相談があります」


 神妙な面持ちでかしこまっている。丁寧語で喋るのは俺の専売特許のはずなのだが。


「一応、荷物は全部引っ越し屋さんに運び入れてもらったのですが」

「はい」

「荷ほどきとか、一旦バラした家具を組み立て直すのとか、結構大変なんですよ」

「そう、でしょうね」

「私ひとりじゃ動かせないものとかあるし? どれだけ時間かかるかわかんないし?」


 この短期間で荷造りを済ませた人が言っても、なんの説得力も無いが。


「ところで、真北くん」


 さきほどとセリフは同じだが、俺を見つめる瞳には余裕そうな色が浮かんでいる。目の端を少しだけ細めると、南羽さんはゆっくり口を開いた。


「ケーキ、美味しかったですか?」


 なるほど、察した。これは、ただ感想を聞いているのではない。

 引っ越しの挨拶が2割。1割は彼女が食べたかったからだとして、残りの7割はこのためか。つまり、手みやげのケーキと引き替えに、家具の移動や荷ほどきを手伝ってくれ、と言いたいのだろう。別に断ったりはしないが、相談というより最早強要に近い手口である。南羽さんと俺の間には、FPSで敵を狙撃する時の立ち位置が高台か平地か、ぐらいの暗黙かつ圧倒的な力関係が存在していた。


「・・・・・・俺は何を手伝えばいいんでしょうか」


 彼女の意図を悟った返答をする俺に、南羽さんが「話が早くて助かるよ」とどこぞの悪役が言いそうなセリフを口にする。


「今から時間ある? ベッドとかテレビ台とか、その他諸々のレイアウトを手伝ってほしいの」


 うなずく俺を見て南羽さんがにっこりと笑顔になる。ケーキの乗っていた平皿とマグカップを流しへ運ぶと、鼻歌を歌いながらさっさと洗い上げてしまった。明るくさっぱりした表情で皿洗いなどという雑務をこなす姿に、悪役の面影は微塵もなかった。



「ケーキ、ごちそうさまでした。でも、気を遣わなくても、頼まれたら普通に手伝いますよ?」


 玄関で靴を履く南羽さんの背中に声をかける。トントン、とつま先を地面で叩き、南羽さんはハンドルに手をかけた。


「うん、真北くんならそう言ってくれるだろうなとは思ったんだけど」


 玄関のドアを半分ほど開けた南羽さんが、「さむっ」と小さく肩をすくめる。室内とのギャップももちろんあるが、防寒要素のない服装の隙間から、冬の風が容赦なく入り込んでくる。

 俺が鍵を閉める横で、口からほわほわと白い息を吐きながら、南羽さんが元気よく言う。


「半分は、このお店のケーキ食べてみたいなって思ってたから!」

「半分?」

「うん。お礼5割、食べたい5割!」


 カチャリ、と乾いた音がして鍵がかかる。


「その割には、全力で楽しんでたみたいですけどね」


 南羽さんが買ってきたケーキは実は3種類あった。ガトーショコラとイチゴショート、そしてホワイトチョコを使ったモンブラン。イチゴショートは俺がもらったが、あとのふたつは南羽さんのお腹へと丁寧にしまわれた。なんなら、イチゴショートもひとくち南羽さんに分けてあげたぐらいだ。箱を開けて中のケーキを取り出した時の顔も、ケーキを紹介している時の弾む声も、ケーキを口に入れたときの瞳の輝きも、見ていてほほえましいものだったが、あのテンションの上がり方は、決して、5割ではない。そのことを指摘すると、南羽さんはごにょごにょと言葉を濁した。


「本当は?」

「・・・・・・お礼2割、食べたい8割、デス」


 ジャージの袖からのぞく指先をこすりあわせ、消えそうな声で南羽さんが答える。素直な白状と予想を越える割合の大きさに、思わず小さく吹き出してしまった。


「じゃあ、2割分の働き、しないとですね」


 俺の言葉に、視線を落としていた南羽さんがチラリとこちらを見上げ、恥ずかしそうに笑った。


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