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もっと近くに(1)


 その日は朝から騒がしかった。

 12月の中旬にしては珍しく晴れた日曜日だった。薄雲を通り抜けた日差しが外の景色を照らしているが、そこには春や夏のような鮮やかさも、秋のような豊かな色彩もない。ついでに暖かそうな雰囲気もなく、一歩外に出れば湿り気のほとんどない風が肌を冷たく撫で、手先はあっという間にかじかんでいくだろうと容易に想像できる。京都の冬ここに極まれりといった感じで、自転車しか移動手段のない学生はみな等しくその洗礼を受けている。実に酷な話である。

 いつもより遅めの時間に起床し、こたつに足を突っ込んで、ホットミルクで作ったカフェオレをちびちびと飲んでいたら、隣の205号室から、なにやら人が出入りしているような音が聞こえてきた。


 引っ越しかな、とピンと来た。


 205号室にはもともと、俺より少し年上ぐらいの若い男性が住んでいたのだが、12月に入ってすぐの頃退去していった。特に接点もなく、廊下で会えば定型の挨拶を交わすぐらいの関係性で、正直苗字もよく知らないままだった。退去の時も、何かを運んでいるらしい声や人の気配から、引っ越すのだろうなと思っただけで、特に気にもとめなかった。

 おそらく空き部屋になってすぐ、次の入居者が決まったのだろう。どんな人が来るのかは特段気にならないが、高めの家賃であることを考えると、ひとりぐらしの社会人あたりだと思う。

 不用意に外へ出て作業の邪魔をするのも悪い。この寒空の下出かける予定もないし、1日中部屋にこもるのも、たまにはいい。厚手のパーカーとスウェットパンツに着替え、完全に家モードになった俺は、ゲーム機に手を伸ばし電源を入れた。

 オンラインモードに接続してゲームを始めると、荒廃した街の風景が目の前に広がった。建物の陰に隠れたり植え込みの間を移動したりしながら、現れる敵を狙撃していく。

 FPSの効果音とコントローラーを操作する音に混じって、壁の向こうからはガタゴトと作業する音が聞こえていた。


 

 ピーンポーン。

 適当に昼ご飯をすませ、ふたたびゲーム機のコントローラーを握ったとき、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。1階の玄関部分がオートロックのこのアパートには、エントランスに設置されたインターホンと、各部屋の扉横に設置されたインターホンがあるが、今の音は、部屋の扉横のインターホンだ。オートロックを解除した覚えはないし、部屋を訪ねてくるような知り合いは、アパート内にはいないはずだ。

 不思議に思ったが、とりあえず立ち上がって壁の機器に近寄り、通話ボタンを押す。


「はい」

「どうも、隣に越してきた者です。引越しの挨拶に来ました」


 声の主は若い女性のようだった。

 防犯の観点から、女性を中心に引っ越しの挨拶が省略化されつつある、と以前不動産屋の人から聞いたことがあったので、珍しく律儀な人もいたものだ、と何の警戒もせずに扉を開けた。

 そこにいたのは――


「・・・・・・南羽さん?」


 髪をうしろで一つにまとめ上げ、上下ジャージという出で立ちの南羽さんが立っていた。口の両端をゆるませて、ニンマリと笑っている。

 一瞬のうちに、頭の中にいくつもの考えが流れていく。

 なぜ、南羽さんがここに。家に来る約束・・・・・・はしていなかったはず。あまりにもラフすぎる格好だし。そもそもオートロックをどうやって・・・・・・いや待て、さっき、インターホン越しの声は『隣に越してきた』と言っていなかったか――?

 疑問符を浮かべ言葉に詰まる俺の前で、南羽さんはいたずらっ子のように笑った。


「南羽いいます。どうぞごひいきに。あ、コレ大したもんやおまへんけど」


 高く作った声で、京都の舞妓さんみたいな口調でわざとらしく言うと、彼女は白い箱を両手でそっと差し出した。

これは・・・・・・。


「ケーキ・・・・・・?」


 箱と彼女の顔を見比べる俺に、南羽さんが「えへっ」と首を傾げて微笑んだ。


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