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異性の友達(5)


 いよいよ学園祭も目前という時期になり、学内は一気にお祭りムードになった。俺たちも宣伝のためのポスターや装飾を、空いた時間に学内のあちこちに貼って回った。通常どおりに行われる講義と並行しての作業だったが、何かと忙しいのはむしろありがたかった。

 南羽さんのことを考えずに済むし、彼女と会わない言い訳にもできたから。

 学園祭が終わって落ち着いたら、きちんと話そう。それまでは、浮ついた雰囲気に浸って自分をごまかしていたかった。

 それなのに。


「ここ、いいかな?」


 あの日からちょうど1週間が経った金曜日、前日準備のため、午後の講義は全て休講だった。閑散とした学食で昼食をとりながらスマホにたまった通知を流し見ていた俺に、声をかけてくる人物がいた。

 顔を上げると、そこに立っていたのは、南羽さんだった。電話越しでない彼女を見るのはいつぶりだろう。予期せぬ登場にドキッとして、おなかのあたりにひやりとした感覚が走る。


「真北くん、すごく久しぶりだねぇ」


 もはや俺の返事を待たずに、南羽さんが前の席に腰を下ろした。今日も彼女のトレーの上には、健康に良さそうなメニューがバランスよく乗っていた。メインの野菜炒めの隣にあるのはおそらく、すりおろされた長芋。もうひとつの器には暗い緑の集合体が入っていて、てらてらと光を反射しているのが見える。


「……それ、何ですか」


 思わず凝視する俺に、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で南羽さんが答える。


「オクラとめかぶのミックス小鉢です! 長芋も入れて、名付けて『ネバネバ三銃士』的な?」


 南羽さん独特の語録も彼女の笑った顔も実に久しぶりで、なんというかまぶしかった。俺と目が合って、南羽さんが「おや」という顔になる。


「真北くん、なんか元気ない?」


 南羽さんにはもう、俺の無表情は通用しないのかもしれない。あまりの鋭さに内心たじろいだが、つとめて平静を装った。「学園祭準備が忙しくて……」と言葉を濁すと、南羽さんは納得したような表情に戻った。

 話題は自然と学園祭のことになり、準備期間にこんなハプニングが起こったとか、オススメの催し物がどれだとか、そういう話に花が咲く。

 表情豊かな南羽さんと話すのはどうしたって楽しかったが、それと同時に、また誰かに見られているような感覚が頭をもたげてきて、俺は後ろめたさを感じずにはいられなかった。

 言うべきなら今だ。傍観していた自分がそう囁いた。

 学園祭が終わってから、と思っていたが、それを待っていたらズルズルとこのままの関係を俺は続けてしまうような気がする。


 南羽さんは野菜炒めを半分ほど食べたところで、長芋の器を持ち上げ、もうひとつの小鉢の中に躊躇なく流し込んだ。そのままぐるぐるとよくかき混ぜる。南羽さんの箸の動きに合わせて、ネバネバ三銃士が一体になっていく。

 こんなところを見たら、恋人がきっと気を悪くしますよ。だから、これからは少し距離を置きましょう、そういう話をするだけだ。何も難しいことはない。

 どんな言葉を選べばいいか分からなかったが、俺は意を決して、ついに切り出した。


「一緒に食べて、いいんですか?」

「え? うん。そのほうがおいしいから」


 南羽さんは手元に集中したまま、あっけらかんとした様子で言った。その言葉は純粋に嬉しい。ただしそれは、彼女に恋人がいなければ、の話だ。


「こんなところ見られたら、怒られますよ」

「誰に?」

「誰にって・・・・・・」


 彼氏に決まっているだろう。この人は、聡いくせに、繊細な男心みたいなものはまるで分かっていないのか。

 平日の昼間、学食で一緒に昼食をとる行為。南羽さんにとっては取るに足らないことで、俺が過敏になりすぎなのかもしれないが、彼女のその無邪気さが、今はちくちくと心に刺さる。


「だから、その・・・・・・付き合ってる相手に」

「へ? 付き合ってる?」


 そこで初めて、南羽さんが顔を上げた。口をぽかんと開けて、何を言われたのかわからない、という表情をしていた。

 男性と抱き合っているのを見たことを話すと、「見てたの!?」と南羽さんの顔がみるみる赤くなっていった。視線を落として目を白黒させながら、しどろもどろな早口で否定の言葉を並べる。そんな彼女に、今度は俺がはてなを浮かべる番だった。



「勘違いデス、すべて」


 存分に慌てふためいたあと、少し落ち着きを取り戻した南羽さんが、コホンと咳ばらいをして言う。


「あれはね、演劇の練習をしてただけなの」


 まだ少し赤い顔のままで、言い訳をするようにぽつりぽつりと語りだした。

 学園祭、南羽さんのクラスは演劇を行うそうで、彼女はその演者のひとりに選ばれたのだという。どういうストーリーなのか詳しくは教えてくれなかったが、もごもごと口ごもりながら「ハグするシーンがあるの」と言う様子から察するに恋愛ものなのだろう。いつもの南羽さんらしくない小声だったので思わず聞き返したら、くわっと険しい顔を向けられた。くじ引きで決まったので仕方がないが、恥ずかしいからあまり人に知られたくないらしい。気持ちは分かるし、この上なくご愁傷様という感じだ。

 本番まで日が迫る中、空き時間を見計らって演技の練習をしていたこと、俺が見たのはその一部分だったこと、男性は相手役のクラスメイトであり恋人などではないこと、ついでに、付き合っている人はいないことなどを、南羽さんは丁寧に説明してくれた。

 ちなみに、俺の「一緒に食べて、いいんですか?」という質問は、長芋をオクラとめかぶに混ぜ込んだことに対する問いだと思ったらしい。どうも空気感と会話がかみ合わないと思ったのは、そのせいだった。


 こうして、俺の中でくすぶっていた疑念と煩悶は、俺の勘違いということであっさりと解消した。


 拍子抜けする俺の心中を知るはずもなく、南羽さんが無邪気に言う。


「このあと時間あったら、フライングで見に行かない?」


 明日の準備が行われている学内を見て回ろうということらしい。

 南羽さんの誘いに乗って、連れ立って学食を後にし、学生たちがごそごそと忙しそうに動き回る間をふたりで歩く。

 鼻歌まじりに、跳ねるような足取りで歩く南羽さんが今、俺の隣にいる。

 その姿は俺にとって、行く先を照らす希望であり、これまでを肯定する安堵でもあった。

 俺と南羽さんはこれからも、今までと変わらない関係を続けていける。今はその事実だけを、目で、耳で、そして心で感じていたかった。俺がこの1週間悶々と抱えていた思いの丈を吐露することはなかったが、今はそれでいいと思った。

 それが、いいと思った。

 

「ぜんぶ気になりすぎて、どこから回るか迷うね。やっぱ時間の制約があるところ優先かな・・・・・・」


 全学生に配られたパンフレットを真剣に見つめて、南羽さんが唸っている。何かを考えるように眉を寄せたり、パンフレットに見入って目を輝かせたり、相変わらず表情がくるくる変わる。


 天気予報どおり、土日はきっと気持ちのいい快晴だ。

 ところどころうすい雲の広がる青空を見上げて、俺はそう思った。


to be continued...

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