異性の友達(2)
伊波くんは翌週の木曜日から実家に一時帰省し、週明けの月曜日からは通常どおり出てくるのだと言った。俺は約束どおり講義で使用したレジュメのコピーをとり、いつ彼に出会っても渡せるように、カバンに忍ばせていた。
伊波くんの姿を見かけたのは、月曜日の2限終わり、学食でのことだった。
注文の列に並んでいたとき、何人か前に伊波くんとその友達がいるのを見つけた。
「伊波くん」
自動精算機で支払いをする伊波くんの横に並び、俺も財布を出しながら声をかける。
「おー、おはよう、真北くん」
ここにも、業界人がいる。南羽さんだけかと思っていたが、もしかして俺が知らないだけで、案外普通のことなのだろうか。とりあえず、俺も同じように返しておく。
「法事は無事に?」
「おう! 久しぶりに帰ったらけっこー楽しかったわ!」
先週けだるげにしていたのが嘘のように、今日の伊波くんはカラリと明るく笑っている。
レジュメの話題になり、伊波くんからこのまま一緒に昼食を食べないかと誘われた。俺たちの一存で決めていいのかと少し迷ったが、断る理由もないかと思って彼についていく。
伊波くんの後ろから顔を出した俺を見て、彼の友人らは少し驚いた様子だったが、隣の席に座るよう促してくれた。伊波くんの友人らは、ピアスも開けていなければ、髪色も黒か、せいぜい光に当たれば少し茶色いかな、と思うぐらいのレベルだった。派手さがないというか、落ち着いているというか、見た目だけで言えば伊波くんとは全く違うタイプだ。どういうきっかけで仲良くなったのか甚だ疑問だが、案外俺と伊波くんの出会いに似たようなものがあったのかもしれない。
とにかく、底抜けに明るい伊波くんを交えて俺たちは昼食タイムを一緒に過ごし、他愛もない話題で盛り上がり、ほぼほぼ初めてと言える交流を図った。
劇的に距離が縮まったわけではなかったが、このことがあってからは、教室で近くの席に座ったり、何てことない会話を交わしたりする回数が多くなり、『友達』にカテゴライズされる知り合いの数は、少しずつ増えていった。
11月に入ると、学内はどことなく浮き足だった空気に包まれる。最終週の土日に開催される、我らが常青大学の学園祭に向けた準備が、そこかしこで始まるからだ。
学園祭では、各学科ないしはクラス、サークル単位で催し物が企画・運営される。たいへんに賑やかで、噂では学内に存在する団体の95%以上が何らかの形で学園祭に参加しているらしい。催し物の内容は各団体に一任されていて、ブラスバンド部の演奏会や手品サークルのマジックカフェといった、団体の特徴を活かしたものもあれば、運動部などは主に飲食関係の模擬店をするところが多いそうだ。一般客を楽しませる以上に自分たちが楽しんでやろうという気概が、学生たちの間には漂っていた。
俺の所属する『社会創造学科』も例にもれず、静かな盛り上がりを見せていた。
例年、お化け屋敷を企画するのが俺たちの学科の定番となっているらしく、学年の枠を飛び越え、学科として参加しているのだそうだ。社会学に関する学科だが、お化け屋敷とどういう関連があってそうなったのかは、誰も知らないという。
実質的な指揮をとる3年生のもと、俺たち下級生は各々言われるがまま役割をこなした。基本的にゆるい雰囲気で自由参加だが、俺は割と暇だったので、バイトがある日以外はちょくちょく顔を出していた。
「まっきー、ちょっとここ押さえててくんない?」
積み重ねた段ボールをテープで貼り合わせている先輩が、俺を呼ぶ。お化け屋敷に設置する壁を作っているのだ。
『まっきー』というのは、いつのまにか定着した俺のあだ名だ。先輩の誰かが言い出して、呼びやすいということで瞬く間に学科内に広まった。俺は相変わらず無表情キャラという位置づけにいたが、その実、案外話しやすいやつだというギャップがウケたのか、輪の中にすんなり馴染むことができた。『怖い人かと思ってたけど全然違った』という評価は、話した人全員に言われた気がする。
学園祭に向けた作業をしながら、先輩や同じクラスの人と交流したり、試作した仕掛けを見た他学科の学生を絶叫させてしまったり、夕方遅くまで残って作業した後、帰る途中にラーメン屋に寄ったりと、いわゆる青春じみたものがいろいろあって、忙しなくもどこか高揚した気分で日々が過ぎていった。
学園祭1週間前の金曜日、俺は廊下でたまたま出会った先輩を手伝って、段ボールに入った宣伝ポスターやチラシを運んでいた。今日は珍しくいい天気だなと思いながら、2階の渡り廊下の窓から、ふと外に目をやる。
学部棟の間、たまにしか人が通らない場所。校舎の陰に隠れるようにして、人影が見えた。肩口で揺れる三つ編みと、小柄で華奢なシルエット――。
そこにいたのは、南羽さんだった。
そして、彼女の正面、数メートルほど離れたところに、男性らしい体つきの影が見えた。




